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何かになる

.02 2018 日記 comment(0) trackback(0)
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人はいつも何かになろうとしている。
仕事を辞め、自由気ままな日々を送る毎日でも
それは変わらず、知らず知らずのうちに何かになろうとしている。
時々、何者でもない自分というものは一体社会的に
何者なのかと定義付けされる方が分かりやすいというのもあるのだが
何者?という問いに応えにならないつぶやきをいくつか
吐いてみても詮無い。

小学校の教科書であったか、あるいは中学校の国語の教科書であったか
「大きな岩の顔」といったような題の物語が載っていて、その内容が
時々ふっと思い出されるのだが、作者も題名も分からずにいた。
ある時、新聞の記事か何かにその話を引いて書かれた文章に出会い
切り抜いて取っておいたはずが、行方不明になってしまった。

お盆の準備で部屋のガラクタ書類を片付けていたら、その記事を
5年ぶりくらいに見つけた。「くろしお」とあるから、宮日の第1面下にある
エッセイである。また切り抜きが無くなるといけないのでここに
記しておくことにした。

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記事の一部を紹介しよう。

 アーネスト少年はひたすら待ち続ける。村にそびえる山の中腹にある
人面の大岩に似た人物が現れる日を。その人物は少年の村に幸福を
もたらす、と人々に信じられている。
 米国の小説家・ナサニエル・ホーソン著「人面の大岩」は素朴で純粋な
少年の胸中を描く。富豪、軍人、政治家などが現れるたびに村人は
「この人物こそが人面岩の人」とほめそやすが、アーネスト少年だけは
「違う。この人ではない」と見抜き、がっかりする。

以下、記事の本題になる。そして再びこの物語に話が戻る。

 月日が流れ、老人となったアーネストに向かって旅人が叫ぶ。
「あの大岩にそっくりです」と。アーネストは物静かで知的で
村人たちを助け、誰からも尊敬されていた。少年時代から
待っていたのは自分自身だった。

という結末。

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子供の頃の国語の授業の話。あるいはこの記者も同年代で
同じ教科書で育った世代かも知れない。不思議なのは
私と同じように記憶が鮮明に残っているということだ。

こういう単純で優しいお話が結構記憶の底に残って
その人の生き方を左右するのかもしれない。
そう思ってみると小学生への読み聞かせなどというものは
大切だなと思う。

今日届いた市報の背表紙裏の随想に私を読み聞かせに
誘ってくれた武田さんが子供たちの読み聞かせについて
書かれていた。

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話を最初に戻そう。子供たちに何かを与えようという問題も
それはそれで重要なのだが、老いた我々の残りの人生についても
考えねばならない。アーネスト少年のようになにかになろうとする
人生ではなく、気がついたらなにかになっていたそういう人生で
ありたいものだ。




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神々の遊ぶ庭

.31 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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宮下奈都さんのエッセイというので読んだら面白かった。

宮下奈都さんの家族5人が一家まるごと北海道の
山中に1年間移住した話を日記風にまとめたものだが、
実際にはその山中に暮らしていた間、ある雑誌に連載
されていたものをまとめたものだ。

暮らした先は北海道の中央部、大雪山国立公園にある
トムラウシ。アイヌ語でカムイミンタラ。「神々の遊ぶ庭」
と呼ばれる美しい山だ。余計な情報かもしれないが、
数年前の夏、多くの登山者が低体温症で亡くなるという
遭難事故があった場所だ。
遊びに行くのではない。そこで1年間、家族で暮らすのである。

宮下家は東京生まれ東京育ちで北海道に憧れを抱いている
宮下夫、福井生まれ福井育ちの宮下妻(作家)、中3の長男、
中1の次男、小4の長女。小中学校の併置校で、其の時点で
小中合わせて10人の生徒。大変な僻地校である。そこへ
山村留学するのである。

一体何ゆえにそういう事態になったのか。作者はそこら辺を
夫に気遣いながら楽しげに書いているが、実際はどうだったか。
都会育ちのくせにやたら北海道好きの宮下夫が言いだしっぺである。
家族会議でどうせ子供たちが反対するさとタカをくくっていた宮下妻。
ところが子供たちが俄然興味を持った。腹をくくった宮下妻は
この1年を楽しむことにした。その心意気が文章に現れている。

家族がいつも一緒にいる生活。学校がすぐそばで村人すべてが
学校行事に関わりあう生活。先生も村人も皆が子供たちに
真剣に向き合う。実は神様がくれた宮下家への宝物になる1年だったのだ。

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この本を読んでいて、何か似てる。そう思った。
実は我家の椎葉での生活がよく似ているのに気づいた。
私は小学校の5年生まで串間市の福島小学校に通っていた。
父は中学校の教頭をしていたが、その春の人事で父は
突然、椎葉村小崎小学校の校長として赴任することになった。
先に一度現地に様子を見に行った父の話から想像するに
大変な山奥であることがわかった。不安があったが家族5人で
赴任することが決まった。

日向市からバスに揺られて4時間。途中諸塚でトイレ休憩があった。
上椎葉に着くとそこからタクシーに乗り、椎葉ダムのダム湖に沿って
30分。ダム湖が終わる場所。そこに小崎小学校が有り、
グランドの上に教職員の住宅が数軒並んでいた。
周囲には民家が10軒程度あるだけで、学校の子供たちは
川沿いの山々から歩いて学校へ通ってきた。

その春から私が小学校の6年生。妹が4年生。弟が1年生だった。
家族はその地に父の任期の3年間を過ごしたが、
私は中学校から宮崎市にある私立の日向学院中学校へ進学した。
私にとっては1年間の山村留学みたいなものだった。

不思議なのはいまだに私たち家族にとって多分、一番いい時を
過ごしたという感覚を共有していることだ。
椎葉村小崎という場所はその時から我が家にとって
「神々の遊ぶ庭」で有り続けているのだきっと。

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もうひとつある。大阪の会社に勤めていた頃、40代後半ではなかったかと
思うが、会社の先輩に誘われて岐阜県郡上市明宝気良にある別荘に
渓流釣に通うようになった。年に3回、春、夏、秋と2泊3日で通った。
ここも私たちにとっては「神々の遊ぶ庭」だったのではないかと
思っている。

こういう好機はそうあるものではない。
私が子供であった両親を含めた家族はこうしていい機会に巡り会えたが
私を父とする娘たちとの4人家族はこういう機会に巡り会えなかった
気がする。

定年退職をして大阪から串間に帰って、翌年、郡上へ誘ってくれた
先輩が亡くなった。その数週間後に私の妻が亡くなった。
大切なものを失ったその年の秋、車で人吉から妹夫婦と落ち合い、
九州山地を越えて、椎葉へ向かった。

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私は再び、「神々の遊ぶ庭」を得たかったのかもしれない。
翌年から春、秋と2泊3日で椎葉村小崎の川の口集落に通い始めた。

話を宮下家に戻そう。
宮下妻はこの本「神さまたちの遊ぶ庭」を如何にも楽しげに
一見ノー天気に見える明るさで楽しい日々を綴っている。
ところがである。
実際には彼女はしたたかにもその間、小説を書いていたのである。
その小説があの「羊と鋼の森」だったのだ。
あるいはと思ってみる。
この本は神々が書かせたのかもしれないと・・・・・・





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迷走台風

.29 2018 日記 comment(0) trackback(0)
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なんとも迷惑な台風である。過去形で表現しないのは
いまだその台風の影響下にあるからだ。大きな渦巻きの
端の方が南九州にかかっており、毎日のようににわか雨が降る。
空の半分は晴れていても半分には黒雲があるといった塩梅である。

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数日前からインターネット接続に使っているポケットWi-Fiの
調子が悪くなり、ついに繋がらなくなってしまった。
おまけに充電器を含め熱を持つようになったり、充電後すぐに
電池が消費されたりとなって、「あー、ブログが書けない」
状態になってしまった。困ってても仕方ないので
件のWi-Fiと携帯パソコンを持ってNTT docomoへ向かった。

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11時にお店に入り、早速診断。いやに時間がかかる。
「おかしい?」という。いやおかしいから持参したのだ。
修理に数日かかる。修理代に5千円出せという。
1年前の春、ガラケーをスマホに替える際に、Wi-Fiを
無料で新しいものに変えませんかというので替えた。
修理の間、インターネットに接続できないと困るから
代車ならぬ代器はないのかというと、何か用意するという。
ウーン、面倒だな。
「いっそ、新しいのに取り替えたら、いくら?」
「・・・千円かかりますが、戻ってきます」「えっ、タダということ」
「・・・・まあ」「じゃ、それでいこ」

これで一安心と思ったのだが、ふと不安がよぎった。
昨年の春、機種交換の際、設定にやたら手間取ったのだ。
問題は私がプロバイダー契約しているOCNのデータを
入れるところでいつも手間取る。
その内容は
①接続先名
②APN(接続先)
③ユーザー名
④パスワード
⑤認証方式
昨年のメモがあったのでそれで入れてみる。
携帯パソコンを開いてネット接続を試みるが
パソコンがこの新しいWi-Fiを認識しない。
何度もやって、ようやくパソコンがWi-Fiの
パスワードを聞いてきた。新機種のパスワードを
打ち込んでようやくネットに繋がった。

時計を見ると午後3時だった。
お店の店員と一緒に4時間、昼食も摂らず格闘
していたことになる。

疲れた。

えっ、迷走台風の話題はどうなったかって?
私の話が迷走しました。
おあとがよろしいようで・・・・・・・




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日々のこと

.27 2018 日記 comment(0) trackback(0)
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梅雨があけ、晴天続きの中、縁側に桜の落ち葉が
目立つようなってきた。今はこの大きく枝を広げた
桜の葉に大いに恩恵を被っている。
信じられない気がするが木の葉があと2ヶ月余りで
ほとんど落ちてしまう。

日差しの強さがあるいは関係するのかもと思う。
同じ桜でも大阪では秋に見事なくらい紅葉する。
落ちるのはそれからだ。函館の桜は11月でも
青々としていた。

だから日差しかなと思ってしまう。南国の強い日差しを
十分すぎるぐらい浴びると光合成により桜は冬ごもりの
エネルギーを体内に十分蓄えるものと思われる。
だから、もう夏を過ぎるともう十分とばかり葉を落とすのでは
あるまいか。

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それにしても、庭先で見上げるたびに思うのだ。
この膨大な量の葉が全部地上に落ちるということの
事実を。いやいや、あまり認めたくないのだ。

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ベランダに張り出したポリカの屋根にも葉が落ちて
それが見上げるとなんともいい風情である。
桜の花びらが落ちるときほどの優雅さはないが
これはこれで結構気に入っている。
まるで1枚の絵のようではないか。

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畑の収穫がピークを迎えようとしている。
重宝していた米ナスがそろそろかなと畑に行くと
なんとごろりと落下していた。表面が傷んで
どうもダメのようだ。トマトはもうどうあがいても
食べきれない。あとは何とかして夕食時に
料理して食べている。

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先日、図書館で本を探していたら、たまたま村上春樹訳の
「セロニアス・モンクのいた風景」という本を見つけ
モンクとコルトレーンの出会いの部分があったので読んでいたら
なんとこの時期、コルトレーンは最悪の状態でマイルスのバンドを
首になった直後をモンクに拾われたようなことが書いてあり、
このモンクとのセッションを続けるうちに腕を上げていく
様子が書かれてある。
実はジャズはあまり得意ではなく、あまり知らないのだが、
こうしたエピソードちょっと聴きかじりながら聴くのも悪くないと
思っている。先日大阪でたまたま見つけたモンクとコルトレーンの
共演CDを偶然見つけて買ったのだが、その解説の中に
二人の共演は実に素晴らしい演奏だったが録音されたものは
様々な事情でほとんど残されていないとあった。
実に貴重なCDを見つけたことになる。

まあ、そんなこともあって、アマゾンでこの本を注文してしまった。
本のタイトルがいいよね。「セロニアス・モンクのいた風景」で
翻訳が村上春樹。

ある日、突然、きつい酒が飲みたくなった。ウイスキーいや、
バーボンがいい。近くのお店で見ていたらこのI.W.HARPER
のポケット瓶が目に付いた。これだと思って買ったのだが、
ちょこちょこ飲んでるうちに空いてしまった。こりゃイカンと
2本目を買った。

バーボンを小さなグラスに注いでそのままクイッと飲んで
「セロニアス・モンクのいた風景」なぞを読んでみる。
曲は勿論・・・・・・・・・・





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見えないガラスの箱

.25 2018 日記 comment(0) trackback(0)
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前回、愛宕祭りの賑やかな様子を紹介した。
普段の仲町通りはこの写真のようにひとっこひとり
見当たらぬ如何にも寂しげな通りである。

最近、ちょっと気になる文章に出会ったのでちょっと
紹介したい。書いたのはテレビでお馴染みの
さかなクンである。書かれたのはずいぶん前だが
なかなか的を得た鋭い指摘にちょっと感動してしまった。

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いじめられている君へ

広い海へ出てみよう
                      東京海洋大客員助教授・さかなクン

中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。
 でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。
 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。
 中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。
 ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。

(朝日新聞2006年12月2日掲載)

いじめの問題は今でも毎日のように報道されていて
専門家は口を揃えて「いじめはよくない。いじめをなくさないと
いけない」という。だが本音のどこかでいじめはなくならないと
思っている。だがだれもその本音を口にできないでいる。
「いじめは無くならない」と口にした途端、じゃーどうすればいいのかを
言わねばならない。それが誰にも言えないでいる。
さかなクンのこの文章には得意分野の例を引いた見事な回答が
述べられている。

ただ、大海とはなんであるか。それを少し深く考えないとなかなか
大海には出れない。大海は社会であると言い切ってしまえば
どんなに楽だろうと思う。社会に出てもこの小さな硝子の水槽は
存在する。職場にだって家庭にだってこの見えない小さな硝子の箱は
存在する。いじめやいじめのようなものはどこにでも起こりうるのだ。
ある日、自分の周囲に窮屈な硝子の箱を感じたら、どうやって
そこを出るか、どうやってそのガラスの箱を消したり壊したりするか
僕らはいつもいじめの問題を人と人との関係性にのみ目を向けすぎて
いたかもしれない。実は窮屈な環境にも人を変えてしまう影響力が
あることをさかなクンは指摘してくれている。

ある人は旦那と二人きりの家族から抜け出して親しい友人との茶飲み話に
それを求めているかもしれない。ある人は自分の配属された部署の息苦しさ
を他部門との委員会や客先の営業に息抜きを求めているかもしれない。
苦しんでいるのは子供だけではない。

先日、テレビの特集番組でSNSを通じて周りの人達と繋がりを求める
最近の若者についてまとめられていたが、彼らは逆に生の人間との
付き合いができないと悩みが述べられていた。
これはどう見ても個人個人がガラスの箱に入って隣のガラスの箱と
SNSで会話をしている滑稽な姿を想像してしまった。

大海も楽ではないのだ。
ただ、見えないガラスの箱を感じとれる感性を養いたいものである。
人生において先手を取れるのではないか。そんなことをここ数日
考えている。





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