FC2ブログ

7人の運動会

.24 2019 街づくり comment(2) trackback(0)
DSC_2939_convert_20190930153335.jpg

振り返ってみて、一つの家族が光り輝いている時期がある。
私の家族、正確には私が子供であった家族つまり、父がいて
母がいて、兄弟がいて一緒に仲良く暮らしていた頃の話である。

私の父は教師をしていたが、私が小学校の6年生になる
春に椎葉村小崎小学校の校長として赴任した。今は串間
から車で4時間で行けるが、当時は日南線で宮崎まで
行き、宮崎で列車を乗り換え、日向駅で下車、ここからバスに
乗り、4時間を経てようやく上椎葉に到着した。時間が長い
ため、途中諸塚でトイレ休憩があった。さらに上椎葉から
タクシーに乗り30分、椎葉ダムのダム湖が終わる辺りに
小崎小学校はあり、そのすぐ隣に職員住宅が数棟並んでいた。

いまでもこの時の不安感や心もとなさを覚えていて、
串間を去る時、都落ちするような、時代に取り残されたような
そんな不安感を思い出す。唯一の慰めは家族が一緒で
あったことだった。

小学校は全校生徒が125人で、一学年で20人近くいて、
兄弟で在籍している子供が多かった。現地の子供たちと
交わる様になって驚いたことがある。子供たちは何でも
自主的に事を進めるし、意見もどんどんいう。大人に対して
も一人前の口をきいた。驚いた。串間の小学校では一学年
5クラスあった。クラス委員などをしていても、自分では何も
できなくて、おとなしく過ごしていたように思う。
今振り返るとこの一年がいかに充実していたか。それに
何をするにしても家族一緒に活動することが多かった。
例えば、夕方、家族そろって学校の下の川で魚釣りをする
そばで母が釣った魚を捌いて、それを持ち帰って炭火で
火ぼかしにした。日曜日には家族そろってお弁当を持って
下流の広い河原で魚釣りをした。この村は学校行事を中心に
動いていて、生徒の父兄が何かあると学校へやってきた。
学校を中心にした半径1Kmほどの狭い世界。それが
すべてだった。でも実に濃密だった。

私は1年だけここで過ごし、卒業と同時に宮崎市にある
日向学院というミッションスクールへと一人旅立った。
もちろん、春休み、夏休み、冬休みにはこの小崎の社宅へ
帰省した。中学3年になった春、家族は転勤で串間の今の
実家へ帰ってきた。

定年退職で串間へ帰ってきた翌年、妹夫婦とこの地を
50年ぶりに訪れた。見知った人がいるか不安だった。
が、あちこちで旧友たちに再会したし、お年寄りたちは
父や母のことを覚えていてくれた。
以来、毎年この地へ春と秋に釣竿を抱えて通うようになった。

過疎化の波は激しい。数年前から小学校や中学校の
統廃合の話でもちきりだった。同じ椎葉から日向学院へ
他に二人が行ったのだがそのうちの一人が現在椎葉村の
教育長をしている。その教育長の旗振りで今回、
椎葉村のすべての小学校を閉校にして椎葉小学校1校に
してしまおうというのである。もちろん各集落は反発した。
しかしである。中心地上椎葉の小学校ですら50人しかいない。
ここも複式学級になる寸前なのである。子どもたちの教育を
考えて、1学年1クラスを保持することを目指して村内の
小学校を一つにまとめる決定がなされたのだった。

そういうわけで、今年1年でこの小崎小学校は閉校となることが
決定した。私は4月に入学式に参列し写真撮影を行った。
新入生は女の子一人だった。そして今回その一人を加えた
「最期の7人の運動会」を仲間3人と撮影しにやってきた次第。
一人はビデオ撮影。残り二人が写真撮影。


DSC_2254_convert_20190930150137.jpg 

DSC_2260_convert_20190930150239.jpg

DSC_2282_convert_20190930150341.jpg

DSC_2287_convert_20190930150413.jpg

DSC_2290_convert_20190930150459.jpg

DSC_2297_convert_20190930150528.jpg

DSC_2326_convert_20190930150606.jpg

DSC_2332_convert_20190930150638.jpg

DSC_2337_convert_20190930150723.jpg

DSC_2365_convert_20190930150814.jpg

DSC_2390_convert_20190930150847.jpg

DSC_2417_convert_20190930150923.jpg

DSC_2458_convert_20190930151000.jpg

DSC_2464_convert_20190930151033.jpg

DSC_2472_convert_20190930151113.jpg

DSC_2479_convert_20190930151153.jpg

DSC_2493_convert_20190930151236.jpg

DSC_2534_convert_20190930151315.jpg

DSC_2539_convert_20190930151359.jpg

DSC_2601_convert_20190930151437.jpg

1T3A1476_convert_20190930151624.jpg

DSC_2644_convert_20190930152139.jpg

DSC_2649_convert_20190930152220.jpg

DSC_2653_convert_20190930152324.jpg

DSC_2667_convert_20190930152410.jpg

DSC_2736_convert_20190930152509.jpg

DSC_2775_convert_20190930152603.jpg

DSC_2782_convert_20190930152710.jpg

DSC_2821_convert_20190930152820.jpg

DSC_2849_convert_20190930152908.jpg

DSC_2854_convert_20190930153039.jpg

DSC_2874_convert_20190930153121.jpg

DSC_2907_convert_20190930153208.jpg

DSC_2920_convert_20190930153248.jpg

前置きがずいぶん長くなった。
運動会当日は前日の台風が嘘のようによく晴れて、秋を
思わせるような涼やかな風が吹いていた。日差しは時間の
進行とともに暑くなったが、日陰は涼しい。皆木々の日陰や
テントの下で暑さを凌いでいた。

子供たちは始まる前から屈託がない。明るいし、人懐っこい。
7人だから、3人と4人に分かれ、赤と白で競い合う。
もちろん集落の人たちのゲームもたくさんあり、見ていて
ほほえましい。数年前の串間市の笠祇小学校の最後の
7人の運動会のことを思い出していた。

いろんな人から声をかけられた。「ほら、岩下校長の息子さんげな」
今年、椎葉村の村会議員になったハジメさんは私の同級生の
弟さんだ。「終わったら反省会があるから出てもらえんですか、
皆に紹介しますから」と声をかけられた。反省会?はて?
何のことはない飲み会である。連れがあったので断ったが、
こんな風に普通に誘ってくれるところが嬉しい。

ここでも子供たちは地元の踊りを担っていて再開した午後一番に
「山法師踊り」を舞ってくれた。問答であるからセリフが多い。
低学年の子がほら貝を吹いたり、古い言葉で問答したりと
見ごたえがあった。

山間の小さな運動会。懐かしい香りに包まれて、セピア色の
思い出の中に昔一緒に遊んだ仲間たちの姿を思い出していた。
私の人生の貴重な1年。家族が全員そろって家族していた
最後の一年。様々な思いが胸をよぎる。

朝9時に始まった運動会は午後3時半に終わった。
とてもいい運動会だった。





写真日記 ブログランキングへ

いつもブログ「扉の向こうへ」を見ていただいてありがとうございます。
「写真日記ブログランキング」に参加しています。
読後、上記 リンクバナーをクリックしていただけると幸いです。
スポンサーサイト



-
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2019.10.02 00:23
酔龍
かっちゃんへ

このブログよく見つけましたね。
確か、数年前の嶽の枝尾の神楽でお会いしましたね。
私は昨年も行きました。その時、ハジメさんとも少し話をしました。
今回、村会議員になられたというので、おめでとうと伝えたら、
お兄さんに代わって家を継いだこと今ではよかったと思うと
云ってました。

運動会では同級生にも会いました。テルミ、シゲノリ、マサヒロ・・
宿はいつもの民宿上村でテルキにはいつもお世話になっています。

4月に行った入学式のブログも是非見てください。

小崎は思い出の地だけではなく、今の小崎と身近に付き合ってる
そんな感覚です。
2019.10.02 06:41

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://sht0807.blog135.fc2.com/tb.php/1818-7c825b2b