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樫本大進スペシャルコンサート

.30 2019 音楽 comment(0) trackback(0)
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えっ?   ドライブの続きは?
実はドライブの行先は霧島の「みやまコンセール」
霧島国際音楽祭の一つ「樫本大進スペシャルコンサート」
を聴きにやってきたのだ。

初夏の午後の森の中の涼やかな音楽会
今年は宮崎の宮崎国際音楽祭にひとつも行けなかった。
と思っていたら4月に串間で開催されたサテライト・コンサート
「時代を紡ぐ こころのうた」を聴きに行ったが、これは正直
つまらなかった。というよりメインの米良美一がもう歌えなく
なっているのが分かりとても残念だった。

7月に何か一つだけでも聴きたいと探したら、樫本大進が
目にとまった。日曜日で室内楽だが、まあいいかと急遽
予約したら、もう2階席しか空いていなかった。

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あちこち、ドライブ?していたら開場時間を過ぎていて、
直近の駐車場はいっぱい。交差点先の臨時駐車場に車を
停める。暑い日差しを受けながら道脇を歩いていく。
やがて
緑に包まれたみやまコンセールの建物が見えてくる。

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高原の緑に包まれたコンサートホールは「杜の舟」のように
森の中に静かに佇んでいる。木々の間から降り注ぐ初夏の
熱線が高原の涼やかな風の中で柔らかな光へと変わっていき
その透明で清浄な空気の中で、忙しない日常が少しずつ
剥がれ落ちていく。緩やかなスロープを上りながら
これから始まる演奏会への期待が徐々に湧いてくる。

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バイオリニスト樫本大進についてちょっと調べてみました。
改めてその経歴を見ると凄すぎて仰天してしまいます。
こういう天才っているんですね。

父親の当時の勤務地であったロンドンで生まれる。
3歳からヴァイオリンを始め、恵藤久美子に師事。父親の転勤により、ニューヨークへ移り、7歳でジュリアード音楽院プレカレッジに入学し、田中直子に師事。

1990年、11歳の時にリューベック音楽院で教鞭を執っていたザハール・ブロンに招かれ、リューベックへ移り、ドイツのギムナジウ       ムに通いながら同音楽院の特待生としてブロンにヴァイオリンを師事した。
      第4回バッハ・ジュニア音楽コンクールで第1位を獲得。
1991年、リピンスキ・ヴィエニヤフスキ国際コンクール・ジュニア部門で第3位。
1993年、ユーディ・メニューイン国際コンクール・ジュニア部門で第1位。
1994年、第3回ケルン国際ヴァイオリン・コンクールで第1位。
1995年、日本でアリオン賞を受賞。
1996年、フリッツ・クライスラー国際コンクールで第1位、
      ロン=ティボー国際コンクールでは、史上最年少で第1位を獲得。
1997年10月、ギムナジウム高校課程を修了し、リューベック音楽院に正式に入学した。日本でモービル音楽賞(奨励賞)を受賞。
1998年、芸術選奨新人賞(音楽部門)受賞。
1999年、19歳までブロンに師事したが、フライブルク音楽大学に移り、ベルリン・フィルのコンサートマスターを務めていたライナー・      クスマウルに師事する。
      同年、ニューヨークのソニー・クラシカルとレコーディング契約を結び、デビューアルバムが発売された。
2002年、NHK大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」の音楽でヴァイオリンを担当した。
2004年、パリとウィーンでメンデルスゾーンのもう一つのヴァイオリン協奏曲であるニ短調を演奏して話題となった。
1996年12月、フォーバルスカラシップ・ストラディヴァリウス・コンクールで優勝し、1697年製ストラディヴァリウス「レインヴィル」の2       年間の貸与を受けた。
1998年、日本音楽財団から1722年製ストラディヴァリウス「ジュピター」の貸与を受けた。

2005年春に音楽院を修了し、本格的なプロ活動に入った。
      同年、日本でリサイタル・ツアーを行った。日本でのマネージメントはジャパン・アーツと契約している。使用楽器は、1674      年製アンドレア・グァルネリ。
2007年10月、幼少一時期を過ごした兵庫県赤穂市において、市民手づくりの赤穂国際音楽祭を開催、音楽監督を務める。
2008年3月、マリンバ奏者の出田りあと結婚。
2009年9月、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第1コンサートマスターに内定。
2010年12月、試用期間を経て、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第1コンサートマスターに、ベルリン・フィルで長くコンマスを務      めた安永徹よりも1歳若い31歳で正式就任。
2011年5月、CHANGEMAKERS OF THE YEAR 2011 クリエーター部門受賞。

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コンサートホールはほぼ満席。席は舞台の右上、かなり近い。
直接音が届くのでいいかと思っていたが、やはり音楽ホールでは
真ん中がいい。要するに響きである。ちょっと残念。

プログラムは
・ドヴォルザーク:テルツェット三重奏 ハ長調 Op.74
・ブルッフ:弦楽八重奏曲 変ロ長調 遺作
・ドヴォルザーク:ノクターン ロ長調 Op.40
・ブラームス:弦楽六重奏曲第1番 変ロ長調 Op.18

どれもあまり耳慣れた曲ではなかったのでちょっと残念。
樫本大進のソロを聴いてみたかったが、仕方ない。
ただ共演者の顔ぶれがまた凄かった。
2002年チャイコフスキー国際コンクール最高位の
川久保賜紀を筆頭に日本の主な交響楽団のコンサート
マスターがずらりと顔を揃えている。
同業者の親睦会の感、大である。

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終わって、外に出ると5時を回っていた。まだ強い日差しが
差し込んで見上げると青い空に白い雲が涼しげに流れている。
西日の当たった芝生の緑の中に木々の陰影が長く伸びている。
森の音楽会の余韻に浸りながら家路を急ぐ。

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今、平野啓一郎の「マチネの終わりに」を読んでいて
マチネが「午後の演奏会」の意味であることを知った。
小説では人生の午後に訪れた貴重な時間を暗示している。
夏の夕方の演奏会の後の風景が演奏会で灯された
心の火種にそっと息を吹きかけてくれる。




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