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11月の読書会 「老い」

.17 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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毎日が少し騒々しい。
文化会館と図書館は隣り合わせに建っている。
この日、隣の文化会館大ホールでは昼と夜の2回
天童よしみの歌謡ショーが開催されていて、
串間中の人間がどっと集まっている。
かたや、同じ文化会館小ホールでは串間市美術展が
開催されているのだが、少しくらい立ち寄って見てくれるのかと
観察していたが、ほとんどの人がスルーである。
串間の文化とは?
少し考えさせられる。

更にその向かいの図書館ではそんなことに関係なく
いつものように密やかに読書会をやっているのである。

今回は、最高齢のMさんの提案で「老い」をテーマにした。

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忙しかったこともあるが直前までなんの本がいいか
思いつかない。やっと思い出した。中野孝次氏の作品に
確か老後のことを書いた本があったことを思い出した。
ロフトの本棚を探してやっと見つけた。
中野孝次作 「閑」のある生き方

「閑」とはあまり聞きなれない言葉だ。
本文の中にこうある。

 昔から、人が己に会うとは、全体としての自分に会うことを
さして言う言葉だった。ふだんの外の世界を相手にしている
自分ではなくて、丸ごと全部の自分というもの。それと会うとは、
頭の働きではなく、心の働きに属する事柄だ。
 多忙の中にあってはそういう心の世界には入れない。
一人きりになって、他に気を紛らわせる何もなく、「閑」という状態に
身を置くときだけ、人は全体としての自分を取り戻す。それが
生きるということだ。わたしが老年を人生の一番いい時だというのは、
そこではすべての時間がまるまる自分のもので、時間を世間の
ために奪われないですむからだ。
 つまり人は「閑」の中でのみ真に自分の人生を生きることができる。

どれくらい前に読んだのだろう。50歳前後あたりかな。
第1章に「老年の準備は40代から始めよ」とあり、思わず笑ってしまう。
はいはい、私の場合は50代からでしたがそうしましたよ。
でもこの本、実は40代の龍太郎君宛に書かれた形式を採っている。
だから働いている人向けなのです。
まあ、今読んでも仕方ないかとも思うが、セネカ、徒然草、鹿島祥造、
良寛、エピクテートス、老子、ヘッセ、キケロ、鈴木大拙、などの言葉が
引用されていて、なかなか渋くて滋味のある本です。

もう一度「閑」に浸ってゆっくり読んでみることにします。




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10月の読書会

.27 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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10月の読書会のテーマは秋にちなんで「スポーツ小説」

なんか前に一度やった気がして調べてみると

2014年8月22日 「第7回読書会  スポーツ小説」                 
下のような読んだ本のメモ書き(いくつかその後読んだものをプラス)
を残していた。

野球
  ナイン(川上健一)
  バッテリー、グラウンドの空(あさのあつこ)
サッカー
  龍時(野沢尚)
  サッカーボーイズ、サッカーボーイズ13歳、14歳(はらだみずき)
剣道
  武士道シックスティーン、武士道セブンティーン、武士道エイティーン
  武士道ジェネレーション(誉田哲也)
ボクシング
  ボックス(百田尚樹)
相撲
  渾身(川上健一)
サイクリング
  自転車少年記 あの風の中へ(竹内真)
競馬
  優駿(宮本輝)
  ジョッキー、GO-ONE(松樹剛史)
  シービスケット(ローラ・ヒレンブランド)
飛び込み
  DIVE(森絵都)
短距離走
  一瞬の風になれ(佐藤多佳子)
長距離走
  ららのいた夏(川上健一)
  風が強く吹いている(三浦しおん)
  ランナー(あさのあつこ)
テニス
  青が散る(宮本輝)
  ウインブルドン(川上健一)
バスケット
  走れ T校バスケット部(松崎 洋)

お気づきのようにどちらかというと少年向きの小説が多い。
それに映画化されたものが多い。
ならばスポーツはブンガク的ではないのか?
本格的な小説でスポーツはないのか?といった話になった。
新田次郎の山岳小説はどうだろう。

登山がスポーツなのかは分からないがインターネットで
調べてみるとあるわあるわ・・・・
あれっと思ったのは大好きなジェフリー・アーチャーが
山岳小説を書いていたこと。今度読んでみよう。

「孤高の人」 作者:新田次郎
「神々のいただき」 作者:夢枕 獏
「黒部の山賊」 作者:伊藤 正一
「青春を山に賭けて」 作者:植村直己
「北壁の死闘」 作者:ボブ・ラングレー
「春を背負って」 作者:笹本稜平
「残された山靴」 作者:佐瀬稔
「剱岳」 作者:新田次郎
「灰色の北壁」 作者:真保 裕一
「凍」 作者:沢木耕太郎
「バーティカル・リミット」 作者:メル・オドム
「遥かなる未踏峰」 作者:ジェフリー アーチャー
「ジャラナスの顔」 作者:ロナルド・ハーディ
「大クレバス」 作者:フリゾン・ロッシュ

次回は最高齢のMさんからの要望でテーマは「老い」
ウーン・・・・・ムツカシソウ

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実は読書会は土曜日の2時半から4時までなのだが
この日、1時から3時まで「朗読ボランティア養成講座」が
あったのでそちらに行って、ビシビシ講師に鍛えていただきました。
今回の読本は「葉っぱのフレディ」

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これは同じ週の火曜日午後開催のエッセークラブ「サクラ」
こちらは書く方です。
まあ、今週は「書く、読書する、朗読する」と結構ブンガク的な
日々を送っていたことになります。(ホントかな?)




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秋刀魚

.14 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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秋刀魚の歌
 
 あはれ
 秋風よ
 情(こころ)あらば伝えてよ
 ー 男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食ひて
 思いにふける と。

 さんま、さんま、
 そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
 さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
 そのならひをあやしみなつかしみて女は
 いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。
 あはれ、人に捨てられんとする人妻と
 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
 愛うすき父を持ちし女の児は
 小さき箸をあやつりなやみつつ
 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。

 あはれ
 秋風よ
 汝(なれ)こそは見つらめ
 世のつねならぬかの団欒(まどい)を。
 いかに
 秋風よ
 いとせめて
 証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。

 あはれ
 秋風よ
 情(こころ)あらば伝えてよ、
 夫を失はざりし妻と
 父を失はざりし幼児とに伝えてよ
 ー 男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食ひて、
 涙をながす、と。

 さんま、さんま、
 さんま苦いか塩っぱいか。
 そが上に熱き涙をしたたらせて
 さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
 あはれ
 げにそは問はまほしくをかし。
                     ( 佐 藤 春 夫 )

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今年はサンマが大漁でたくさん食べられそうですね。
都会生活をされている人にとって、さんまを炭火で焼いて
食べるなどというのは実に贅沢なことであるかもしれませんが
我が家ではその気になれば実に簡単なことです。
縁側に置いた七輪に炭を入れ、火を起こし、買ってきたサンマを
乗せれば、しばらくすると秋刀魚の油が炭に落ちて
炎が立ち上ります。香ばしい秋刀魚の油の匂いが食欲をそそります。
そうそう、大根おろしが欠かせませんね。

大阪で仕事をしていた頃、和歌山県の新宮でイオンの
ショッピングセンターを作っている間、毎週大阪から泊りがけで
通ったのですが、ある時南紀勝浦の旅館に泊まった朝、駅前に
石碑があるのに出くわしました。それがこの佐藤春夫の
「秋刀魚の歌」でした。

でもよく読むとこの詩、意味深ですね。一体どういう状況で
詠まれた詩なのでしょう。

最近、ノーベル賞の文学賞で川端康成に決まるまでの経緯が
ノーベル財団から公表されました。谷崎潤一郎と川端康成の
ダブル受賞の可能性が高かったという驚くべき事実があったと
ありました。

この詩はその谷崎潤一郎の私生活に触れた実に赤裸々な詩
なのです。谷崎と佐藤は親友でお互い親密な付き合いを重ねていました。
谷崎の夫人千代とその間にできた長女鮎子がこの詩の登場人物です。
谷崎が千代の妹に懸想して留守の間、訪ねてきた佐藤と婦人と子供が
秋刀魚を夕餉に食べている様子を歌ったのがこの詩なのです。
夫潤一郎の不実を嘆く千代、その千代に深く同情する佐藤。
なんとこのあと、谷崎は佐藤に「妻千代をお前にやる」と約束するのですが
千代の妹との再婚がままならず、その約束は守られませんでした。

佐藤はこのことを非常に怒り、谷崎との友情関係は壊れてしまいます。
数年後、谷崎は文藝春秋社の女性記者といい仲になり、結局千代と離婚します。
その時、谷崎は佐藤を呼び出して、千代をもらってくれと言って千代を
送り出すのです。結局、佐藤春夫は千代と子供の鮎子共々引き取って
新しく円満な家族を作ります。

谷崎はこの女性との関係は2年ほどで壊れ、次に当時人妻であった根津松子に
しつこく結婚を迫り、ついに再婚を果たす。「細雪」の4姉妹の二女幸子は松子を
モデルに書かれたものである。谷崎の恋愛遍歴はこのように多彩ではあるが
その都度真剣でそれはそのまま作品へと昇華している。それもまた見事である。

一方、詩人佐藤春夫の秋刀魚の歌は佐藤の代表作として今に残る。
こういう背景を理解しながら今一度この詩を味わってご覧なさい。
ここでは秋刀魚の温かさのみが際立って千代、鮎子、春夫の気持ちとは裏腹に
なんともならない現状にただ不安といらだちにおののく心が漂っています。





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ひこばえ

.12 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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久しぶりの「ひこばえ」合評会参加です。
8月は鹿児島へ配筋検査に行く日が重なり、9月は椎葉へ
行ってる日と重なり、2か月参加できませんでした。
5月あたりからの作品を投稿していないので、半年近く
新たな作品を投稿できなかったことになります。

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気持ちの上でも少し、中だるみしていたのかもしれません。
もう少し「書く事が日常的である」というふうにしていきたいと
思うのですが、「書きたい」ということはそれだけ日常に対して
「気づき」のようなものを持たないと作品へと昇華していきません。
たぶん、出来事は日々起こっているわけですが、それを書いた時、
最後の数行で「はて?」と息詰まるのです。「で、それがなに?」と
問い詰められた時に返す言葉が出てこないとそれは作品足りえません。
落語でいうオチですね。

何が言いたいのか、書き始める前にぼんやり浮かんでいることもあるし
一度書いてみて、推敲を重ねるうちにあっと思い浮かぶこともあります。
もっとも、推敲は重ねすぎると最初の勢いみたいなものが失われることも
あるし、前後をひっくり返してことがうまく運ぶこともあります。
合評会で会員にいじられるのは実は非常に勉強になります。
意見の一つ一つにいろんなことを気付かされます。

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毎朝、新聞のはがき随筆欄や他のエッセーなどを読むのですが
100人いれば100通りの書き方がありのだとそのばらつきの広さに
うんざりすることもありますが、これはすごいという文章に出会う
こともあります。

最近、書いたもののことが気になります。このブログにしても
そうですが、家族に残すには結局こういうものが一番いいのかもしれないと
思う事があるのです。写真は観る側の思いを喚起するだけですが
書かれたものは書いた者の思いが宿ります。思いが残るというのが
結局家族に残す一番いい置き土産かも知れないと思うのです。





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朗読ボランティア養成講座

.08 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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知り合いが最新号の市報に朗読ボランティア養成講座の
案内が出てると教えてくれた。3回だけだが、専門の先生が
宮崎から教えに来てくれるらしい。
小学生に一緒に絵本の読み聞かせボランティアをしている
Tさんに電話をすると「私もそれに参加しようと思っていた」と
言う。一緒に参加することにした。

主催はカナリア会。代表は以前、図書委員会でご一緒したことのある
Yさんで、毎月、市報が出ると、目の不自由な方々に届けるため
テープに会員が手分けして市報の内容を吹き込んでいる。
歴史のある会で素晴らしい仕事をされている。
毎月、関係者は飫肥で朗読の講習を受けているのだそうだ。

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女性の参加者が多いので我々男二人の参加は感謝された。
Tさんが朗読ボランティアへの参加者を募る下心で参加してますと
いうとカナリア会からもうちも同じですという。
どの団体も若い人の参加を望んでいる。

ところがである。いざ講習が始まってみると先生が高齢にも
関わらず元気が良い。配られたテキストには佐野洋子さんの
「100万回生きたねこ」とレオ・バスカーリアの
「葉っぱのフレディ」と宮沢賢治の「注文の多い料理店」が載っている。
今回は「100万回生きたねこ」だ。
いきなり、一人ずつ文章を読まされる。アクセント、抑揚の違いを
その場でビシビシ指摘され、何度も何度も読み直しをされる。
久しぶりに厳しい場に立たされ緊張感が走る。

ああ、これは体に覚えこまさないとダメなんだとわかってくる。
ひとりひとりに対する指摘が実に勉強になる。なにげに読んでしまう。
方言の抑揚で言葉に力がないとたちまち指摘される。
連続して読むべきところ、切るところ、細かな指摘がビシビシ
飛んでくるがこの先生、相手を不快にさせない話術が実に冴えていて
すぐに笑いを取りながらてきぱきと進めていく。見事である。

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翌週の木曜日は久しぶりに福島小学校の児童への読み聞かせだった。
今回の対象は1年生。ウワ━(。・ω・)ァァ━・゚・ー1年生か・・・・・
特に絵本を探すなどの準備をしていなかったが
そこはそれ、本棚から谷川俊太郎訳の「かみさまへのてがみ」を
引き出していき、それを朗読した。結構面白がってくれたし、
集中して聞いてくれた。

朗読の先生からも言われたが、絵本の選定が難しい。
特に小学生の場合、学年によってうまく使い分けしないといけない。
だけど若い子供たちにこうして朗読をすることは大いに楽しい。
毎回元気をもらう。




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