8月の読書会

.28 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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8月の読書会のテーマは毎年、「夏」とか「海」とか
言葉から連想される本を読んでいくということになっています。
今年は「平和」

なかなかむつかしいテーマです。やはりその反対の「戦争」や
「歴史」をテーマにした本を選んでしまいます。
正直、時間がなくてあまり読めていないのになんか
書いてしまいました。

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今年の夏のテーマは「平和」。正直難しいテーマだ。たぶん去年で
あれば去年の来年であれば来年の全く異なる答えを書くに違いない。
要は切り口が多すぎるのである。たまたまというか、とっかかりは
偶然に過ぎない。がそれは偶然の上に偶然を乗せてある程度
流れ着いた流木を合わせて組んでみると何やらある形がおぼろげに
見えてくる。
 最初の本は、
●加藤陽子著 「それでも日本人は「戦争」を選んだ」
次は全く偶然にありんこ文庫の書棚から興味本位で抜いた本
●内田樹著 「日本辺境論」
夏のテーマ「平和」が決まって本屋に行くたびに買ってしまった本が数冊ある。
●吉村昭著 「殉国」
●山本七平 「一下級将校の見た帝国陸軍」
●浅田次郎 「日本の「運命」について語ろう」

最後の3冊は忙しさにかまけて読みかけであるが、これらの
本を見ていて何やら1本の道が見えてくる気がする。
大きくは江戸時代までに作られた日本人の根本的な性格や
思想、宗教観そういったものの上に突然接木された明治維新
以降の日本人の新たな思想や宗教観、それらが渾然一体と
なって作られた日本人とは一体なんであるのかという問題である。
戦争という極限状態は実に露骨に真実をあぶりだす。
私が偶然にも選択した本は明治以降日本人が様々な思想に
揺さぶられながらもその根底で変わり得なかったものもあるし、
西欧諸国からの圧力や親愛によって大きく変わっていったものもある。
しかしこれらの本は変わらなかった日本人の底に一体なにが
あったのかを示唆してくれている。

加藤陽子著の「それでも日本人は「戦争」を選んだ」は衝撃的なテーマである。
内容は日清戦争から日露戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦と
日本の近現代史の中でも外交、戦争を非常に多角的に見ています。
学生相手だからレベルを落として語られているかというとそういうもの
ではないのです。内容はかなり専門的ですが、教える側がうまいと
言うしかない。生徒に質問しながら、授業は進行します。多分この授業の
ために引用された資料は膨大なものになるのだろうなという気がします。
この本は2010年小林秀雄賞を受賞しています。
 歴史の各ポイントポイントでその当時の人々がどう考えていたかと
いうことを一般人、知識人、政治家それぞれの視点で見てあり、
また敵国やヨーロッパ諸国、アメリカがどう考えていたか、当時の諸外国の
外交戦略や事情はどうであったかなど、非常に多角的です。
繰り返し読みたい本だと思います。
この本で驚くのは一言で「軍人が暴走して勝手に戦争をやった」
わけではないということです。時には国民の方が熱くなって煽ったり、
文化人が当然戦うべしと論じたりしている点です。我々日本人は概して
明治・大正・昭和の近代史を学ぶことを怠ってきましたしどこか欠落している
ところがあります。そういったところをこの本は鋭くついてきます。
そもそもこの本が書かれた理由は
作者の加藤先生は東京大学で文学部の3,4年生、大学院生に
日本近現代史を教えておられる。授業をやっていく中でこの年代では
教えるのに遅すぎると感じ、危機感を覚えられたそうなのだ。
そこでなんとか中学生や高校生に授業をしたいということで実現した結果を
まとめたものがこの本なのです。対象となった学校は神奈川県の
名門私立校栄光学園です。授業は冬休みの5日間。生徒は中学1年生から
高校2年生の17名。ちなみにこの学校は偏差値が高く、1学年180名の内
50名ほどが毎年、東京大学へ進学している優秀な学校です。

全く同じようなことを異なる切り口で見せてくれるのが書店で偶然手にした
浅田次郎氏の「日本の運命について語ろう」です。この本は作者自身が
明治維新以降の歴史を全く知らないことを反省して勉強した経緯から
出発している本です。作者自身は中国が大好きなのですが何故、
日中関係が今のようにこじれてしまったのかと過去を勉強していくうちに
様々なことがわかってくる。それを我々に伝えたくて優れた作品が生まれています。
近現代史を知れば私たちの「運命」が見えてくる。そう作者は警告しています。

山本七平氏はかつて「日本人とユダヤ人」にイザヤ・ペンダサンという名を
騙って著書をベストセラーにした山本書店の創立者です。彼は大学を卒業と
同時に軍隊に入り過酷な体験をします。その軍隊体験を通して「一体日本人は
なんでこうなんだ」という状況にたくさん出くわすのです。というか、彼の感性が
敏感にその違和感を感じ取るのです。彼は戦後、山本書店を立ち上げ、
多くの著書を出しますが、その多くは日本人論です。読むとああなるほど、
そうだなと変に納得してしまうものが多いのです。「「空気」の研究」、
「「常識」の研究」などは誠に日本人をよく観察しているなと感心する内容です。

さて内田樹氏の「日本辺境論」ですが、実に面白かった。日本人のものの
考え方は日本という国が辺境にあったがために自然に出来上がったのだと
いうことを実に理路整然と説明してあります。一言で言うと「本物は日本以外
の外にある」という思想です。江戸時代まではそれは中国でした。明治維新
以降、その矛先は西欧諸国に移ります。その考え方は今も日本人の心の底に
有り続け、日本人は自ら絶対思想を打ち立てられないというのですね。
同じようなことを司馬遼太郎も言っています。誰かがこれからの日本人は
世界をリードするような存在になりますかという問いかけをした時に同様の
答えをしています。内田氏はこのことを日本語でうまく説明しています。
日本語というのはすべて借り物から構成されている。日本語という話し言葉が
まずあった。そのあとに漢字が入ってくる。この漢字を即採用して言葉に当てる。
やがて崩し文字を女性が使うようになり、主が漢字で漢字と漢字の間に
日本で改良したかなを当てて日本語を構成する。明治以降、オランダ語や
英語が入ってくると、それは今まで日本に存在しなかった概念であっても
漢字を当て込んで新しい翻訳語をせっせと作ってしまう。というような説明で
日本語というのを説明されていて、なるほどと思ってしまいます。
中国人というのは中国にない意味の言葉を訳して自国語にするという気が
ないのだそうです。非常にプライドが高いため、中国にない概念をそもそも
取り入れる必要はないということのようです。でどうしたかというと後に
日本が作った訳語を例えば「哲学」とか「概念」とかを逆輸入せざるを得なく
なってしまったというわけなんです。
「日本辺境論」と「それでも日本人は戦争をえらんだ」を合わせ読むと
第一次世界大戦後ヨーロッパ諸国のように大惨禍にあわずに世界の
列強の雄として並んだとき、辺境の悲しさ、自分の価値観で立つと
いうことができず、一時代前の世界列強の後追いをして植民地政策を
強行してしまうところに日本の辺境人としての一つの限界があったのでは
ないかと思うのです。未来に対して我々は自ら新しい価値観や秩序を構築し
世界に対して、我々の考え方はこうであると力強く宣言できるようにならねば
ならないのに、日本人に長く染み付いた辺境人の血はなかなか変えられないのです。

今回のテーマは「平和」であって「戦争」ではありません。が「日本辺境論」などを
読んでいると日露戦争以降、科学の発達で大いに戦争の形が変わっていく中、
第一次世界大戦で大きく傷ついた西欧列強が話し合いや外交、調整で世界を
まとめていかないととんでもないことになるとの危機感を共有できなかった辺境の
悲しさがひしひしと伝わってきます。「平和」を考えたいなら「戦争」の現実を知ら
なければならないし、近代において外交、戦術、武器などの飛躍的発展のスピードと
現実の近現代史を知らないと誤解したままで同じ過ちを犯しそうな気がするのです。
日本を取り巻く状況は決して楽観できるものではありません。
我々は結局「読書」を通してささやかな戦いを続けるしかないのです。




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7月の読書会

.22 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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7月の読書会のテーマは「SF(日本編)」
私は正直、苦手であまり読んでこなかった分野です。
でも良くしたものでそうした分野に強い方が2名ほどおられて
今回はひたすら聞く側に徹しました。

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ところが始まる前に並べられた本の前で、話をしていると
結構日本の漫画やアニメの分野で知らないうちにSFに接していることが
多いのに気づかされてしまいました。
有名なところでは藤子不二雄の「ドラえもん」とか手塚治虫の「火の鳥」とか
松本零士の「宇宙戦艦ヤマト」。最近では「進撃の巨人」なんかもそうですね。
萩尾望都の「11人いる」「百億の昼と千億の夜」。私は知らなかったんですが
この「百億の昼と千億の夜」は原作があって原作者の光瀬龍という方が
れっきとしたSF作家なのでした。

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日本のSFの歴史を紐解くと1959年の早川書房のSFマガジンの創刊
1962年の第1回SF大会の開催。この頃本格的な日本SFが立ち上がりました。
小松左京、筒井康隆、半村良、光瀬龍、平井和正、豊田有恒などの作家に
手塚治虫、藤子不二雄、松本零士などの漫画家も現れます。

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得意でない分野を色々語っても仕方ないので、SF分野に詳しい二人の
おすすめがありますのでそれを紹介しておきます。
私も是非読んでみたいと思っています。
それは夭折の天才、伊藤計劃の「虐殺器官」と「ハーモニー」です。
お好きな方は是非読んでみてください。

私も直前に一冊ぐらいは読もうと図書館の館長に勧められた本を
1冊借りて読みました。梶尾真治の「杏奈は春待岬に」という本です。
久しぶりに読むSFですが、SFというよりもファンタジーに近い展開で
最後が気になり読み切ってしまいましたが、最後の最後に
タイムマシンの力でストーリーが解決されてしまったのでちょっと
そこが不満として残りました。人と時間の問題をテーマにしていて
途中まではフィッツジェラルドの短編「ベンジャミン・バトン数奇な人生」
を思わせる展開でストーリーしだいではタイムマシンなしでも
面白く出来たのではとちょっと残念でした。

SFって敷居が高いというか、ちょっと入りにくいところがあるのですが
例えば有川浩や冲方丁などの作家も色々書いていて、結構
作家の幅が広くて分野にこだわる必要はないのかもしれませんね。




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6月の読書会 その2

.08 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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6月の読書会、途中で終わってしまったので今日は
前回の続き・・・・・・

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さてこの司馬さんを代表とする「歴史小説」という小説の1分野についてあまり深く考えることはなかったのですが、「時代小説」との区別はなんなのかいつもこのことが頭の隅で引っかかっていました。中国物を数多く手がける宮城谷昌光氏の書かれた「三国志読本」の中におもしろい記述を見つけましたので紹介します。

 司馬遼太郎以前の昭和9年頃の文壇の状況としてこうあります。純文学にも多くの人材がいたのだが大衆小説の書き手が充実していた。大正末に「鞍馬天狗」昭和2年に「鳴門秘帳」、昭和3年に「新選組始末記」「右門捕物帳」、昭和4年に「旗本退屈男」、昭和5年に「南国太平記」、昭和6年に「一本刀土俵入」「銭形平次捕物控」、昭和8年には「丹下左膳」、昭和9年には「雪之丞変化」「鶴八鶴次郎」、そして昭和10年には「宮本武蔵」と続く。嘗てテレビや映画を賑わせたものが多くあって驚く。日本の昔から親しまれた講談をベースにした小説がサラリーマンや新しく高等教育を受けた読者を得て大きく成長していく時代である。
 時代小説の全盛期、活躍する小説家は、山本周五郎、海音寺潮五郎、吉川英治、柴田錬三郎などなど。このあとに出てくるのが司馬遼太郎と藤沢周平である。司馬、藤沢氏以前は「昔こういう人がいたと、現代とはっきり離して、こういう状況で、こういう人がこういう風に生きたという書き方をしていて、しかも講談調で啓蒙的な手法をとる作品が多かった。司馬氏の場合、その小説は読者の胸中を明るくする。藤沢氏の作品も人生というのはそういうものだから、これはしょうがないと快く慰める。こうした読者を慰めたり励ましたりするためには、文章にあまり癖があってはいけない。司馬氏が現れるまで時代小説はエンターテインメントの要素が強くて、一人のヒーローがいればあとはいけた。最近まで日本の時代小説は「剣豪小説」でした。しかし現代のように一人のカリスマ性だけでは対処できない複雑さを時代が持つようになると組織論がどうしても必要になってきます。その時に司馬遼太郎が登場するわけです。


 司馬遼太郎の略歴を見ていてふと思ったことがあります。私が触れていた司馬作品は彼の業績の前半部に過ぎないのではないかと、そこで後半の略歴を記してみます。

57年:「ひとびとの跫音」で読売文学賞受賞
58年:「歴史小説の革新」についての功績で朝日賞受賞
59年:「街道をゆく‘南蛮の道、篇」で新潮日本文学大賞受賞
62年:「ロシアについて」で読売文学賞受賞
63年:「韃靼疾風録」で大佛次郎賞受賞

などとある。司馬さんが言いたかったことがあるいは後半に凝縮されているのかもしれない。年を経て「司馬遼太郎」は未だに魅力ある作家として私たちの前に立ちはだかっている。




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ひこばえ

.06 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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はがき随筆のことを最近あまりお伝えしていなかった。
月1で毎回、合評会に真面目に出席もし、作品も出し続けている。
2月が全体総会で飛んだり、4月から新しい支局長(毎日新聞宮崎市局)
に代わられたりと少しずつ某かは変化しつつもなんとか続いている。

3月、5月、6月の作品を恥ずかしながら紹介しよう。
4月はちょっと情景描写を詩的表現で書いてみたら
みんなから集中砲火を浴びた。修正しようにも、こちらの意図が
上手く伝わらなかったものだから、パスすることにした。

試行錯誤は続いている。いろいろ書いてみれば少しは
何かが掴めるかも知れない。

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           冬になれば

 大阪にいた頃、毎年2月の連休は退職後山にこもる会社の先
輩夫婦のログハウスを訪ねた。
 近くのスキー場で滑った後に立ち寄ると雪の中をカンジキを
持って道路まで迎えに来てくれた。薪ストーブに温められた室
内でお酒を飲みながら山暮らしの様子を楽しそうに語ってくれ
た。「雪に埋もれて大変ですね」と問うと「雪が降るまで忙しく、
その間とりためた録画を見て楽しんでいます。」という。
 その生き方に後押しされるように、定年後串間で暮らし始め
た。4年目の暮れ、奥さんから喪中はがきが届いた。冬になる
と雪山のログハウスを思い出す。

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           木々に囲まれて

 我が家は緑に覆われている。私は雑木の庭と思っているのだ
が、友人に言わせると野生の庭だという。中央には樹齢45年の
桜が剪定されることもなく枝を広げ、足元には中低木や草花が
茂っている。
 庭の成長しすぎた桃とハクモクレンとツバキを花が咲き終わ
った順に剪定した。5月に入り、垣根を摘んでいると、通行人が
「きれいになりますね」と声をかけて通り過ぎていった。
 ある日、遠くの山で「チョットコイ」と鳴いていたコジュケ
イが自然林と間違えたか庭先で鳴いた。庭をきれいにと私を叱
るかのようであった。

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               夕焼け

 晴れた空に筋雲が流れている。夕陽が山に沈むと雲が紅く染ま
りだした。こんな夕焼けの空を1時間近く眺めていた。働いて
いた頃であれば、「そんな事やってる場合じゃない」と切り捨
てた行為だった。それが今では日々の暮らしの潤いである。
 広がる夕焼け空を見ながら、かつての自分のように忙しく働
いている人達に、「人生は短い。そんな事にかまけている場合じ
ゃないだろう」と同じ言葉を違う意味で吐いていた。
 夕焼けはそんな不遜な言葉を笑うように忙しい人にも、そう
でない人にも同じように穏やかなあかね色を落としていった。





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6月の読書会

.30 2017 読書 comment(0) trackback(0)
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6月の読書会のテーマは「司馬遼太郎」
集まったのは5人。常連の館長とYさん、意外にも司馬遼太郎は
あまり読んでいないという。私にだって苦手な作家や空白の分野は
あるのだから、そんなもんかも知れない。

久しぶりに小さなものをいくつか読んだので少し書いてみた。
長いので2回に分けて紹介しよう。

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 なぜか今はもう司馬遼太郎は読まない。戦国時代、幕末、明治維新と一通りの作品を若い頃に読み終えると、もういいかという気になる。ところが最近、過去に読んでいなかった薄めの文庫本を書棚から見つけ出し、久しぶりに読んでみるとこれがまたおもしろい。「そうかそうだったよな」と司馬遼太郎を夢中で読んだ頃のことを思い出した。
 
 久しぶりに読んだ文庫本は「春燈雑記」「手掘り日本史」「歴史を紀行する」である。なにが面白いのか。司馬さんの本は歴史小説の中で、本筋も面白いのだが、主人公がどんな緊急事態であっても脇道にそれることが間々ある。そのことが我々を小説の中に埋没させないのではないか。そんなことを思ったりする。つまり司馬さんが自分の足を使って調べたことや各地の郷土史、その土地に降り積もった過去の事象、そんな事柄が歴史小説に厚みと信ぴょう性を与えるからではなかろうかと、そんなことを思った。この3冊の小作品は実はそういった脇道だけで構成されている。話がどこへ流れていくのかさっぱりわからないまま流されるのだが、それがまた興味をそそり、実に楽しく読んだ。
 
内容を少しだけ紹介しよう。
1、 春燈雑記
     心と形
     護貞氏の話―肥後細川家のことども
     仄かなスコットランド
     踏み出しますか
     義務について
2、 手掘り日本史
     私の歴史小説
     歴史のなかの日常
     歴史のなかの人間
     日本史と日本人
     わが小説のはじまり
3、 歴史を紀行する
     竜馬と酒と黒潮と(高知)
     会津人の維新の傷あと(会津若松)
     近江商人を創った血の秘密(滋賀)
     体制の中の反骨精神(佐賀)
     加賀百万石の長いねむり(金沢)
     「好いても惚れぬ」権力の貸座敷(京都)
     独立王国薩摩の外交感覚(鹿児島)
     桃太郎の末裔たちの国(岡山)
     郷土閥を作らぬ南部気質(盛岡)
     忘れられた徳川家のふるさと(三河)
     維新の起爆力・長州の遺恨(萩)
     政権を亡ぼす宿命の都(大阪)

とこんな具合に目次を見ただけで歴史好きには興味をそそる小皿がたくさん並んでいます。話はともに関連性がなく、それぞれが独立した話になっているので長編はどうもといった方々、一度手に取って読んでみられてはどうかと思う。なにが面白かったのかといえば、多分、こういう小作品を読んでいると歴史を俯瞰できるのが楽しいのです。タネを明かせば実はこういうことだったのです。といったような歴史の深読み、それがきっと楽しいのです。話は雑談めいていて更に興味を引かれるのであります。
 中に印象に残った話が二つほどあるので紹介しましよう。

 一つは「春燈雑記-義務について」の中に江戸時代初期に日本にやってきたオランダ東インド会社に雇われた英国人ウイリアム・アダムスとイギリス東インド会社初代商館長リチャード・コックスについて触れています。彼らの何に興味を示したかというと彼らが給料で暮らしていたという事柄に対してなのです。世界の果てで彼らは国家間の大きな取引を担いながら、僅かな給料で仕事をしていたという事実に対して、何が彼らをそうさせるのかを追求した結果、世界史の中でこれまで存在しなかった「義務」というものに着目します。そしてこの「義務」が生まれるためには国家に対して自分の役割を的確に判断しうる1市民の存在が必要ですが、この1個人はこの時期どうやって生まれたのかという風に追求していくとカトリックの旧体制に対して宗教改革によって生まれたプロテスタントの存在に行き着くのです。さらに話は進みます。英語ではduty。この言葉自身もヨーロッパで広く使われるようになったのは国家が新教を選択したあたりからではないかと推察します。
そしてこのdutyが翻訳され、「義務」と命名されるのは明治初年のことなのですが、この「義務」という言葉、明治人に広く愛され、それは現在も続いている。

 さてもう一つは「手掘り日本史-私の歴史小説」の中に、明治期、軟弱だった大阪兵(八連隊)についての考察があります。この八連隊、日清・日露戦争の激戦場に駆り出されるのですが、当時「またも負けたか八連隊」と言われ続けるほどに弱かった。この事実に対して、司馬氏はその原因を考え、江戸時代の統治体制に目を向けます。日本全国が封建体制下にあった時代、例えば元禄時代70万人の市民を有した大阪は200人くらいの町奉行所によって管理されています。他の藩に比べると圧倒的に武士階級に触れることがなかったため、大阪の町人は武士のもっている封建的な節度とか美意識とかに影響されずにきています。それで考え方も態度も、行儀も悪くなる。さらにお上を恐れなくなる。というわけで、戦場では「ここを死守しろ」と言われると封建度の濃い地帯の出身兵ほど強いわけで、必ず死守したといいます。ところが大阪兵はお上の恐ろしさについての免疫がないものですから、戦況を見てこんなところを死守しておっても無駄ではないかとさっさと兵をまとめて退いてしまうようなところがある。まあ、お笑いの連中が戦っているようなもんです。「死守?アホちゃうか」と言って、それが許されるようなところが今でもある。

こうした疑問に思う事柄や心に引っ掛かる出来事を追求する司馬氏の心というものはどういうものであったのでしょう。それについて自身のことをこういうふうに書いています。

「私には癖がありまして、つい、事の起こりは何だろうとさかのぼって考えてしまいます。難しくいうと歴史ということです。」


まだまだ続きますが長いので続きはまた・・・・・





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