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はがき随筆作品集第3号の作成

.08 2019 エッセー comment(0) trackback(0)
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はがき随筆作品集を作り始めて3年になる。この春に第3号を
アップさせるはずが、私の単なる怠けで秋にずれ込んでしまった。
8月後半に日南の5人からもらった原稿を文字打ちして、それに
写真をセレクトしてようやく原稿が仕上がった。実は串間の6人
分の原稿は2月の生涯学習成果展示会に出してあったので
その時点で原稿は上がっていた。


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この日、串間のエッセークラブ「サクラ」から5人、日南の「ひこばえ」
から2人が来てくれて、合わせて7人で先に串間印刷でプリントアウト
してきた40部をカットし折り曲げホチキス留めにして小冊子を完成させた。


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午後1時半から初めて4時前には終わったから、2時間くらいで
完成させたことになる。枚数にしてA4サイズ280枚である。

日南からの二人は初めてで少し手間取ったようだが、ほかの人たちは
3年目にもなるとずいぶん手際がいい。私一人が細かい
ダメ出しをそれでも遠慮がちにしている。


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完成した40冊を眺めながら第3号まで出せたことが本当に
嬉しい。原稿づくりは大変だけど、完成品を見るとまた頑張るかと
いう思いになる。





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いただきもの

.28 2019 エッセー comment(0) trackback(0)
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ある時期、いただきものが続くときがある。
ものにもよるが、生ものは一人暮らしだと
量がさばけない。
今はそうでもないが、魚をたくさんもらった時などは、
近所の奥さんがどの程度魚を捌けるのか知ったうえで
あげないと迷惑をかけることになる。
「あんたねー私はさばけんちゃがー」などと言われると
三枚におろして持っていかねばならないのだが、
自分で手に負えない量だから配るのであって、捌く前の
魚をもらってくれるおうちが必然的に優先されることになる。


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夏に葡萄、梨、蜜柑と果物が適度なタイミングで届いた。
葡萄は福岡の釣り仲間から、なんでも息子さんが葡萄農家
に養子に行ってるらしい。梨はここ数年でお友達になった
浜松の方から、伊那や信州に出かけた折に毎年買って
おられるらしい。それをこちらにも回していただいている。
蜜柑は近場でヨシくんが夏の間、近所のミカン農家の
手伝いをしたら大量にもらったので、食べてくれと持ってきて
そのまま、鹿児島県の山川港へ長期の漁に出発した。


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ところが1週間ぐらいしたら、天気が良くないと帰ってきた。
その手土産がカツオとノドグロだった。

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今日も朝、前の通りを掃除しながら小学生を見守りしていると
隣のおばちゃんが「これ、表面は傷んだようにあるけど、
美味しいっちゃが」とゴーヤと柿をもらった。

もらったものはできるだけ、知り合いにおすそ分けする。
母が昔、よくものを人にあげていた。「持っちきやい、
よかっちゃが」「なんでそんなん人んやっと?」と問うと
「情けは人のためならずっちゅてな、自分のためんすっとよ」
という。巡り巡ってまたひとからもらう。田舎で暮らしていると
もらう先、あげる先、それぞれに人の繋がりがある。

お返しに何か送ろうと思うがこの時期、串間には芋しかない。
冬場はポンカンやデコポン、金柑、日向夏みかんと柑橘類が
豊富で春先には見栄えの良いマンゴーがある。
仕方ない。芋を送るとしよう。ついでに娘たちにも芋を送る。
結構、喜ばれる。


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早速、エッセー仲間の芋農家の一人に、「芋ない?贈り物に欲しい」と
お願いすると1週間くらいで安く段取りしてくれた。こちらも
人の繋がりである。





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扉の向こうへ

.21 2019 エッセー comment(0) trackback(0)
「扉の向こうへ」と題してこのブログを書き始めたのは
2010年8月のことです。その間、書いたブログの数は
本日の分を含めて1780件に及ぶ。期間にして9年間。
平均すると1年間に197件、1か月に16件。一日おきに
9年間書いてきたことになる。今はいたって平穏な毎日で
一日おきに書くことは少しも苦にならないが、冬の2,3月は
予定が立て込み忙しくてブログを書く暇もない。

「扉の向こうへ」について、2010年8月30日のブログに
「心の扉」と題して以下のようなことを書きました。ちなみに
私が定年退職で会社を辞めるのは2012年3月のことです。


「心の中の階段を上がってみたドアを開けたら草原だった。春の花畑には菜の花があるように僕の中には僕があった。・・・・・・・」ASKAの「草原にソファを置いて」という曲の詞である。歌を聞くたびに心の中に未知の世界の扉を開ける喜びが広がりじっとしていられない気にさせてくれます。5,6年前定年退職をして自由な時間が得られたら何がしたいのかノートに書き出してみたことがあります。実現しないままに放置された事柄やあこがれ、夢だと思っていたことなど様ざまです。ある日考えたのです。いつかやろうなんて思っていたら今までと同じように永久に実現しないのではないだろうかと。そして一歩を踏み出す決心さえすればたいていのことはできるのではないかと。最初に開けた未知の扉は自動車教習所の土日コースに入ることでした。若い人たちに混じり講習を受けるのはちょっと気恥ずかしいという思いでした。実技も大変でした。でも3ヶ月後私は普通運転免許証を手にしていました。でも問題はそこからです。家に車はないし、住んでいる街中は交通量が激しく初心者にはとても難しい。一月に一回滋賀県の大津まで電車で出かけ、レンタカーを借りて琵琶湖の周りを回るところからスタートして車に乗る間隔を空けないようにしました。その内高速道路も走れるようになり3年後自分の車を購入しました。だから今車に乗るのは若い人が免許を取った頃のように楽しみでもあるのです。免許を取った翌年、料理ができるようになろうと決心しました。土、日の家族4人の夕食を作る事から始めました。色んな料理の本を買ってきてレシピ通りに作ればたいていのものはできるものです。なんだか自分の老後が明るくなった気がします。そうそう、その翌年ヤマハの大人のピアノ教室に通い始めました。小学校の頃数年間バイエルを練習していたことはあるのですが指も頭も錆付いて大変ですが一つの曲を練習してうまく弾けるようになるとうれしくなります。
最近読んだ本で宮下奈都の「スコーレNO.4」の中でこうした心の扉のことを異なる視点で述べてある箇所があります。「どうしても忘れられないもの、拘ってしまうもの、深く愛してしまうもの、そういうものこそが扉になる。広く浅くでは見つけられなかったものを、捕まえることができる。いいことも、悪いことも、涙が出そうなくらいうれしいことも、切ないことも、扉の向こうの深いところでつながっている。」こんな感覚なんかいいですね。
最後に、2010年8月に開始したこのブログも実は新しく開けられた扉なのです。扉の向こうの景色はまだ見えていません。(2010年8月30日)

 これから始まる退職後の世界を好奇心と冒険心に
満ちた新たな世界ととらえて扉を開こうとしていたのでした。
先日、今関わっていることや趣味や日々の雑事含めて
書き出してみました。20項目ほどあって驚きました。
ずいぶんたくさんの扉を開いたのだと。もちろん中には
一人でやってきたこともありますが、二人でなければでき
なかったこと、四人だからできたことなど、人とのかかわりで
開いた扉もたくさんありました。

残された人生を考えたとき、そろそろ収れんさせて行かねばと
思っていたのだが・・・・
昨夜、建築雑誌をめくっていたら
並河 進氏の書いた「知らない、ということについて」と
いうのがあって、ちょっと考えさせられました。


 人間の「知らない」には、2種類ある。
「知らないこと自体は知っている」
「知らないということすら知らない」の2種類だ。

ソクラテスは前者を「無知の知」と言って、後者の状態に
あるよりも優れている、と指摘したが、「知らない」の
領域とは、ほとんどが後者、つまり、知らないということ
にすら気づいていない領域ではないか。

そういう知らないことすら知らなかった領域の広さに気づく
ことは、人生にとって、最良の経験のひとつだ。

新しい季節へ

知ろう
知らないことを
知らなかったことすら知らなかったことを

それに気づくたび
また空は広くなるから

残された人生とみるか、知らなかったことさえ
知らなかったことを知ろうとするミライとみるか。
ミライをさも知ったかのように語るな。知らなかったこと
さえ知らない世界がそこには広がっているのだ。

まだまだ人生捨てたもんじゃない。

扉の向こうへ





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ふるさとリポーター記事

.09 2019 エッセー comment(0) trackback(0)
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宮崎日日新聞の「宮日ふるさとだより」の8月分の原稿締め切り
が近づいてきた。だんだんネタ探しに困るようになってきた。
結局、自分が関わっている事柄から探すことになる。
先月末の「読書会」をテーマに書く事にした。

ところが直前になって、宮日から連絡があった。紙面の文字を
大きくしたから字数を減らして欲しいという。更に文章も短くするよう
指示がきた。これまでが13×50=650字だったのを
12×35=420字にするのである。短い文章ははがき随筆の
250字で慣れてはいるものの少し勝手が違う。一度書いてみて
削っていくしかない。

そして書いた原稿を推敲し、知り合いに校正してもらってなんとか
原稿と写真を送った。
さて、紙面に載った記事を紹介しよう。


「難しい作品も皆で」
市立図書館・読書会
月1 お気に入りの本紹介

 串間市に本屋が無くなっ
て久しい。そうした流れに
あらがうように2014年串間
市立図書館で読書会が始ま
った。今年で5年目になる。
現在会員は9人。読書会は
月一回、土曜日の午後2時
半から4時までの1時間半
行っている。
 7月27日、同館2階会議
室での読書会に参加した。
出席者は8人で、今回のテ
ーマは「エッセー」。一人ず
つ持参した本を紹介してい
く。中にはお気に入りの1
冊を朗読する人もいた。
会の運営は合議制。今年
は文学作品をしっかり読む
ことにし、谷崎潤一郎の「
春琴抄」や三島由紀夫の「
金閣寺」、平野啓一郎の「あ
る男」を読んで個々の感想
を話し合った。
事務局の山口千絵子さん
(55)は本好きが高じて教
職を辞し、司書の資格を取
得。現在は同館の司書とし
て働く。会員の三浦親男さ
ん(85)は知合いから「(そ
の歳で)まだ図書館に通っ
て勉強しよっとな」と言わ
れるそうで、何ともほほえ
ましく思った。
 難しい作品を読むのは苦
しい時もあるが、皆で読む
からこそ楽しい。いい本に
出会うと人に薦めたくなる
ものだ。読書会への問合せ
は同館☎0987-72-1177

基本的には私の原稿が使われているのだが、言葉使いが
少し柔らかい。元原稿と見比べてみた。字数制限で端折った
少し事務的な言葉が優しい表現に変わっている。字数も
増えている。なんのことはない。

毎月、はがき随筆用のエッセーを250字で書いているうちに
言葉に対する繊細さが薄れてしまったのではないか。そうした
ことを考えて、書きたいことがあれば、字数を気にせずまず
書いてみよう。そんなことを考えた。推敲を重ねよと言われるが
推敲で初期の言葉の持つ勢いがそがれることもある。
言葉というものは難しい。




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子供相手は難しい

.30 2019 エッセー comment(0) trackback(0)
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私の家はご存知のように緑に囲まれていて、野草や
昆虫などの素材には事欠かない。毎日のように埼玉の
次女とはLINEで話をするのだが、孫娘相手に庭先で
見つけた昆虫などを20秒ほどのビデオ撮りして送って
いる。白い蝶蝶や蜂などには非常に興味を示すようだ。
少しケバい色の毛虫が小枝を這っていく様子を送ったら、
「気持ち悪い」って言ってたよとの返事。うーん、そうだろうな。
とそこでめげずに茶色のもこもこした毛虫が床を這っていく
様を撮って送った。「うけたよ」という。「毛虫というと
先入観があるから、ほらモコモコだよとか言ったほうが
いいんじゃない」

敷地内には椿が沢山植わっている。この時期大量発生
するのがチャドクガである。一枚の葉に軍隊のように
びっしりと整列しているところを発見するとゾワーッと
する。フマキラーを抱えて行って直ちに退治するのだが
これをビデオ撮りしたがあまりにおぞましくて送らなかった。

その後もトンボ、かたつむりと続く。今朝はブロック塀を
這い回るナメクジを撮って送ったが、これはちょっと
気持ち悪かったかな。

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先月から小学校の読み聞かせが始まった。2週間ピッチで
1年生、2年生、3年生ときてしばらくおやすみ。次は
9月からだ。
1年生に面白い話が良かれと思いとんち話を読んだら
オチのところでシーン・・・・・・・
しまった。まだこういう話は早かったか

話はこうである。
お寺の和尚さんが檀家にぼた餅をもらい、それを仕舞って、
出掛けたスキにお寺の小僧さんぼた餅を全て食べてしまった。
悪知恵を働かせて、お寺の仏様の口の周りに残ったあんこを
塗りつけて知らんふりを決め込んだ。和尚さんが帰ってきて
ぼた餅が無くなったことに気づくと小僧さんを問いただして
「お前が食べたんだろう」「違うよ。仏さんだよ。ほら」と口を
指差す。そこで和尚さん、仏さんを釜茹でにして吐かせようと
して、薪をくべると湯が沸騰してきて、「クタクタクタ、クッタクッタ」
仏さんが「クッタ(食った)」と白状したものだから撥でその頭を
叩くと「カーン、カーン、くわーん、くわーん(食わーん)」

ここで爆笑を取りたかったのに・・・・・・・シーン・・・・・・・・
そうだよな。この4月に小学生になったばかり、掛詞のように
一つの言葉が二つの意味を持つなどまだ理解できないのだった。
慌てて、もう一冊用意した谷川俊太郎の「いちねんせい」の詩を
読んで事なきを得た。





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