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研修旅行の計画

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蘇鉄の会の4人で11月末に研修旅行に行く計画になっていた。
計画、宿の手配を頼まれていたので、そろそろ真剣に考えなくては
と旅の流れと宿の位置を先ず決めることにした。
昨年は1泊で西米良に行った。男4人の旅というのも結構楽しい
ものである。それに味をしめ、今年も行こうということになり、
当初、5月に予定していたがなかなか皆の予定が合わず、
結局、年末になってしまった。

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今回は2泊3日。目的地は大分県北部。
国東半島から宇佐、安心院、耶馬溪にかけての一帯。
国東半島のど真ん中に1泊、耶馬溪に1泊と
宿を決めて、いざ予約を入れようとしたら、
先日、目の手術をしたばかりのTさんから待ったが
かかった。

まあ、当然といえば当然の成り行き、仕方ない。
来春に延期と決まった。

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なーに、悪いことばかりではない。予定していた月末の週末、
実は椎葉の獄の枝尾の夜神楽も見に行きたいと思っていたのだが
同じ週に2箇所も行けないと諦めていただけに
これ幸いと夜神楽を見に行く予定を急遽立てた。

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9月に椎葉、神戸と忙しく立ち回ったので、10月は大人しく
串間で畑仕事に精を出した。さて11月、足の裏がムズムズと
しだした。さーてどこへ行こうか・・・・・・・・




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小川作小屋村

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日曜日は宮崎市で「反田恭平ピアノ・リサイタル全国ツアー」を
聴きに行く予定だった。特に予定もなかったので前日
西米良村の小川作小屋村のコテージに1泊しようと急遽
予約を入れた。土曜日はあいにくの雨模様。

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到着したのは4時頃だったので、村所のゆたーと温泉に
行くのは止めてゆっくりすることにした。
といっても何もないところだ。目の前の山々の緑を
ひたすら鑑賞するしかない。

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今回で3度目だから、特に感慨はないし、その都度
このブログで紹介もしている。
ただ、前2回は和室だったが今回は始めて洋室の
方に泊ってみた。案外こちらのほうが落ち着く。
和室は下宿の万年床風でそれはそれで味があるのだが
洋室の方が部屋が整然として落ち着きがあるように思えた。

夕食は5時過ぎに各部屋に配達されて保温ジャーに入った
ご飯と鍋に入っただご汁が付いていて、「好きな時間に
食べてね、わしらもう片付けて帰るけんね」といったふうで
「食べたあとの食器や膳類は置いといてください」とこの緩さが
とてもいい。今回は上の段のコテージ洋室タイプに3組、
下の段のコテージ和室タイプに2組が宿泊していた。

前回来た時は私一人が客だった。フロント、食堂の係りの人たちが
帰ってしまうとこの広い施設に私一人がぽつんと残った記憶が
鮮明に残っている。

夕食は見た目は派手でインスタ映えするけど、よく見ると
地味で量も少ない。そこは予期していたので、酒のつまみを
いくつか持っていった。

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翌朝は予想に反して晴天だった。朝食は渓流をわたって
食堂棟へ行かねばならない。時間は8時から9時と遅め。
ここはここで働く地元従業員のペースで事が運ぶ。
その客に媚びないところがいい。

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朝食はシンプルで美味しかった。
村所まで登って、引き返し、宮崎市へ向かう。

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日中はやはり日差しが強い。庭の木々が濃い木陰を
つくる。風が少し秋めいている。





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薩摩焼の里 美山

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前々から鹿児島で行きたいところがありました。
薩摩焼です。その薩摩焼をどこでやっているか
まるで知らなかったのです。焼き物については
今まで佐賀県の有田、伊万里にばかり目がいっていて
すぐ近くの薩摩に目がいっていませんでした。

調べてみると鹿児島市から西の方にいった伊集院という
ところの美山に薩摩焼で有名な沈壽官窯を中心に
数十軒の窯元があるというので行ってきました。

鹿児島からは南九州自動車道で西に向かい
美山のPAで下りて地道を少しいったところの
交差点の向かいに駐車場があったのでそこで
車を停めるとなんとそこが沈壽官窯の駐車場でした。

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これが入口なのだろうと勝手に解釈して登っていくと
どうもここは工房のようです。

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庭先に文学碑が立っています。
「故郷忘じがたく候文学碑」とある。
はてどこかで聞いた。そうか、司馬遼太郎だ。
私は残念ながらその本を読んでいない。
が想像がつく。豊臣秀吉の2回に渡る朝鮮出兵
により日本へ強制連行された陶工達のことを
書いているのだと。

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下の方にも建家が見える。垣根が開けたところから
下方へ向かって小道が続いている。
どうもそちらが一般公開している沈壽官窯のメインの
施設群のようである。どうやら入口を間違えて裏側から
アクセスしてしまったようだ。

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沈壽官窯のことは次回、詳しく語ろう。
今回は薩摩焼の里美山をざっくりと紹介しておこう。

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しばらく沈壽官窯を見学して前の道路沿いに歩いて
メインの道路を歩いていくつか小さな窯元を見学した。
ガラス工房もあるというので行ってみる。
ガラス工房と展示室があり、その前が駐車場になっている。
「ガラス工房ウエルハンズ」御夫婦でガラス工房を
やっておられる。展示されたガラス器を見ていたら
ご主人が説明してくださる。ガラス器の中に細い線が
入ったものがある。その制作方法を聴いていたら
気が遠くなってしまった。なんでもその技法は奥さんしか
できないというのである。
あっと思う。写真に撮っておけばよかった。
でも、ほら美術館とかむやみに写真に撮るといけないでしょう。
ちょっと抵抗があるんですね。

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最初の駐車場に車を停めたままなのでそちらに向かって
歩いて帰るが今度は奥まった小道を散策しながら歩む。
この小道はなかなかいい雰囲気です。

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お腹がすいたので数軒あるレストランのうち
木々に囲まれた「アップルミント」で食事をする。
お客さんの様子から地元の顔見知りの人たちが
多い様子。

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一度、駐車場に戻り、車で街外れの「美山路」へ
行ってみる。

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道向かいの駐車場に車を停め、丘の上の住宅を
覗く。玄関から入ると中の廊下沿いに多くの
琉球硝子の作品が展示されている。

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家主さんは年配の品の良いご婦人で趣味が高じて
自分で沖縄へ行って琉球硝子の作品を買い集めてくるのだ
そうだ。

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色硝子のの妙。実にきれいだ。
翠から碧に変わるいい色合いのガラス器に魅せられ
一点買ってしまった。

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後で資料を読みながらわかったことだが
まずは「美山陶遊館」に先ず行って、そこに展示されている
窯元の作品を見てそれぞれの窯元を尋ねるのがよろしい。
ということだったのだが、最初の一番凄い、沈壽官窯を見てしまい。
最後にこの陶遊館を訪ねてしまった。
なんとも間抜けである。

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ここには一般客が陶磁器を作れる工房があって
その日も二人の女性が陶土を練っていた。

鹿児島から西方向へはあまり行く機会がない。
南九州自動車道を走ると人家のない森の台地が
周囲に広がり、広大な自然の中に分けいるようだ。
美山は山里といった静かなところで宮崎の綾町を
小さくしたような雰囲気の田舎町だ。ちょっと別荘地の
趣がある。こんな街を一日ゆっくりと散策しながら
陶器を見て歩く。
いい一日でした。




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賢島にて同期会

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今回、伊丹空港でちょっと出口が変わっていたのには
驚きましたが、もう一つ驚いたことがありました。
私は大阪の茨木市に住んでいたのですが利用駅は
JRの摂津富田駅でした。摂津富田駅というのは
阪急の富田駅と距離的に近くて、おまけに隣の駅が
茨木駅、高槻駅と大きな駅の中間の小さな駅で
結構気に入っていたのですが、今回、その摂津富田駅と
茨木駅の間に総持寺駅ができていたのにはびっくりでした。
ただ娘の家からはこの駅の方が近く、日曜日賢島へ
出かけるのにこの総持寺駅から初めて乗ってみました。

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京都駅に着くと階段広場で京都市中学校のジャズオーケストラ
の発表会をやっていて、なかなかいい演奏をしていましたが、
聴く時間がなく、駅弁を買ってすぐに賢島行きの近鉄特急に
飛び乗りました。時間は3時間ぐらい。途中乗換が1回あります。

やっとじっくり本が読めると持ってきた読みかけの
カズオ・イシグロの本を読みました。結局読み終えたのは
帰りの電車でした。

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賢島駅に着いてしばらくするとホテルの送迎バスが
迎えに来てくれそれに乗って5分。会場の宝生苑に
到着です。

ホテルの部屋の窓からはご覧のような英虞湾の静かな
海が見渡せて、なかなかいい眺めです。

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出席者は30数名で約半数の出席者でした。
私たちが入社した1977年は前年がオイルショックの影響で
どの会社も採用ゼロという信じられないような状況が
目の前で起こりました。
私が大学4年の時には卒業する同級生たちは普通に
就職して行ったのですが翌年、私が大学院の1年の時には
学部の4年生も大学院の2年生も全くと言っていいほど
就職先がなかったのです。

会社の同期生というのは72名、1年間同じ寮で生活を
共にした仲間です。つまりこの1年間というのは見習い
としての扱いで、私の場合は設計、見積、作業所を
4ヶ月間隔で研修しました。同期生は全員、学部卒と
大学院卒で当時、女子は正社員としては採用して
いませんでした。

会社は東京、大阪2本社制で、半分以上が東京本店
及び本部へ配属になり、私は大阪本店の配属になりました。
だから、今回その時以来の顔ぶれも何人かいたのですが
当時の感覚が蘇ってきて、懐かしく話をすることでした。

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賢島で有名なのは志摩観光ホテル。この賢島宝生苑は元々
志摩観光ホテルの別館としてスタートしたのが別会社に
経営を引き継いで賢島宝生苑になったようです。
伊勢志摩サミットの会場になったのは志摩観光ホテルで
こ賢島宝生苑はレセプションの会場として使われたようです。
設計は私のいた会社の名古屋支店設計部です。
なかなか良く出来ていました。

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翌日、特に予定はなかったのですが英虞湾の遊覧船に
乗船するグループについていきました。曇り空でしたが
なかなかいい1時間弱の船旅でした。

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その日、大阪の娘の家に帰り、翌日の昼の便で
宮崎に帰ってきました。

下に見えているのが大阪伊丹空港です。

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関西空港が眼下に見えました。

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そしてあっという間に私の関西旅行は終わりました。




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久しぶりの京都

.29 2018 comment(0) trackback(0)
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毎年1回は大阪に行くことしている。
今年は賢島で開かれる会社時代の同期会が主な
目的だが、いつも楽しみにしているのは
N君と一緒に京都に行くことだ。彼がその時期の
展覧会とか事前にチェックしてくれる。
美術工芸品への造詣が深いものだから一緒に行って
楽しい。

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お昼に京都駅で待ち合わせをした。少し前に着いて、
確か京都駅の上に拉麺小路があったことを思い出し
ラーメンでも食べようと奥の美味しいラーメン屋を
目指したのだが、ギョ・・・外国人の行列ができている。
仕方ない、あまり流行っていないお店に入った。

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N君が先に来て、バスの一日券を買っておいてくれた。
いつもバスを乗り継いで移動することにしている。
まずは同志社北側に位置する相国寺を目指す。
ご存知のように同志社の南側は京都御所である。

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同志社の横を抜け、相国寺の承天閣美術館が
今回の目的地。「春燦燦」と銘打って展覧会を
やっていた。元々たくさんの重文作品を所蔵しているので
常設展示を時々入れ替えてやっているに過ぎないのだが
その所蔵作品たるや、どれも一級品である。

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さて、相国寺についてインターネット情報を少し

相国寺(しょうこくじ)は、日本の禅寺。京都市上京区にある臨済宗相国寺派大本山の寺である。山号を萬年山(万年山)と称し、正式名称を萬年山相國承天禅寺(万年山相国承天禅寺、まんねんざん しょうこくじょうてんぜんじ)という。
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利義満、開山(初代住職)は夢窓疎石である。
足利将軍家や伏見宮家および桂宮家ゆかりの禅寺であり、京都五山の第2位に列せられている。相国寺は五山文学の中心地であり、画僧の周文や雪舟は相国寺の出身である。また、京都の観光名所として著名な鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)は、相国寺の山外塔頭(さんがいたっちゅう)である。

皆さん、相国寺はご存知なくても金閣寺や銀閣寺は
よくご存知だろう。また歴史の教科書に出てくる
足利義満もよくご存知だろう。このお寺を作ったのが
その足利義満で金閣寺や銀閣寺はこの相国寺の
山外塔頭なのだ。

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前からここの美術館に若冲の作品が多く所蔵されて
いることは知っていたがその他はあまり知らなかった。
だが今回、円山応挙や長谷川等伯、若冲。狩野派、
土佐派などのよく知られた作品にも出会うことができた。

さてその承天閣美術館の情報も入れておこう。

承天閣美術館(じょうてんかくびじゅつかん)は、京都府京都市上京区の相国寺境内にある美術館。
相国寺創建600年記念事業の一環として1984年に開館した。相国寺および臨済宗相国寺派に属する鹿苑寺(金閣寺)や慈照寺(銀閣寺)などが所有する墨蹟・絵画・工芸品等の文化財(国宝 2件(5点)[1]と国の重要文化財多数を含む)を収蔵・展示している。2004年には同年閉館した萬野美術館(大阪市)から国宝・重要文化財を含む約200点の美術品が寄贈された。
館名の「承天閣」は、相国寺の詳名である「相国承天禅寺」にちなむものである。なお「承天閣美術館」は法人格を有せず、国宝、重要文化財をはじめとする作品の所蔵者は相国寺および関連寺院である。
開基足利義満600年忌の記念事業として増改築を行って2007年5月13日に全館オープンし、展示室の面積は従来の倍以上となった。

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本当はもっと行く予定だったのだが、二人で作品について
話しながらじっくり見ていたら、あっという間に時間が
過ぎていた。同志社の向かいにある喫茶店でコーヒーを
飲みながらいろんな話をする。
一年に一度の私にとっては貴重な時間である。

夕方、京都駅で再会を約して別れた。




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