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旅の途中 その2

.07 2012 comment(0) trackback(0)
 車窓の風景というのは通常は車か電車である。我々は車窓というフィルターを通して景色を眺める。眺める自分、夢想する自分がいて景色は決して留まらず、後方へ後方へと流れていく。これがいいのだそうだ。思考が自由になるという。時々よい景色に出会うと意識が一瞬そこに留まる。「あの場所に立ってみたい。」「あそこに住んでみたい。」だが目の前に映像は次々にやってくる。

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飛行機はちょっと違う。操縦するものと乗客も違う。だが車や電車がすでに作られた道路やレール上を誰かが意図した線上を通過せざるを得ないのに対して、飛行機は下の状況お構いなしに上空を飛行できる。車や電車はどんな大自然の中を通ったとしても既に道路や線路の敷設が文明の延長上にあるのである。そこへいくと航空機はどんな未開の地でもどんな極寒の地でも灼熱の地でも通過できるのである。淡路島を抜け飛行機が四国山中に入ると行けども行けども山また山の連続でこんな大自然がすぐ近くにあることが信じられない気がする。人々が生活している海側の僅かな土地にびっしりと立ち並ぶ家々を見るとなんだか懐かしく、いじましくささやかな人間の営みが見えるようでほっとしたものを感じる。

ヨーロッパからの帰りの便でシベリア上空を飛んだことがある。窓の下に広がる針葉樹林の広大な森、その間を縫って流れる白く輝く大河。延々と続く針葉樹林帯は世界の果てまで続いているのではいかと思えるほどで、その現実味のない映像を食い入るように眺めた経験はなにも私だけではあるまい。飛行機は規模的にどうしても一つつながりの地球というものを意識せざるを得ないなにか大きな哲学的要素を含んでいるような気がするのである。


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飛行機が飛び立って右の窓に六甲アイランドらしき島を見たあたりで寝入ってしまった。「ジュースはいかがですか?」という声で目が覚めた。パイロットが飛行の状況をアナウンスする。現在、高知上空らしい。

この急な旅に出かけるときダイニングテーブルの上にあった小さな1冊のノートをバッグに入れてきた。今回、一緒に辞めたTさんのトルコ旅行の土産である。こんなにすらすら書けるとは思わなかった。そうだ僕には時間がたっぷりある。昨日午後、飛行機を予約した時から心のどこかでイライラしていた。飛行機の中でひと眠りした間に少し落ち着きを取り戻した。こうして飛行機に乗って帰省することが随分なかったことに気付く。ゆったりした気分を味わっている自分に不思議な気がした。最近はいつも車やフェリーで帰省していた。不便だと思いこんでいた。こんな旅もいいものだ。宮崎空港でレンタカーを借りようかとも思ったが結果よかったのかもしれない。


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昨日、大阪に行った帰り本屋で買い求めた本の中に村上春樹の「使いみちのない風景」というのがあった。機中ですぐに読んでしまうほどの分量である。稲越功一氏の写真と村上春樹氏の随想が交互に出てくる。お互いがパラなのである。ここでは写真はイメージでしかない。その構成が面白かった。その本に車窓の窓から見る風景について吐く憧れの言葉「こんなところに住めるといいね」についてそれはただの言葉であり、実現の見込みのない夢であると切り捨てる。旅行者にとって一番重要なことは通り過ぎていくという作業なのである。「移動するスピードに現実を追いつかせるな」それが旅行者のモットーである。とある。なるほど(つづく)


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