久しぶりの京都

.29 2018 comment(0) trackback(0)
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毎年1回は大阪に行くことしている。
今年は賢島で開かれる会社時代の同期会が主な
目的だが、いつも楽しみにしているのは
N君と一緒に京都に行くことだ。彼がその時期の
展覧会とか事前にチェックしてくれる。
美術工芸品への造詣が深いものだから一緒に行って
楽しい。

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お昼に京都駅で待ち合わせをした。少し前に着いて、
確か京都駅の上に拉麺小路があったことを思い出し
ラーメンでも食べようと奥の美味しいラーメン屋を
目指したのだが、ギョ・・・外国人の行列ができている。
仕方ない、あまり流行っていないお店に入った。

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N君が先に来て、バスの一日券を買っておいてくれた。
いつもバスを乗り継いで移動することにしている。
まずは同志社北側に位置する相国寺を目指す。
ご存知のように同志社の南側は京都御所である。

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同志社の横を抜け、相国寺の承天閣美術館が
今回の目的地。「春燦燦」と銘打って展覧会を
やっていた。元々たくさんの重文作品を所蔵しているので
常設展示を時々入れ替えてやっているに過ぎないのだが
その所蔵作品たるや、どれも一級品である。

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さて、相国寺についてインターネット情報を少し

相国寺(しょうこくじ)は、日本の禅寺。京都市上京区にある臨済宗相国寺派大本山の寺である。山号を萬年山(万年山)と称し、正式名称を萬年山相國承天禅寺(万年山相国承天禅寺、まんねんざん しょうこくじょうてんぜんじ)という。
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利義満、開山(初代住職)は夢窓疎石である。
足利将軍家や伏見宮家および桂宮家ゆかりの禅寺であり、京都五山の第2位に列せられている。相国寺は五山文学の中心地であり、画僧の周文や雪舟は相国寺の出身である。また、京都の観光名所として著名な鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)は、相国寺の山外塔頭(さんがいたっちゅう)である。

皆さん、相国寺はご存知なくても金閣寺や銀閣寺は
よくご存知だろう。また歴史の教科書に出てくる
足利義満もよくご存知だろう。このお寺を作ったのが
その足利義満で金閣寺や銀閣寺はこの相国寺の
山外塔頭なのだ。

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前からここの美術館に若冲の作品が多く所蔵されて
いることは知っていたがその他はあまり知らなかった。
だが今回、円山応挙や長谷川等伯、若冲。狩野派、
土佐派などのよく知られた作品にも出会うことができた。

さてその承天閣美術館の情報も入れておこう。

承天閣美術館(じょうてんかくびじゅつかん)は、京都府京都市上京区の相国寺境内にある美術館。
相国寺創建600年記念事業の一環として1984年に開館した。相国寺および臨済宗相国寺派に属する鹿苑寺(金閣寺)や慈照寺(銀閣寺)などが所有する墨蹟・絵画・工芸品等の文化財(国宝 2件(5点)[1]と国の重要文化財多数を含む)を収蔵・展示している。2004年には同年閉館した萬野美術館(大阪市)から国宝・重要文化財を含む約200点の美術品が寄贈された。
館名の「承天閣」は、相国寺の詳名である「相国承天禅寺」にちなむものである。なお「承天閣美術館」は法人格を有せず、国宝、重要文化財をはじめとする作品の所蔵者は相国寺および関連寺院である。
開基足利義満600年忌の記念事業として増改築を行って2007年5月13日に全館オープンし、展示室の面積は従来の倍以上となった。

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本当はもっと行く予定だったのだが、二人で作品について
話しながらじっくり見ていたら、あっという間に時間が
過ぎていた。同志社の向かいにある喫茶店でコーヒーを
飲みながらいろんな話をする。
一年に一度の私にとっては貴重な時間である。

夕方、京都駅で再会を約して別れた。




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大阪へ

.24 2018 comment(0) trackback(0)
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昨年の3月に大阪に来て以来のことです。
今回は会社時代の同期会出席のためです。
実は2年前にも福井で同期会が開催されたのですが
あんまり行く気になれず、行きませんでした。
ただ今回、行こうかなと思ったのは、私と同年代の
院卒で入った同期はもう65を過ぎていて
会社を辞めている人もいるだろうとの思いと
2年前に一人なくなった方がいて、そうかもう
そろそろそういう人が(自分も含めてですが)出てくるのだ
との思いで、今のうちにお別れをしとかねばと思った次第
でした。

そういうわけで、飛行機の往復切符はすでに3月末には
取得していました。
ただ、1週間目に法事でバタバタしていたり、ギリギリまで
あれやこれやと忙しく、出発日の朝にようやく旅行用の
バッグに着替えや本を詰め込んで、車に飛び乗った次第。

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飛行機に乗ってようやく、旅行気分になりました。
が読みかけのカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」
を離さずに持ってきて、読み続けていたので
なんか重苦しいもんまで持って旅に出たという感じです。

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飛行機は四国沖から紀伊半島で方向転換して
生駒山に沿って大阪方面に進み、やがて
大阪上空を横断して伊丹空港へ向かいます。
ずっと眼下の街並みを見ていました。
今住んでいる田舎の風景からするとこの都会の
延々と続く街並みの風景というのは恐怖すら
覚えます。それは多分、もうここに私の居場所は
ないのだということに起因するのかもしれません。

都会の中の無名性ということがありがたい時もあるのです。
そう誰にもかまって欲しくない時にはそれは
とてもありがたいのですが、そうでない時にはせめて
どこそこへ行けば温かいものに出会えるとか
会って話したい人がいるとかあるいは都市が提供する
あらゆる文化的なものとか世界中から集められた
優れた商品とか。
でもそれはそれで対価を伴うもので
都市=消費社会という構図の中で生き続けるのは
私にはとてもできなくなってしまいました。

そんなことをぼんやり考えているうちに
飛行機は伊丹空港に到着しました。

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到着して「あれ?」
なんか違う。デザインがすっかり変わっています。

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「えっ、2階に到着ロビー、なにこれ。ええどうなってんの?」

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出たところが2階。それも商業施設の真っ只中。
一体ここは空港の建物のどこになるんだろう。
急ぐ旅でもないし、しばらく荷物をゴロゴロさせて
探検してみてようやく理解できました。

2階にあった商業施設がリニュアルされていたのです。
そしてそのど真ん中に到着口ができたということのようです。
以前は到着口は1階でした。
でもなんかいい雰囲気になっていました。

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お昼の便で来たので夕方までまだ時間があります。
とりあえず今夜の宿、茨木に住む娘(姉)のアパートへ
行けばいいので、時間はたっぷりあります。

たしか上の階にインテリアのアクタスがあったはず。
探すとまだあった。行ってみることにする。

ああ、いいな。こういうの宮崎にないんだよね。
随分と目の保養になります。

その後、空港バスで新大阪に行き、本屋やお店を
ぶらりとして夕方、目的地に到着。

どうせ、娘は夕食なんて作ってくれないから
近くのコンビニに行って夕食の材料とビールを買ってくる。





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はがき随筆作品集

.23 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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5月度のエッセークラブの集まりは大阪へ
出発する前日だった。その前日に仕上げた
データを持って串間印刷を訪ね、いつものように
パソコンにUSBを差込み、コピー機のA4の用紙を
少し固めに変えてもらって、カラー印刷を
行った。表はスムーズにいくのだが裏面は
連続コピーすると表裏がずれる傾向に有るため
手間だが一枚ずつ焼いていく。
これが甚だ時間を食う。

そうやって原稿25部を焼き終えた。

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当日の出席者は私を含めて5名。
昨年の様子からして、その日半分でも完成すれば
よしと考えて臨んだのであるが、2回目でもあるし
皆、慣れてきたのか、今回は作業の技能が甚だ
向上してなんと25部全て完成してしまった。
これは大したことだ。

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作業は皆さん持ち寄りのオヤツを食べ、お茶を飲みながらの
楽しい作業であった。

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これが完成品。
原価は1部350円。クラブでの単価を600円に決めた。
とりあえず皆1200円で2冊買う。
もっと部数のいる人はこれから注文を受け、次回の会で
また作ることにした。

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こんなに簡単に第2号ができてしまった。
でも嬉しいことだ。

通して読んでみる。この1年の作品から抜粋された作品。
ずいぶん前に書かれた作品。そうしたものが渾然一体となって
それぞれのメンバーの人生や生活や家族を物語ってくれる。

最近、思うのだ。アルバムに写真を残すより
思いを言葉にして残す方が残された家族に取って
ありがたいのではなかろうか。
言葉にはともに生きた共有される想い出が残る。

作品を通してメンバーそれぞれが言葉の重みを
自分のものとして受け止め始めていることを感じる。
言葉はもはや生きる伴侶なのである。




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法事の後

.21 2018 日記 comment(0) trackback(0)
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祭りはいつまでもは続かない。
そろそろ終演である。
この1週間、私は実にこまめに皆の世話をした。
娘(妹)を宮崎まで迎えに行き、娘(姉)を再び
迎えに行き、最後には二人を宮崎まで送っていった。
その間の寝具や食事の世話等々。
なるほど巷間に言われるように、子供たちの帰省
なるものは高齢者にとってはとても大変な負担を
伴うものだと実感する。
されどもそれを差し引いても、こうして1年に一度
ひとつの擬似家族が生じるというのは面白いものだと
思って眺めていた。

娘(妹)と孫の家族→埼玉
娘(姉)→大阪
妹夫婦→福岡
とこんな具合で一同に会するのは実に難しいのだ。

年に一度、東京ー福岡間の新幹線で移動できる場所に
集まろうかという提案をした。母の残してくれたお金が
少しあるので宿代はこちらで持つからということにした。
一同の賛意を得て、早速この秋あたりから始めることになった。
計画は勿論、娘たちだ。

可愛い孫が一人存在するだけで、未来が開ける気がする。
とても貴重な存在なのだ。

庭先で孫のためにシャボン玉をする。隣のカンちゃんも
やってきて賑やかこの上ない。

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皆がそれぞれ帰っていく日曜日の朝、よかむん市が
開かれるので皆で行き、そこで朝食を食べることにした。
いつも一人で行く市に初めて6人で押しかけた。
それはなかなか楽しい出来事だった。

家に帰ると先に妹夫婦が帰っていき、9時には
子供や孫を車に乗せて宮崎空港まで送っていった。

祭りは終わった。

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実は日曜日に娘たちを見送って、その週の木曜日には
私自身が今度は大阪に旅立たねばならない。
時間がない中でやらねばならないことが多すぎる。
・山椒の実が実っていること
・梅が実っていること
・ジュンベリーが実っていること
・水曜日にエッセークラブさくらがあり、それまでに
 作品集の原稿を完成させ、25部印刷を終えておくこと

まずは山椒の実を摘んだ。

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梅は木に登っている暇がない。落ちた完熟梅を
拾ってみた。

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ジュンベリーはとりあえず食べられそうなものを
収穫した。
知人に電話して、山椒、梅、ジュンベリーを引き取ってもらった。
大阪から帰ったらすぐに梅をちぎらねば、
まずは作品集だ。

嗚呼、忙しい、忙しい。




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5月の読書会

.20 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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カズオ・イシグロは気になる作家である。以前、英文学がテーマの時に買って少しだけ読んで時間切れで終わっていた。そしたらそれから1年後、ノーベル文学賞を受賞してしまった。そこで今回のテーマが「カズオ・イシグロ」なのだが、読み始めてその難解さにちょっと手こずった。前回の読書会は出席者3名だったが、主にこの「わたしを離さないで」が議論になった。難解である主な理由は、背後に隠れている。「クローン人間」や「提供」という言葉。なのだが、具体的にその問題に触れて詳しく書かれた箇所はほとんどない。読者はまさにそこに手がかりを求めて読み進めていくのだが、その解説は一切ないまま小説は終わってしまう。だから読後の感想は3人とも同じように「読みにくい。読後すっきりしない。二度と読みたくない。」およそこんな感じである。私はその時、まだ読書の途中であったが次のように意見した。「クローン人間や臓器提供に関する確とした物語をイシグロは緻密に練り上げ、頭の中で書かれたそれらの背景の核心部を消し去ってしまったのではないか。」と確かに微かにそれらの痕跡はあちこちに散りばめられているのだが、知りたいことは書かれていない。

それから数週間後、ようやくこの難解な小説を読み上げた。が変に納得してしまった。読後私の心の中に重く沈殿したものはなんであったか。それは限りない人間の孤独というものであった。イシグロはやはり、背後に流れるクローンや臓器移植の話ではなく人間を、それも現代の人間が抱える孤独を描きたかったのではないかと思うようになった。つまり背後に流れるクローンや臓器移植の問題はこの小説の中ではそれほど重要なテーマではなく、人間というものを違った切り口で切ってみせたのではないだろうか。そう思うようになった

我々人間を人間たらしめているものはなんだろう。血(血縁)と時(歴史)と交(交際)ではなかろうかと思う。血は一人の人間の生まれてきた系譜であり、出自であり、源である。時はひとりの人間の歴史上の位置であり、役割であるかも知れない。交は人と人との関係性であり、家族、友人、結婚、あるいは社会的な活動である。血と時を取り去り、交それもごく限られた交のみで一生を送らざるを得ない人々。それがこの小説で描かれた世界だ。物語のなかで、実はその交さえもなかった世界に教育を受けさせ、人同士の交わりを経験させる場所、それがこの小説の主人公たちが卒業後も懐かしく思い出すヘールシャムだったのだと読み進めるうちにわかってくる。彼らは知らず知らずのうちに血を求める。要するにクローンの元になった人間がどこかに生きているということに異常な憧れを抱く。クローンとクローンの元になった人間の違いはなんだろう。クローンには父も母も子も存在し得ない。人間の歴史という時の流れに点として存在し消えていく。イシグロはクローンを緻密に描くことで「では我々人間とはなんだろう」という問を発しているのではないだろうか。
我々の住むこの現代は都市化とグローバル化が極度に進み。我々は時として自身が依って立つ基盤の脆弱さを思い知らされることが殊のほか増えてきたように思える。都会の片隅で孤独に打ち震える人々に今一度、血や時や交によって自分が人間である所以を問い質しているように感じた。

物語は優秀な介護人キャシー・Hを主人公にして幼い頃過ごした施設ヘールシャムでの回想から始まる。主に描かれているのは親友トミーとルースとの微妙な三角関係である。3人は成人して介護人になるがやがてそれぞれが提供の時期を迎え、手術ごとに臓器を失って弱っていく。トミーと恋仲のルースが先に逝くが、最期に二人の仲を引き裂くためにトミーと恋仲になったのだと告白、残るふたりに幸せを掴めとそのチャンスを口にする。臓器提供が延期になるチャンスを求めて二人はかつてのヘールシャムの先生を訪ねるのだが、そのチャンスは実は存在しないということを知ってしまう。体の弱るトミーと最期の日々を過ごすキャシー。やがてトミーに死が訪れ、ひとり残されたキャシーの前に寒々とした光景が広がる。

イシグロはこの小説で背後を詳細に書くと物語がSFになってしまい、人間の物語性が薄れることを危惧してその痕跡をぼかしたのではないだろうか。3人の成長の物語と孤独な死を深く心に刻み付けるために彼は状況の設定を敢えて「クローン、提供」にしただけで他の設定も十分ありえたのだと思える。イシグロのインタビューを聞くとそのことがよくわかる。

このクローンたちが抱えるどうしようもない絶望感、孤独感。そうしたものが現代人の心を捉えるのではないか。そんなことを考えた。




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