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椎葉村嶽之枝尾夜神楽 その2

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椎葉村嶽之枝尾夜神楽 その1

.01 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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私が小学校6年になった春に父が椎葉村の小崎小学校の
校長で赴任しました。当然のことながら家族も一緒です。
この地区には2つの神楽が現在も残っていて村人が大切に
しています。私が毎年、春、秋と渓流釣に通っている川の口
はこの地区の最上流部にあります。川の口神楽は今年久しぶりに
開催されたのですが、私の都合がつかず行けませんでした。
その1週間後、嶽之枝尾神社で神楽が開催されましたので
行ってきました。
こちらの集落は椎葉ダムのダム湖が終わるぐらいの位置に
谷を挟んでひあて、ひぞえという二つの集落が一緒になり
ひあてにある嶽之枝尾神社で神楽が毎年行っています。

数年前に一度、妹夫婦と一緒に見たときの様子をブログで
紹介しましたので覚えておられる方もあるかと思います。

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12月1日夕方5時に神楽は始まりました。
神社に用意したお祝いを納め、社殿にあがります。
舞が舞われる場所には綺麗な細工の切り紙の下げられ
神聖な結界が作られています。

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1.宮神楽
  神迎えの神楽で宮もと神楽ともいう。神社で奉納する1番目の神楽。

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2.大神神楽
  宮神楽ともいう。各神楽を代表する神楽である。新人はこの神楽から
  練習を始める。基本神楽。

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若手新人の舞を見守る先輩たちの目が厳しい。

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3.注縄立
  注縄のことを「しゅみ山」(須弥山)という。世界で一番高い山と
  いうことで偉大なるものを現している。
  花注縄立の神楽は他の地区には伝承されていない。

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4.注縄の唱行
  内神屋で祓い清め、外神屋に出て、注縄の唱行を唱える。
  剣の広めともいう。
  
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5.宿借
  旅人(山の神)が神楽宿の主人と問答の末、神楽宿を借受ける。
  悪神を払い、村に寿福を授ける神が出現したさまを現す。

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6.注縄誉
  注縄祝の神楽で、内神屋、外神屋で舞う。

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神楽で使用される面

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7.注縄引鬼神
  二人舞で、(荒神でもあり氏神でもある)内神屋で舞い、外神屋で
  注縄を引き、八百萬代の神達を引き集める。

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神楽の合間に
「親父さん今年亡くなられたんやね」
「うちも1月に母が亡くなってね」
とかつての同級生と近況を話す。

小学校6年の1年間だけの同級生が3人村人として参加していた。

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子供神楽(神粹)
 小崎小学校の学童が四名、踊ってくれました。
 実は最初の方の神楽に先生も出ています。
 子供たちの真剣な眼差しに見る方も力が入ります。
 そのうち、一人二人とおひねりが舞台に飛ぶと
 我も我もと子供たちの足元におひねりがたくさん
 飛んできました。
 見ていて、なんかいい風景だなと思います。
 緊張感の中に和やかな雰囲気が暖かく漂い
 とても癒されます。

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8.御高屋誉
  太鼓を打ちながら五方位(東、西、南、北、中中方)の唱行を唱え、
  又太鼓打ちの音頭に合わせて祝子と共に誉める。

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紅白の餅撒き
  写真そっちのけでいっぱい餅を拾いました。
  なんか楽しい。みなさんの顔に笑顔が戻ります。

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古大内の鎌踊り

.04 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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本城小学校の運動会で絶滅寸前の千野棒おどりの復活を
見届けた直後、宮日の前田さんから翌日の夜、大束で釜踊りが
あると聞き、和史さんと出かけることにした。
私が写真、和史さんがビデオ撮影。

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国道220号線を榎原方面へ向かっていくと道脇の左奥と
道路沿い、道路の右側と集落が続く。古大内地区である。
ここらでは「フルチ」と呼ぶ。場所は公民館前と聞いたが
まだ誰も来ていない。少し早かったようだ。

裏山が野辺家の墓だというので行ってみる。

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鳥居をくぐり小さな丘に登ると野辺氏の墓が並んでいた。
野辺氏は地頭として串間を1334年~1473年の間
およそ140年間支配。初代久盛が北条氏討伐の恩賞
として櫛間院(串間)と深川院(鹿児島県末吉)の地頭に
任ぜられたのだという。

野辺氏の墓は円墳上に6基立っている。

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平成2年時点で串間で野辺姓を名乗る世帯は、およそ230世帯。
明治4年の苗字許可にあたって、もとの野辺姓に復したのだと
言われている。

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夕方6時を過ぎたあたりから人が三々五々と集まってくる。
6時半、準備を整えた踊り手が勢揃いした。

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6人ひと組で2組12人で踊る。
最初が棒おどりで、後が釜踊り。

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それを休憩を挟んで2回ほど舞った。

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鎌おどりの鎌は一見農具であるが、舞は農作業というより
戦いである。敵の足を払う仕草はスピード感が有り、
キビキビして、見ていて迫力があった。
これは元々は踊りというより武闘訓練に近い。
門外不出の伝統はそれ故かも知れない。
この踊り自身あまり宣伝されないので、いままで
鎌踊りがあることは分かっていてもいつ、どこであるのか
さっぱりわからなかったのである。

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踊りが終わると周りはすっかり暗くなっていた。
お客はすーっと引いていった。
やはり祭りめいていない。
気合の入った緊張感のある踊りであった。





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火祭り

.24 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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都井岬の火祭りに行ってきました。
昨年は撮影主体だったのですが、今回は観光客として
行ってきました。串間に住んでいながら一度も行ったことのない
Hさんを誘い、その車に分乗しましたので、なんとビールも飲めました。

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その日はお昼に何度も雨が降りました。夕方まで
どんよりした雲が垂れこめていて、中止になるのではないかと
心配したのですが、なんとか持ちこたえてくれました。

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会場は都井岬観光ホテル跡地。
夕方4時から様々なイベントがあったようですが
我々が到着したのは7時すぎ。
7時45分に都井の臼太鼓おどり(柱松大おどり)が
始まりました。

この日は風が強く、雲も垂れこめていて
その中を都井岬灯台の灯りがまるで巨大な探照灯の
ようにぐるぐると周りそれが雲の下面を舐めていくさまは
なかなかSFチックです。
時々、雲間から月が覗きます。

涼しい風が吹き渡り、松明の火の粉が時々その風に乗って
観客のいるところに飛んでくるのですが、それさえ
幻想的に見えました。

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御崎神社の宮司さんのお祓いでいよいよ柱松が始まりました。
30mの高さの一点めがけて松明を投げ入れるのですから
なかなか大変です。しかもその日は海からの風が強く
これは時間がかかりそうだと思っていたら、30分経っても
1時間経っても松明が大蛇の口に届きません。

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1時間20分頃だったでしょうか。子供たちの励ましの声も
司会者の女性の掛け声も枯れ始めた頃、一つの松明が
すーっと大蛇の口に入るや、たちまち火花が走り、
次の瞬間、大きな花火が口の辺りから吹き出しました。
大歓声があがります。

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そのあと続けざまに花火が頭上にあがり、エンディングの
柱(大蛇)が地面にドッと倒されます。

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最後に臼太鼓おどりについて昔の文献にこの記事が載っていたので
紹介します。

都井の大(う)おどり

この踊りは今から390余年前、豊臣秀吉が朝鮮征伐即ち
文録の役(1592年)及び慶長の役(1597年)の際、
矢剣を矢旗とし武装のまま大おどりを演じ敵に油断をさせ、
虚に乗じて全滅させたという伝えによるものであります。

とありました。




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愛宕まつり

.23 2018 祭り comment(0) trackback(0)
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7月23日は愛宕祭りだ。23日と決まっていて、曜日は
関係ない。そこがいいのかもしれない。子供たちは
その日にちをよく覚えている。

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私の記憶の中にもこの祭りだけははっきりと刻まれていて、
子供たちの高揚感がよくわかるのだ。小学生は小学生なりに
中学生は中学生なりに、ワクワク感が少し違うが

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その日、Tさんと暗くなってから写真撮りに行こうかと
19時30分に市役所の下で待ち合わせをした。

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前日まで雨が降り、いやな天気だったのだが
この日は朝からいい天気だった。天気になったのは
良かったのだが日中の気温が上がるのは閉口した。
その夜はこの時間になっても暑かった。

午後、翌日のために「はがき随筆作品集」を焼いておこうと
印刷所へ行ったら、15時30分過ぎたら愛宕祭りの準備に
行かねばならないからと時間を切られた。
聴けば主催者の仲町商店街の顔ぶれも若手に引き継いで
今はすこし準備も楽になったという。
なるほど少し顔ぶれが変わっている。

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愛宕まつりというのはよく考えたら不思議な祭りだ。
旧吉松住宅の南隣にある。小さな広場とその奥の
竹林の中にある小さな祠。それが愛宕さんである。
1年に1回だけこの日7月23日だけ門が開き
そこを参拝することができる。
特になにか霊験あらたかであるとか、由緒正しい
歴史があるとかそういう話はついぞ聞かない。
仲町商店街がまだ賑わっていた頃、夏のイベントで
始めたことではなかったかと思うのだが、
それがいまでも続いているのが不思議なくらい
賑わうのである。多分、串間で一番賑わう祭りでは
なかろうか。

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境内の入ったところに主催者が設置したクジがあって、
参拝客はお参りしたら引けるようになっている。
子供の頃はこれが楽しみだった。

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例年、愛宕神社の前の古い家を使って青年団が
お化け屋敷をやっていて、子供たちにはこれが好評で
あった。そこが市民広場になるというので解体されて
更地になってしまった。今年どうするのかと思っていたら
その斜め向かいの建物を使って今年もお化け屋敷は
オープンしている。相変わらず子供たちにはすごい人気だ。

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知り合いに会えばビールでも飲むかと思ったが
ついぞ知り合いには会わない。

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豚肉の串焼きを売っているお店で小さな子豚のおもちゃが
茶目っ気たっぷりだ。正面側から撮ったら、子豚が
「買ってね、おいしいよ」と呼び込みをしているようで
あったのに、側面から撮ったら、「ぼくを食べないで」と
まるで哀願しているように見えた。

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1時間も歩いたろうか。この時間になると人波が
すーっと引くのが分かる。子供連れの親も引き時を
心得ていて、未練の残る子供の手を引いて家路を
急ぐ。Tさんに別れを告げ、私も家路を辿る。
何かビールのつまみを買って帰ろうかとも思ったが
何も買わずに帰った。




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