伊万里

.30 2013 comment(0) trackback(0)
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 1週間前に大阪から串間へ帰ったばかりなのに、今日はどういうわけか福岡にいます。帰りはフェリーでしたが総走行距離は1568Kmになっていました。今朝は5時半に起き、7時に串間を出発。九州縦貫道をひた走り鳥栖のICで長崎自動車道、西九州自動車道を経由して有田、伊万里を訪れました。

今回は有田を代表してチャイナ・オン・ザ・パークにある深川製磁を訪問。皇室御用達の由緒ある製陶会社です。工場内の奥に車を停めるとすぐ目の前が陶磁器のアウトレットになっています。その向かい側の丘の上に「忠次館」はあります。この建物、昔建築雑誌で見た記憶がある。建築家白井晟一に師事した柿沼守利氏の設計です。白井さんの雰囲気が至る所に溢れています。


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明治27年深川忠次により深川製磁が設立。そのひときわ抜きんでた技術と美しさは欧米諸国で好評を博し、明治33年のパリ万国博覧会においては名誉金賞を、明治37年のセントルイス万国博覧会においては一等賞金牌を受賞。明治43年には、宮内庁御用達を拝命。そのパリ万博の作品そのものが忠次館の奥に展示されていますがそれは見事なものです。建物、しつらえ、作品、どれもが一級品、なかなか見ごたえがありました。

帰りに入り口わきにあるレストラン究林登(クリント)で昼食。食器はもちろん深川製磁製です。


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さて今回の目玉は伊万里。ところが通常伊万里とよんでいるのはどうも伊万里市の大川内山にある鍋島藩窯跡のことで現在も数十軒の窯元がその伝統、技法をを受け継いでおり、それを伊万里焼と呼んでいるようです。

行ってびっくり、窯元の集まる集落の背後の山々がまるで山水画そのものなのです。入り口の駐車場に車を停めて集落の道登りながら各窯元の販売所の作品を見て2度びっくり。作品の品格、技術の高さがとびぬけているのです。当然、お値段もそれ相当に高いものは・・・百万、・・・・十万、・・・・万。「ここは美術館か?」。品格が優れ、統一感があり、デザイン性も優れています。

この地「大川内山」は、1675年から廃藩置県の1871年まで、佐賀鍋島藩の御用窯が置かれていて、その藩窯では朝廷、将軍家、諸大名などへ献上する高品位な焼き物があ焼かれ、これが世界の至宝「鍋島」と呼ばれているのだそうです。江戸時代、これらの職人たちはこの集落に留め置かれていたため、技術が内部で熟成していったのですが、明治以降、それらの職人や高い技術が有田の方へ流れていったのだそうです。

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奥の入り組んだ中にある1軒の窯元の販売所兼ギャラリーを覗いたら。そこの主が「小笠原藤右衛門窯展」を開催中であった。「これが鍋島焼です。是非見てください」と案内、説明をしていただいた。伊万里焼というのはなくて陶器の積出港が伊万里港で有田を含めたここら一帯を伊万里というのだという。有田は材料の産地、技術は鍋島。今では有田は商業ベースの産地で伝統と技術をかたくなに守っているのは大川内山だけですとのことであった。

「これらの作品、デパートとかに卸しておられるんですか?」「私んところは卸は通していません。個人コレクターが相手です。」「えっ」3度目のビックリである。

とても買えそうなものがないので帰ろうとしたら「訳あり」と書いてあるものが目についた。どれも手書きで正規の商品はそこそこのお値段。「これ、どこが訳ありなんですか。」「この底にある黒いポチです。」「えっ、それだけ。すごい品質管理ですね。」「だから、これお買い得と思いますよ。」というわけで買ってしまいました。(名人にしては売り上手でした) 


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とにかく、今回は2時間くらいの駆け足。ここには1日かけて余りあるものがありそうです。いつかまた来たいと思いました。

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街の至る所でこのような塀を見ました。たぶん焼窯を形作る煉瓦の長い間に焼成されたものだと思われますがこれがなかなか渋くていい味を出しています。

夕方、福岡の妹の家へと急ぎます。ちなみに本日の走行距離は500Kmでした。来月が車検です。(酷使してますが、もう少し、頑張ってくれよ)

前回が吉野ケ里、今回が有田、伊万里。佐賀県はなかなかいいところのようです。



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