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小江戸ー川越

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土日は娘の旦那がお休みなのであちこち案内してくれることになった。
土曜日は「川越」へ行った。
私に事前の知識はない。とにかく東京から埼玉、群馬、栃木ここらの
地理関係は全く分からない。ただなんとなくだが、江戸の裏側に広がる
広大な敷地は武家政権が代々関東に根を下ろしたがっていた土地に
対する執着であったかもしれない。この地は江戸幕府が開かれるまで
群雄割拠の地で地方豪族たちが土地を巡って争った地である。
手がかりを求めてWikipediaで「川越」を調べてみると膨大な資料が
あって、手に負えない。が少しだけ抜粋しておく。

江戸時代には親藩・譜代の川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持つ。城跡・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方で神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に次ぐ。歴史まちづくり法により、国から「歴史都市」に認定されている(埼玉県内唯一の認定)。戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っており、市内の観光名所には年間約704万人もの観光客が訪れる観光都市である。海外の旅行ガイドブックに紹介されることも多く、最近では外国人旅行者が多い

川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御家門の越前松平家が配された。そのため、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町であり、今日でも多くの学校を有す文教都市である。川越藩の歴代藩主は武蔵野の開発に力を注いだ。

旧市街地約7.8ヘクタールは、1999年(平成11年)に関東地方では2番目に、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された(埼玉県内唯一の選定)。国の「都市景観大賞」も受賞。国が「古都保存法」施行40周年を記念して選定した「美しい日本の歴史的風土100選」にも埼玉県内から唯一選ばれている。2003年(平成15年)には「優秀観光地づくり賞」(総務大臣賞)を受賞。2008年に国が「歴史まちづくり法」を制定すると、埼玉県内で初めて川越市は長野県松本市などと共に2011年に同法の認定を受けた[23]。その結果、市が実施する「川越市歴史的風致維持向上計画」は国の補助事業となった。

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とまあ、一部を抜粋しただけでこんなにいっぱいになってしまった。
一日廻っただけのことなので全貌は分からない。中心部の駐車場に
車を停めて、歩いて街を巡ることにした。最初に行ったのが
「大正浪漫通り」、大正時代の古い建物がよく残っていて、観光客も
多い。いい雰囲気である。

大正浪漫夢通り
かつては「銀座商店街」と呼ばれるアーケード街であったが、近年に撤去。大正時代の家並みや石畳の商店街。レトロな建物の多くが映画「陰日向に咲く」「免許がない!」、ドラマ「相棒」「菊次郎とさき」などの撮影舞台になっている。

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大正浪漫通りを抜けると大きな通りにでた。どうもここが川越一番街
らしい。ただ大通りなので結構交通量が多いので反対側のお店に
行くのに一苦労である。両側には多くの土蔵造りの建物が続き、
なるほど江戸時代の名残を今に留めている。

川越一番街
蔵造りの街並みが残る。福島県喜多方市、岡山県倉敷市とともに「日本三大蔵の町」。川越城西大手門跡の先にある高札場であった「札の辻」を中心とした一帯が藩主・松平信綱の時代から商人地区の上五ヶ町。町の3分の1を焼失した1893年(明治26年)の川越大火で焼け残ったのが江戸期の蔵造り建築であったので、その後、各商家が倣った。かつては200棟を超える蔵造りの町屋が建ち並び、黒漆喰を使用していることが川越の見世蔵の大きな特徴である。
現在は資料館、ギャラリー、個性的なカフェなどに利用されていることも多い。川越藩士であった橋本雅邦のコレクションがある「山崎美術館」、「服部民俗資料館」、川越藩御用絵師・船津蘭山の「蘭山記念美術館」、「松下紀久雄むかし絵美術館」などがある。1792年(寛政4年)に豪商の西村半右衛門によって建てられた「大沢家住宅」は現存する関東地方最古の蔵造りで、国の重要文化財。「陶舗やまわ」は蔵と店を繋ぐトロッコがありNHKの連続テレビ小説「つばさ」の舞台「甘玉堂」となった。川越一番街は夜にライトアップされることがある。

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一番街を端まで歩き、喫茶店に入って休憩した。
引き返す途上で「時の鐘」を見てないことに気づき、
お店の人に尋ねると大通りから直角に入り込んだ通り沿いに
あるという。行ってみるとこれは見たこともないような
鐘楼である。三時の定刻に鐘が鳴らされるというので
楽しみに待っているとなんと自動装置で鐘が突かれている。
ちょっとがっかりだが、鐘撞棒が鐘楼からはみ出している。
どう見ても人が突けそうにない。

時の鐘
川越のランドマーク。寛永年間に藩主だった酒井忠勝が建立した鐘楼。現在の鐘楼は1893年(明治26年)の川越大火の翌年に再建されたもの。この再建に際しては晩年を川越で過ごした渋沢栄一の資金援助や明治天皇からの下賜金を受けた。3層構造の塔で、高さは16メートル。400年近くにわたって川越城下に時を知らせており、今も機械式で一日4回、銅鐘を打っている。環境省選定の「日本の音風景100選」。 

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雰囲気がどこかに似ていると思った。伊勢神宮の
「おかげ横丁」に雰囲気が似てる。惜しいのは
一番街の大通りが歩行者天国でないことだ。
自動車がなかった頃の町並みなのだ。自動車のない
風景を歩いてみたいと思った。




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門司港レトロ

.13 2019 comment(0) trackback(0)
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門司港レトロに来るのは何回目だろう。過去2回くらい来たような
気がするがはっきりしない。門司港駅が改修中だったことや昼食に
焼きガレーを食べたこと。展望台にEVで上がり上部から眺め、写真を
撮ったこと。近くのめかり神社に行ったこと。それらが記憶の端に
引っかかっている。ただこの地区に宿泊するのは今回が初めてだ。

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大学に在学中、明治大正期の建物が高度成長期に伴い、大量に
スクラップ&ビルドで新しい建物に建変わっていく中、古い建物の
保存運動が起こった。それは単に文化財的価値だけでなく、町並み
に馴染んだ風景としての情緒的保存や、内部を現代に通じるように
アレンジして新たな建物の生き方を吹き込むというような大きな建築
の流れだった。その頃門司港周辺には沢山の貴重な建物が残って
いて研究対象にする人もたくさんいた。建築を学ぶ学生にとっては
行ったことはなくても貴重な土地だったのである。

先日、ブラタモリを見ていたら、この門司港周辺が明治大正期に栄えた
のは、北九州にある炭鉱から積み出される大量の石炭の積出港として
日本の近代化の要の地であったがためだという。

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だが現在、ただ古い建物が有るだけでは観光地として成立しない。
大きな人工の入江、その周囲に配された新築のシンボリックなホテル
「プレミアホテル門司港」、観光客向けの複合商業施設「海峡プラザ」
それらを見下ろす展望台を持つ超高層マンション「門司港レトロハイマート」
ホテルがイタリアの建築家アルド・ロッシの設計で、超高層マンションは
黒川紀章の設計だ。全体構想の中でこうして新たに作られた核と
街中に点在する歴史的、文化財的価値のある古い建物が新たな用途で
その周囲を賑わしていて、異国的な独特の風合いを持った町並みを
形成している。1988年(昭和63年)から整備を開始、1995年(平成7年)
3月にグランドオープンした。韓国の釜山から直行の船便があり、韓国人
の観光客が多く。人気のスポットになっている。

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改修工事の終わったJR門司港駅(1914年築、国の重要文化財)に
夕方と夜行ってみた。駅前には広い広場がある。歴史ある風情の
正面玄関から到着したばかりの人達が大勢出てくる。普通の駅舎のように、
それはまるでレトロなセピア色の映像にカラーを着色したような
不思議な感覚である。内部も昔の風合いを生かした改修になっていて
好感が持てた。夜、もう一度行ってみた。街のいたるところがライト
アップされている。駅舎もライトアップで幻想的である。
この街の夜間照明は照明デザイナー石井幹子だそうだ。

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絵になる港町だ。街路を歩いているだけで自分が洒落た観光雑誌や
旅の映像の一コマの中に存在しているようなそんな誇らしい気分に
させてくれる。子犬を散歩させているご婦人、ジョギングする若いふたり
サイクリングする若者の一団、幼児と散歩する若いお父さん。
海沿いの通りをホテルの窓から見下ろす。背後には関門海峡の潮が
左から右方向に流れているのか、大きなコンテナ船が一定間隔で
瀬戸内海を目指して進む。海峡の向こうには下関の町が間近に
感じられる。この街は旅人をすぐに虜にし、ここに住む人たちの流れに
すぐに同調して、旅人はまるで近所を散歩するように自然に門司港
レトロの流れに身を投じることができる。不思議な街だ。






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沖縄-読谷やちむんの里、嘉手納、海中道路

.23 2019 comment(0) trackback(0)
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いよいよ最終日です。
行き当たりばったりの沖縄の旅、いかがでしたでしょうか。
事前に決めていたのは往復の飛行機とレンタカーの予約
と宿泊先のみで後はまさに行き当たりばったりの旅です。
3泊4日で7万円を少し切る金額でした。天気もまずまずで
いい旅になったと思います。

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さて最終日はまずホテルを出発して、西海岸に出て、
最初の目的地はおんなの駅、なかゆくい市場です。
おんなの駅という道の駅の名前、なんか意味深ですね。
でもよく考えたら恩納村にある道の駅だからおんなの駅
それだけなんですが、行ってみたら、10時からの開店
ということでまだ準備中でした。おんな?元気なおばあ
ばっかりでした。でもちょっと中を見てみたい気がしました。
というのも沖縄の道の駅ってローカル色満載で全然
垢抜けてないし、地元物産満載で旅人からすると
魅力的です。

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58号線を南下。この58号線は大きな幹線道路で交通量も
多い。読谷村に琉球ガラスの工房や陶芸の窯元が多く
あるので寄ってみることにしました。脇道にそれ、小さな道を
あっちこっち迷走して琉球ガラス工房「清天」にたどり着きました。
小さな工房でした。工房の脇に小さなショップがあり、ガラス器を
一つだけ買いました。

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調べると近くに陶芸の里「やちむんの里」があったのでそこに
立ち寄ることにしました。駐車場に車を停めて、歩いて窯元の
ショップを訪ね歩きます。結構観光客は多い。全体に土物っぽく
野暮ったい感じだが、中には使ってみたい皿などもあり
見ていて楽しかった。広々した場所に窯元が点在しており
のんびりした感じで散策を楽しめた。

沖縄に来てどうしても見ておきたい場所があった。
そう米軍基地です。58号線を南下すると嘉手納町に入るんですが
ここから東へ向かう74号線の途上に「道の駅かでな」があります。
この道の駅から米軍の嘉手納基地が見えるというので行って
みることにしました。

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道の駅かでなは3階建てのビルです。1階に嘉手納町の現実が
模型で示されています。その現実とは戦後直ぐにアメリカ軍基地
として嘉手納町の88パーセントが接収されて今に至るということです。
山中にも細長い土地があるのですが、何か別荘のように建屋が
点在している。なんだろうと思って解説を読むとなんと弾薬庫
でした。点在するのは、1箇所が爆発しても他に誘発しない
ためでしょうか。屋上に上がると望遠レンズをセットした報道
カメラマンが数名基地に照準を合わせて撮影をしていました。
私が屋上に居る間は輸送機の発着だけでしたが、下に降りて
ハンバーガーを頬張っていると突然、ジェット戦闘機の凄まじい
爆音がして数機が飛び立っていきました。
沖縄の中でも沖縄の現実(基地問題)は場所により温度差が
あるのではと感じました。例えば今話題の辺野古などは
高速道路の切れたその先の東海岸に有り、人里離れた地
という感じが旅人にはしますが、沖縄本島の南部都市部に
暮らす人たちにとってもあるいはそう感じて欲しいという政府の
意向が見え隠れします。

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もうひとつくらいどこかに行けそうです。さてどこに行こう?
地図を見ると74号線をまっすぐ東に向かうと平安座島へ向かう
海中道路があるのでそれを見に行くことにしました。
実は前日美ら海水族館の後、古宇利大橋に行けなかった
代わりに海中道路を見ようと思ったわけです。でも行ってみて
分かるんですが、こういった橋や海中道路が景色として
素晴らしいのは上空から俯瞰場合です。大抵、観光用の
写真もそうなっています。観光でそこを車で通過する人たちの
目線はあくまで道路上ですから、あんまり感動的ではないんですね。
ということで海中道路の途上にある道の駅まで行きました。
雑誌の海中道路の空からの写真を今見ているんですが、
写真の美しさと現地でのギャップに愕然とします。
実際は海中道路といっても道幅が4車線分あるので
結構広いんです。だからあんまり海中道路の感激は
ありませんでした。

ここで観光は終わり、後はレンタカーの事業所まで走って、
近くのガソリンスタンドで満タンにして返却するだけです。
返却の手続きは簡単で、バスで空港へ向かいます。
夕方の飛行機で一路宮崎へ

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春の3泊4日の沖縄旅行はこうして終わりました。
でも楽しかった。やはり街中やホテル内の植生が本土と
まるで違っていて、木々の名前も全く知らない分、
同じ日本なのに違うなあといった感じ、それが異国ほどの
違和感はないのだけれど、本土とは確実に違うという
旅にとっての大切な非日常性、それが一番の原因かなと
思います。また行きたいなと思いますが、2回目の旅と
いうのはどういう旅にするのがいいのか、
今はまだわかりません。

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沖縄-美ら海水族館、西海岸リゾート

.21 2019 comment(0) trackback(0)
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さて、旅の後半は
まずは、本部半島の先端部にある沖縄美ら海水族館を目指す。
ホテルを出ると金武湾に面するうるま市の市街地を抜けて
石川ICから高速道路に出る。屋嘉、金武、宜野座、許田で
高速は終わっている。そこはもう西海岸。名護湾に面した
449号線を北上する。海の色がとても綺麗だ。日曜日だし、
春休みでもある。多分、混むだろうと予想して、少し早めに
ホテルを出た。

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美ら海水族館は予想以上に広くて大きかった。水族館だけでなく
水族館周辺にマナティ館、ウミガメ館、イルカラグーン、オキちゃん
劇場などが連なり、更に南端には熱帯ドリームセンターつまり
植物園があるのだが、これがまた広くて内容が凄い。
まあ、全部見ようと思うと一日、腰を据えてここでゆっくり過ごすことだ。

駐車場はたくさんあるが、一番奥のP7駐車場が水族館には
一番近い。その手前にP5,P4,P3と駐車場はある。が水族館からは
遠ざかる。ところが後でわかったことだが、実は施設全体の
中央ゲートがP3,P4,P5駐車場のまん前に有り、園内は電気自動車で
移動できるようになっていた。

中央ゲートは海を見下ろす高台にある。水族館は海へ下る斜面地に
地形を利用して建っている。先程紹介したマナティ館、ウミガメ館、
イルカラグーン、オキちゃん劇場などは低い海沿いに面している。
西側には碧い海が広がっている。向かいに島が見える。
伊江島という。小さな島と思っていたら、飛行場もあり、この島
一つが伊江村なのだ。

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水族館は楽しみにしていた一つだ。大水槽が気になった。
だけどそれ以前の小さな水槽もなかなか楽しかった。
大水槽はとにかく巨大。その巨大さは中に2匹いるジンベエザメ
とマンタなどの巨大魚によってより強調されているようだ。
水槽の前は広場だと思っていたら、劇場のように2階席から
段々に下に降りていけるようになっていてスロープもついている。
この大水槽、一日中見てても飽きないと思う。

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そうは言っても後の予定がある。
この旅にはクーポン券が2枚ついていて、1枚は初日の夕食で
使ったのだが、2枚目にここの水族館の入場券として利用した。
ただしこのクーポンにはおまけが付いている。一つは熱帯
ドリームセンターの入場券と水族館レストランのバイキング形式
の昼食券が付いていた。

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そこで園内を巡る電気自動車に乗って、熱帯ドリームセンターへ
行った。ところがこのドリームセンターとにかく中が広い。
広いだけならさっさと出てくるのだが、とにかく熱帯の花々や
熱帯の果物、珍しい植物など見どころ満載なのである。
「ああ、午後の予定が・・・」などと心配しながらも目の前の
植物に見とれていました。そうそう、一度見たいと思っていた
バオバブ樹見れました。

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ドリームセンターを出て電気自動車で再び水族館へそこで
昼食を食べ、まだまだ見たいものはあったのですが、とにかく
出発することにします。

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当初の予定では、本部半島をぐるりと周り、古宇利大橋を
渡って古宇利島へ行こうと思っていたのですが、帰りのことも
考えると遅くなりそうなので、一旦元来た道を引き返し、高速の
終点、許田から西海岸リゾートエリアを通って、ホテルへ
帰ることにしました。

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このエリアは恩納村を通る58号線沿いの海側にあります。
途中、土産物屋の御菓子御殿、万座毛の海岸、
琉球ガラス工房グラチッタなどに立ち寄りながらホテルへ帰りました。
西海岸から東海岸へは73号線であっという間です。

ということで3日目終了です。





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沖縄-リゾートホテル

.20 2019 comment(0) trackback(0)
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最初にリゾートホテルなるものに泊まったのは
タイのプーケット島だった。プールで泳いだり、
近所の果物屋や屋台で珍しい果物を山のように
買ってきて食したり、オプショナルツアーに出かけたり
その旅は初めてにしては随分リゾートっぽい。
旅行から帰ってきてしばらくは家でのんびりする気分を
味わったが、それは長くは続かない。
日常とリゾートは甚だ相容れないのである。

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普通の観光旅行中でもたまにそういうホテルに
巡り会えることがある。印象に残っているのは
会社に入って20年目に家族でヨーロッパ旅行を
した時、ローマ郊外のホテルが今思えばリゾートホテルだった。
家族はホテルとローマ市内を定期的に運行するホテルバスで
ローマ市内で下り、行きたい場所を観光し、ホテルへ帰ってくると
コテージで宿泊するというスタイル。
朝食後、ホテルの裏に広がるゴルフ場を覗いた。
アメリカ人と思しき老夫婦が数本だけのゴルフセットを
コロコロで引きながらコースを回る場面に出くわした。
早朝の鮮やかな緑色の芝生の中をゆったりとゲームを楽しむ
老夫婦の姿にしばらく見とれていた。

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会社へ入って30年目、エジプトを旅行した。
アブシンベルでのホテルがアスワンハイダムのダム湖に
面したリゾートホテルだった。湖の上のテラス状の
台地に平屋の石作りの部屋がランダムに並ぶ。
部屋を出てその広いテラスから真下にダム湖が見え
その向こうには砂漠が広がっていた。夕方、渡り鳥が
次から次に目の前を飛んでいくのをぼんやり眺めていた。

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今回宿泊したココガーデンリゾートオキナワは
一番有名な西海岸リゾートエリアのある恩納村の
反対側東海岸に面したうるま市の海岸からすぐの
丘の上にある。建屋はすべて2階建て以下で
森の中に点在している。駐車場に車を停め、門をくぐると
すぐにフロントのある建屋があり、ここでチェックインする。

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私の宿泊した場所は2階建ての一見マンション風のRCの建物
マンション玄関風の扉を開けて中に入るとホテルの一室である。
バルコニーに出ると目の前は沖縄独特の植生、木々が
生い茂っていて、ホテル全体のことは何もわからない。

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フロント周辺に小さな図書館が有り、CDを数枚借りた。
部屋にミニコンポがあり、音楽が聴ける。お気に入りのCDを
持ってくるんだった。売店のフロントで頼むとアロマオイルを
無償で提供してくれる。柑橘系のオイルにした。

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その日は、夕方まだ明るかったのでフロントで地図をもらい
坂道を歩いて下り、海のそばの居酒屋でビールを飲みながら
食事をした。周囲は皆地元の人ばかりで沖縄弁が
飛び交う中で地の雰囲気を満喫した。

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翌朝、ベランダ前の森の中を歩いていくと突然大きなプールが
現れた。プールサイドの先端から下に広がるうるま市の街が
広がっている。プールサイドにレストランが建っていて、
バイキング形式の朝食だがどこにこれだけいるのかと思うくらい
結構、子供連れの家族が多かった。高台になっているので
窓から東側の街や海が広がっているのが見える。
食事は種類も豊富で美味しかった。

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下の斜面にはファミリー用のコテージが並んでいる。
こちらは家の前まで車で行ける仕組みになっていた。

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二日目の夕食は予約してこのレストランで食べた。
レストランの内部は家具がなかなか渋くてよかった。

恩納村とうるま市は地図で見るとわかるが沖縄本島の
中央部だが一番細い部分になっていて、東側から
反対側の西海岸へは非常に近い。実はこのホテル
西海岸にあるルネッサンスリゾートオキナワと同じ系列の
ホテルであるらしい。ホテルバスが運行していて
これを利用すれば昼は西海岸で遊べるという仕組みで
あるらしい。家族連れには人気があり、リピーターも
多いという。

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旅行を終えて、こちらに帰ってきて時々静寂な緑の中で
小鳥が囀っていた風景を思い出すことがある。
リゾート=海だけではない。緑の効力もなかなかいい。
実は私は家中というか、敷地中緑に囲まれて鳥の鳴き声に
日常的に包まれて生活している。毎日がリゾートみたいな
ものであるが、日常をリゾート的に生きることは難しい。
それでもだんだん家にいて、静かな日常の中で生活する
生き方が好ましくなってきた。生活の中に様々な工夫や
楽しみを見つけるのもこれからの生き方なのだ。

今日は旅行閑話。しばしご休息。
明日からまた続きをお楽しみに




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