はがき随筆

.26 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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はがき随筆を書き始め、毎日新聞に投稿
するようになって2年になる。
試行錯誤しながら身近に起こる様々な出来事、
思い出、ハッと気づかされる日常の中のある
瞬間。題材は様々である。

なかなかいいテーマが見つからずギリギリまで
悩むこともあるが月1回の日南での合評会は
宮崎から毎日新聞の支局長がわざわざ指導に
みえられることもあり、できる限り作品を持って
出席するようにしている。

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この1月は11日に2月は28日に宮崎市で総会が
あったため中止、3月は8日に日南で合評会があった。
1月の合評会のあと「日だまり」と題して作品を合評会に
上げた。その後母の葬儀や法事などで忙しくしていたのだが
その間も毎日新聞の「はがき随筆」の欄にいつ掲載されるか
毎朝、見ていたのだが、今回は不思議と載らない。
結局2月も載らず仕舞。
3月に入り、次の作品「植物図鑑」を合評会に上げ
批評を推敲の後、投稿した。

数日後、支局長から電話があった。
3月に出した作品「植物図鑑」のことだろうと
思って聞いているとどうも1月に出した「日だまり」を
掲載し忘れていたので数日後載せますのでという
ものであった。

数日後、新聞に「日だまり」が掲載された。
暖かくなりかけた時期でもあり、私としては
厳寒の2月には掲載して欲しかったのであるが
仕方ない。

ところがである。
月末に支局長から再び電話がった。
ああ今度は次の作品「植物図鑑」かなと
思いきや、なんと日だまりが3月度の「月間賞」に
選ばれたという。
それほどインパクトある作品でもなかったので
ビックリである。

この2年間で最初の1年に佳作が1作品、
2年目に佳作が2作品。なかなか月間賞は
取れない。そう思っていたら予想もしない作品が
月間賞に選ばれた。

新聞に顔写真を出すので写真を送るように。
また、4月末のラジオ番組に出てもらうので
収録の連絡があったら宮崎のMRTまで
出向いて欲しいとのことであった。

3月30日の朝刊に顔写真入りで大きく出た。
なお、ラジオ放送は4月29日午前7時10分
MRTラジオの「潤子の素敵に朝」で月間賞を
巡るインタビューをされるとのこと。

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さて恥ずかしながらその作品を紹介しよう。

      日だまり
    
 子供の頃、冷たい風が吹くた
び、雨戸や床板からすきま風が
入ってきていつも寒かった。
 寝る時、数枚重ねの重い布団
の冷たさの中で体をもじもじと
動かして温まるのを待った。一
夜明けると布団の温もりがもっ
たいなくて、枕元の着替えを布
団の中に持ち込んで時間をかけ
て着替えていると、「いつまで
寝てるの」と母親に叱られた。
雨戸を開けると朝日が縁側に
差し込んできた。僅かな暖かさ
の日だまりに兄弟肩を寄せ合っ
て日向ぼっこをした。
 今より寒い日々だったのに僅
かな温みを欲した日々がほっこ
りと温かい。

私の作品より戸田淳子先生の評が
素晴らしい。紹介しよう。

さて3月度の月間賞は酔龍さんの「日だまり」
です。子供の頃の冬の情景を書かれました。
現在のように冷暖房の設備のなかった頃の
冬は日本のどこも寒かった。そんな時代の
暮らしを子供の目線で、丁寧に書かれ同時代を
過ごした誰もが共感できる内容です。
縁側に差し込んだ僅かな日ざしに肩を寄せ、
ぬくもり合った兄弟。生活物資が潤沢に無かった
時代はお日様のぬくもりも、食べ物も、思いやりも
皆で分けた。酔龍さんの文章を読んでいると
十分でないということが人の心を育てるのだろうと
教えられます。最後の3行に作者の豊かな
心映えが現れていて読後感の温かい素晴らしい
作品となりました。

過分な評とはこういうのを言うのかと逆にそこまで
深く読んでくれることに感謝と尊敬の念をいよいよ
深くした次第です。

4月から毎日新聞の紙面が変わるのだそうです。
購読者の減少がその原因であるようです。
今まで宮崎だけの地方版が熊本、鹿児島、宮崎
3県の県南版になります。そのためはがき随筆の
掲載率は3分の1になるということです。

ますます、いい作品が書けるよう頑張りたいと
思います。





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毎日ペングループ総会

.01 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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毎年、2月に開かれる「毎日ペングループ宮崎総会」が
2月28日に宮崎市で開催されました。
去年、事情もわからず初めて参加したんですが
「はがき随筆」を書くという共通の趣味で繋がった仲間です。
この日集まったのは県北、県南、ひこばえの3支部から
約40名。

いつもは毎日新聞の紙面で作品を眺めるだけだけれど
筆の達者な方は名前も何となく記憶に残っていて、
姿を見て「ああこういう方なんだ」と変に納得したり、
楽しい時間を過ごしました。

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会が始まってまずは年間賞。
その前に各月の月間賞作品を受賞者が読み上げ
最後に日本エッセイスト・クラブの戸田淳子先生から
年間賞の発表がありました。

年間賞は四位久美子さんの「ひなた県」
あとの11名の作品もひとつずつ丁寧な評がありました。

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今回のゲストは西米良在住の写真家小河孝浩氏
小河さんの名前は以前から知ってはいたのですが
それほど気にも留めていませんでした。
実は昨年、蘇鉄の会で西米良研修旅行に行った折、
同行のIさんとTaさんは小河さんの写真館を訪ねて
話をしたのでした。また昨年の串間市の文化祭の
写真展の審査員もされていて、どこかで繋がりは
あったのです。

今回、生い立ちから東京へ出てプロのカメラマンになり
撮影スタジオをかまえて都会で仕事を順調にこなす
日々の中で新たな視点でのふるさととの再会が
きっかけで出身地の西米良に帰って写真館を始めるに
至った心情などを聞いて初めて興味をもちました。
氏の話は同じように帰郷した身には誠に共感できる
話でした。

幸い、お昼のお弁当の時間。男同士で食べましょうかと
支局長の宝満氏と小河氏と3人でいろんなことを
お話できたのは大変嬉しい出来事でした。

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翌日の毎日新聞の朝刊に大きく総会の様子が
掲載されました。

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会議のあと、小河さんの出された写真集の販売が
ありました。
どっちにしようかと悩んでいたら、ひこばえの永井さんが
私「アサンポノススメ買うから、あなたおかえりを買いなさい。」
「写真集は見終わったらあなたにあげるから」ということで
私は「おかえり」を買いました。
この本は西米良写真日記です。小河氏が西日本新聞に
掲載した「西米良だより」を1冊の本にされたものです。
1~2週間に1回の割合で村人たちの写真と文章を書かれていて
なかなか味のある作品になっています。

いい出会いだったかな。そう思います。
私たちも今串間市で写真を使ったまちおこしのようなことを
やっているし、個人的にはこうして写真日記を書いているわけで
同じ視点を持つ先駆者がいたというのはまことに
心強いものを感じます。
小河さん、こんど西米良を訪問する時には
一緒に呑んで互のふるさとの話をしましょう。





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2月の読書会

.17 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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今回のテーマは昨年読んだ本。まあ要はなんでも
いいのだ。
本音を言えばどういうわけか1,2,3月は予定が
立て込んでいて、テーマに作家を上げると
読む時間が取れなくて苦しいのだ。
ことしはいつかカズオ・イシグロをテーマに取り上げようと
言ってるのだが、いつになるか。
私自身、以前英米文学をテーマに取り上げたとき
フィッツジェラルドやサリンジャーを読んで
イシグロの「私を離さないで」を読んでる途中で
読書会を迎えた経緯があった。
ノーベル賞受賞後、イシグロの過去の講演をいくつか
聞いて益々、これは難しくても読んで
皆で話したいなと思った。
読むのは難解でちょっと苦しい、けれど1年に
1冊はそんな読書をしたいとおもう。
軽やかに生きているようでいてやはり人生は
重たいのだ。その重さをたまには実感したい時がある。

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今回出てきた本はみんな分野も好みもバラバラで
それはそれでこの混沌とした世相を反映しているようでもあり
実に面白かった。本の選定にはそれぞれの人柄が
表れて、そうそれぞれの人生なのだと、変に納得してしまう。

私は最近読みかけの宮城谷さんの「湖底の城」の話をした。
臥薪嘗胆、呉越同舟、西施、孫武、孫子の兵法・・・・・・・
と皆の知ってる話題から説明するのだが、ふーんてなもんである。
中國の古代史は実に面白い。でも手に取って入り込むまでが
敷居が高い。越えてしまえばなんてことはないのだが、
そう思って今回は漫画を持っていった。

もう1冊は山田太一編の「生きる悲しみ」という200ページ
ほどの文庫本。
この本の最初に一文を載せ、語られている。

ー前文略ー
大切なのは可能性に次々と挑戦することではなく、
心の持ちようなのではあるまいか?可能性があっても
あるところで断念して心の平安を手にすることなのでは
ないだろうか?
私たちは少し、この世界にも他人にも自分にも期待
しすぎてはいないだろうか?
本当は人間の出来ることなどたかが知れているのであり、
衆知を集めてもたいしたことはなく、ましてや一個人の
出来ることなど、なにほどのことがあるだろう。
相当のことをなしとげたつもりでも、そのはかなさに
気づくのに、それほどの歳月は要さない。
そのように人間は、かなしい存在なのであり、せめて
そのことを忘れずにいたいと思う。
ー後文略ー

冬季オリンピックを毎日見ている身にははなはだ
消極的に聞こえる文章だが、歳をとってくると
言わんとすることがよくわかるようになる。

ここに集められたのは高名な作家の短編である。
しかし、深い。生きていることの重さを感じさせられる
一文一文が自身省みることの少ない自身の心の
奥底を覗かせる。時々はその蓋を開けてみるのも
悪くない。




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1月の読書会

.20 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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昨年12月の読書会の後、来月のテーマ何にしよう?
となったのですが、テレビの1時間ドラマで山本周五郎の
半生を扱ったものが面白くも秀逸だったので、
「山本周五郎はどうかな?」と提案したところ、お年寄りの
方々の賛同を得てすぐに決まってしまった。

昔、なんだかたくさん読んだ気がするのだが最近は
とんと読んでいない。慌てて弟の書棚を探すと上記
三冊が出てきた。短いのはないかと前日慌てて
「やぶからし」を読んだ。他のもパラパラめくっていると
「よじょう」、内容は覚えていた。ここに載っていたか。
といった具合。

ところがよく調べていくと出るわ出るわ。この人に
まつわる面白いエピソードが沢山でてくる。
昔は山本周五郎なる人物が一体どんな人なのか
知らずに読んでいた。亡くなられて随分月日が経つが
今頃になって、真剣にもう一度読んでみたいと
思うのである。

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小さい時に随分苦労して、小学校を卒業すると
銀座にある質店に丁稚として奉公する。
その質屋の名前が山本周五郎商店。主人の名は
山本周五郎、洒落斎の雅号を持つ文芸に理解のある
文化人。終生作家山本周五郎をバックで助け続けた。
本名は清水三十六(さとむ)、明治三十六年生まれだ。

作家仲間の尾崎士郎から「曲軒」とあだ名されるほどの
へそ曲がり。「文学に『純』も『不純』もあるはずがない。
よい文学と悪い文学があるばかりだ」と語る一方で、
「作者にとって読者から与えられる以外の賞はない」として、
直木賞をはじめ、あらゆる文学賞を辞退した。
・第17回直木賞「日本婦道記」辞退
・毎日出版文化賞「樅の木は残った」辞退
・文藝春秋読者賞「青べか物語」辞退

読んだことないし、知らんなーという方々のために
例えば黒澤明監督作品の
・赤ひげ・・・・「赤ひげ診療譚」が原作
・椿三十郎・・・・「日日平安」が原作
・どですかでん・・・・「季節のない街」が原作
市川崑監督作品で
・どら平太・・・・・「町奉行日記」が原作
・かあちゃん・・・同名
最近の作品では
「雨あがる」、「子連れ信兵衛」
映画、テレビドラマは数え上げるとキリがない。
読んだこともない人は多いけれどどこかで
山本周五郎の作品に出会っているんです。

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読書会が終わって部屋のロフトの自分の書庫を
調べてみると、あるわあるわ。11冊見つかりました。
そういえばこんなの読んだなとパラパラめくって
短編の詰まった「おごそかな渇き」を1冊取り出し
枕元に置いて早速読み始めました。
(昔読んだ本の内容を忘れているから又読める。
なんといって良いか・・・・・・安上がりではあるが)

享年64歳。若くして亡くなられとても残念ですが
我々はその膨大な傑作小説の一部しか知らない。

雑誌「サライ」の中に山本周五郎が死を覚悟した時に
奥さんに告げた言葉が記されていた。(写させてもらいます)

「自分はほんとうに幸せだった。かあさんのおかげで、
思うように仕事もできた。編集者にも恵まれたし、
食べたいものも食べたし、飲みたいものも飲んだし、
ぼくほど幸せなものはない」
「ぼくはきみと結婚するとき、きっと日本一の小説家に
なってみせるつもりだ、と誓ったっけ。もちろんその決心に
変わりはない。そのつもりで一生懸命がんばってきたのも事実だ。
しかし、残念なことに、とうとう日本一の小説家にはなれなかったなあ」

最期まで「山本周五郎」を生きた。見事である。





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ひこばえ

.11 2018 読書 comment(0) trackback(0)
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今年最初の毎日新聞ペンクラブ「ひこばえ」
がいつものように日南のレストランとむらの2階で
開かれた。出席者は私を入れて8名+講師の
毎日新聞宮崎支局長

昼食を食べてコーヒーを飲みながら合評会
最近はみんな意見を言うようになった。
自分の作品を読み上げて、書き足りなかった箇所を
一生懸命説明する人。「そうそう、私もね・・・・」
と同意する人。「この文章、無駄、なくていいんじゃない。」
とバッサリ切る人。「ここ、段落つけた方がいいんじゃない。」
「この最後の文章、あっさりしすぎ、文体に似合わない。」
・・・・・・・・・
まあ、こんな具合に遠慮なく、意見を言い合い。
最後に支局長から最後のコメントを頂く。

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10月と12月に投稿した私の拙いはがき随筆を
紹介しよう。

   十五夜の綱引き
    
 十五夜の日に市木で綱引きが
あると聞き撮影に出かけた。
夕方稲藁を抱えた住民が集ま
ってくる。やがて太鼓と鐘の音
に合わせて古老が「そろーたー
そろーたよ・・」歌い出すと稲
藁を継ぎ足して太い綱を編む。
綱の真ん中に御幣を立てそこを
中心に綱引きをする。今は儀式
的だが昔は若者がよく喧嘩した
と年寄りが懐かしげに話す。そ
の後綱を皆で抱え運び、水田の
一角にとぐろ巻きにして供える。
豊作祈願はこれで終わった。
 月見の宴が始まり、招かれて
宴に加わる。夕焼けが終わった
頃暇を告げ、ふと見上げた空の
雲間から満月が顔を出した。


     郵便ポスト
    
 玄関の赤い郵便ポストが古く
なったので新しいのを買ったが
いまだ替えられないでいる。両
親2人だけのポストには22年前
に亡くなった父が墨で書いた孫
まで入れた家族8人の名があ
る。既に父を含め3人が鬼籍に
入り、3人は他所で暮らしてい
る。施設に居る母と私2人の名
を新しいポストに書かねばと思
う度に、気重で先送りしていた。
 家族で帰省した帰りぎわ、ポ
ストの前で記念撮影をした。帰
省中の様子を古い父の日記に見
つけた。最後に「息子たち4人
出発し急に寂しくなる。」とあ
った。その頃は気にも留めなか
った。今父と同じことを想う。




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