毎日ペングループ宮崎 総会

.24 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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23日は宮崎市の宮崎市民プラザで「平成28年度
毎日ペングループ宮崎 第33回総会」が11時から
開催された。串間のグループ員は私を入れて5人
日南の4人を加えたグループ「ひこばえ」は全員出席である。
私は4月に入会したばかりで何も分からず、初めて
この会に出席する。

聞けばかなり歴史が古いとのこと、33回というから
かなりのものだ。県北グループが12名、県南グループが
15名とこの36名が毎月各地区の合評会を経て
「はがき随筆」に投稿している。勿論、こうしたグループには
入っておられず投稿される方もある。一般の方の
投稿も歓迎である。

4月に入会して初めて投稿した作品が毎日新聞に掲載されたときは
嬉しかった。2回目の投稿作品がいきなり6月の月間賞の佳作に
選ばれた。そういうものがあることを知らなかった。

この日、各月の月間賞を作者が読み上げたあと年間賞が決まり
表彰された。それが上の写真である。


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選者は戸田淳子先生。各月間賞の評の後、年間賞は
5月の月間賞の宮崎市在住の高木眞弓(62)さんに決定した。

作品を紹介しよう。

     母の読み聞かせ

 子供が小さい頃読み聞かせをした絵本をもって
老人ホームへ出かける。ホームに着くと娘を忘れた
母が、顔見知りの私に向こうから手を振って出迎えてくれる。
私の名前も忘れてしまい、名前で呼んでくれることもないが、
いつも行くので顔見知りではあるらしい。笑顔で迎えてくれる。
 両足とも大腿骨骨折で金具入りの母。寝たきりになるのでは
と心配したが、本人は何事もなかったかのように歩こうとして、
周りをハラハラさせる。
 今日は何にしようか。桃太郎、鶴の恩返し。母が読んでくれる
至福のひと時を過ごす。


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この日の講話は若山牧水文学館館長の伊藤一彦先生
短歌の世界でも有名な方だ。題は「書く喜び」

当日の資料の表紙に宮崎市から見た尾鈴山の写真が
掲載された。それを取り上げられ、実は牧水が日常見ていた
尾鈴山は裏側なのですと始まり、「裏が作品に出ているか」
という話になった。自分を表現するということは難しい。
芸術や文学は自分にコントロールできない心を裏から
絞り出す作業である。書く楽しみと書く苦しみは表裏一体。
また、学ばなければならない。そのためには読書が重要。
自分が書いたエッセーをまとめて冊子にすることが重要。
つまり、整理して再読することで推敲はずっと続く。
いいお話であった。


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午前中の最後に皆で記念撮影をした。

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実は伊藤先生は昔、福島高校で教えられていたことがあり、
ひこばえ串間の面々は「先生、お懐かしい」とご挨拶。


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昼食のお弁当をいただき、その後、各支部の活動報告
次期総会の担当の引き継ぎ、次回担当は県北。

その後、各支部のメンバー紹介
これはグループ県北


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こちらはグループ県南

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そうそう、もう一つご紹介したいのは最高齢者のこと
その日出席の最高齢者は宮崎市在住の田上蒼生子さん
なんと96歳である。その日はお孫さんに付き添われて
出席された。そしてなんと2月の月間賞受賞者である。
どんな文章を書かれるのか、紹介しよう。

      カキクケコ

 何で見たのか覚えていないが「カキクケコ」の順で
認知症予防になる事が書いてあるのを見た。
カは感動、キは興味、クは工夫、ケは健康維持、
コは恋心。体調を壊して入院した後、施設生活3年、
足は弱ってきたが頭の方は今のところ大丈夫だと
自負している。テレビや読書、また職員の優しさなどに
「感動」し涙する。何にでも「興味」がある。好奇心旺盛。
忘れないようにメモ、考えることも「工夫」のうち。
病気は嫌、コロッと逝きたいので「健康」に注意する。
「恋心」。イケメンタレントに惹かれる等々。
遠からず大丈夫でない日が来るかも? 頑張ろう。

見事である。


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午後は各グループをシャッフルして3つのグループに分かれて
自由懇談会。会は3時頃閉会した。


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実は前に紹介したはがき随筆作品集「ひこばえ」のことを
毎日新聞が1週間前の紙上で取り上げてくれた。
(私の名前が実名で取り上げられているのでここでは
酔龍と書き換えておきました。)
定価600円です。どうぞ欲しい方はお申し込みください。
(手作りですのでご容赦あれ)


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終了後、友人のH君に電話を入れ、お茶を飲むことにした。
前回来たのは中学、高校時代の同級生K君の告別式だった。
H君のお店の裏に車を停め、橘通沿いの喫茶店に向かう。
途中、宮崎アートセンターの1階ホールにピアノを見つけた。
そう、最近NHKで放送された
ドキュメント72時間「宮崎 路上ピアノが奏でる音は」の
路上ピアノである。大阪に住む娘が非常に興味を持って、
その番組を教えてくれた。今度、帰ってきたら弾きに行こうか
と言うと弾いてみたいという。


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少し弾いてみた。ちょっと鍵盤が硬いかな。
ちょっとピアノには酷な環境である。


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そのあと、イオン宮崎に寄る。お店の中は
すっかり春物の装いである。
本を数冊、服を少し購入して帰った。




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野生の思考

.06 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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実はブログなんか書いていられないほど忙しいのです。
今日は串間市生涯学習展示会のための準備に時間が
だいぶ潰れてしまいました。一つは「エッセークラブ」の
展示、展示方法についてあまりうるさく言うものですから
結局自分で展示する羽目になってしまいました。
中学校の写真展示は現地で見るとあまり場所が
なかったので都井中学の分のみをやって来た河野さんと
武田さんに頼んでお願いしました。

来週の中学校の展示会(15日~17日)の準備は
まだ北中のレイアウトが半分位残っています。
印刷もまだ大束中の分が半分・・・・
あーあ、大丈夫かな


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ある本を読んでというか、Eテレの「100分de名著」で
ある作品に出会ってからいろんなことが気になるようになりました。
ということで今日はレヴィ・ストロースの「野生の思考」について
少し頭を整理したいと思います。
(こういうことを書くと先輩の谷山さんから「おまえ、あんまり
難しいことを書くな!」とおしかりの電話が来るのですが・・・・)


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僕らは「歴史というものは進歩するもの」とか「未来は完成された
社会にたどり着く」とか誰に教え込まれたわけでもなく、全ての事柄が
当たり前のようにそういう前提で作り上げられているため
このことになんの疑いも感じることなくこれまで生きてきたわけですが
このレヴィ・ストロースが「野生の思考」で言わんとするのは
「歴史」という概念に対して「構造」という考え方を打ち出したことです。
彼の思想のおおもとは歴史や進歩から取り残されたと考えられていた
未開人の調査から始まります。

アジア、アフリカ、オセアニア、南北アメリカなどに生きてきたいわゆる
未開社会にも、人間は文化を形成してきました。そうした文化は
サルトルの言う惰性態などでは決してなく知性によって動いています。
その知性は分析的理性だけでなく、そのなかには弁証法的理性も働いていて
この二つが共働しながら彼らの世界は作られてきました。
けれども彼らは西欧のように、歴史に過度な重みを与えて、進歩や
発展の概念に突き進むことはありませんでした。
それは習俗的な思考をもとにする惰性態を彼らが生きていたからではなく
彼らはむしろ自ら選んで、歴史よりも構造を重視したからだというふうに
レヴィ・ストロースは考えたのです。


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自然界は連続的で豊穣な世界だけれども、人間の世界は
そこからごくわずかな要素だけを取り出して、相関・対立の
体系を作っています。
レヴィ・ストロースはここから自然と文化という重要な概念を
着想していきました。
自然は、言語で言えば連続的な音響世界にあたり、文化は
そこから少数の要素を取り出して、相関・対立させ、構造を
作るのですが、この構造を変換したり、組み合わせたりして
人間の文化は形成されてきたというふうに考えたわけです。

例えば言葉というものは人間の聞き分けることのできる可聴音
の中からごくわずかな音だけを有用な言語音として取り出し、
それらの言語音を相関・対立させて弁別の体系を作ってきたわけです。

であるとすれば、その初期の段階のまま文字を持たないけれど
聞き分けできる音を発することでコミュニケーションが可能な
種族がいたとしても何の不思議もないわけです。


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では先住民と現代人の大きな違いはなんでしょうか。
レヴィ・ストロースは未開人が用いる知性を「具体の論理」
と呼びました。それは、感覚に与えられる感性的な素材を
用いて論理を働かせようとする、感覚的なものと知的なものの
二つが結合した論理です。
現代の私たちのように抽象的な概念によって物事を理解しようと
するのではなく、この世界に満ちあふれている自然界と人間界の
具体物を用いて思考する、感覚的な能力を総動員しながら世界を
知的に認識していく。先住民の考え方の本質はそこにあると
いうのです。


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人類は後期旧石器時代に本質的飛躍を遂げていしまい、
そのあとに飛躍的な進歩を遂げる新石器時代人と現代人は
脳の構造が同じであるという。だから進化したなどというのは
幻想に過ぎないわけです。

田舎生活が長くなってきて、最近都会での生活と基本的に
何が違うのだろうと考えることがあります。
レヴィ・ストロースは現代人の問題の原因を人口過剰にあると
言います。「お前はどこの部族の、どの氏族に属するのか」
と聞かれて、それにすぐ答えられるようであれば構造が働き出す
ことができますが、都市に暮らしている人や家族生活を失って久しい
人たちは、なかなかその質問に答えられないものです。
人間の数が増え過ぎてくると、もはや構造に収めることはできなく
なります。

私たちの世界は現在、出来事の過剰した世界に突入しており、人間の
従来の政治的思考を持ってしては、もはや知性はこの出来事過剰の
世界に対応できなくなっています。

「構造」に立ち返るという意味が田舎で生活していると
よくわかる気がします。ここでは誰それの縁戚関係が直ぐにわかりますし、
周辺で起こる行事がすべて理解の範囲内にあります。
そういう意味ではレヴィ・ストロースの言う未開人の生活パターンに
近いのかもしれないなどと思ったりします。


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最近気になるのは、あちこちの記事にそれに類した話を
見つけるようになりました。
例えば宮日の本の紹介で篠原雅武著の「複数性のエコロジー」
にこうあります。
現代社会の根幹を成す科学的な態度に従う限り、われわれは
この世界を抽象的なシステムとして捉え、理解しようとする。
そしてこのシステムを、自身の快適さがあ増すように働かせ、
利用しようとする。・・・・・・・・・・・・・・しかし、こうした態度を
とり続ければ、世界から複雑さや豊かさは失われてしまう。
・・・・・といった具合、これ同じこと言ってますよね。
また別の本長谷川真理子、山岸俊男著「きずなと思いやりが
日本をダメにする」なんともすごい題ですが、こうあります。
私たちには人間を過大評価する傾向がある。意識や道徳を
高めれば問題は解決する、と考えてしまうのはその傾向の表れだ。
しかし、いじめ問題などもぐらたたき状態だ。・・・・・人間は
進化の過程で作られてきた性質に大きく条件付けられている、
という視点が重要だ。人間が利他行動をとるのも、身内びいき
してしまうのも、裏切り者を罰しようとするのも、すべて進化の過程で
身につけてきた性質である。・・・・・といった具合。
こういうのもある。宮日の「ことば巡礼」でビートたけしのことばとして
「夢を持て、目的を持て、やればできる、こんな言葉に騙されるな、
なにもしなくていいんだ。」
うーん。深い?????


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今日の話、私にもまだうまく咀嚼できていない。
またそのうち続きを書きましょうかね。

最近、気になっていてとりあえず、ちょっと書いてみました。

綺麗なお花の写真に騙されて気難しげな本文を読んでしまったあなた、
お疲れ様でしたね。(本当は書いた本人が一番疲れています。ですが
来週、2月の読書会なのです。テーマが小説以外なので、自分なりに
話すテーマを考えておきたかったのです。)




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1月の読書会

.27 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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久しぶりに「ありんこ文庫」の夕景を
撮してみました。

ここは5年前に急死した弟の部屋に残された
本を移設した文庫なのです。
最近紹介している私の作る小冊子の最後のページには
必ず「ありんこ文庫」と表示しています。

正面扉の向こう側は3年前に亡くなった妻の部屋で
妻は生前、ここで革を使って知り合いに頼まれたバッグ類を
作っていました。小物や雑貨の制作を含めて「工房ありんこ」と
称していました。

そして手前左側が私の部屋。ここは3年前に
「建築工房ありんこ」と名づけて
一級建築士事務所登録をしました。

私は、そうこんなふうに死者に囲まれて
日々を暮らしているのです。
死んだものは還りませんが、
小さな冊子を作れば「ありんこ文庫」を
木工雑貨を作れば「工房ありんこ」を
名乗ります。そうやって今でも死者とともに
生きています。
ただ私自身の「建築工房ありんこ」は
いつまでも暇なままです。


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今年最初の「読書会」は「昨年1年読んだ本」が
テーマ。
私は色々読んだ中で
一つの括りを「随筆」としました。自分が「はがき随筆」を
始めたことが契機なのですが、
随筆を過去に遡った時、二人の人物にたどり着きました。

一人は先日紹介した「清少納言」です。
これは先日、冲方丁の「はなとゆめ」で紹介しました。
日本最初の随筆の誕生秘話ですね。

そしてもう一人が「正岡子規」です。
これは近代文学で多分最初に表された随筆ではないかと
思うからです。新聞に掲載することで一般の人を
啓蒙した功績は非常に大きいと思います。
中でも「墨汁一滴」「病牀六尺」は
書くということの意味を考えさせられる作品です。
正岡子規のことを書いた本は
司馬遼太郎の「坂の上の雲」
伊集院静の「ノボさん」
「ノボさん」が素晴らしいのは正岡子規と表裏の関係で
夏目漱石を描いていることです。
夏目漱石のことが正岡子規の影から
浮かび上がってくるのです。
不思議な気がします。


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最近、「歴史」について考える機会が多いのですが
ありんこ文庫の中の司馬遼太郎の作品群の中から
「春灯雑記」「手掘り日本史」という非常にマイナーな
本を読みました。歴史というものの捉え方が非常に
面白く、なにか腑に落ちるといった小作品で、なんだか
目からウロコがたくさん落ちていった気がします。

最期に最近読んだ「歴史」についてのいい本を
紹介しておきます。


それでも、日本人は「戦争」を選んだ
加藤陽子(東京大学文学部教授)

喫茶店Teteでたまたま手にしてちらりと目を通しただけなのだが気になる本だった。しばらくして日南の本屋さんでその文庫本を見つけてすぐに購入した。レンタルDVD、CD,漫画を主にしたその片隅の文庫本の中に置いてあった。甚だ異質である。私のために置かれていたのだと勝手に思い込んでいる。

なぜ、この本に心惹かれたのか。作者の加藤先生は東京大学で文学部の3,4年生、大学院生に日本近現代史を教えておられる。授業をやっていく中でこの年代では教えるのに遅すぎると感じ、危機感を覚えられたそうなのだ。そこでなんとか中学生や高校生に授業をしたいということで実現した結果をまとめたものがこの本なのです。対象となった学校は神奈川県の名門私立校栄光学園です。授業は冬休みの5日間。生徒は中学1年生から高校2年生の17名。ちなみにこの学校は偏差値が高く、1学年180名の内50名ほどが毎年、東京大学へ進学している優秀な学校です。

内容は日清戦争から日露戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦と日本の近現代史の中でも外交、戦争を非常に多角的に見ています。学生相手だからレベルを落として語られているかというとそういうものではないのです。内容はかなり専門的ですが、教える側がうまいと言うしかない。生徒に質問しながら、授業は進行します。多分この授業のために引用された資料は膨大なものになるのだろうなという気がします。この本は2010年小林秀雄賞を受賞しています。

歴史の各ポイントポイントでその当時の人々がどう考えていたかということを一般人、知識人、政治家それぞれの視点で見てあり、また敵国やヨーロッパ諸国、アメリカがどう考えていたか、当時の諸外国の外交戦略や事情はどうであったかなど、非常に多角的です。繰り返し読みたい本だと思います。

昨年、娘と歴史の話をする機会が非常に多かった。彼女はとりあえず司馬遼太郎の歴史小説を読み始めたので、戦国時代、安土桃山時代の読むべき本を教えました。その後、江戸期は飛ばして幕末から明治初期、これもあれこれ読んで、現在「坂の上の雲」を読んでいるそうです。その後、読むべき本にこの本を薦めようと思っています。




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最近の読書

.23 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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買ってきた本を枕元に置く癖がある。
買うたびにカバーをつけてもらうのだが
それがいけない。読んだ本も読みかけの本も
まだ手をつけていない本もごちゃごちゃになっている。
カバーを全て外した。読んだ本と読んでいない本を分けて
読んでない本のみを枕元に整理してブックエンドで
収めた。

少しは読む気が出てきた。年末にあちらこちらの本屋で
ついつい買ってしまった本が結構たまったので
最近は寝る前に読むことにした。


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先日紹介した 冲方丁の「はなとゆめ」は前回紹介した。
娘に先日みかんと一緒に送ったら今朝電話で読み終えたと
連絡があった。「なんで退屈な古典の時間にこうした
清少納言の置かれた状況を説明してくれないのかな。
こういう物語を知ると本当に枕草子を読みたくなる。」
娘の感想である。


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最近読んだのは垣根涼介の「迷子の王様」
「君たちにあすはない」シリーズの5巻目である。
これまでのものも全部読んでいる。
社会で働くことの意味を考えさせられる作品で
毎回すぐに読んでしまう。
残念ながら今回が五回シリーズの最終回
仕事に悩む若い人たちに読んで欲しい作品です。


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数日前から読み始めたのが
伊集院静の「なぎさホテル」
前回読んだのが「ノボさん」
その前が「いねむり先生」
これら三作品は穏やかでリズムが緩やかなので
この作者の日頃の言動や派手さ、才能からすると
意外な気がするが私は好きだ。
作者が作家として名を成すに至る重要な時期のことを
小説にしている。


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さて、今日はもう一つ紹介したい本があり
A4サイズほど書き込んだものがあったのだが
紙面が既にいっぱいになってしまった。
これはまたの機会にしよう。


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当初「寒い日々」と題して
冬の日に沈む夕陽を写真の題材に
書こうとしていたのですが
本のことを書き始めたら
こんなふうにちっとも寂しくない文章に
なってしまいました。

でも文章なんか読まずに
写真だけを見る人だっていていいわけですし
冬の日の気温の上がらない寒い日々の
暖かそうな夕日なんだけれど
風も空気も冷たい
そんなところも感じ取っていただきたいと
思います。


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はなとゆめ

.13 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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久しぶりに最近読んだ本を紹介しましょう。

最近、はがき随筆などを書くようになり、随筆の起源に興味を持っています。昨年読んだ
「のぼさん」の正岡子規の病牀六尺なども現代文学のなかのまさに随筆の走りのようなものであったかと思います。がもう少し時代を遡るとき、随筆という未知の分野を切り開いた女性がいます。清少納言です。そして作品は言わずと知れた「枕草子」。学生時代にほとんどの人が読んでいるのに一体この枕草子はどういう時代背景で作者は結局のところ何を書いていたのか、ほとんどの人は知らないのです。


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梅原猛氏の作品の中に「清少納言の悲しみ」というのがあります。以前それを読んで非常に驚いたことがあります。哲学者というのは歴史の隠された真実を実に明快に暴いていくのだと感心した覚えがあります。再び読んでみたいと思っていた矢先、志布志の本屋さんで見ていた文庫本の表紙に清少納言の文字を見つけ手に取りました。そういえば、冲方丁は「天地明察」、「光圀伝」と歴史小説をよく書いています。この本の題が平仮名で「はなとゆめ」とあります。理由分かりますか。そう、彼女たちが平仮名文字を初めて使い、広めていったのです。冲方さんよくぞ書いてくれた。そう思い、一挙に読んでしまいました。
いい本でした。こういう平安時代の歴史小説ってほとんどないんですよね。まあ、もっとも同時代の源氏物語を書いた紫式部がいますが、これは別格です。


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さて、枕草子に隠された真実とは何か。あんまりしゃべるのもなんですが、概略をお話します。平安時代の藤原氏の全盛期といえば、歴史で習いましたよね。そう藤原道長です。この枕草子が書かれた時代がまさにその時代なのです。が実は藤原道長があまり力を持たなかった時代から始まり、全盛期に至ると言ったほうが正しいのでしょうか。時の帝は一条帝、藤原氏の最大権力者は長子の藤原道隆。道隆は一条帝の中宮に娘定子をあげます。中宮定子は美しく賢い女性であったようです。一条帝にも愛されます。この中宮定子に使えるのが清少納言です。中宮定子は仕える女房たちの才能を引き出す能力があったようです。ここで清少納言は才能を開花させます。当時の女房衆と興味の持ち方がちょっと違ったようで、定子はこれを面白がり、ある時、何か書いてご覧と弟伊周が帝と中宮に上程した上質の紙を賜ります。後にこの上質紙に書かれた随筆が枕草子なのです。ところがこの藤原道隆一家が全盛期を誇った時期は短く、まもなく道隆は病死します。その後、主だった人々が病に倒れて、残された権力者は道隆の長子伊周と道隆の年の離れた弟道長との権力争いが起こります。最終的に道長が権力を握り、伊周は太宰府へ流されます。そんな中、中宮定子は帝との間に長女、長男を産みますが、中宮定子は保護者を失い、道長の執拗な妨害工作にあいます。定子を皇后という称号に上げて、自分の娘でまだ幼い彰子を中宮にあげます。定子は最期には二女を産んですぐに亡くなってしまいます。枕草子はそうした四面楚歌の中で書かれていたのです。枕草子にはそうした血なまぐさい政争は一切書かれていませんが、所々にそうしたことを示唆する内容があちこちに埋め込まれています。清少納言は中宮定子のサロンが如何に知的でおしゃれで魅力的であったかを表現することで定子という優れた中宮を称えています。そうすることで時の権力者となった藤原道長に真っ向から歯向かっているのです。

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中宮彰子のサロンには道長が権力に物言わせて一流どころの女房を集めます。その一人が紫式部です。紫式部は紫式部日記の中で清少納言をかなりてひどく批難しています。枕草子に書かれてあることは嘘だと言います。つまりこういうことです。あれだけ大変な事態なのに、定子が終始笑って楽しく過ごしているはずがないのに清少納言が書く世界は優雅で楽しく、気の利いた歌や会話にあふれた世界になっている。定子の死後、清少納言の手から放たれた枕草子は中宮彰子とそのサロンの女房たちを苛立たせたのでした。史実から言えば中宮定子の人生は不遇としか言いようがありません。枕草子はその書き換えを行うことで見事な復讐を果たしていると言えます。

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もう一度、読みたいな。枕草子

春はあけぼの、やうやうしろくなりゆく山ぎは、
すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
 夏は夜。月のころはさらなり、やみもなほ蛍飛び
ちがいたる。雨などの降るさへをかし。
・・・・・・・・・




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