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歴史ハイキング-南北朝時代の吉野 4

.22 2011 ハイキング comment(0) trackback(0)
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 中千本の桜の中を突っ切り尾根筋の道路に出た。そこは多くの観光客で賑やかこの上ない。なんだか場違いな場所に来た気がする。ここから奥千本までバスでのぼることにした。たくさんの人が並んでいる。我々のグループだけでも28人いる。マイクロバス4台が運行しているがなかなかはけない。かなり待たされてようやく奥千本口にたどり着いた。奥千本口から真っ直ぐ登ると金峰神社がある。この参道は大きな杉並木で覆われていたようだがすっかり切り倒されその後に桜の苗木が植えられていた。奥千本は残念ながら桜はまだ蕾である。それにここは幾分寒い。

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 金峰神社の左下の小道を降りたところに義経かくれ塔がある。ここは大峯修行場の一つで、この塔に入って扉を閉じると中は真っ暗になる。そこで神官の先導に従って「吉野なる深山の奥の隠れ塔、本来空のすみかなり」と唱えながら境内を巡る。1185年11月、源義経がこの塔に隠れ、追っ手から逃れるため屋根を蹴破って外へ出たため「義経の隠れ塔、蹴抜けの塔」とも言われている。

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 金峰神社から右の小道を奥へ進み一山越えると金峰神社の裏山を越えた辺りに少し開けた場所がある。ここに西行庵がひっそりと佇んでいる。ここは吉野の最奥地である。いかにも寂しいところで夜ここに一人いるだけでも耐えられそうにない。鎌倉時代のはじめ頃西行法師が俗界を避けて、この地に侘び住まいをしたところと伝えています。西行はもと、京の皇居を守る武士でしたが、世をはかなんで出家し、月と花をこよなく愛する歌人となり、吉野を詠んだ歌がいくつも残されています。

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 ここでようやく私たちの昼食となりました。目の前は桜の木がたくさんあるのですが皆まだ蕾です。吉野の麓で4月はじめに咲きはじめた桜はここ奥千本では5月のはじめ頃にようやく満開を迎えます。

 
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