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常滑

.19 2019 comment(0) trackback(0)
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今年の旅は台風にたたられている。ならば旅が全然駄目で
あったかというとそういうことはない。前向きに対処すれば、それは
それで異なる趣旨の楽しい旅になった。まるで人生そのものだ。

木曽駒高原最後の日は雨になった。ふと、ここに来れなかった家族
に木曽のお土産を送ろうと思い立った。それぞれに電話して、何が
欲しいか聞いて、ワインやお菓子やジャムや漬物やつまみや、それ
ぞれに異なるものを箱に詰めた。私自身も岡野さんにいただいた
日本酒やリンゴ、別に買っておいたリンゴなどを箱に詰めて近くの
店で宅配便にして送った。お昼にカレーを食べて片付けをしていたら
いい時間になった。岡野さんは残ってもうしばらく片付けるという。
私は夕方7時までに中部国際空港へレンタカーを返さねばならない。
午後2時過ぎに岡野さんにお礼をいい別れを告げ、一人車で名古屋へ
向けて出発した。途中眠くてふらふらしながら適度に休憩を取り、
夕方6時過ぎ、常滑で下りてガソリンスタンドでガソリンを満タンにする。
結構走ったのにガソリンは21リットルほど、ハイブリットは燃費がいい。
予約しておいた駅前のビジネスホテルでチェックインし、荷物を
預かってもらう。再び高速に上がり、空港へ、そしてレンタカー会社へ
到着したのは7時10分ほど前。空港ターミナルの最上階の店舗で
夕食を食べた。そして電車で常滑へ行き、駅前のホテルに到着した。

翌朝、飛行機は11時25分発。朝食後、フロントで常滑の町の
散策コースの地図をもらい、2時間ほどの散策を楽しんだ。

歩いて10分ほど行ったところに陶磁器会館があり、そこから
幅200m、奥行き500mのゾーンが常滑焼の古い窯元の立ち並ぶ
場所で、ホテルでもらった「やきもの散歩道マップ」を見ながら散策を
楽しんだ。


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陶磁器会館へ至る大きな道路沿いの擁壁に「とこなめ招き猫通り」が
ある。様々な陶芸家や彫刻家の作品がコンクリートの壁にその作品名
とともに展示されている。出産まじかの娘に「安産」と「子育て」の写真
をLINEで送る。 


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散策路は細い小径が曲がりくねっていて車も通れないような道が
続いている。その並びに土管で作った擁壁や、焼き物で固めた
道や、壊れかけの窯の煙突、あばら家に並べられた大型の焼き物
など景色が次々に変わり、歩いていて楽しかった。焼き物を販売
しているお店や窯元もあったが、時間が早くまだ開いていなかった。
秋晴れの少しひんやりした空気の中を見知らぬ街の曲がりくねった
迷路のような場所を歩いている自分が異国をさまよっているような
気分になってくるのである。異邦人は何者でもない。自分が何者
でもないという感覚が旅のだいご味かもしれない。

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見たかった風景がある。登り窯と10本の煙突である。今は使われ
ていないようであるが、幅の広い登り窯である。鹿児島の沈壽官窯
も沖縄の読谷村焼きの里で見た登り窯も一列で登っているが、
ここの登り窯は数列横並びの幅の広い登り窯で登った先に10本の
レンガ煙突が立っていてちょっと変わった登り窯だ。


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ここから引き返して陶磁器会館へ入ると中国人の観光客がたくさん
いた。中を見て回り、常滑と云えばなんだろう。急須が有名だよな。
そこでこじゃれた急須を一つ旅の思い出に買った。


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ホテルへ帰り荷物をまとめチェックアウト。歩いて駅に行き、電車で
中部国際空港セントレアに行く。電車からのアクセスが短くて
飛行場内のアクセスが実に明快で分かりやすい。中に入ると
搭乗口まで結構歩かされた。待合が1階で、待っていると
スーツケース持ち込み予定の私のところに係の女性が来て
「飛行機が小さいので、収納が狭い、ついてはスーツケースは
預けてくれないか」という。やれやれだ。バスに乗って連れていかれた
先に待っていたのはプロペラ機だった。道理で昼の便が安かった
わけだ。


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長い旅もようやく終わった。旅での日々を急遽綴ってみたが、
計画とはまるで違う旅になったけれど、それはそれで楽しい旅に
なった。今回、お世話になった岡野夫妻ありがとうございました。

昨夜、メールを開くと大阪のTさんからメールが来ていた。
私が木曽駒高原にいる間、蓼科の別荘にいたようで、そちらは
停電で大変だったとあった。「今度は自分の車で蓼科へ寄ってください。
泊れるようにしますので」とあった。川の流域のことで本を出版した
O君へはブログを書いてる最中に電話した。「霧ヶ峰に行ったんだったら
八島ヶ原湿原の向こうにあるブランシェたかやまスキーリゾートに
親戚のヒュッテがあり、そこによくスキーをしに行く」と言っていた。
二人とも我が家に来たことがある。が二人とも今、親の介護で大変だと
云っていた。そういう年齢なのである。




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木曽駒高原

.17 2019 comment(0) trackback(0)
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岡野さんと二人して今後のことを話し合う。
二人の意見はこうである。
台風の進路は浜松の手前を迂回して伊豆半島の方へ
向かっている。木曽駒高原と浜松ではどちらが台風の影響が
強いかというと浜松だろう。木曽駒高原の東側には2000m級の
山々がそびえていて木曽谷はあまり風の影響を受けな
いだろう。
台風の進路からいくと吹く風は北風である。
まあ、色々検討したが要は男どもはやはり木曽駒高原へ
行きたいのである。


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昼過ぎに岡野さんのBMW、それを追いかける形で私の
レンタカー(トヨタのアクア)2台で出発した。走行中の連絡は
トランシーバーで連絡しあい走った。浜名湖SAで昼食を
摂り、東名高速を名古屋方面へ下り、トヨタJCTで東海環状
自動車道を通り、土岐JCTで中央自動車道を北上し中津川ICで
下りて、国道19号線を北上し、ようやく夕方木曽福島の町に到着。
イオンでその日の夕食と次の日一日分の食料を買い込み、
暗い中、木曽駒高原を上って行った。


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木曽駒高原の別荘地の一番奥であるようだ。が暗くて
何もわからない。別荘の前庭に車を停め、とにかく中に入る。
明かりを点け、中を案内してもらう。広いリビング、設備の整った
キッチン。大きな窓のあるお風呂。1階には6畳と8畳の和室。
2階には麻雀部屋、広い洋間に奥に和室とかなり広い。


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私は買ってきた材料で夕食を作る。岡野さんは床暖房のセットし、
薪ストーブに火を入れる。薪ストーブは煙突が2階の大部屋を
貫通しているため、2階も同時に温かくなるようになっている。


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外は雨が少し降ってきたが、風は全くない。娘たちにLINEで
別荘の中の様子を知らせる。予想していたよりもずっと豪華で
広い。庭には屋根付きのバーベキューコーナーが作られていて
至れり尽くせりである。


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翌日、朝食を済ませて、台風の本土上陸は夕方だというから
午前中ぐらい外に出てみようと岡野さんの車で別荘を出た。


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退職する1年前の5月の連休、家内とこの辺りを旅行した時
宿泊したホテルがあるはずとさらに奥の方へ登っていくと
それは見つかった。今も営業している様子。ここはもとスキー場
だった場所でそれらの建物は当時から廃墟と化していた。

木曽駒高原を下っていくとゴルフ場がある辺りに私の勤めていた
会社の保養所があった。一度だけ名古屋支店での会議の後、
利用したことがある。その建物はたしか社内公募で欲しい人に
払い下げるからと話題になったことがある。
多分、名古屋支店の人が譲り受けたのだと思う。建物は今でも
立派に立っていた。こんな風に意外なところで岡野さんとは過去に
木曽駒高原という接点があったのである。不思議な縁である。


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松本辺りまで行ってみようと国道19号線を北上し、奈良井宿に
着いた頃雨がひどくなってきたので引き返す。伊那谷の方へ
行ってみようというので今度は権兵衛トンネルを通って伊那市へ
出た。少しうろついてスーパーで買い物をし、同じ道を引き返し
木曽駒高原の入り口にある蕎麦屋で昼食を食べ、別荘へ帰った。

午後はテレビで台風情報を見ながら、私は別荘に置いてある
漫画本を読んで過ごした。外は昼でも暗く、長い午後を過ごすが
台風が上陸する夕方6時ごろは雨は降っているが集中豪雨と
いうほど降ってはおらず、風は全く感じない。浜松近辺にいるより
は木曽駒高原へ思い切って来てよかったと思う。


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きっと明日は晴れるに違いない。
台風一過は晴れに決まっている。  -明日に続くー





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浜松へ

.10 2019 comment(0) trackback(0)
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半年ほど前から、埼玉の娘と計画を練ってきた第2回家族旅行の
実施日が近づいてきた。計画はこうである。

10月12日(土)   12:00 木曽福島駅 集合
            12:30 昼食、スーパーにて食材の買い出し
            13:30 山荘到着
            14:00 自由行動
            18:00 夕食

10月13日(日)    7:00 起床
             7:30 朝食
             8:30 自由行動(観光)
                 上田市(上田城)、諏訪市(諏訪大社)、松本市(松本城)
                 木曽駒ヶ岳千畳敷カール登山(ロープウェイ利用)
                 安曇野(わさび田、碌山美術館、ちひろ美術館)
                 上高地、奈良井宿、開田高原
                 美ヶ原、霧ヶ峰高原、白樺高原
            18:00 夕食
            
10月14日(月)    7:00 起床
             7:30 朝食
             8:00 山荘片付け清掃
             9:00 自由行動(観光)
            15:00 解散

メンバーは私、長女(大阪)、次女家族3人(埼玉)、妹夫婦(福岡)
それに今回山荘をお世話くださった岡野夫妻(浜松) 計9名

岡野さんは串間大好き人間でよく車で遊びに来られる。もともとは
市木の時任さんと知り合いになり、その後私のブログを通して私と
縁ができ、昨年秋は私の家に3泊ほどして一緒に遊んだ。その時
岡野さんの友人が木曽駒高原に別荘を持っていて毎年そこで
大学時代の仲間が集まるという話をされたので、そこを利用させて
もらえないかとお願いしたところ、快く持主の方からご了解戴いた。

前々から岡野さんには浜松に遊びに来るよう言われていたのだが
なかなかその機会がなかった。今回の旅にくっつけて前二日を
浜松で過ごすことにした。

ところが
招待もしていないのに1週間ほど前に太平洋上に台風19号が発生。
上陸予定日が我々の家族旅行の集合日とぴったり重なってしまった。
おまけにこの台風19号はこれまでにない巨大さで数日前からテレビは
早めの避難準備をしきりに勧告していた。私は実際台風が上陸する
予定地のすぐ近くにいるのだが、浜松はまだ雨も降っておらず、平静を
保っていた。

私の予定は以下のように旅が膨らんでいる。

10月10日(木)   8時50分宮崎から名古屋セントレア空港へ
             レンタカーで浜松の岡野さん宅へ
10月11日(金)   岡野さんと浜松近辺観光
10月12日(土)   岡野さんと家族旅行の木曽駒高原へ
10月13日(日)   家族旅行
10月14日(月)   解散後、レンタカーを名古屋空港で返し
             常滑駅前のビジネスホテルに宿泊
10月15日(火)   朝8時から10時まで常滑観光
             11時25分の飛行機で宮崎へ

計画の説明はこれくらいにして浜松に行った10日の日のことを
とりあえずお話ししておこう。


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中部国際空港セントレアに10時過ぎに到着後、予約したレンタカーを
借りて高速道路で浜松へ向かう。東名高速道路浜松三方ヶ原ICで下りて
迎えに来られた岡野さんと合流、後をついて、岡野さんのご実家へ行く。
岡野さんのお母さんは現在施設に入られていて、現在はシンガーソング
ライターの息子さんが住んでおられる。この日はここに泊めていただく。
岡野さんの奥さんが作ってくださった昼食をごちそうになる。しばらく
ゆっくりして、岡野さんご夫婦と「スズキ歴史館」へ行く。その後、浜松の
中心地駅前で車を降り、街をぶらつく。


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駅前には超高層の建物が立っている。「アクトシティ」は2017年直木賞
受賞作「蜜蜂と遠雷」の舞台となった「浜松国際ピアノコンクール」が3年に
一度開催される。昨年11月に開催された第10回コンクールのことを
聞いた。岡野さんの奥さんは大ファンで初日の予選から毎回聴きに
行かれたそうだ。夕食時、「そういえば4日から映画が始まりましたよね」
「見ましたよ。でも全然ダメ」と厳しい。ピアノを作っているヤマハ、カワイの
お膝元「浜松ではコンサートピアノはやはりヤマハですか」「違うのよ、
今一番いい音を出しているのはカワイの最高ブランド Shigeru Kawai なの」
アクトシティ浜松の地下のホールが通れるようになっている。昨年の
ピアノコンクールの賑わいの余韻を嗅ぐようにその場を通り過ぎた。


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近くの地ビールで有名なビアホールで一杯やって、そのあと岡野さん
なじみのインド料理のお店で夕食をごちそうになった。

外は台風の気配もなく雨も降っていない。それでも巨大台風が二日後には
ここらに上陸するという。




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蘇鉄の会 研修旅行 

.22 2019 comment(1) trackback(0)
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NPO法人「蘇鉄の会」で昨年春、研修旅行として
西米良に一泊旅行に行きました。今年は大分の
国東半島へ行こうと計画していたのですが、私が
個人的に椎葉の小崎小学校が閉校になるというので
春の入学式の撮影に行き、秋には運動会に行く予定で
あると話すと、そっちの方がおもしろそうだというので
急遽、今年の研修旅行は椎葉ということになりました。

ところがその1週間前にKさんが心臓の手術をして、
無理かなと思っていたところ、行くというので、4人で行く
予定を立てました。学校への撮影の許可、計画表、
宿の手配、献立表、運動会当日のお弁当の手配。
私は3人に先立ち一日早く、20日(金)に出発し、
渓流釣りをしてヤマメを食べさせようと思って、
当日出発しました。
ところが台風17号が接近、空模様がよくありません。
田野の道の駅で小崎小学校へ確認の電話を入れると
「22日、日曜日は台風が九州に一番接近するので
中止します」とのこと。「23か24日に延期したいが
まだ未定」とのことだった。仕方ない。ここで引き返す。

で結局、運動会は23日に順延と決定。再び集まって
協議。メンバーはKさんが都合が悪く、残り3人で
行くことになりました。22日朝8時に串間を出発。
車は2台。

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でもなんか変ですよね。22日には台風17号が九州に
最接近するのに、22日に移動。なにそれ?
田野のインターから東九州自動車道に入り、日向
インターまでは特に問題なかったんですが、日向を出て
東郷を過ぎた辺りから、猛烈な風と雨になり、道路に
水たまりができていて、猛烈に水しぶきが上がります。
雨で視界が悪い中、ひたすら先に進みます。
諸塚でトイレ休憩。ここからは山間に入るせいか、
雨風が少しマシになってきましたが、離合できない
道が続きます。お昼にようやく上椎葉に到着。


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民宿「上村」のご主人椎葉さんと鶴富屋敷下の駐車場で
落合、小崎に向けて出発。小崎は上椎葉ダムのダム湖
の左端にあります。小崎小学校の下辺りまでダムの水は
上がってきます。そこからさらに小崎川に沿って最上流の
川の口という集落を目指します。ここには3軒の民宿が
あります。いつも釣りで利用する「上村」を今回も利用する
ことにしました。


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ついてすぐ、カメラを抱えて近所を散策しました。
彼岸花が満開でとてもきれいです。


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夕方、沸かしてもらった別棟の五右衛門風呂に交代で入り、
夕食は私が作り、ビールで乾杯。台風の最中、本当に大変な
旅でした。夜少し風が吹きましたが大したことはありません。


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翌朝は快晴。川は増水していて釣りになりません。
早朝からカメラを抱えてひたすら景色や花や其の他の
面白い被写体を見つけて、、ひたすら撮影です。


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朝食を食べて、小崎小学校の運動会へ撮影に出かけました。
運動会の様子は次回のブログで詳しく紹介します。


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その日、運動会が終わった後、川の口へ帰り、少し上流の
川や水田風景を撮影に行き、その帰りに民宿「丹野」に
寄りました。丹野の右田夫妻とは運動会で既に会ってました。
3人上がり込んでコーヒーごちそうになりました。
この日は写真談義で盛り上がりました。

翌朝、私は下の川へ釣りに行きました。
釣りの様子は次々回のブログで詳しく紹介します。

釣りから帰ると天気は快晴、椎葉さんが既に来ていて
写真談義です。朝食の後、私は残って片付け。
二人は、先に出発して、国見トンネルを抜けて五ケ瀬へ
五ケ瀬ワイナリーから清和文楽館を通り、松橋から
九州自動車道で串間へ
私は昼過ぎに川の口を出て上椎葉で買い物をして
来た道を引き返す形で日向から東九州自動車道を
通って串間へ帰りました。どちらも夕方着いたようです。


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撮影主体の研修旅行、なかなか充実したいい旅でした。




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小江戸ー川越

.16 2019 comment(0) trackback(0)
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土日は娘の旦那がお休みなのであちこち案内してくれることになった。
土曜日は「川越」へ行った。
私に事前の知識はない。とにかく東京から埼玉、群馬、栃木ここらの
地理関係は全く分からない。ただなんとなくだが、江戸の裏側に広がる
広大な敷地は武家政権が代々関東に根を下ろしたがっていた土地に
対する執着であったかもしれない。この地は江戸幕府が開かれるまで
群雄割拠の地で地方豪族たちが土地を巡って争った地である。
手がかりを求めてWikipediaで「川越」を調べてみると膨大な資料が
あって、手に負えない。が少しだけ抜粋しておく。

江戸時代には親藩・譜代の川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持つ。城跡・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方で神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に次ぐ。歴史まちづくり法により、国から「歴史都市」に認定されている(埼玉県内唯一の認定)。戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っており、市内の観光名所には年間約704万人もの観光客が訪れる観光都市である。海外の旅行ガイドブックに紹介されることも多く、最近では外国人旅行者が多い

川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御家門の越前松平家が配された。そのため、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町であり、今日でも多くの学校を有す文教都市である。川越藩の歴代藩主は武蔵野の開発に力を注いだ。

旧市街地約7.8ヘクタールは、1999年(平成11年)に関東地方では2番目に、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された(埼玉県内唯一の選定)。国の「都市景観大賞」も受賞。国が「古都保存法」施行40周年を記念して選定した「美しい日本の歴史的風土100選」にも埼玉県内から唯一選ばれている。2003年(平成15年)には「優秀観光地づくり賞」(総務大臣賞)を受賞。2008年に国が「歴史まちづくり法」を制定すると、埼玉県内で初めて川越市は長野県松本市などと共に2011年に同法の認定を受けた[23]。その結果、市が実施する「川越市歴史的風致維持向上計画」は国の補助事業となった。

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とまあ、一部を抜粋しただけでこんなにいっぱいになってしまった。
一日廻っただけのことなので全貌は分からない。中心部の駐車場に
車を停めて、歩いて街を巡ることにした。最初に行ったのが
「大正浪漫通り」、大正時代の古い建物がよく残っていて、観光客も
多い。いい雰囲気である。

大正浪漫夢通り
かつては「銀座商店街」と呼ばれるアーケード街であったが、近年に撤去。大正時代の家並みや石畳の商店街。レトロな建物の多くが映画「陰日向に咲く」「免許がない!」、ドラマ「相棒」「菊次郎とさき」などの撮影舞台になっている。

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大正浪漫通りを抜けると大きな通りにでた。どうもここが川越一番街
らしい。ただ大通りなので結構交通量が多いので反対側のお店に
行くのに一苦労である。両側には多くの土蔵造りの建物が続き、
なるほど江戸時代の名残を今に留めている。

川越一番街
蔵造りの街並みが残る。福島県喜多方市、岡山県倉敷市とともに「日本三大蔵の町」。川越城西大手門跡の先にある高札場であった「札の辻」を中心とした一帯が藩主・松平信綱の時代から商人地区の上五ヶ町。町の3分の1を焼失した1893年(明治26年)の川越大火で焼け残ったのが江戸期の蔵造り建築であったので、その後、各商家が倣った。かつては200棟を超える蔵造りの町屋が建ち並び、黒漆喰を使用していることが川越の見世蔵の大きな特徴である。
現在は資料館、ギャラリー、個性的なカフェなどに利用されていることも多い。川越藩士であった橋本雅邦のコレクションがある「山崎美術館」、「服部民俗資料館」、川越藩御用絵師・船津蘭山の「蘭山記念美術館」、「松下紀久雄むかし絵美術館」などがある。1792年(寛政4年)に豪商の西村半右衛門によって建てられた「大沢家住宅」は現存する関東地方最古の蔵造りで、国の重要文化財。「陶舗やまわ」は蔵と店を繋ぐトロッコがありNHKの連続テレビ小説「つばさ」の舞台「甘玉堂」となった。川越一番街は夜にライトアップされることがある。

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一番街を端まで歩き、喫茶店に入って休憩した。
引き返す途上で「時の鐘」を見てないことに気づき、
お店の人に尋ねると大通りから直角に入り込んだ通り沿いに
あるという。行ってみるとこれは見たこともないような
鐘楼である。三時の定刻に鐘が鳴らされるというので
楽しみに待っているとなんと自動装置で鐘が突かれている。
ちょっとがっかりだが、鐘撞棒が鐘楼からはみ出している。
どう見ても人が突けそうにない。

時の鐘
川越のランドマーク。寛永年間に藩主だった酒井忠勝が建立した鐘楼。現在の鐘楼は1893年(明治26年)の川越大火の翌年に再建されたもの。この再建に際しては晩年を川越で過ごした渋沢栄一の資金援助や明治天皇からの下賜金を受けた。3層構造の塔で、高さは16メートル。400年近くにわたって川越城下に時を知らせており、今も機械式で一日4回、銅鐘を打っている。環境省選定の「日本の音風景100選」。 

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雰囲気がどこかに似ていると思った。伊勢神宮の
「おかげ横丁」に雰囲気が似てる。惜しいのは
一番街の大通りが歩行者天国でないことだ。
自動車がなかった頃の町並みなのだ。自動車のない
風景を歩いてみたいと思った。




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