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5月の読書会ーアルベール・カミュ「ペスト」

.16 2020 読書 comment(0) trackback(0)
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 新型コロナウイルスの影響で先月は読書会を中止した。今月も駄目かなと
思っていたら、連休明けに事態は好転して、慌てて今月の読書会をセットした。
当日は御覧のように、窓を開けて部屋を換気、長テーブルに一人ずつ座り、
全員マスク着用。と御覧のようにして5月の読書会は始まった。


 なぜ?この本が書かれたか?  最後にこうあります。

 そうして医師リウーは、ここに終わりを迎える物語を書こうと決心したのだった。沈黙する者たちの仲間にならないために、ペストに襲われた人々に有利な証言をおこなうために、せめて彼らになされた不正と暴力の思い出だけでも残すために、そして、ただ単に、災厄のさなかで学んだこと、すなわち、人間のなかには軽蔑すべきものより賞賛すべきもののほうが多い、と語るために。

 そう、人々はすぐにすべてを忘れてしまうのです。結局は、生き延びた人々が云うように「いつだって同じ」なのであり、しかし「それが彼らの強さであり、彼らの罪のなさ」でもあります。だからこそ、忘却に抗い、記憶を確かなものにするために、このすべてを
記録することが必要なのです。
 では記録されるべきは何か。当たり前のことですが「ペスト」は架空の出来事でカミュによって作られた小説にすぎません。しかしこの物語はカミュ自身が体験した様々な不条理な出来事の集大成なのです。それは、父親を幼いころに戦争で亡くしたこと、結核を患ったこと、第2次世界大戦中の対独抵抗組織での抵抗活動、アルジェリア戦争などなど。
ここではこれらの作者自身に起きた不条理な出来事を抽象化して「ペスト」という感染症に置き換え、更にその結果起きた「都市封鎖」という状況を生じさせることで、都市内全ての人に降りかかる不条理のもとで生じる人々の営みを描くことで様々な問いを読者に投げかけています。
 人生で必ず遭遇する不条理な出来事をカミュはどうとらえていたのでしょう。カトリックのパヌルー神父との対話を通して、神を信じる者と神を信じない者の対比をすることで
自分の人生への向き合い方を説いています。
 
 キリスト教は、人間については悲観論者でありながら、人間の運命については楽観論者なのです。さて、人間の運命について悲観論者であるわたしは、人間については楽観論者なのだと、私は言いましょう。しかも、それは、わたしにはつねに不足なものに思われる人間主義の名においてではなくて、何物をも否定しないようにしようとするところの無知の名においてなのです。

 キリスト教は、人間ははじめから原罪を刻印された悪いものだと捉えていますから、「人間については悲観論者」です。ところが人間の運命については、来世では天国で救われますよ、と楽観しています。
 それに対してカミュは、神はいない、来世などないという立場ですから、「人間の運命については悲観論者」ですが、人間については悪いものではないかもしれないという楽観的な希望をもっています。それは「ペスト」に込められたメッセージでもあります。人間は初めから罪を負って生まれてくるものでもないし、はじめから悪をなすために存在しているわけでもないということです。
 そういうわけでこの作品は主人公の医師リウーを中心に信仰や大義を振りかざすことなく、自らの責務を誠実に果たすことで人間同士の連帯を生み出していく物語として構成されています。

 人の問題とは別にもう一つ重要な視点があります。経済の問題です。作者がアフリカ北部アルジェリアのオランという都市を対象としたのには訳があります。アルジェリアは当時フランスの植民地でした。経済的利益の搾取のために他国による支配が行われているわけですから、ある意味、この都市が経済最優先であるのは当然のこととなります。そういう都市を対象としたのは実は身近な現代社会を念頭に置いて書かれたものであるといえるでしょう。感染症で都市が監禁状態に置かれ、経済活動ができなくなった時に人間ははたしてどう対応するのか。この現代的意味は疫病だけでなく、地震、洪水、津波、原発事故が起きて経済システムが停止した時、どうなるのかという日本で毎年のように繰り返される出来事そのものでもあるわけです。

 さて本題に入っていきましょう。ペストらしきものが発生した時、まず何が起こるか。現代において、天災はつねに法や行政の対応と結びついています。行政側の対応は得てしてこうなりがちです。

 この病気を阻止するためには、それが自然に終息しない場合、あらかじめ法律で定められた重大な予防措置を適用する必要がある。そのためには、これがペストであることを公式に認めなければならない。しかし、その確実性は絶対とはいえない。したがって慎重な考慮を要する。

 この状態を作者は「追放状態」と呼んでいます。ここで追放されているのは、病人や死者だけでなく、病気と無関係の一般市民もそうなのです。何か大変なことが起こっていると分かっていても、それをニュースが伝えても、何の方策も講じられない状態は市民が放っておかれる状態ですから、追放状態なのです。

 では住民の側はどうなのでしょう。

 そう、ペストは、抽象と同じく、単調だった。
 抽象と戦うためには、多少抽象に似なければならない。


 初期の疫病の発生は、医師や政府に「人間の健康を保つという行動の指針」を持つべき理念を起こさせますが、実際には起こっている事象が非現実的であるため「抽象」として認識されます。逆に人々の「日常」というものは、普段はそう感じなくても、奪われそうになると「幸福」に置き換わっていきます。結果、日常的な幸福にしがみつこうとしても、災厄の絶対的な大きさに対してはどうにもならず、理念を幸福に優先させなければならないようになってきます。

 日本では、理解しにくいのですがヨーロッパの多くの地域は、カトリック的な土壌の上に成り立っています。そこでは神がつねに問題となります。全能の神が人々の最終的な救いの拠り所として作用しているキリスト教的ヨーロッパで、作者はそうした精神の支配とも戦わねばならないのです。
 作品中のパヌルー神父がその代表者として登場します。決して主人公の医師リウーと対立するわけではありません。逆に医療活動には協力的です。ここでは教会での2回の説教を通して、神父の信仰者としての意見を述べるという形をとっています。一方、医師リウーは文中、「神を信じていますか、先生?」と問われ、はっきりと「いいえ」と答えています。「神なき世界で生きる」というもう一つのテーマが底流を流れています。

 同志的色彩の濃い人物としてタル―という人物が登場します。彼が時々記す手帳の存在は、語り手のリウーと重層的に記録者という位置づけです。彼は有志を集めて保健隊を結成し医療従事者や患者を助けます。その献身的で美しい行為の実践に対して作者は過剰な賛美を避けています。そうすることによって「ペスト」は決して勇敢さの美談ではないし、特別に強い精神を持った主人公による美しいヒロイズムの物語ではないと言っているのです。
 タル―とは対照的に凡庸きわまる人物として小役人グランが登場しますが、自分にできることをするという静かな美徳のとるに足らない地味なヒーローを読者の代表として登場させることで共感を得ます。
 一方、犯罪者であり、ペストによる騒ぎのおかげで逮捕を免れたことを喜んで、更に悪事を重ねるコタールのような悪人を描くことで、この小説は豊かな厚みを持っているといえます。
 もう一人、この疫病の発生直前にこの町にやってきた記者ランベールもまた、ヒロイズムとかけて描かれます。彼は自分は旅人で、たまたまここにやってきただけで、ここの市民ではないから、「都市封鎖」されても自分は例外的に外へ出してもらう権利があると固く信じて合法的な手続きを重ねますが、駄目と分かると今度は非合法的に封鎖を破ろうと努力します。パリにいる恋人に会いたいというのがその理由なのですが、ある時、リウーの
妻が町の外の結核療養所にいることがわかり、自分も残ることを決意して、タル―やグランとともに保健隊の活動に参加します。

 作者の目はタル―にもグランにもランベールにも、そして犯罪者のコタールにも決して否定的ではなく、肯定的なまなざしを向けています。先にキリスト者に対して自分は人間に対して楽観主義者であると述べたのは、こういう事なのです。

 まだまだ、書けば書くことはたくさんありますが、おおよそのことはこんな風です。「ペスト」を今回の「コロナ」に置き換えてみると実に分かりやすいと思います。この「ペスト」は一都市が舞台です。ここだけで疫病は発生し、終息しています。しかし、「コロナ」の問題は時代を背景にグローバル化による国境線の希薄化が中国の武漢という一都市からあっという間に全世界に拡散し、未だに終息していません。
 我々が人生の「不条理」をあまり意識してこなかったのは、不条理が人や時間や地域によってばらばらに起こっていたために、他人の不条理にまで目がいかなかったからではないでしょうか。「コロナ」による不条理は全世界の人々がほとんど同時に実感していることにあるといえるでしょう。通常あり得ないことが今起こっています。この本には不条理に立ち向かう様々なヒントが散りばめられています。




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