もぐらもち

.08 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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大束から3号線をしばらく走り大平地区を左折
日南の酒谷へ抜ける道を走るとすぐに家並みが
道沿いに点在する場所を通る。
ここが広野だ。前回、広野の公民館で「もぐらもち」の
準備をしているところを取材して紹介した。

公民館に車を停め、蘇鉄の会の仲間2人と待ち合わせて
祭りの支度をしている場所に向かう。
いつもは前の道路を通過するだけだがこうして
集落の中に入ってみると意外にも沢山の家々が
小道に沿って奥へと続いていた。

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集落の裏の丘の上に小さな薬師堂が建っている。
坂道沿いに道しるべのように灯りが灯されていた。
聞けば反対側が手すりなしで落ちこんでいる。
メゴスリが仮面をかぶると足元がよく見えないので
落ちると危ないからという配慮なのだという。

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薬師堂の中には前に公民館で作られていた
藁で編まれた様々な道具が並べられ、集落の
若者が年配の人に囲まれ身支度をしている。

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今年のメゴスリ5人衆。地元の若手がこれにあたる。
しかしその若者も年々少なくなってなり手が少ないのが
地元の悩みなのだ。

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身支度が整ったところで下の民家で待っていると
これ食べなさいとおうちの方が煮込みとご飯を
出して下さる。ご馳走になった。田舎独特の味の
よくしみた料理だった。

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えっ、と思って慌ててカメラを構えたが
メゴスリが目の前を過ぎ去った。
慌てて後を追う。

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最初の家の庭先で子供たちの持った稲藁が
激しく地面を打つ。
初めて見る光景に呆然とする。
とにかく子供たちが一生懸命なのだ。
メゴスリへの好奇心や恐怖心がそうさせるのか
必死の形相で地面を打っている子供たちの姿が
普段見せないほどの興奮状態である。

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こうして家を一軒一軒回るのだが
メゴスリは家に着くと玄関の戸をガタガタ言わせた後
部屋に乱入、後は無礼講。家のものに乱暴狼藉を
働く。子供を脅かし、酒を飲み、お金をせびり、
若い女性を押し倒し、家主に挑みかかる。
家の中はご馳走を広げてこの時をドキドキしながら
待っているのだが、過ぎ去ったあとは嵐が過ぎたあと
のようになってしまう。
我々もカメラ片手に勝手に家に入り込み、
ここぞとカメラのシャッターを切るのだが、
初めてのことで何が何やら・・・・・・・

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一歩外に出てみると子供たちが声を枯らしながら
「モグラモーチ・・・・」と叫びながら稲藁を地面に
打ち付けている。

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各家には縁側に季節の花とお供えが置かれている。
終わるとこれらが子供たちに振舞われる。
だから子供たちは手持ちの袋がだんだん貰い物で
重たくなっていくのである。

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私は今回初めてこの「もぐらもち」の奇祭を見る。
これだけ子供がいれば安泰だとそう思って
仲間の一人に尋ねると、実は意外な答えが
帰ってきた。

地元の子供は昔は男の子だけだったという。
それでは追いつかなくなったので女の子も
参加できるようになったのだが、それでも
地元の子供が減ったため、地元出身や
親戚の子供でも参加できることにしたという。
それでも子供の数が減り、今年は公募したのだという。
他の地区の小学生に声をかけて参加を
募ったのだという。
道理で一緒に沢山の父兄がぞろぞろと続いた。

メゴスリになる若手も少なくなるし、
参加する子供も少なくなる。
藁で道具を作るお年寄りも少なくなる。
問題は山積みで祭りの持続は時間の問題なのだ。
私たち「蘇鉄の会」の役割が少しずつはっきりしてくる。

この広野地区だけの問題ではないのだ。

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前半の部が終わり、休憩に入ったところで
私は失礼することにした。これに続いて後半が有り
最後に綱引きまであるという。
普通、メゴスリは後半交代するのだが今年は
そのままあの5人の若者が務めたという。
地元の人に聞くと昔はもっとメゴスリが激しかったという。
今はずいぶん穏やかになったのだそうだ。
昔、見に行った人に話を聞いたら、ひどい目に遭って
二度と行く気にならなかったという。

奇祭といえば奇祭だが、いい祭りだと思った。
なんとか続くように支援していこうと思った。




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市木石波地区綱引き

.04 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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十五夜の日に市木石波地区で綱引きがあるというので
撮影に出かけることにした。
3時半からと聞いて現地を尋ねるとまだ人が少ない。
5時からだという。
おまけにどんなところかと期待していたら、集落の農道の
脇の小さな祠のまわりでどうもある様子。

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ポツポツと人々が稲藁を抱えて集まってくる。
先に来た人から稲藁を解き、細かなくずわらを
取り除き、使える藁束を選別している。
熱心に縄を編んでいる人もいる。

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綱引き用の太い綱をなうのに太鼓と鐘の音に合わせて
集落の古老が歌を歌う。もうこの人しか歌える人が
いないというので歌を録音し歌詞や音を記録している。
歌の伝承は難しいのだ。

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歌に合わせて太縄が編まれていく。新しい藁を
継ぎ足してねじっていく。瞬く間に綱は長く伸びていく。

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十五夜に綱引きというのが私にはさっぱり分からなかった。
なんで?綱引きなの???

少し調べてみた。

大綱引きの正確な由緒や開始時期は不詳ですが、口伝によれば約400年前の江戸時代初めの頃から、伊勢天照御祖神社(通称大石神社)の氏子の人々が名月の夜に綱引きを行ったものと伝わっています。綱引きをしなかった年には悪疫がはやるとの伝説もあり、無病息災・五穀豊穣を祈願して行われた行事であると考えられています。

九州中南部の宮崎、熊本、鹿児島から南島にかけて、旧暦8月15日に綱引を行う。もともと綱引きは日本、朝鮮、東南アジアの地域に多く見られ、主に稲作の吉凶を占う行事であるとされてきた。

十五夜の満月は望月(もちづき)ともいい、その満月は丸いお餅になぞらえることが多いのです。丸いお餅は豊作豊穣の象徴であり、満月もまた同じです。十五夜の祭りに綱引きをするというのはおそらく秋の実りを占い、豊作への願いを込めたものと思われます。
綱引きの綱もまた稲藁で作られますから沢山の稲が自分たちも田に実るようにとの祈りが込められているのでしょう。各地で綱引き神事が残されているところは結構多いのですが本来はそういった豊作祈願の神事のようです。
なかには悪い大蛇を追い出すといった由来が付加されている場合もありますが、これも蛇が卵を飲むように、豊作の象徴の月を飲み込もうとする大蛇を退治することで豊作を願ったと考えることが出来ます。

などとあります。
なるほど「豊作祈願の神事」か

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さて2本編まれた綱の1本を中央部に括りそこに
御幣を立てます。
そこを祠の中心に置いて、さあいよいよ綱引きの
始まりです。

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「はーい、上引いて。・・・・はーい、下引いて。・・・・
はーい、最後に両方で引いて・・・・」とこれで終わりです。
かなり儀式めいた綱引きなのです。

「昔は若者がこの綱引きをめぐってよう喧嘩になりました」と
懐かしげに語る。

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終わったら、皆でこの綱を担いで移動し始めました。
皆で後を追います。

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田んぼに出ました。さらに歩いて、今度は
田んぼの畦を行きます。そしてその一角で
その綱をとぐろ巻きにしてその上に御幣を
2本立てて終わりです。

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とぐろ巻きにされた大縄はまるで大蛇のようですね。

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帰ってくると集落内の農道の三叉路にシートを
広げ、月見の宴が始まりました。

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「どうぞ、入ってください」との声。私も遠慮なく
仲間に加わって一緒にご馳走になり、集落の人たちと
声を交わします。

夕焼けが止んだ頃、少し早めに暇をこい、失礼する。

帰り道、幸島の真上に満月が顔を出した。

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もぐらもち準備

.10 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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串間市の広野地区に「もぐらもち」という奇祭があります。
私もまだ実際にそれを見たことはないのですが
聞いた話では仮面をつけた鬼のような人が各家庭を
回って行くといったような祭りです。でも実際見ると
もっと深いんだと思います。そのもぐらもちの祭りは
来月10月7日に開催されます。

この9月10日(日)に広野の公民館で準備作業があるというので
行ってきました。実は前日、河野さんからみんな行けないから
頼みますという連絡があった。一度も行ったことないのにと
地図を送ってもらいました。

奥に見えるのが広野の公民館です。
なにやら屋外で作業をされているので挨拶して撮影開始です。

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なんだか太い縄をなっているようです。おじさんがそれを
上に引っ張り上げ、他の人たちは稲藁を足しながら
下へ下へなっていきます。

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で、できたのがこれです。何に使われるかさっぱりわかりません。
本番が楽しみです。

公民館の方に行ってみます。

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なんかこの方、黙々と縄をなっています。こちらは細い縄ですね。

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一人黙々とクールに仕事をされています。
こういう人、いますよね。会社なんかでも。
普段、寡黙で、大事な時にぼそっとしゃべる感じ・・・

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その隣ではおばちゃんたちが縄をなっていますが、
こちらは形状が少し違うようです。

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公民館の中に入ってみました。
「ワッ、シブイ・・・・」
いいなあ! こういう風景
こちらは長老格のじっちゃんたちが
マイペースでしかし手際よく草履を作っていました。

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こういうのこんなふうに手際よく作れる人って
だんだんいなくなっているんですよね。
だって、昔は生活必需品だったから必要に
迫られてやっていたから良かったんですが
こんなふうに祭りに使うという目的がなかったら
たちまちのうちになくなってしまうし、できる人も
いなくなるんですよね。
そういう意味では祭りの存在は大きいと思います。

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いいですね。このまま製作者のじっちゃんも
飾っておきたいぐらいです。

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こちらは村の若衆。なにやら一番賑やかです。
藁を束ねてそれを縄でぐるぐる巻きにしているようです。
締めるために縄を引っ張る人、叩く人、軽口を叩きながら
なんとも賑やかな作業です。

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アップで見るとこんな感じです。
で、その隣では、いかにもプロといった感じのおじさんが
その丸太ん棒の端の部分を細工していました。

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どうも右の方に見えるのが完成品のようですね。
ふーん? なんでしょうね?

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ということでこの日、部落の人たちが総出で祭りの準備作業を
やっていたわけなんですが、最近では子供たちも少なくなり
お年寄りも亡くなったりして、祭りの存続が危ぶまれているんです。
なんか準備にしても楽しそうだし、いろんなものを作ることで
手仕事の伝承にもなるし、続けて欲しいものだと思います。

本番の「もぐらもち」楽しみです。




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柱松まつり

.02 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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串間には先日紹介した都井岬の火まつりと同じ
祭りがもう一つある。市木の柱松まつりである。
私は今回見るのが初めてなのだが、蘇鉄の会では
一昨年から取材し続けている。

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夕方出かけて行くと会場はご覧のようになかなかの賑わいである。
この地区は移住者が殊の他多い地区である。
そんな関係で幼稚園や小学生の父兄が中心になってすすめる
露天や催しはなかなか活気がある。
子供たちが賑やかなのは地区に未来があるということなのだ。

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ここの柱松祭りは都井岬と違い、始まってから住民の手で
柱松を立ち上げるのである。高さは都井岬より少し低い。
水平に地上に置かれた柱松を観察するとやはり長い。
どうやって持ち上げるというのか、楽しみである。

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子供たちの演技や大人の演舞、カラオケ大会が続く。

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陽が西の空に沈み、夕焼けで空が赤く染まる。

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辺りが暗くなると南の空に上がった月が目立って見える。
舞台も熱を帯びてくる。

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実は数週間前、テレビ局(MRT)から蘇鉄の会へ取材の申し入れが
あった。市木の柱松まつりを「日本の祭り」35の中の一つとして
放映したいとのこと、ついては地元で祭りの保存や支援をしている
団体があればそのグループの目を通して祭りを取材したいという。
8月の蘇鉄の会の定例にも撮影にやってきて会議の様子を撮って
いった。先日の都井岬の火まつりも一緒に取材した。
そして、この日も我々も取材されたが我々自身も4人で出向き
祭りを取材した。

放送されるのは今年9月30日(土)午後3時から55分間。

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勢子たちの手によって柱松が少しずつ立ち上がっていく。
これは予想以上に興奮します。人力でやるというのが
やはりすごいですね。

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神主さんの祝詞の後、勢子の持つ松明に火がつき
いよいよツトへ向けて投げ入れ開始です。

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結構、この時間が長いんです。がやがて松明の一本が
ツトの上に乗ります。そして火花が・・・・

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最後に柱松が倒されて祭りは終了します。




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都井岬火祭り

.26 2017 祭り comment(0) trackback(0)
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仕事を辞めて、串間に帰ってきた年の夏に家内と
都井岬火祭りを初めて見に行った。その時以来
一度も行っていない。
蘇鉄の会で昨年からこの火祭りというか臼太鼓踊りを
撮影しながら地元の人達を応援している。
昨年は娘が初出産で富山に娘の産後の手助けに行っていて
火祭には行けなかった。

今年は8月25日、26日と二日間あったのだが、申請書の方が
忙しくもあり、25日一日だけ撮影に出かけた。

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夕方、会場を眺めていると都井の子供たちがバスで
やってきた。小学生、中学生、都井中学校を卒業した
高校生や高専生。それに地元の青年や大人、おばちゃんたち
出番は暗くなった後半なのだが、本番前の緊張感が漂う。

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御神木の足元にはこのように祭壇が作られていて
最後の火まつりが始まる前に都井神社の宮司が
ここで祝詞をあげ祭りは始まります。

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夕方から暗くなるまでは舞台でいろんな催しがあります。

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会場の西の端からは志布志湾が望めます。
対岸には大隅半島。この日も夕陽、夕焼けが
とても綺麗でした。

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会場もお客さんがたくさん入って賑わってきました。

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臼太鼓踊りの舞手たちは衣装を着替え、支度をして
本番を待ちます。浴衣を着て笠をかぶると
男性も女性も、小学生もおばちゃんも区別がつきません。

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いよいよ本番。本番前に全員集合して注意事項が
もう一度申し渡されます。

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緊張感が伝わってきますね。会場入口に勢ぞろいした
ところです。

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会場で御神木の周りに輪になって歌が始まり
練習を思い出して、注意事項を思い出して
臼太鼓踊りが始まりました。
夕闇の中に松明の火がゆらめき
踊り手の打ち鳴らす鐘の音が響き渡ります。

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踊りはあっという間に終わりました。
でも暑い最中、地区の体育館で汗を流して
何日も何日も練習して頑張っていた光景を
見ている者にはひとしお感慨深いものがあります。

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いよいよ最後の出し物。今年で51回目を迎える都井岬
火まつり、もとは都井の宮原地区の「宮原地区十五夜柱松」
として行われていたものです。地区の人口が減り、周りの地区が
支援することで今では都井の祭りとして定着していますが
都井岬での火まつりとして51回ということですから
相当歴史の古い祭りなのだと思います。

火祭の起源は昔、都井の宮原地区が沼地であった頃
そこに住み着いた大蛇が人や家畜に危害を加えていた。
それを村人が退治しようとしたのですがうまい方法が
思い浮かばない。それを見かねた真光寺の住職で衛徳坊という
勇敢なお坊さんが先頭に立ち大蛇退治をすることになりました。
蛇は火を恐れることから、火攻めの戦法を取ることにし、
勢子全員が手に手に松明を持ち、各方面から大蛇を狩り立てます。
穴に逃げ込んだ大蛇の口に松明を投げ入れ空に十字を切り
呪文を唱えると、大蛇は口から火炎のような血潮を吹き出して
息絶えました。

この大蛇退治の様子を再現したのがこの火祭なのです。

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勢子は手に松明を持ち都井神社の神主さんの祝詞の後
大蛇に見立てた御神木の上部のツト(口径40cmの茅の束、
大蛇の口を表し、中に花火が仕掛けられている)に松明を
投げ入れる。高さは30mあり、見ているとなかなか入りそうに
ないが、大体30~40分くらいで入る。

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勢子が次々に松明を投げ入れる。
なかなか勇壮である。

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そしてついに1本の松明がツトの上に乗る。
しばらくくすぶっているが、花火に火がつき
どよめきの中でやがて大蛇に見立てた御神木は
倒れる。

何度見てもドキドキワクワクします。




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