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古大内の鎌踊り

.04 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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本城小学校の運動会で絶滅寸前の千野棒おどりの復活を
見届けた直後、宮日の前田さんから翌日の夜、大束で釜踊りが
あると聞き、和史さんと出かけることにした。
私が写真、和史さんがビデオ撮影。

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国道220号線を榎原方面へ向かっていくと道脇の左奥と
道路沿い、道路の右側と集落が続く。古大内地区である。
ここらでは「フルチ」と呼ぶ。場所は公民館前と聞いたが
まだ誰も来ていない。少し早かったようだ。

裏山が野辺家の墓だというので行ってみる。

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鳥居をくぐり小さな丘に登ると野辺氏の墓が並んでいた。
野辺氏は地頭として串間を1334年~1473年の間
およそ140年間支配。初代久盛が北条氏討伐の恩賞
として櫛間院(串間)と深川院(鹿児島県末吉)の地頭に
任ぜられたのだという。

野辺氏の墓は円墳上に6基立っている。

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平成2年時点で串間で野辺姓を名乗る世帯は、およそ230世帯。
明治4年の苗字許可にあたって、もとの野辺姓に復したのだと
言われている。

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夕方6時を過ぎたあたりから人が三々五々と集まってくる。
6時半、準備を整えた踊り手が勢揃いした。

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6人ひと組で2組12人で踊る。
最初が棒おどりで、後が釜踊り。

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それを休憩を挟んで2回ほど舞った。

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鎌おどりの鎌は一見農具であるが、舞は農作業というより
戦いである。敵の足を払う仕草はスピード感が有り、
キビキビして、見ていて迫力があった。
これは元々は踊りというより武闘訓練に近い。
門外不出の伝統はそれ故かも知れない。
この踊り自身あまり宣伝されないので、いままで
鎌踊りがあることは分かっていてもいつ、どこであるのか
さっぱりわからなかったのである。

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踊りが終わると周りはすっかり暗くなっていた。
お客はすーっと引いていった。
やはり祭りめいていない。
気合の入った緊張感のある踊りであった。





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