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内子座

.20 2012 建築 comment(0) trackback(0)
 内子の町については1月に紹介した。宿のすぐ近くに内子座があった。いきなり立派な劇場に出くわしてちょっとビックリ。実は2年ほど前、同じ四国の金比羅さんに行った帰りに金丸座に寄って中を見学した。中はよく似ている。どちらもスケール感が人間的で心地よい。

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大学にいる頃、熊本県の山鹿市に行った折、八千代座を見学させてもらったことがある。有名な劇場と言うので期待していたのだが当時の八千代座は営業しておらず、中は荒れ放題であった。調べてみると当時の日本の地方都市はどこも似たようなもので、北九州の嘉穂劇場も似たような状況であったようだ。ここ、内子座も同じで市民の頑張りで再起を図って今に至っている。

内子座は1916年(大正5年)地域の住民より株主18名が出資して「株式会社内子座」として建っている。花道、すっぽん、回り舞台、せり等を兼ね備えた本格的な歌舞伎劇場である。内子は江戸末期から明治にかけて、木蝋(はぜの実から採れる固形の油脂でポマードや化粧品、和ろうそく等の原料)の生産で大変に栄えた町なのです。当時は海外に輸出するほど高品質なものが作られていました。そうした地元の経済力に支えられて市民が文化を享受できる施設として作られています。


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現在でも文楽は毎年8月に、歌舞伎は概ね2年に1回催されています。その他コンサート、お芝居、芸能発表会など様々な催しに使われています。年間30から60日ほど使われています。近年、箱ものとして各地に乱立した市民会館の走りかもしれませんが、国の補助金ではなく地元の有志によって建てられているのが凄いですね。

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さて劇場の中を見てみると椅子席ではなく桝席です。大正当時は、桝単位で売られており、一桝に何人という定員はなく、何人で座っても良かったようです。現在は、中央の仕切りをはずし、2桝で5~6人座るようになっているようです。内子座全体の定員は650人です。

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中に入ると分かることですが舞台と客席の距離が実に近く、劇場全体の一体感が凄く感じられます。金丸座に毎年来られる歌舞伎役者はこのように言っています。「こうした劇場で演じるのは非常に緊張感を感じる。それは客との距離感にある。しかし巧く演じられたときの感動も大きい。」

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外に出て屋根をよく見ると狐(お稲荷さん)がいます。内子座が繁盛するようにという願いがこもっており、お客様を招く招き狐になっています。こんな劇場を町が持っているということは今の時代とても豊かな事だと思います。過去に栄えた町は沢山あります。この町は過去の遺産を巧く使って観光だけでなく市民生活を豊かにする工夫を重ねながら成熟した町という印象を受けました。


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