FC2ブログ

最近読んだ本

.05 2019 読書 comment(0) trackback(0)
DSC_9549_convert_20191008120707.jpg

最近読んだ本、今読んでる本を並べて、不思議なことに
気づいた。3冊の内2冊が山本周五郎賞を受賞していた。
おまけに残り一冊もその候補作に名を連ねている。
その山本周五郎賞を調べてみた。(Wikipedia)


主に大衆文学・時代小説の分野で昭和期に活躍した山本周五郎にちなみ、すぐれた物語性を有する小説・文芸書に贈られる文学賞である。主催は新潮文芸振興会、後援は新潮社。
長年にわたり新潮社が開催した日本文学大賞の後継イベントとして、純文学を主とする三島由紀夫賞とともに1988年に創設された。
選考対象は、前年4月から当年3月までに発表された小説とされているが、実際はその期間に発行された単行本が対象になることが大半である。
受賞は、選考委員の合議によって決定され、年1回5月に発表される。受賞者には正賞として記念品、副賞として100万円(2006年現在)が授与される。
第4期までは選考会の全記録を文章化して、結果発表の場である『小説新潮』に掲載するなど、直木賞との違いを明確に打ち出していた(第5期から選考委員1人ずつの選評に変わったが、それでも他の雑誌と違い1人3ページずつと長めに掲載されている)。
ちなみに、山本周五郎は、直木三十五賞において授賞決定後に辞退をした史上唯一の人物である(第17回『日本婦道記』にて)。

とある。第1回(1988年)受賞作品は山田太一の『異人たちとの夏』
第2回(1989年)受賞作品は吉本ばななの『TUGUMI つぐみ』だ。

私がたまたま読んだ本、あるいは読んでる本は
・第30回(2017年)受賞
  佐藤多佳子  『明るい夜に出かけて』・・・・・・・現在読みかけ
・第31回(2018年) 候補
  瀬尾まいこ  『そして、バトンは渡された』
・第32回(2019年) 受賞
  朝倉かすみ  『平場の月』

ちなみに瀬尾まいこの「そして、バトンは渡された」は2019年
本屋大賞受賞作品である。この作品はどちらかというとストーリーで
読ませる本。深みはあまりない。さらりと読める。がだから何?と
心に引っかかるところがない。


DSC_9550_convert_20191008120827.jpg

今日は朝倉かすみの「平場の月」の方を紹介しよう。
本の帯に「心のすき間を埋めるような感情のうねりを、求め合う熱情を、
生きる哀しみを、圧倒的な筆致で描く、大人の恋愛小説」とある。
たいていは読後がっかりするのだが、この本はしっかり心に残った。
同じ大人の恋愛を扱った平野啓一郎の「マチネの終わりに」と比べてみる。
本の帯にはこうある「天才ギタリスト・蒔野、国際ジャーナリスト・洋子
たった3度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった・・・・・」とある。
なんともかっこいいし、恋愛自身があこがれの存在のようにまぶしい。
一方、この「平場の月」が扱う主人公は母親の介護のために田舎に
帰る時、心のすれ違いで離婚をしてしまったさえない中年。出会う相手は
中学の頃のあこがれだが、彼女自身も不倫の末の結婚が彼の死によって
破綻、その後、若い子に貢いで丸裸になって地元に舞い戻った女性。
互いに病院の検査後、再会し付き合い始める。二人ともぼろぼろの
人生なのだが、相手にだけは誠実に接しようとする。検査の判定が
二人を引き裂く。男性はOKだったが、女性は・・・・・
女性は自分の病気の重さを隠し、化学療法が終わればやがて快方へと
向かうかのようにふるまう。男性が療養中の世話をするのだが、女性は
金銭的なことも含め、決して甘えない。やがて一緒になろうという男性を
振り切って、女性は「もう会わない」という。1年後再会の約束をしたが、
ある日彼女が既に亡くなってしまったことを知る。

二人の相手に対する誠実さだけが、それまでの人生の穴埋めを
するかのように尊い。ごく一般的なありふれた、どこにでも転がっていそうな
恋愛なのだが、それがなんだというような力強さに満ちていて哀しい。
恋愛=特別ではない。恋愛=あこがれでもない。ここで扱う恋愛は
昔の同級生が普通に近所にいて、お互いの人生をじゃじゃ漏れに
伝え聞いて知っている、そういう田舎環境である。この猥雑な日常の中に
ふっと差し込む恋愛感情。猥雑な情報網をかいくぐる様にひそかに
そこだけに日が差していて妙に神々しい。

なるほどね、これなら山本周五郎も納得するかもしれない。市井の
名もない人々の日常世界を掘り下げた大衆文学の粋といえる。






写真日記 ブログランキングへ

いつもブログ「扉の向こうへ」を見ていただいてありがとうございます。
「写真日記ブログランキング」に参加しています。
読後、上記 リンクバナーをクリックしていただけると幸いです。
スポンサーサイト



9月の読書会ー趣味の本

.18 2019 読書 comment(0) trackback(0)
DSC_9355_convert_20190926160636.jpg

ずいぶん、ブログがたまってしまいました。
実は椎葉に行ってました。私の卒業した椎葉村立小崎小学校の
最期の運動会が22日にあるというので20日に一旦出発した
のですが、途中で台風17号が接近しているというので、確認の
電話を入れると、22日は台風のため中止ということになり、途中で
引き返しました。結局23日に順延されたのですが、その前日の
22日は台風17号が最も九州に接近する日です。・・・・・・・・
とまあいろいろあったのですが、そこらはこれから順にブログで
語っていきたいと思います。

ブログは一旦間が空くと、再開するのに非常にエネルギーを
使います。気力ですかね。切れたものを繋ぐのは大変です。

実は予定では椎葉に行く前に今回の「読書会」と次回の
「朗読ボランティア養成講座」は書いてから出発するつもりでしたが、
出発前というのは何かと準備に時間がかかってしまい、結局
書けないまま、出発しました。

今回の読書会はちょっと力を抜いて「趣味の本」ちょっとした
息抜きです。出席者は5人。最高齢の三浦さんが心臓の具合が
悪くて宮崎の医大病院へ入院されたとか、心配です。

山口さんが紹介してくれた本は「アライバル」「ぼく牧水」
「シドロモドロ工作所のはじめてのお彫刻教室」
この最後の彫刻教室というのはなかなか興味深い本でした。
本物の彫刻家がヘタウマというのでしょうか手作り感満載の
小物彫刻を作る話で、その制作過程も丁寧に載っています。

日垣さんは「私は草むしりが趣味ですから」と
「雑草の暮らし」「木の実・草の実」という本を紹介してくれました。
「雑草の暮らし」は放置された畑に毎年どんな雑草が生えて育つ
のかを克明に5年ほど観察したものを絵本にしたものです。
淘汰を繰り返して毎年異なる雑草が生えてくるというのが
面白いですね。

本田さんは、生け花をやっておられるらしく、その資料を
持ってきてくれました。いろいろなところで教えられていたようです。

DSC_9351_convert_20190926160838.jpg

少し遅れて福添さんがやってこられました。
以前、同じように趣味の本がテーマの時に「手編みの本」を
紹介していただき、苦労して手編みで靴下を編んだというので
今度は是非その編んだ作品を見せてくださいとお願いしていた
のですが、この日、その作品を持参、女性陣の前へ。
拍手喝采でした。ちなみに福添さんは写真で分かる通り男性です。


DSC_9352_convert_20190926161005.jpg

これが作品です。なんか素晴らしいですね。

最後に私ですが・・・・・・・
「趣味としての建築」として「ピラネージの版画」
「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」「デビッド・マコーレー 都市」
働いていたころの先端製造施設の分厚い建築図面と
そこで作った「写真詩集 現場の詩」
あと、最近10年間で作った様々な小冊子を紹介しました。

最近、大阪のNさんから「我的中華」と題して見事な装丁の
手作り本が送られてきました。内容は中国の絵画史の中から
著名な作品を取り上げて個人的な解説を付けたものです。
その勉強量に頭が下がります。とても刺激を受けます。
私も早くそうした本を作りたいと思うのですが、それは何のために
誰に見てもらいたいのだろう。そう考えると私個人の生き方や
考え方が少なくとも入っていないと意味がない。そういうものが
果たしてかけるのかと以前過去の資料を探してみると
詩、読書会時毎回書いた作者や作品への書評、それにエッセー
です。いつのまにか一冊分の本になりそうなくらいの分量が
ありました。

考えてみますとこのブログも2日に一話書いていますが1815話も
あるのです。もう全部本にして残すのはあきらめました。
せめて気に入ってブログに手を加えてその本に入れるのも
いいかもしれません。





写真日記 ブログランキングへ

いつもブログ「扉の向こうへ」を見ていただいてありがとうございます。
「写真日記ブログランキング」に参加しています。
読後、上記 リンクバナーをクリックしていただけると幸いです。

葉室麟-「散り椿」「蛍草」

.10 2019 読書 comment(0) trackback(0)
DSC_9346_convert_20190910155252.jpg

葉室麟の作品は「蜩の記」以来である。葉室麟の他の作品はその後、
本屋さんの棚でよく見るようになり、ずいぶん多作なのだなあと思って
いたら、ある日彼の訃報を聞いた。直木賞を取られてそれほど日が
経っておらず、まだ若かったろうし、これから多くの作品を手掛けられた
だろうにと残念に思っていた。昨年であったか、「散り椿」が映画化される
というので、文庫本を買って読んだ。映画は見ずじまいだった。最近、
テレビで葉室麟原作の「蛍草」が7回に渡り放送された。主人公菜々役の
清原果耶(朝ドラ夏の妹役で出演)が好演していたので、毎回楽しみに
見ていたが、ある日、本屋で文庫本を見つけて、買ってすぐに読んで
しまった。読んだ後に最終回を見ることになったが、それはそれでよかった。
先週であったか、日南のレンタルCD,DVD店でCD5枚を返却した折、
DVDの中に「散り椿」があるのを見つけて、久しぶりに借りてしまった。
そして見たのだが、筋書きの記憶が曖昧で、見ながら「ああ、そうであった」と
紐解くように見た。

葉室麟の略歴を調べてみた。


福岡県立明善高等学校卒業。西南学院大学文学部外国語学科フランス語専攻卒業。地方紙記者、ラジオニュースデスク等を経て、2005年に江戸時代元禄期の絵師尾形光琳と陶工尾形乾山の兄弟を描いた「乾山晩愁」で第29回歴史文学賞を受賞。
50歳から創作活動に入り、4年後に文壇デビューを果たした。2007年、「銀漢の賦」で第14回松本清張賞を受賞する。2012年、「蜩ノ記」で第146回直木三十五賞を受賞する。久留米市を拠点に、敗者や弱者の視点を大切にした歴史時代小説を生み出した。
2017年12月23日午前2時、病気により福岡県福岡市の病院で死去。病名は明かされていない。66歳没。

太字が受賞したもの
2005年 - 「乾山晩愁」で第29回歴史文学賞受賞。
2007年 - 「銀漢の賦」で第14回松本清張賞受賞。
2009年 - 「いのちなりけり」で第140回直木賞候補。
2009年 - 「秋月記」で第22回山本周五郎賞候補、第141回直木賞候補。
2010年 - 「花や散るらん」で第142回直木賞候補。
2011年 - 「恋しぐれ」で第145回直木賞候補。
2012年 - 「蜩ノ記」で第146回直木賞受賞。
2016年 - 「鬼神の如く 黒田叛臣伝」で第20回司馬遼太郎賞受賞。

都内でのお別れの会で、直木賞作家東山彰良は、「葉室さんは作品に自身の美学や哲学を込めていた。それはどんなにぶざまでも、どんなに理解されなくても、正しいことは美しいのだという美学。その美しさがきっと、誰かを救うという信念の下に小説を書いていた」と語り、同じく直木賞作家安部龍太郎は、「優しく、思いやりが深い。自分よりも人のことを先に考える。人の痛みが分かる苦労人でもあった」と語り、故人を偲んだ。

とあるが、それは作風そのままで、しっとりとした質感をもった小説が多い。

今回、小説と映像を同時に鑑賞したが、映像にしたとき、
主題の流れとは別に伏線となる愛する人への思慕の念
であるとか、思い出深い散り椿や蛍草に女性の深い想い
が重なって見ているものを何とも言えないもの悲しい世界
へと引き込むのである。二つの作品は作風は全く異なるのに、
不思議に共通する命題を内在する。表向きは、政治的に
不正を働き権力を握る巨悪とその犠牲になった主人公が
復讐を果たすという、単純な構図の裏で、主人公は2作品
とも不遇の中で妻が病気で亡くなってしまう。蛍草では自分
の父を奉公先の主人と同じようにだまし討ちにされた女性が、
剣術や物売りなどで不遇の家を支え、亡くなった先妻の後釜に
座る。どちらかというとハッピーエンドでテレビ向けかどこか
明るく楽しい。一方の散り椿は、藩の不正を糾弾して叶えられず、
藩を追われた夫婦が流浪の果てに妻に先立たれるところから
物語が展開する。妻は絶望して残された主人が後を追わぬよう、
ある願いを託す。一人藩に戻り、旧友と再び巨悪に挑む中、
友は次々に打たれ、巨悪は倒したものの、友はすでになく、
一人むなしく残された傍らで妻の妹が行かないでという中を
去っていく。小説では筋書きを追うあまり、あまり感じなかった
裏の切なさのようなものが映像表現では強く心に残った。




写真日記 ブログランキングへ

いつもブログ「扉の向こうへ」を見ていただいてありがとうございます。
「写真日記ブログランキング」に参加しています。
読後、上記 リンクバナーをクリックしていただけると幸いです。

「リーチ先生」 原田マハ

.04 2019 読書 comment(0) trackback(0)
DSC_9297_convert_20190907000020.jpg

原田マハの「リーチ先生」をようやく読み終えた。
イギリス人陶芸家バーナード・リーチの生涯を描いた小説である。
バーナード・リーチについては実は断片的にしか知らない。

京都山崎にある大山崎山荘美術館は大阪にいる頃、よく行った。
この美術館は古い洋館と安藤忠雄の設計になるコンクリート打放し
の新館とからなっている。新館はクロード・モネの睡蓮のみが展示
されていて実に贅沢なつくりになっている。その古い洋館に陶芸品
は展示されている。その中に河井寛次郎、濱田庄司、富本憲吉に
混じってバーナード・リーチの作品は置かれている。特にこの作者
の名がなければ、日本人が作ったのであろうと思うほどである。

京都市内にある河井寛次郎記念館。ここにもバーナード・リーチの
影があった。

大阪市内にある東洋陶磁美術館で「ルーシー・リー展」が開かれた
時、見に行ったが、その図録には既にイギリスにおいて大御所と
なっているバーナード・リーチをルーシー・リーが訪ねて教えを乞う
話が出てくる。

そして、夜この本を読んでいて、突然、数十年前に「バーナード・
リーチの日時計」という本を読んだ記憶がよみがえって、書棚の中を
探してみた。あった。そうだこの本の装丁は印象に残っている。
内容は全く覚えていない。よく見ると作者はC・W・二コル。世界を
渡り歩いた冒険家のエッセイである。5話からなる話の第一話が
「バーナード・リーチの日時計」というエッセイになっていて、それが
そのまま本のタイトルになっている。この話を読んでみた。

二コルさんがカナダに渡る24歳のころの日本での話である。
バード・ウオッチングをしている二コルさんに話しかけてきた老人と
親しくなる。興味をひかれたのは英語力と豊富な知識。
その老人はキリスト教の修道会が経営している高齢者施設の中に
小さな家を建てて暮らしている。そこを訪ねるうちに庭先の茂みの
中に陶器を張って作られた日時計の存在に気付く。二コルさんは
その陶器に見覚えがある。これはバーナード・リーチの作だ。
そのうち、この老人は病気で寝込むようになる。そして病床で
「バーナード・リーチに会いたい」というのである。事情をよく知らない
二コルさん、ある日バーナード・リーチが来日していることを知り、
会いにゆき、この老人のことを告げる。実はバーナード・リーチも
この老人に会いたがっていた。二人は再会を遂げる。二人の関係は
後から徐々にわかってくる。この老人は資産家でかつて日本で
修行中、バーナード・リーチの窯が燃えてしまったとき、支援したり
他にもいろいろ面倒を見られていたとか。そういう話であった。

今回、この小説「リーチ先生」を読むことで、これまでの様々な断片が
整然と繋がっていった。


DSC_9296_convert_20190906235853.jpg

イギリスに留学中の高村光太郎から日本行きを薦められたバーナード
リーチは日本へとやってくる。光太郎の父、高村光雲は当時、東京
美術学校で彫刻を教えている。光雲宅に落ち着いて日本での生活が
始まる。やがて、上野に自分の家を建て、婚約者をイギリスから呼び寄せる。
イギリスから持参したエッチングの機械を使って銅版画の教室を始める。
この教室に通い始めるのがなんと岸田劉生、小島喜久雄、里見弴、
武者小路実篤、志賀直哉などの後の白樺派の文士たちである。
バーナード・リーチには多くの友人ができるが、なかでも東京美術学校
(現在の芸大)からイギリス留学して工芸という分野の目覚めた富本
憲吉、同人誌「白樺」の編集を手掛ける柳宗悦などと親しくなる。

ある日、陶芸の絵付け教室に招かれた富本とリーチはたちまち
この陶芸の世界にはまっていく。そして自分で窯を作り自分の手で
陶芸を作り始める。陶芸はこの時代まで工芸品として作家の無名性が
普通であったものが急激に作家性を帯びるようになる。バーナード・
リーチと富本憲吉はその先駆けとなった。陶芸の世界で高名を得た
バーナード・リーチはやがて自宅を売り払い北京の思想家のもとへ
陶芸の更なる発展を求めて旅立っていく。しかし、行き詰まり数年後
再び、日本へと帰ってくるが、この時、熱心に日本へ帰ってくるよう
説得したのが柳宗悦である。白樺派の面々は当時、安孫子周辺に
居を構えていた。柳は自邸の庭に窯を作り、そこでリーチに作陶する
よう協力を申し出る。この安孫子窯でリーチは多くの作品を生み出し
ていく。また柳宗悦は「用の美」を唱え、やがて民芸活動へと邁進し
ていく。柳の唱える「用の美」を最もよく具現化したのがリーチの作品
であった。このころ、東京高等工業学校で釉薬や陶土に科学的知識を
学んだ二人が陶芸の道に入ってくる。河井寛次郎と濱田庄司である。
濱田はリーチのもとに弟子として参加。後にバーナード・リーチが
イギリスへ帰国する際、同行する。当時セント・アイブスを芸術と工芸
で興したいと慈善家のホーン夫人がその一人に選んだのがバーナード
リーチである。リーチは濱田の協力を得て、この地に陶芸工房を建て、
多くの作品と多くの陶芸家を育てていくことになる。

文庫本で約600ページ。物語としては単調である。面白いのは作家の
原田マハは主人公親子に架空の人物をあて、その親子の目を通して
バーナード・リーチを語らせていることだ。これは芸術及び工芸史である。
ここに出てくる人物にあまり興味のない方には、この本はつまらない
かもしれない。しかし私にとっては「知らないということを知っていた」
ことを知る様になって実に爽快である。





写真日記 ブログランキングへ

いつもブログ「扉の向こうへ」を見ていただいてありがとうございます。
「写真日記ブログランキング」に参加しています。
読後、上記 リンクバナーをクリックしていただけると幸いです。

8月の読書会「痴人の愛」

.25 2019 読書 comment(0) trackback(0)
DSC_9211_convert_20190826130544.jpg

佐藤春夫の詩に「秋刀魚の歌」というのがある。その一節はこうである。

さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。

この人妻は谷崎潤一郎の妻千代夫人である。捨てられんと
しているのは、谷崎が妻千代の実の妹石川せい子(葉山三千子
という芸名の女優)と同棲しようとして、別れたがっているからである。
夫潤一郎の不実を嘆く千代、その千代に深く同情する谷崎の親友
佐藤春夫。こうした背景を理解してこの詩を読むと、秋刀魚の
かさや香ばしさとは裏腹に千代、鮎子(谷崎と千代の娘)、
佐藤春夫のなんともならない現状に対する不安といらだちに
おののく心が漂っています。この後も様々な状況の変化が
あるのですが最終的に谷崎と千代は離婚し、佐藤が千代と
鮎子を引き取ります。

谷崎潤一郎と佐藤春夫の二人の文学者はこの後、この出来事を
いかに芸術化するかという激しい闘いを展開します。そして谷崎が
一つの作品に仕上げたのが、先の千代の妹、石川せい子をモデル
にした「痴人の愛」なのです。

内容は文庫本の裏表紙にこうあります。

将来美人確実の家出娘に一目惚れし、同居生活にもちこんだ
僕、譲治。洋服、食事、習い事。欲しがるものは何でも与え、
一流の女に育てようとしたが・・・・。いつしか、あいつは僕を
完全に支配下に置いていた。

今回の読書会は女性3人、男性2人の5人と少ない。でもなんか
意見がいろいろ出て面白かった。今日は実況中継風に


「背景に大正時代への西洋へのあこがれがある」
「ダンス、ピアノ、英語、別荘、大学生・・・・」
「習い事の先にサロンがあって、一見西洋的付き合いがある」
「主人公夫婦は純日本風の家屋に住んでいる」
「女性として、こんなの読むと腹が立つ、なにこれーって感じ」
「この女性、幸せだよね」
「だけど、この男、女を見る目がないよね」
「男性も最後は全財産を投じて破滅的人生を送るけど幸せだったんだよね」
「これって、マゾ的?」
「こういうのって男の願望なのかな?」
「こういうのを扱った小説や映画は結構あるよね」
「こういう小説、読む側として男性と女性で感想が違うよね」
「お金を出して育ててくれるって幸いな事」
「なおみちゃんはきっとこの人だけで終わらないよね」
「お金が無くなると出ていく?」
「そうそう、最後、ぜいたくな洋館なんかに住んで、破産は見えている。書いてないけどね。」
「小説家は結論を書かないの」
「だから、読者は想像する」
「最後どうなるのって想像してしまう」
「主人公の親が可哀想よね」「亡くなって、その財産がすべてなおみのために使われちゃうもんね」
「だから、痴人の愛なのよ」
「読んでて、感情移入できない。こんな、嘘つきで夫をだます女」
「読んでて、後半、主人公の堪忍袋の緒が切れて出ていけという場面。やったー、そうだそうだ、よくぞ言ったと思っていたんだけど、そのあとがいけない。帰ってきてくれー
だもんね。ここから最後がどうなるのかわからなくなった。そしたら、仲直りして更になおみの言うがままになり、後半は余韻を残して淡々と終わっているだけに、悲惨な結末が想像できる。この後半、ぼかして終わっているからいいのかな」
「だから痴人の愛・・・」
「15歳の少女っていったら、高校1年生ぐらい?それを自分の思い通りにしようってんだから、そもそもそこが間違ってる」
「無理な話」
「でもね、映画のマイフェアーレディやプリティウーマンなんて、まさにこれじゃない」
「そういや、そうだね。あれこそまさに下町言葉の花売り娘を社交界にデビューさせてどこの誰からもケチをつけられないレディーに仕立て上げるってストーリーだもんね」
「こういう男性願望が痴人ね」
「今日欠席の二人の高齢男性の意見、ぜひ聞きたかったね」
「この小説、読み始めて、選定ミスだったかなと思った。だって女性読者は引いてしまうのではと思ったから」
「でもこういう機会でもないと読まないよね」
「それに読んだら読んだで、いろんな感想が出てくる」
「今日、こんなに盛り上がって、感想を言い合ったんだから、結果オーライね」

ということで・・・・




写真日記 ブログランキングへ

いつもブログ「扉の向こうへ」を見ていただいてありがとうございます。
「写真日記ブログランキング」に参加しています。
読後、上記 リンクバナーをクリックしていただけると幸いです。
 HOME