巡礼の年

.18 2017 音楽 comment(0) trackback(0)
DSCN2835_convert_20170524063853.jpg

ブログを書く話題はいろいろあるのだが、まずは写真を
撮って、その写真をきっかけに書き始めるのが常であるが、
それ以外にも書きたい話題はいろいろある。だがそれらは部屋に
じっとして読書や音楽に浸っていないと考えが熟成してこない。

たまには写真1枚だけでブログを書くなどというパターンも
悪くないと思っている。だが小難しいことを書き連ねると
すぐに電話で「おまえ、小難しいことを書くな。さっぱり
分からん。」などと外野からやじも飛んでくる。
まあ、そういうのは適当に無視して・・・・・・

数年前、久しぶりに村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、
彼の巡礼の年」を読んだ。意外にも読みやすかった。
今日はその小説の話ではなく、小説中で取り上げられる
音楽について語ってみよう。

音楽はフランツ・リストの「巡礼の年」
読後すぐに大阪に行った時に、中古のCD・レコード店で
写真左のCDを購入した。

ピアニストはアルフレッド・ブレンデル
曲は巡礼の年:第1年「スイス」のみ

串間に帰って、すぐに聴きだした。数回聴くうちに
いい曲だなと思うに至った。普通のピアノ曲と
異なり、ひとつの物語を聴くように様々な要素が
散りばめられていて、知的好奇心を刺激するのだと思う。
つまり、この小説はこの曲を聴いていくうちに着想された
のではと思えてくる。

主人公が青春時代にほのかに憧れた美しい女性が
よく弾いていた曲がこのリストの巡礼の年である。
この女性の死がこの小説の骨格を作り、物語は
展開する。このブレンデルの曲がCDから流れる場面は
後半の山場に現れる。

ところがこの小説の中で実はもうひとりのピアニストの
レコードを聴く場面がある。主人公はそこで友人に
それが何の曲であるかを問う。かの美しい女性が
よく奏でていた曲の作者と題名を知る場面である。
小説ではこの箇所に明らかにそちらのピアニストのほうが
上であるように書かれている。

そのピアニストはラザール・ベルマン。
小説を読みながら私はハットし、にやりとする。
だろうなと思う。私もラザール・ベルマンのレコードは
数枚持っていてよく聴く。
だがそもそもリストの巡礼の年そのもののCDがあまり
市中にないのである。
アマゾンで探したら出てきたので買おうかなと思っていたら
先日、宮崎の音楽CD店でラザール・ベルマンの
リスト「巡礼の年 全曲」(CD3枚組)を見つけた。

3000円とあったがすぐに買ってしまった。
家に帰ってすぐに聴いた。実はブレンデルのピアノに慣れては
いたのだが、1箇所どうにも納得できない演奏の部分があり、
ベルマンならどう弾くのか、気がかりなところがあったのだ。
だが最初から、「えっ、同じ曲?」と思える程に感じが違う。
ゆったりとして強弱の差が大きく、硬い部分を解きほぐして
くれるような曲想が、案外リスト本人に近いのではないかと
思えるほどしっくりとくる。疑問に思っていた箇所は案の定、
異なる弾き方ですんなり耳を通っていった。

この小説にはこの曲についての能書きがたくさん書かれています。
小説のあらすじにはほとんど触れないので、
ここにその一部をご紹介しましょう。

「技巧的にはシンプルに見えるけど、なかなか表現のむずかしい曲です。
楽譜通りにあっさり弾いてしまうと、面白くも何ともない音楽になります。
逆に思い入れが過ぎると安っぽくなります。ペダルの使い方ひとつで、
音楽の性格ががらりと変わってしまいます。」
「これはなんていうピアニスト?」
「ラザール・ベルマン。ロシアのピアニストで、繊細な心象風景を描く
みたいにリストを弾きます。リストのピアノ曲は一般的に技巧的な、
表層的なものだと考えられています。もちろん中にはそういう
トリッキーな作品もあるけど、全体を注意深く聴けば、その内側には
独特の深みがこめられていることがわかります。しかしそれらは
多くの場合、装飾の奥に巧妙に隠されている。とくにこの「巡礼の年」
という曲集はそうです。現存のピアニストでリストを正しく美しく
弾ける人はそれほど多くいません。僕の個人的な意見では、
比較的新しいところではこのベルマン、古いところでは
クラウディオ・アラウくらいかな。」

どうです。この能書き。これは多分音楽好きの村上春樹自身が
小説中の友人に扮して語っているのです。

では最後の場面

「僕がいつもうちで聴いている演奏とは、印象が少し違う。」
とつくるは言った。
「誰の演奏で聴いているの?」
「ラザール・ベルマン」
エリは首を振った。「その人の演奏はまだ聴いたことがない」
「彼の演奏の方がもう少し耽美的かもしれない。この演奏は
とても見事だけど、リストの音楽というよりはどことなく、
ベートーヴェンのピアノ・ソナタみたいな格調があるな」
エリは微笑んだ。「アルフレート・ブレンデルだからね、
あまり耽美的とは言えないかもしれない。でも私は気に入っている。
昔からずっとこの演奏を聴いているから、耳が慣れてしまったの
かもしれないけど」

とまあ、こんな具合である。クラシック音楽に興味のない方は
なんじゃこりゃ?としか思えない箇所である。

最期にこの小説の主題と思える箇所が突然出てくる。
なかなかいい言葉なので紹介しておこう。

人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。
それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。
痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。
悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない
赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。
それが真の調和の根底にあるものなのだ。

もう随分書いてしまいました。今日はこのくらいで
筆をおくことにします。




写真日記 ブログランキングへ

いつもブログ「扉の向こうへ」を見ていただいてありがとうございます。
「写真日記ブログランキング」に参加しています。
読後、上記 リンクバナーをクリックしていただけると幸いです。





スポンサーサイト

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://sht0807.blog135.fc2.com/tb.php/1357-34d2fad8