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首里城炎上焼失

.30 2019 日記 comment(0) trackback(0)
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テレビのニュースに一瞬、炎上中の首里城が映し出された。
「嘘だろう」これはフェイクニュースに違いない。
翌日になり詳細な情報が流れるがくすぶっているまる焼けの
焼け跡がなんとも無残である。


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この春、沖縄を初めて旅行した。首里城を見に行ったのは
2日目の午前中だった。予想以上の巨大な城郭でそびえたつ
石垣に圧倒された。国内の城とは明らかに違うがどことなく
石造りの広大な丘の上に構築された城は日本でいう平城を
思わせた。守礼門からのアクセスは段階を踏んで徐々に
重要な場所へ誘うように設えられていた。そして最後に
奉神門を潜ると御庭に出る。正面に正殿、東側に南殿、
西側に北殿が立ち並び、壮麗である。


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首里城の歴史を見ると
1660年 首里城焼失
1672年 首里城再建
1709年 首里城焼失
1712年 首里城再建
1945年 沖縄戦により首里城焼失
1958年 守礼門復元
1989年 首里城正殿復元工事着手
       南殿・番所、北殿、奉神門復元工事着手
2000年 北殿にて「九州・沖縄サミット」社交夕食会開催
2019年 御内原エリア(大奥)等一般公開

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要するに長い時間をかけて再建し、今年になってすべての建物が
復元、公開となったわけである。沖縄の観光地はどこも国際的である。
海外から多くの人々が本土を経由せずに直接やってくる。
それほど国際色豊かで、彼らの目当ての一つがこの首里城なのである。


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テレビの歴史ドラマで城が炎上する場面はCGなどで何度も見るが
今回の炎上を見ると木造の巨大構造物の火に対するもろさをを
露呈している。今年になってノートルダム寺院の炎上があったが
石造りの上に乗った屋根が木造というだけでも大変な火災であったが
焼け跡に石の壁が平然と残っていてまだ救われた感覚があるが
首里城のようにすっかり焼け落ちてしまうとなんともがっくり来てしまう。
それにしても気になるのが内部に収蔵展示されていた美術工芸品の
数々である。そちらの方が気になる。


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この4月に直接見て、感動したものが丸ごと焼失してしまう。
なんともやりきれない。旅の写真を一枚ずつ見ながら、焼け落ちた
箇所の写真をここにあげさせてもらいました。






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