広野で

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広野の新年会に合わせて公民館で
「もぐらもち」の写真展を行った。
その時のお礼にと広野の黒原さんから
焼肉をご馳走するからおいでと
お誘いを受けた。

こういうのは正直嬉しい。

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集落の実情をうかがう。

広野地区は台地の上にある。
川はその大地の下を流れていて
そこから水は引けない。
そこで先人たちは上流からはるばる
水路を作り長い用水を作ってこの台地の上に
水田を開いたのである。

ところがこの用水路はメンテナンスをマメに
しないと大雨や台風で水路に土砂や
落ち葉や折れた木々が流れを塞いでしまう。
だから絶えずメンテナンスが必要なのだ。
ところがどの家も住人が高齢化して
その労役に参加できなくなっている。

するとどうなるか。
目の前に水田がたくさんあるのに
水が引けないから稲が植えられないのだ。

今年は稲作りを諦めたと寂しそうに
おっしゃる。

その日、用事があり、先にこの楽しげな会を
失礼した。帰りにポンカンとお餅と手作りの
漬物をお土産に頂いた。





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串間市民秋まつり

.04 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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もぐらもち

.08 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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大束から3号線をしばらく走り大平地区を左折
日南の酒谷へ抜ける道を走るとすぐに家並みが
道沿いに点在する場所を通る。
ここが広野だ。前回、広野の公民館で「もぐらもち」の
準備をしているところを取材して紹介した。

公民館に車を停め、蘇鉄の会の仲間2人と待ち合わせて
祭りの支度をしている場所に向かう。
いつもは前の道路を通過するだけだがこうして
集落の中に入ってみると意外にも沢山の家々が
小道に沿って奥へと続いていた。

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集落の裏の丘の上に小さな薬師堂が建っている。
坂道沿いに道しるべのように灯りが灯されていた。
聞けば反対側が手すりなしで落ちこんでいる。
メゴスリが仮面をかぶると足元がよく見えないので
落ちると危ないからという配慮なのだという。

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薬師堂の中には前に公民館で作られていた
藁で編まれた様々な道具が並べられ、集落の
若者が年配の人に囲まれ身支度をしている。

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今年のメゴスリ5人衆。地元の若手がこれにあたる。
しかしその若者も年々少なくなってなり手が少ないのが
地元の悩みなのだ。

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身支度が整ったところで下の民家で待っていると
これ食べなさいとおうちの方が煮込みとご飯を
出して下さる。ご馳走になった。田舎独特の味の
よくしみた料理だった。

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えっ、と思って慌ててカメラを構えたが
メゴスリが目の前を過ぎ去った。
慌てて後を追う。

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最初の家の庭先で子供たちの持った稲藁が
激しく地面を打つ。
初めて見る光景に呆然とする。
とにかく子供たちが一生懸命なのだ。
メゴスリへの好奇心や恐怖心がそうさせるのか
必死の形相で地面を打っている子供たちの姿が
普段見せないほどの興奮状態である。

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こうして家を一軒一軒回るのだが
メゴスリは家に着くと玄関の戸をガタガタ言わせた後
部屋に乱入、後は無礼講。家のものに乱暴狼藉を
働く。子供を脅かし、酒を飲み、お金をせびり、
若い女性を押し倒し、家主に挑みかかる。
家の中はご馳走を広げてこの時をドキドキしながら
待っているのだが、過ぎ去ったあとは嵐が過ぎたあと
のようになってしまう。
我々もカメラ片手に勝手に家に入り込み、
ここぞとカメラのシャッターを切るのだが、
初めてのことで何が何やら・・・・・・・

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一歩外に出てみると子供たちが声を枯らしながら
「モグラモーチ・・・・」と叫びながら稲藁を地面に
打ち付けている。

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各家には縁側に季節の花とお供えが置かれている。
終わるとこれらが子供たちに振舞われる。
だから子供たちは手持ちの袋がだんだん貰い物で
重たくなっていくのである。

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私は今回初めてこの「もぐらもち」の奇祭を見る。
これだけ子供がいれば安泰だとそう思って
仲間の一人に尋ねると、実は意外な答えが
帰ってきた。

地元の子供は昔は男の子だけだったという。
それでは追いつかなくなったので女の子も
参加できるようになったのだが、それでも
地元の子供が減ったため、地元出身や
親戚の子供でも参加できることにしたという。
それでも子供の数が減り、今年は公募したのだという。
他の地区の小学生に声をかけて参加を
募ったのだという。
道理で一緒に沢山の父兄がぞろぞろと続いた。

メゴスリになる若手も少なくなるし、
参加する子供も少なくなる。
藁で道具を作るお年寄りも少なくなる。
問題は山積みで祭りの持続は時間の問題なのだ。
私たち「蘇鉄の会」の役割が少しずつはっきりしてくる。

この広野地区だけの問題ではないのだ。

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前半の部が終わり、休憩に入ったところで
私は失礼することにした。これに続いて後半が有り
最後に綱引きまであるという。
普通、メゴスリは後半交代するのだが今年は
そのままあの5人の若者が務めたという。
地元の人に聞くと昔はもっとメゴスリが激しかったという。
今はずいぶん穏やかになったのだそうだ。
昔、見に行った人に話を聞いたら、ひどい目に遭って
二度と行く気にならなかったという。

奇祭といえば奇祭だが、いい祭りだと思った。
なんとか続くように支援していこうと思った。




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市木石波地区綱引き

.04 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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十五夜の日に市木石波地区で綱引きがあるというので
撮影に出かけることにした。
3時半からと聞いて現地を尋ねるとまだ人が少ない。
5時からだという。
おまけにどんなところかと期待していたら、集落の農道の
脇の小さな祠のまわりでどうもある様子。

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ポツポツと人々が稲藁を抱えて集まってくる。
先に来た人から稲藁を解き、細かなくずわらを
取り除き、使える藁束を選別している。
熱心に縄を編んでいる人もいる。

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綱引き用の太い綱をなうのに太鼓と鐘の音に合わせて
集落の古老が歌を歌う。もうこの人しか歌える人が
いないというので歌を録音し歌詞や音を記録している。
歌の伝承は難しいのだ。

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歌に合わせて太縄が編まれていく。新しい藁を
継ぎ足してねじっていく。瞬く間に綱は長く伸びていく。

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十五夜に綱引きというのが私にはさっぱり分からなかった。
なんで?綱引きなの???

少し調べてみた。

大綱引きの正確な由緒や開始時期は不詳ですが、口伝によれば約400年前の江戸時代初めの頃から、伊勢天照御祖神社(通称大石神社)の氏子の人々が名月の夜に綱引きを行ったものと伝わっています。綱引きをしなかった年には悪疫がはやるとの伝説もあり、無病息災・五穀豊穣を祈願して行われた行事であると考えられています。

九州中南部の宮崎、熊本、鹿児島から南島にかけて、旧暦8月15日に綱引を行う。もともと綱引きは日本、朝鮮、東南アジアの地域に多く見られ、主に稲作の吉凶を占う行事であるとされてきた。

十五夜の満月は望月(もちづき)ともいい、その満月は丸いお餅になぞらえることが多いのです。丸いお餅は豊作豊穣の象徴であり、満月もまた同じです。十五夜の祭りに綱引きをするというのはおそらく秋の実りを占い、豊作への願いを込めたものと思われます。
綱引きの綱もまた稲藁で作られますから沢山の稲が自分たちも田に実るようにとの祈りが込められているのでしょう。各地で綱引き神事が残されているところは結構多いのですが本来はそういった豊作祈願の神事のようです。
なかには悪い大蛇を追い出すといった由来が付加されている場合もありますが、これも蛇が卵を飲むように、豊作の象徴の月を飲み込もうとする大蛇を退治することで豊作を願ったと考えることが出来ます。

などとあります。
なるほど「豊作祈願の神事」か

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さて2本編まれた綱の1本を中央部に括りそこに
御幣を立てます。
そこを祠の中心に置いて、さあいよいよ綱引きの
始まりです。

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「はーい、上引いて。・・・・はーい、下引いて。・・・・
はーい、最後に両方で引いて・・・・」とこれで終わりです。
かなり儀式めいた綱引きなのです。

「昔は若者がこの綱引きをめぐってよう喧嘩になりました」と
懐かしげに語る。

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終わったら、皆でこの綱を担いで移動し始めました。
皆で後を追います。

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田んぼに出ました。さらに歩いて、今度は
田んぼの畦を行きます。そしてその一角で
その綱をとぐろ巻きにしてその上に御幣を
2本立てて終わりです。

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とぐろ巻きにされた大縄はまるで大蛇のようですね。

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帰ってくると集落内の農道の三叉路にシートを
広げ、月見の宴が始まりました。

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「どうぞ、入ってください」との声。私も遠慮なく
仲間に加わって一緒にご馳走になり、集落の人たちと
声を交わします。

夕焼けが止んだ頃、少し早めに暇をこい、失礼する。

帰り道、幸島の真上に満月が顔を出した。

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もぐらもち準備

.10 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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串間市の広野地区に「もぐらもち」という奇祭があります。
私もまだ実際にそれを見たことはないのですが
聞いた話では仮面をつけた鬼のような人が各家庭を
回って行くといったような祭りです。でも実際見ると
もっと深いんだと思います。そのもぐらもちの祭りは
来月10月7日に開催されます。

この9月10日(日)に広野の公民館で準備作業があるというので
行ってきました。実は前日、河野さんからみんな行けないから
頼みますという連絡があった。一度も行ったことないのにと
地図を送ってもらいました。

奥に見えるのが広野の公民館です。
なにやら屋外で作業をされているので挨拶して撮影開始です。

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なんだか太い縄をなっているようです。おじさんがそれを
上に引っ張り上げ、他の人たちは稲藁を足しながら
下へ下へなっていきます。

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で、できたのがこれです。何に使われるかさっぱりわかりません。
本番が楽しみです。

公民館の方に行ってみます。

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なんかこの方、黙々と縄をなっています。こちらは細い縄ですね。

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一人黙々とクールに仕事をされています。
こういう人、いますよね。会社なんかでも。
普段、寡黙で、大事な時にぼそっとしゃべる感じ・・・

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その隣ではおばちゃんたちが縄をなっていますが、
こちらは形状が少し違うようです。

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公民館の中に入ってみました。
「ワッ、シブイ・・・・」
いいなあ! こういう風景
こちらは長老格のじっちゃんたちが
マイペースでしかし手際よく草履を作っていました。

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こういうのこんなふうに手際よく作れる人って
だんだんいなくなっているんですよね。
だって、昔は生活必需品だったから必要に
迫られてやっていたから良かったんですが
こんなふうに祭りに使うという目的がなかったら
たちまちのうちになくなってしまうし、できる人も
いなくなるんですよね。
そういう意味では祭りの存在は大きいと思います。

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いいですね。このまま製作者のじっちゃんも
飾っておきたいぐらいです。

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こちらは村の若衆。なにやら一番賑やかです。
藁を束ねてそれを縄でぐるぐる巻きにしているようです。
締めるために縄を引っ張る人、叩く人、軽口を叩きながら
なんとも賑やかな作業です。

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アップで見るとこんな感じです。
で、その隣では、いかにもプロといった感じのおじさんが
その丸太ん棒の端の部分を細工していました。

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どうも右の方に見えるのが完成品のようですね。
ふーん? なんでしょうね?

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ということでこの日、部落の人たちが総出で祭りの準備作業を
やっていたわけなんですが、最近では子供たちも少なくなり
お年寄りも亡くなったりして、祭りの存続が危ぶまれているんです。
なんか準備にしても楽しそうだし、いろんなものを作ることで
手仕事の伝承にもなるし、続けて欲しいものだと思います。

本番の「もぐらもち」楽しみです。




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