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ねたろう祭り

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地元の上町、屋治地区に「ねたろう祭り」と呼ばれる祭りがあると
いうので数年前から取材しようということになっていたのですが、
なかなか都合が合わず、今回は蘇鉄の会4名全員参加で取材
することができました。


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ところがよく聞いてみると「ねたろう祭り」の「ねたろう」は女性だ
というし、その「ねたろう」が寝ている神社が「女躰神社」といって
なかなか艶かしいのです。それに昔からこの祭りは2月20日と
決まっています。

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串間神社を訪ねると鳥居の横に大きく
「春の大祭 2月20日、秋の大祭 11月14日」とあるではないですか。
「ねたろう祭り」は串間神社の春の大祭のことだったんです。

この串間神社は「年に一度の逢瀬を果たす山幸彦と豊玉姫」
そして解説には
太古、この地は猪やキジなど狩猟には絶好の場所だったのでしょう。
祭神である山幸彦が、笠狭宮から狩りに通い、仮宮所である穂ぐしの宮
を置いたところと伝わります。春祭では特殊神事「ねたろう」が行われます。
山幸彦を乗せた神輿が屋治地区にある女躰神社に妻である豊玉姫を
迎えに行き、串間神社に戻って年に一度の逢瀬を果たします。

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最後に串間神社で行われる神事を見ますとこの地の住民が
春の農作業を始める合図としての神事であったのだろうと思われます。
眠った姫を起こすという神事は冬が終わり春が来て自然が目覚める。
さあ、畑や田を耕して種を蒔こうということのようです。

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串間神社の春の大祭なので昔は沿道に住民が集まり非常に賑わったと
聞きます。が今では日が20日と決められていて週末ではないため
ほとんど沿道に人はなく、ただ女躰神社、屋治公民館、上町公民館
のみがわずかに賑わうのみです。それに地元の消防団の若衆に
応援をもらってなんとか成り立っている状況でした。



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椎葉村嶽之枝尾夜神楽 その2

.03 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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18.星指
  1人舞の実に格調高い美しい舞だ。
  風神払そして、太陽、星、月が唱行の中で東から出、
  西に沈むまで歌ってあり、星祭の舞である。

  前回見たとき、この舞手はうまいなと印象に残っている。
  ご高齢だし、今回踊られるのか気にしていたら、さすがに
  一番の見せ場に出てこられた。何が違うのか気にして
  見ていると足運びが実に優雅だ。足に体重がかかって
  いないような軽やかでしなやか、見ていていいなと
  見惚れてしまった。

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19.内鬼神
   二人舞いで、内神屋座だけで舞う鬼神。

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20.手力
   天照大神が天の岩戸にお隠れになったとき箱根山に
   駈け登り、榊を1本根こそぎにし岩戸の前に植え、
   曲玉や鏡を掛けた其の折の舞。
  
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22.芝引
   手力の舞と意味は同じで、榊の葉を引き合って舞う。

   周囲の客とのやり取りが楽しい。榊を客が掴む。
   鬼と引き合いをする。客も必死だ。その様子が
   楽しい。

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21.戸取
   美濃の国の住神戸隠の大明神は天の岩戸の前に参り
   百千八萬才の力を出し天の岩戸を引き破りし時の舞。

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23.御喜恵
   気節を歌った神楽おきえーの御天で餅を搗き神様に
   供えることを歌って舞う。

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25.伊勢神楽
   嶽之枝尾神楽で一番格式の高い神楽で神話と伝説の
   唱行と歌があり宮司の一人舞である。

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26.岩戸舞
   天の岩戸より手力男命が天照大神の御手を取り迎え
   られし神楽で世の中が明るくなった。

   神屋座の外で女性が面を被って相手役を勤める。子供神楽を
   除くと唯一女性が参加する舞だけれど、舞うわけではないが
   なんとも色っぽい。

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27.神粹
   抜き身の太刀を持ち、太刀揃え、乱れ舞い、めぐり舞、
   向かい舞等、悪病退散の舞。朝の目覚まし神楽という。

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28.綱入神楽
   神粹神楽のめぐり舞の時、若い祝子衆が雄綱(大蛇)を
   持って神屋座に乱入する。(芝入神楽と同じ)

   今回乱入するのは、ずっと裏方でお茶や朝食の準備、片付けを
   していた村の女性たちだ。仮装している人もいて、なかなか楽しい。
   「次はあん人をぐるぐる巻きにしよう」などと呟く声が聞こえる。
   最後に神屋座に大蛇を投げ込んだりかなり過激である。

   そう、もう夜が明けて外は少し明るくなっているんです。
   徹夜です。この歳になると少々きつい。

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29.綱問答
   神主と荒神の問答である。芝の問答と同じで仲裁役が
   入り御酒を出して収める。

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30.年の神
   猿田彦命が稗と栗の穂を両手に持ち、年の祝いと作祭りを
   滑稽に舞う神楽でトンカンコウ舞ともいう。

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31.火の神
   火の神神楽で二人で神屋座より台所を廻りながら舞う。

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32.入増
   四人で外神屋で舞う「一神楽」の上ん調の舞方とほぼ同じで、
   右手鈴、左手太刀鞘のままで抜くことはない。

   もうすっかり夜が明けたというか、朝そのものだ。
   12時間以上が経っている。

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カガソ引き(綱引き)
最後に縄を切ってもらい頂く。家に帰って神棚にお供えする。

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33.綱切
   外神屋の前で雄綱(大蛇)を宮司以下祝子が次々に太刀(本物)で
   切る。切った首を持ち上げて「誰それが大蛇の首をあげた」と声高らかに
   告げる。

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34.御笠舞
   4人舞で、他の祝子は全員拝殿の前に立ち注縄の細綱を引き
   「ヨイヤサッサ ヨイヤサッサ」と囃しながら注綱をゆする。

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もう朝の10時近くになっていた。
ここらで失礼する。

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そうそう、振る舞いを紹介しておこう。
こちらは夕食。日本酒が回ってくる。
お蕎麦が美味しい。食べきれないのでご飯類は
紙にくるんで深夜の夜食にした。

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こちらは朝食とその時間帯の様子。
客が少なくなっているのは深夜頃、帰っていった人たちがいるから。
毛布が足元に転がっていたり、なんとなく疲れた様子が
うかがえるし、村人にもようやく終わりが近づいた安堵感が
見て取れる。

あー、神楽を徹夜で見るのも疲れるが写真や資料を見ながら
ブログを書くのも疲れる。なんか宿題のレポートを完成させたような
気分である。あーやっと終わった。万歳




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椎葉村嶽之枝尾夜神楽 その1

.01 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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私が小学校6年になった春に父が椎葉村の小崎小学校の
校長で赴任しました。当然のことながら家族も一緒です。
この地区には2つの神楽が現在も残っていて村人が大切に
しています。私が毎年、春、秋と渓流釣に通っている川の口
はこの地区の最上流部にあります。川の口神楽は今年久しぶりに
開催されたのですが、私の都合がつかず行けませんでした。
その1週間後、嶽之枝尾神社で神楽が開催されましたので
行ってきました。
こちらの集落は椎葉ダムのダム湖が終わるぐらいの位置に
谷を挟んでひあて、ひぞえという二つの集落が一緒になり
ひあてにある嶽之枝尾神社で神楽が毎年行なわれています。

数年前に一度、妹夫婦と一緒に見たときの様子をブログで
紹介しましたので覚えておられる方もあるかと思います。

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12月1日夕方5時に神楽は始まりました。
神社に用意したお祝いを納め、社殿にあがります。
舞が舞われる場所には綺麗な細工の切り紙の下げられ
神聖な結界が作られています。

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1.宮神楽
  神迎えの神楽で宮もと神楽ともいう。神社で奉納する1番目の神楽。

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2.大神神楽
  宮神楽ともいう。各神楽を代表する神楽である。新人はこの神楽から
  練習を始める。基本神楽。

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若手新人の舞を見守る先輩たちの目が厳しい。

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3.注縄立
  注縄のことを「しゅみ山」(須弥山)という。世界で一番高い山と
  いうことで偉大なるものを現している。
  花注縄立の神楽は他の地区には伝承されていない。

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4.注縄の唱行
  内神屋で祓い清め、外神屋に出て、注縄の唱行を唱える。
  剣の広めともいう。
  
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5.宿借
  旅人(山の神)が神楽宿の主人と問答の末、神楽宿を借受ける。
  悪神を払い、村に寿福を授ける神が出現したさまを現す。

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6.注縄誉
  注縄祝の神楽で、内神屋、外神屋で舞う。

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神楽で使用される面

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7.注縄引鬼神
  二人舞で、(荒神でもあり氏神でもある)内神屋で舞い、外神屋で
  注縄を引き、八百萬代の神達を引き集める。

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神楽の合間に
「親父さん今年亡くなられたんやね」
「うちも1月に母が亡くなってね」
とかつての同級生と近況を話す。

小学校6年の1年間だけの同級生が3人村人として参加していた。

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子供神楽(神粹)
 小崎小学校の学童が四名、踊ってくれました。
 実は最初の方の神楽に先生も出ています。
 子供たちの真剣な眼差しに見る方も力が入ります。
 そのうち、一人二人とおひねりが舞台に飛ぶと
 我も我もと子供たちの足元におひねりがたくさん
 飛んできました。
 見ていて、なんかいい風景だなと思います。
 緊張感の中に和やかな雰囲気が暖かく漂い
 とても癒されます。

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子供神楽
  実はこれも子供神楽でした。小学生たちが舞った後、中学生の男の子が
  一人で舞ったのを思い出しました。
  後で写真で見ると大人と見間違えますね。

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餅撒き
  写真そっちのけでいっぱい紅白の餅を拾いました。
  なんか楽しい。みなさんの顔に笑顔が戻ります。
  我が家の冷蔵庫の冷凍室にまだ入っています。
  お雑煮で食べようかな。

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10.一神楽
   神仏混合の時代の神楽といわれ、終わりに神屋座中央に
   太鼓を伏せ、新宮、頭取、舞子が取り囲み、ダラノ経、五方立
   唱え終わる。
   
   この舞、実は1時間ぐらい舞っているのです。途中舞手の顔から
   汗が噴き出し、足がもつれ、周りから励ましの激が飛びます。
   多分、相当な体力を要する舞です。また見ている方は退屈することもなく
   その様子を食い入るように見ているのです。ここでは時間の流れが
   違っているようです。

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12.平手式三番
   前段で平手の舞、後段で刀を抜き、式三番を舞いあげる。

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13.紋神楽
   狩猟と豊作を祝う神楽。矢の手弓の手がある。
   最後に盆の手、神米を撒き散らして終わり。

   お米が撒かれるとこれは餅と違って随分面倒くさい。
   自分の周辺のお米をかき集めるというか手で掃き集める
   のだが、なんだか散らかったお米を掃いて掃除している
気分である。

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14.稲荷神社
   舞初めに歌と唱行あり、農作物の植え付けから虫供養収穫まで
   豊作祝いに稲荷大明神に奉納する格式高い神楽である。

   実はこの舞、途中で若者の乱入を受ける。
   それでも舞続ける。

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15.芝入神楽
   稲荷神楽の後半に稲荷山の時、若い祝子が芝を持って
   神楽を舞う神屋座に乱入する。「ヘイトコ ヘイサ ヘイサッサ」と
   言いながら繰り返し乱入する。
   舞はその都度、途切れるが再び続きを舞う。
   最後は祝子は周囲に座り込んで酒盛りを始める。

   深夜の眠い頃なので、目が覚める。
   なかなか考えられている。
   格調高い舞と乱入者と取り合わせが面白い。

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16.芝問答
   神主と荒神の問答である。初め神主が荒神を罵るため
   荒神が荒れる。仲裁役がはいりお酒が出て終わる。

   神主の長セリフがなかなか大変そうである。
   この神主役も同級生だ。

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17.大神神楽

   神楽宿で舞う大神神楽で2の項目で述べたとおり
   基本神楽で代表的舞。

   時々、トイレにたつ。外からの眺めはこんな具合だ。
   外は開け放たれているので深夜になるとかなり冷え込んでくる。
   石油ストーブがあちこちにたかれている。
   持参した簡易毛布を膝にかけて寒さを凌ぐ。
   今年は暖かくて、それが救いだ。
   神楽はまだまだ続く・・・・・・・・・・




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古大内の鎌踊り

.04 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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本城小学校の運動会で絶滅寸前の千野棒おどりの復活を
見届けた直後、宮日の前田さんから翌日の夜、大束で釜踊りが
あると聞き、和史さんと出かけることにした。
私が写真、和史さんがビデオ撮影。

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国道220号線を榎原方面へ向かっていくと道脇の左奥と
道路沿い、道路の右側と集落が続く。古大内地区である。
ここらでは「フルチ」と呼ぶ。場所は公民館前と聞いたが
まだ誰も来ていない。少し早かったようだ。

裏山が野辺家の墓だというので行ってみる。

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鳥居をくぐり小さな丘に登ると野辺氏の墓が並んでいた。
野辺氏は地頭として串間を1334年~1473年の間
およそ140年間支配。初代久盛が北条氏討伐の恩賞
として櫛間院(串間)と深川院(鹿児島県末吉)の地頭に
任ぜられたのだという。

野辺氏の墓は円墳上に6基立っている。

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平成2年時点で串間で野辺姓を名乗る世帯は、およそ230世帯。
明治4年の苗字許可にあたって、もとの野辺姓に復したのだと
言われている。

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夕方6時を過ぎたあたりから人が三々五々と集まってくる。
6時半、準備を整えた踊り手が勢揃いした。

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6人ひと組で2組12人で踊る。
最初が棒おどりで、後が釜踊り。

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それを休憩を挟んで2回ほど舞った。

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鎌おどりの鎌は一見農具であるが、舞は農作業というより
戦いである。敵の足を払う仕草はスピード感が有り、
キビキビして、見ていて迫力があった。
これは元々は踊りというより武闘訓練に近い。
門外不出の伝統はそれ故かも知れない。
この踊り自身あまり宣伝されないので、いままで
鎌踊りがあることは分かっていてもいつ、どこであるのか
さっぱりわからなかったのである。

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踊りが終わると周りはすっかり暗くなっていた。
お客はすーっと引いていった。
やはり祭りめいていない。
気合の入った緊張感のある踊りであった。





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火祭り

.24 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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都井岬の火祭りに行ってきました。
昨年は撮影主体だったのですが、今回は観光客として
行ってきました。串間に住んでいながら一度も行ったことのない
Hさんを誘い、その車に分乗しましたので、なんとビールも飲めました。

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その日はお昼に何度も雨が降りました。夕方まで
どんよりした雲が垂れこめていて、中止になるのではないかと
心配したのですが、なんとか持ちこたえてくれました。

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会場は都井岬観光ホテル跡地。
夕方4時から様々なイベントがあったようですが
我々が到着したのは7時すぎ。
7時45分に都井の臼太鼓おどり(柱松大おどり)が
始まりました。

この日は風が強く、雲も垂れこめていて
その中を都井岬灯台の灯りがまるで巨大な探照灯の
ようにぐるぐると周りそれが雲の下面を舐めていくさまは
なかなかSFチックです。
時々、雲間から月が覗きます。

涼しい風が吹き渡り、松明の火の粉が時々その風に乗って
観客のいるところに飛んでくるのですが、それさえ
幻想的に見えました。

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御崎神社の宮司さんのお祓いでいよいよ柱松が始まりました。
30mの高さの一点めがけて松明を投げ入れるのですから
なかなか大変です。しかもその日は海からの風が強く
これは時間がかかりそうだと思っていたら、30分経っても
1時間経っても松明が大蛇の口に届きません。

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1時間20分頃だったでしょうか。子供たちの励ましの声も
司会者の女性の掛け声も枯れ始めた頃、一つの松明が
すーっと大蛇の口に入るや、たちまち火花が走り、
次の瞬間、大きな花火が口の辺りから吹き出しました。
大歓声があがります。

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そのあと続けざまに花火が頭上にあがり、エンディングの
柱(大蛇)が地面にドッと倒されます。

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最後に臼太鼓おどりについて昔の文献にこの記事が載っていたので
紹介します。

都井の大(う)おどり

この踊りは今から390余年前、豊臣秀吉が朝鮮征伐即ち
文録の役(1592年)及び慶長の役(1597年)の際、
矢剣を矢旗とし武装のまま大おどりを演じ敵に油断をさせ、
虚に乗じて全滅させたという伝えによるものであります。

とありました。




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