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3月の読書会

.20 2020 読書 comment(0) trackback(0)
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3月の読書会は図書館の会議室や施設の研修室などがすべて
コロナウイルス対策で貸出禁止になってしまいました。困って、
思い付いたのが3月初旬これも開催中止になってしまった本城
地区おひなさま雅まつりの会場の一つに声を掛けたら、快く部屋
を貸していただくことになった。場所は本城の田んぼの中の道を
行った先にある丘の上の実藤さんの別宅である。数週間前、読
書会をしたいので会場に貸してもらえないかとお願いしたら、
「おひなさまを片付けんで置いちょくが」ということで、うかがうと
おひなさまが我々を迎えてくれたのでした。今回の出席者は
ちょっと少なくて5人。「詩歌」というテーマは少し皆さん苦手の
ようです。確かに、普段接していない人にとってはどこから取り組
んでいいのか分かりにくい分野かもしれません。

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今回、私はたまたま昨年買っておいた短歌集と最近買った短歌集
が手元にあったのでそれを紹介しました。

時代を映す短歌集 二題             
・萩原慎一郎  歌集「滑走路」
・笹井宏之    歌集「ひとさらい」

 どちらもNHKで放送されたのを契機に読んだ短歌集です。萩原慎一郎の「滑走路」はNHK「クローズアップ現代+」や「ニュースウオッチ9」で放送され、大反響になった短歌集です。本の帯に「32歳で命を絶った歌人―。苦難の中、それでも、希望を歌に託した魂の絶唱」親と一緒に香港へ、小学校2年で東京都小平へ帰国、親が家を購入、私立の中高一貫校へ入学。いじめを受ける。卒業後早稲田大学へ入学も精神的不調で時間をかけて卒業。通常の就職を断念。アルバイトと契約社員で働く傍ら、いじめを受けていたころから始めた短歌の世界に希望を抱いていたのだが・・・・この歌集が出た3年後、自ら命を絶つ。
歌をいくつか紹介しよう。

抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ

作業室でふたりなり 仕事とは関係のない話がしたい

きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

今日という日もまた栞 読みさしの人生という書物にすれば

〈青空〉と発音するのが恥ずかしくなってきた二十三歳の僕

歌一首湧いてくるなり柔らかい心の部位を刺激されつつ

街風に吹かれて「僕の居場所などあるのかい?」って疑いたくなる

消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ

まだ結果だせず野にある自販機で買いたるコーラいまにみていろ

群衆の一部となっていることを拒否するように本を読みたり

脳裏には恋の記憶の部屋がありそこにあなたが暮らし始めた

至福とは特に悩みのない日々のことかもしれず食後のココア

ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる

今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけてゆくよ

非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている

平凡を嘆きたる夜に非凡なるひとの書を読む近付きたしと

曇天にメスを入れたし開きたし暗い未来を取り除かんと

目の前をバスがよぎりぬ死ぬことは案外そばにそして遠くに

飲み込まれないように歌 いっぽんの旗のごとくに蒼き大地に

われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を

コピー用紙補充しながらこのままで終わるわけにはいかぬ人生

頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく

こころのなかにある跳び箱を少年の日のように助走して越えてゆけ


 こうして抜粋された歌を詠んでいくと萩原慎一郎くんの人生がまるで走馬灯のように我々読者の心に染み入ってきます。「非正規」という社会の表舞台とは異なる世界から抜け出せない多くの若者を生み出した経済効率主義社会。言いようのない哀しみが湧いてきます。

 さて次の笹井宏之の歌集「ひとさらい」はNHK「あさイチ」で芥川賞作家川上未映子さんが紹介したことで話題になりました。笹井さんは重度の身体表現性障害。自分以外のすべてのものが、本人の意識とは関係なく、毒であるような状態。テレビ、本、音楽、街の風景、誰かとの談話、木々のそよぎ、それらすべてがどんなにここちよさやたのしさを感じていても、耐え難い身体症状となり寝たきりになるのだそうです。文学とは無関係にキーボードに手を置いていると、どこか遠いところに繋がっているような感覚で歌が生まれるそうです。だから歌作の作業は限りなく自分の中に入っていく果てしない瞑想のようなものだといいます。この歌集の刊行から1年後、病気のため亡くなりました。
歌集の中からいくつか拾い上げてみます。

わたがしであったことなど知る由もなく海岸に流れ着く棒

ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした

風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが

まだあおいトマトを櫛で梳きながら雨のふる海岸を思った

表面に〈さとなか歯科〉と刻まれて水星軌道を漂うやかん

かるたとるゆび三本の先にあるあなたの所有している首

ウエディングケーキのうえでつつがなく蠅が挙式をすませて帰る

歯神経ふるわせながら淡雪でできた兎をゆっくりと噛む

思い出に降っている雨を晴らそうとまずは蛇口を締めてまわった

内臓のひとつが桃であることのかなしみ抱いて一夜を明かす

「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい

あまがえる進化史上でお前らと別れた朝の雨が降っている

そうごんやりゅうれいなどを強引に巻き付けながらピアニカで愛

天井と私のあいだを一本の各駅停車が往復する夜

一生に一度ひらくという窓のむこう あなたは靴をそろえる

緩急を自在につけて恋文を綴るフリース姿の老師

一晩中ほとけになっているひとへゆっくりながしこむハーブティ

別段、死んでからでも遅くないことの一つをあなたが為した

思い出せるかぎりのことを思い出しただ一度だけ日傘をたたむ

ひとたびのひかりのなかでわたしはいたみをわけるステーキナイフ

一通り抜き出してみましたが、これらはかろうじてなんかわかる程度の歌ですが大半は全く理解できない歌が並んでいます。これはある意味、詩かなと思います。最近話題になりNHKでも特集番組を組んだ詩人 最果タヒの詩をどことなく連想させます。

同じ色   最果タヒ

洗い流されていくと本当は何一つ残らない、私の骨もつるつるになってそのうち、きれい
になくなってしまう。台所で水の落ちる音がする、感触が残っている、昔ふれた誰かの背
中、まだ動いていたセミのお腹、骨が続いていく、わたしの指の先のさらに向こうまで。
それを追いかけて人生が終わります。すごく好きでした、それはあなたではなくて、あな
たの向こう側にある緑や水の音のことだったんですけれど。

夏はいつもすべて洗い流して、水たまりのように痕跡を、いくつも残して消えていく。秋
だ、すごく好きでした、それはあなたではなくて、あなたの向こう側にある緑や水の音の
ことだったんですけれど、と、誰かに言われたいが為に、果てまで一人で来てしまった。

時々わたしはおもいます。誰もいないところにこそ、愛ってあるんじゃないかなあと。

拍手している、光はいつも。返事をしている、水はいつも。
どうして忘れ去られることが怖かったのかわからない。そうやって皆、生まれてきたのに。

明日も、あの世も同じ色。秋だ。

 普通、歌や詩の作者は読者を意識して、共感できる表現や言葉を選びます。がスマホやSNS上では少し趣が異なるようです。最果作品は一見ポップに見えます。しかしそこには、毒キノコのようなこわさが秘められているようです。詩の読みとり方は人それぞれであり、自由なものです。あれこれ想像しながら読まなくとも、感じながら読み流しても楽しめるものに変わっていて、若者はそういう感覚で詩や歌を感じているとも言えます。音楽やダンスのように、詩も、アタマより感覚で楽しんでいく。しかも、詩はパソコンのクリックや、紙のページをめくるだけで味わえる。

 笹井さんの歌は、詩的であり、歌の歌詞のように感覚的です。好き嫌いがはっきり表れる作品かもしれません。




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漫画「聖」

.14 2020 読書 comment(0) trackback(0)
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 久しぶりに都城に行った。6月が最初の車検で、今回はその事前点検。
特に大きな問題はなく、保険等含めて6万ちょっとで済みそうだ。帰りに
漫画倉庫に立ち寄った。久しぶりにいい漫画があったら買おうかと見て
回る。全巻買うのを大人買いというのかな。巻数の少ないのがいい。た
まにはぼーっと漫画を読んでいたい。というので出会ったのが、この「聖」
という漫画。「さとし」と読む。

 以前、ビックコミックで連載していた漫画で、内容は読んでよく知っていた。
大崎善生氏の小説「聖の青春」も読んだ。これは最近、松山ケンイチ主演で
映画化されている。そしてその映画の主題歌が秦基博の歌う「終わりのない
空」である。大崎さんの小説が下敷きになっているものと思ってあとがきを
読んだら、この漫画家山本おさむ氏の独自取材で練り上げた作品だと分か
った。この漫画家の作品はどれも哀しい。この漫画「聖」も10ページに一度は
涙ぐんでしまう。

 さて漫画「聖」の主人公を紹介しよう。将棋界に実在し、早逝した村山聖9段
の幼いころから亡くなるまでの短い人生を綴ったものだ。聖少年は幼いころに
腎臓病を患い、小児病棟暮らしをおくる。同じ病棟の仲間が次々に死んでいく
中、彼は将棋と出会い、やがて名人を目指し、奨励会からプロ棋士になり、
並みいる強敵のひしめく中を一歩一歩登っていく。名人位をとるのがいかに
難しいか。C級2組→C級1組→B級2組→B級1組→A級(10名) このA級総当
たりで勝率の一番高い棋士が初めて名人への挑戦権を得るのである。そして
村山聖がようやくこのA級に上り詰めた時一足早くこの名人位についたのが
羽生善治である。もう少しで名人位に届く位置に上り詰めるが病魔が襲い、
29歳で早逝する。

 どのページも感動的なのだが、最期はやはり生き方が壮絶で哀しい。実は
この漫画を描いている山本おさむ氏があとがきに書いておられるのだが、奥
さんもこの村山聖さんと同じ病気だったそうだ。最後の方で昔、同じ病棟に
いた女友達が結婚した後、亡くなるのだが、その部屋を訪ねる場面がある。
その場面を書いている時、25年間闘病されていた奥さんが亡くなられたのだ
そうだ。山本さんはこの村山聖の生き方に自分を重ねて描いておられたのだ。

 買ってきた日の夜、読み始めた。次の日も一日読んでいた。年を取ると涙腺
が緩む。読み終わると雨上がりの空から日が差してくるようなさわやかさが残
った。

 この漫画本は全9巻の装丁を改めて全3巻に再編集されたもので、随分分厚い。
1冊が630ページほどある。子供らに読ませたい漫画がまた増えた。
最後に秦基博の「終わりのない空」の歌詞の一部を載せておきます。


      終わりのない空

例えば 鳥なら どんな高い壁でも
怯まず 風をまとって 越えるのだろう

飛べない僕らは 這うように進むだけだ
いのちを 一歩 一歩 刻みつけながら

この空の終わりを 誰が知るだろうか
果てなんてどこにもない 歩みを止めるな

生きるほど 僕ら 悲しみを重ねる
踏み出すこと ためらうくらいに
だけど それさえも ここにいる証しだ
絶望だって 抱きしめながら
明日へと向かおう




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カミュ作 「ペスト」

.10 2020 読書 comment(0) trackback(0)
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 前にも話したが、4月の読書会のテーマをカミュ作「ペスト」にした。
同じことを皆考えるらしく、先日、新聞を読んでいたら、「新型コロナ
ウイルスの感染拡大で深刻なマスク不足が生じているのと同じよう
に、ある名著の在庫切れが全国の書店で相次いでいる。フランス
のノーベル文学賞作家、アルベール・カミュが1947年に発表した
「ペスト」。閉鎖された環境下で伝染病の脅威と闘う登場人物の姿
や後手に回る後手に回る行政の対応を描いた場面に、日本の現
状を重ねる重ねる人が多いのかもしれない」とあった。

 ペンクラブの総会で宮崎に行った時、本屋で探したが売り切れ
だった。慌てて、アマゾンで検索した。結構売れてるらしく、中古本
が高額になったり、在庫切れが相次いでいる。ようやく希望の本を
探し当て注文した。1週間後にようやく手に入った。

 内容の概略は以前、NHK Eテレの「100分de名著」で放映された
モノを見ていて、大体分かる。読み終えたらまた講評らしきものを
書きたいと思う。NHK Eテレの「100分de名著」から概要を抜粋した。


第二次大戦の只中、「異邦人」「シーシュポスの神話」等の作品で「不条理」の哲学を打ち出し戦後の思想界に巨大な影響を与え続けた作家アルベール・カミュ (1913- 1960)。彼が自らのレジスタンス活動で培った思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、どう生きていくべきかを問うた代表作が「ペスト」である。
舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。猖獗を極めるペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく。その一方でオラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。医師リウーは、友人のタルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折しペストの災禍は拡大の一途をたどる。後手に回り続ける行政の対応、厳しい状況から目をそらし現実逃避を続ける人々、増え続ける死者……。圧倒的な絶望状況の中、それでも人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々。いったい彼らを支えたものとは何だったのか?
「ペスト」はナチスドイツ占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩だといわれる。過酷な占領下で、横行した裏切りや密告、同胞同士の相互不信、刹那的な享楽への現実逃避、愛するものたちとの離別等々。カミュ自身がレジスタンス活動の中で目撃した赤裸々な人間模様がこの作品には反映している。それだけではない。「罪なき人々の死」「災害や病気などの避けがたい苦難」「この世にはびこる悪」……私たちの人生は「不条理」としかいいようのない出来事に満ち溢れている。「ペスト」は、私たちの人生そのものの隠喩でもあるのだ。
番組では、カミュが描き出そうした、人間にとって不可避な「不条理」に光を当て、「ペスト」という作品を通して、人間は「不条理」とどう向き合い、生きていけばよいのかを読み解いていく。

 こんな田舎にいても数少ない日常的行事やイベントがほとんど
閉鎖状態である。一日をすごく長く感じるようになった。夕方の楽
しみだった大相撲も観客がいないのでまるで幕下以下の取り組
みを見ているような既視感で腰を下ろしてじっと見るに堪えない。
晴耕雨読ならぬ晴読雨読を強いられてるような日々に「ペスト」を
読むのは案外いいかもしれぬ。





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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

.06 2020 読書 comment(0) trackback(0)
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 当初、今年の読書会の4月の課題本としていたが、6月に変更になり、その代わりにまさに今読むべしということで、カミュのペストを読むことになった。ただこの本「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」は読んでみるとわかることだが、内容が実に今的でこちらも現状の世界の中の日本の立ち位置を考えると今一番日本人に読んでもらいたい本である。作者は聞かない名前だし、イギリス在住の保育士というから、たまたま息子の学校生活を書いたらそれがヒットしたのかと思って読んでみるとなかなかどうして頭の良い人の文章だなと思って調べてみると既に何冊も本を書かれていて、賞ももらっておられるライターで社会が抱える問題点の解析力がなかなかすごい。どうすごいかというと日本人の読者にとって実に分かりやすい文章を書かれるのだ。

 さてこの本について書こうとして、はたと困ってしまった。というのは息子の成長に合わせて、息子に起こる様々な出来事を通じて英国社会の抱える社会問題を日本人に分かりやすく解説してくれているのだが、書くテーマが多様なのである。だから、自分が興味を持った事柄を連ねるしかない。

 英国やアメリカで現在起きている問題の底辺に不思議なことがある。日本人の多くが誤解していると言った方がいいかもしれない。例えば子供が通う学校、私立のお金のかかるカトリック系の学校には意外や人種の多様性があり、南米、アフリカ系、フィリピン、欧州大陸からの移民が多く、地元の公立の学校には白人労働者の子どもが多いのだそうだ。そしてこの公立の学校が荒れているというので、この傾向はますますひどくなるわけである。しかもこの白人労働者階級というのが政治に大きくかかわってくる。アメリカでトランプを支持する多くがこの今まで政治に置き去りにされた白人労働者階級である。民主党の候補者では今までと何も変わらないという判断がトランプ大統領を生み出したのである。イギリスではこれが移民排斥運動と結びつき、それは更にEU離脱に発展して、イギリスの未来を大きく揺り動かしている。イギリスのEU参加によって東欧、他からの移民は一説には100万人ともいわれ、白人労働者を失業に追い込んだという危機感が高じた結果、イギリスはEU離脱をせざるを得ない状況に追い込まれた。子供を様々な事情で小学校時代はカトリック系の学校へ通わせていた作者は中学校をどこにするかという1点においてイギリスの様々な特殊事情をそのような背景を含めて説明してくれる。それでも、諸事情で作者の息子は地元の元底辺中学校を自ら選択する。

 子供の通う中学校に作者は元底辺中学校と元を付けている。いい方へ変わろうとして努力している学校の様々な取り組みに好意的だ。驚いたのはイギリスの中学校の教科に「ドラマ(演劇)」「ライフ・スキル教育」というのがあることだ。「演劇」は俳優を育成するためではなく、日常的な生活の中での言葉を使った自己表現能力、創造力、コミュニケーション力を高めるための教科である。「ライフ・スキル教育」というのはシティズンシップ・エデュケーション(政治教育、公民教育、市民教育の訳意)で政治や社会の問題を批評的に探究し、エビデンスを見極め、ディベートし、根拠ある主張を行うためのスキルと知識を生徒たちに授ける授業とされている。それで作者の中学一年の息子に「どんな試験問題が出たの?」「エンパシーとは何か、子供の権利を三つあげよ」「エンパシーにどう答えたの?」息子は得意げに「自分で誰かの靴を履いてみること」作者は息子が良く理解できていることに感心する。

 作者はこのエンパシーについて、日頃から社会問題の解決にはこのエンパシーが欠かせ
ないと感じている。エンパシーと混同されがちな言葉にシンパシーがある。その違いを訳語で見るとシンパシーは「1.誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていることを示すこと」「2.ある考え、理念、組織などへの支持や同意を示す行為」「3.同じような意見や関心を持っている人々の間の友情や理解」。一方エンパシーは「他人の感情や経験などを理解する能力」とシンプルに書かれている。つまり、シンパシーのほうは「感情や行為や理解」なのだが、エンパシーの方は「能力」なのである。この違いをもっと詳しく述べるとシンパシーのほうはかわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のことだから、自分で努力をしなくとも自然に出てくる。だが、エンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだと思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ。シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業ともいえるかもしれない。EU離脱派と残留派、移民と英国人、様々なレイヤーの移民どうし、階級の上下、貧富の差、高齢者と若年層などのありとあらゆる分断と対立が深刻化している英国で、11歳の子どもたちがエンパシーについて学んでいるというのは特筆に値する。

 実は数週間前の毎日新聞の「論点」にコラムニスト ブレディみかこ が「エコーチェンバー現象」と題して寄稿されていたので興味深く読んだ。さてこの「エコチェンバー」とは何か? 本来は、音楽の録音に使う残響室を指す言葉。これが比喩的に使われるようになった。米国の法学者キャス・サンスティーンは、特にネットは同じ考えを持つ者同士をつなげやすく、意見を特定方向に先鋭化させやすいとし、これを「集団極性化」と呼んだ。トランプ大統領を生んだ2016年の米国大統領選では、エコーチェンバー現象がイデオロギーの分断やフェイクニュースの流布を加速させたと指摘されている。皆さんご存じのSNS上の「いいね!」などと共鳴する「共感」はどちらかというとシンパシーです。どちらも「共感」と呼ばれますが全く別物です。多様性のある社会を生きるのは「くらげのたくさんいる海」を泳ぐのに似ている。同質性の高い「エコーチェンバー」の海を泳ぐより面倒だし、異質なものと触れ合うことは時に不快になることもある。そんな「クラゲの海」を泳ぐのに必要なのがエンパシーという能力という。

 何のことかと思うかもしれないが、ずっと日本で生活していると何とも思わないがこの話を聞いた瞬間に「ひょっとして我々の住む日本社会そのものがこのエコーチェンバーにどっぷり浸かっているのではないか?」という疑念が生じます。このコラムニストは我々に警告を発しているのではないかと。未だに我々日本人の心にかの聖徳太子のお言葉「和をもって尊しとなす」が埋め込まれていて、我々は同調しない異人の侵入を拒みやすい。相手を理解しようとする前に同調を求める。だが今、世界中で移動や移住が盛んに行われるようになって、様々な人々が身の回りに増えていく、そういう社会はもうそこまで来ているのです。その時、異人に同調を求めるのではなく、そのまま理解するような社会を乗り切るためにエンパシーの能力を磨く必要に迫られているのです。1年ほど前に長くアメリカに住んでいた中学高校時代の同級生がこちらに帰ってきたとき、いろんな話をしたが中でも印象に残っているのは、「こうして皆と話していると気楽だわ、気心が知れていてだいたい同じような考えを持っているから、前提なしにいろんなことが話せるし、気を使って言葉を選ぶ必要もないし、食事も皆と一緒に注文したり、向こうでは大変だよ。10人いれば10人が人種も育った環境も背景にある教育や文化、とにかくあらゆるものが違うんだ。」
へーすごいなと思って聞いていたけど、この本読んだらよく分かった。

 実はこの後、多様性の一つの問題としてLGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング)の話が出てくる。これも多様性の一つだ。ところでクエスチョニングって分かります? 「自分はまだわからない」人のことだそうです。
最後に楽しい話をして終わりましょう。作者は保育士である。保育園の子どもたちの会話
が楽しい?それともすごい?
「タンゴもジェームスと同じでパパが2人だから、いいなあ。うちもパパが2人のほうが良かった」「なんでパパ2人のほうがいいの?」「だって、3人でサッカーできるもん」
「えーっ、ママが2人のほうがいいよ」「なんで?」「ママの方がサッカーうまいもん」「僕んちはママだけ。でも時々ママのボーイフレンドが来る」「うちはパパひとりとママが2人。
一緒に住んでいるママと週末に会うママ」「うちのパパはいつもはパパなんだけど、仕事に行くときは着替えてママになる」
いろんな家庭のいろんな子供たち、それは社会の多様性の縮図でもあるのです。

 なかなか興味深い、いい本です。世界が少しだけ見えてきます。きっと




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2月の読書会 川端康成 「雪国」

.19 2020 読書 comment(0) trackback(0)
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 私が結婚をして最初に住んだ茨木の社宅にいる頃、よく近所を散策した。南の方には幹線道路・国道171号線が東西に走り、その国道の北側はすぐ近くまでなだらかな山が迫っていた。社宅の北側、西側には山すそがなだらかに下りてきており、林間の散策路を抜けると広い墓地に出た。墓地を抜けると関西大倉高校へ至る道路が走り、そこを上っていくと高校の横から山道が裏山の山頂へと続いていた。ある日、墓地を抜けてその上り路の向こう側に小さな小径を見つけ、竹林の中を下りてみた。集落に出た。集落は曲がりくねった路に沿って古い民家が立ち並び、まるで昔の農家集落に迷い込んだようであった。静寂の中を歩いていくと一軒の大きな旧家の前に出た。塀の前に標識があった。近寄ってみると川端康成が育った家とあった。育った家と書いたのには訳がある。子供時代の略歴を記すとこうなる。

・1899年 医師の長男として大阪に生まれる。姉が一人いる。
・1901年(2歳) 父死去
・1902年(3歳) 母死去。結果大阪府三島郡豊川村(現茨木市宿久庄)の祖父母にあ
ずけられ、姉は叔母に引き取られ離別。
・1906年(7歳) 祖母死去
・1909年(10歳) 姉死去
・1914年(15歳) 祖父死去
・1917年(18歳)茨木中学を卒業後、上京浅草蔵前の従兄の家に寄留、第一高等学校へ
入学。
つまり、川端康成は15歳までこの家に祖父と暮らしたことになる。しかし、この経歴は何というか文学者としては凄みのある人生のスタートである。川端の心の奥底に潜む虚無感、孤独感、これは文学的に演じようとして演じきれるものではない。ものを書く上での立ち位置なのである。小林秀雄は川端を評して以下のように述べている。これは作品評というより作家評でその冷徹な分析はなかなか意味深である。

 こゝに描かれた芸者等の姿態も、主人公の虚無的な気持に交渉して、思ひも掛けぬ光をあげるといふ仕組みに描かれてゐて、この仕組みは、氏の作品のほとんどどれにも見られるもので、これはまた氏の実生活の仕組みであるのだ。
川端氏の胸底は、実につめたく、がらんどうなのであつて、実に珍重すべきがらんどうだと僕はいつも思つてゐる。氏はほとんど自分では生きてゐない。他人の生命が、このがらんどうの中を、一種の光をあげて通過する。だから氏は生きてゐる。これが氏の生ま生ましい抒情の生れるゆゑんなのである。作家の虚無感といふものは、こゝまで来ないうちは、本物とはいへないので、やがてさめねばならぬ夢に過ぎないのである。
— 小林秀雄「作家の虚無感―川端康成の『火の枕』―」

 本を読み終えたら、いつも書評を書いているのだが、今回はこの「雪国」読後、何も書けなかった。ちょっと書いてみようかと思ったのは、川端の雪国についての様々な書評を読み、読書会で皆の意見を聞いてしばらく経った後のことだ。

 読んだ直後の感想はこうである。ご存じのようにこの本には大きな山が三つある。
1.出だしの車中の光景
2.病気だった行男の死
3.村で起こる火事
出だしの雰囲気から行けばこの小説は、雪国を離れ行く情景を抒情性を利かして書けばそれなりに完結するのだとなんとなく想像しながら読み進めた。が期待は外れた。火事を知らせる半鐘の音、燃え上がる繭置き場の炎、満天の夜空を覆う天の川、狂気の葉子。そこで小説は断ち切られたように突然終わる。「えっ、おわり?」。映画化されたとき、この場面はどう扱われたか気になるところである。そういえば、小説の流れがどこかぎくしゃくしていて妙だ。不思議に思い、調べてみると、「雪国」は、最初から起承転結を持つ長編としての構想がまとめられていたわけではなく、以下のように複数の雑誌に断続的に各章が連作として書き継がれていた。
・1935年(昭和10年)
「夕景色の鏡」 - 『文藝春秋』1月号
「白い朝の鏡」 - 『改造』1月号
「物語」 - 『日本評論』11月号
「徒労」 - 『日本評論』12月号
・1936年(昭和11年)
「萱の花」 - 『中央公論』8月号
「火の枕」 - 『文藝春秋』10月号
・1937年(昭和12年)
「手毬歌」 - 『改造』5月号
以上の断章をまとめ、書き下ろしの新稿を加えた単行本『雪国』は、1937年(昭和12年)6月12日に創元社より刊行され、7月に第3回文芸懇話会賞を受賞した。さらに続篇として以下の断章が各誌に掲載された。
・1940年(昭和15年)
「雪中火事」 - 『公論』12月号
・1941年(昭和16年)
「天の河」 - 『文藝春秋』8月号
・1946年(昭和21年)
「雪国抄」(「雪中火事」の改稿) - 『暁鐘』5月号
・1947年(昭和22年)
「続雪国」(「天の河」の改稿) - 『小説新潮』10月号
以上の続篇を加えて最終的な完成作となり、「続雪国」まで収録した完結本『雪国』は、「あとがき」を付して翌1948年(昭和23年)12月25日に創元社より刊行された。
 
 我々は「雪国」を一本の小説として拝読しているのだが、書いている作者は「雪国」総題の下に書かれた短編集として書いているに過ぎないのである。ならばと思ったのは、読み手も短編集として異なる視点で書かれたそれぞれを読み解けばいいのだと。それはどういう事だろう。できるだけストーリー性を排除して、その場その場の抒情性に身を任せるしかないのではないか。そういう結論に至った。

 個人的には、出だしの車中での光景も雪中火事と天の川の光景も長編の詩として読めば十分納得のいく作品ではあるし、あちらこちらに散りばめられた村の情景は淡々と描かれてはいるが深い味わいがあり、日本の原風景を描き出している描写は本筋とは関係なく読む者に日本人としての郷愁を掻き立てるのである。あるいは作者の心の底には幼少期を過ごした茨木宿久庄での古い家屋や竹林、水田、裏山の情景が孤独感とともに深く刻まれていたのではないかと思う。だがそれは意外にも肉親とのわずかな温もりをもっていたのかもしれない。
 
 なお、余計なことかもしれないが、2月22日(土)の読書会の様子は、どうであったか。
当日の出席者は7名(内女性は4名)。4名の女性は、「雪国」を読んで戸惑ってるようだった。どう読み解けばよいのか。流れというか主題というか、作者の意図が読めない。いったいこの小説のどこが良いのか。なんでこれがノーベル文学賞なのか理解に苦しむ。といたって辛辣である。一方、2名の男性は文章の上手さ、抒情性のすばらしさ、人の配置の巧みさなど、文学作品としての深みを強調されていたように思う。これほど評価が男女で別れるのは珍しい。私はと言えば、当時の小説の読者は知識階級の男性である。男性の価値観で書かれており、東京での現実からの逃避の対極に雪国が一つの理想郷として、あるいは癒しの場として描かれているのではないかなどと評してみたものの、いまいちしっくりこないまま終わってしまった。今年の後半、川端康成の作品をもう1作品読もうと考えている。意外にも女性陣は川端をあまり読んでいないという。代表作「伊豆の踊子」も読んでいないというので、そちらにしようかなと思っている。伊豆の踊子の筋書きなら女性陣にも納得してもらえるかもしれない。がここでふと思ったことがある。伊豆の踊子を読み終えた後というか踊り子たちと別れた主人公が自分の世界に戻っていく場面なのだが、主人公の学生の空虚感や孤独感が痛く感じられて、それは案外「雪国」で書かなかった最終章も同じ結果をたどったのではなかったかと思えて、そこを敢えて書かなかった川端の心のうちに潜む小林のいう虚無感を感じるのである。




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