竹生島

.15 2013 西国三十三ヶ所めぐり comment(2) trackback(0)
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大阪にいたころ、由紀子と西国三十三か所めぐりを始めたのだが、宮崎に引っ越して途絶えてしまった。今回、どこか1か所でいいから行ってみたいと考えていた。ミイ(上の娘)が休みの日に一緒に行くというので西か東の遠い場所を探した。行きたいけれどなかなか行けない場所。琵琶湖に浮かぶ竹生島に行くことにした。

朝、7時に車で家を出て名神高速道路を一路東へ。船は彦根、長浜から出ている。彦根港9時30分発。40分で竹生島到着。


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断崖絶壁で孤高な雰囲気が漂う周囲2Kmの竹生島は古来より「神の住む島」として尊ばれ、社寺関係者以外は住むことを許されなかった島だ。島には宝厳寺と都久夫須麻神社があり、神仏習合の聖域であった。ここが西国三十三カ所めぐりの第30番巌金山宝厳寺なのである。

船着き場からすぐのところに土産物屋が並び最初の鳥居をくぐると急な階段が上へと続く。 


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長い石段を登り切った境内左奥に本堂が建つ。多くの参拝客でにぎわっている。白装束の団体が私たちと行き違いになった。参拝した後、ミイが御朱印帳を新規に始めたいと購入する。私は由紀子とマーと一緒に行った1番寺那智山青岸渡寺(那智大社の隣)で購入した御朱印帳を久しぶりに取り出す。並んで御朱印をもらうのはいつも由紀子の役目だった。蝉がまるで盛夏のように激しく鳴いていた。長い階段を下りていく前方から湖上の涼しい初秋の風が二人の間をすり抜けてゆく。

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竹生島滞在時間は70分、帰りの船で彦根港に着いたのは12時。湖岸を南に下り近江八幡市にある長命寺に向かう。第31番姨綺耶山長命寺は1900年もの長い歴史を持つ古刹。道路わきに駐車場があり、お店がある。そこがどうやら参道の始まりらしい。階段が808段あるという。二人で喘ぎながら登る。階段は約100段単位くらいで先が見通せないように配置されていて、最後の直線になった時に上のほうに山門が見えてきた。

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境内は三重塔が工事中でちょっと落ち着かない。本堂でお参りを済ませ御朱印を頂く。木々の間から琵琶湖の美しい景観が見える。帰りの階段はちょっと怖い。が100段くらい下りたところに駐車場があり、そこへ上がる車道を下りることにした。頑張って徒歩で上がらないで車で上がれたのだと知ったが後の祭り。しかしこの808段の階段は健康長寿のご利益があるとのことですから結果よかったのかもしれません。

実は近くに第32番観音正寺があるのですが、ミイがどうも慣れないお寺参りに疲れたようでここらでお寺参りは切り上げました。前から「安土城」が見たいというので見せてやると安土城考古学博物館へ向かった。


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道中の左側の山に安土城址の看板が見える。右折して考古学博物館へ向かう。博物館は抜かして「信長の館」へ向かう。ここには安土城の天守閣の上層2段の原寸模型が展示されていてそれを見学できるのである。下段が朱塗りの八角形その上に黄金の天守閣が乗る。きらびやかな天守から信長の生前よく歌った幸若舞「敦盛」の一節が聞こえてくる気がします。

人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか



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第二十三番 応頂山 勝尾寺

.03 2012 西国三十三ヶ所めぐり comment(0) trackback(0)
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 昨年最期に三十三ヶ所めぐりをしたのはどこだったか。御朱印帳をめくると10月29日、西国第九番 南円堂とある。随分間が開いた。再会しようにも後がない。そんなわけで身近なところで前は何度も通るが中に入ったことがない箕面の勝尾寺を2月25日に一人で訪れた。

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寺は建物や庭が驚くほど広いがよく整備されている。入ってすぐの池と表参道は最近整備されたようで一見すると新興の寺のように見えるが歴史は実に古い。箕面の滝との関連が那智の滝青岸渡寺の関係に似ていて面白い。

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この寺の歴史は古い。727年、双子の善仲・善算両上人がこの地に草庵を結んだのが始まり。765年には、桓武天皇の兄開成が善仲・善算とともに大般若経六百巻を埋蔵して、一堂を建立し弥勒寺と名付けた。その後、行巡上人清和天皇の病気平癒の祈願をし、その効験があったことから、王に勝った寺として「勝王寺」の寺名を賜るが寺側は王を尾に変えて勝尾寺と呼ぶようになった。

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源氏、足利など時代の覇者たちが勝運を祈願し、以来人生全てに「勝つ」寺として勝運信仰の歴史をたどってきた。

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勝ちダルマは、願い事を念じて片目を入れ、願い事が叶うともう一方の目を入れて寺に奉納すると言うもの。いたるところにダルマが見られる。おみくじも実は紅白のダルマでおみくじが内蔵されている。塀の上の瓦に並んだ達磨はユーモラスである。

第九番 興福寺南円堂

.08 2011 西国三十三ヶ所めぐり comment(0) trackback(0)
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 興福寺にある南円堂西国三十三ヶ所の第九番寺である。国宝の不空羂索観世音菩薩を安置し、西国観音霊場としてお参りの人々で賑わっている。南側の階段からアクセスすると興福寺とはまた異なる風情を持つ。

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 すぐ裏にある三重塔が一般公開されていた。可愛いサイズの塔である。此処から南円堂は見上げる位置にある。

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 南円堂の創建は813年藤原冬嗣が父内麻呂の追善供養のために建てたものである。特に権勢を誇った北家ゆかりの堂であるだけに興福寺の中では重要な位置を占めた。現在の南円堂は5代目で江戸時代中頃に再建された。

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 春日大社に向かって建つ南円堂は、直径15mの一重本瓦葺き、頂に宝珠がそびえる朱塗りも鮮やかな八角円堂である。国の重要文化財に指定される建造物の一つで、平成9年に大修理を終えた。

番外 東光山 花山院(菩提寺)

.12 2011 西国三十三ヶ所めぐり comment(0) trackback(0)
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 西国三十三ヶ所めぐりには番外の寺が二つある。番外は当然34番目と35番目の寺で33の寺に準ずるのであろうと勝手に思い込んでいた。ところがこの二つの番外寺こそが西国三十三ヶ所めぐりという過去に出来上がった三十三ヶ所の巡礼の起源に深く関わっているのです。 

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 西国三十三ヶ所巡礼は、長谷寺の徳道上人によって始まったと伝わる。718年、徳道上人は夢の中の閻魔大王に「世に苦しみ悩む人々を救うため三十三ヶ所の観音霊場を作り参拝を広めよ」とのお告げを聞く。そこで上人は畿内に三十三ヶ所の霊場を設けて巡礼し、その功徳を説いて回った。がその後巡礼は廃れる。

 988年、在位2年で法皇となった花山法皇は西国観音霊場を巡拝した。以降、長らく中断していた巡礼が人々に広まる。故に花山法皇は中興の祖と呼ばれる事になる。


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 この2人を祀った寺が番外寺である。法起院には徳道上人廟があり。花山院には花山法皇廟がある。

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 好天に恵まれ眼下には有馬富士を筆頭に播州の小高い山々が連なっている。 

第25番 御嶽山 清水寺

.11 2011 西国三十三ヶ所めぐり comment(0) trackback(0)
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三日連休でしかも秋晴れときている。どこにも行かない手はない。悠紀さんを誘ったがどうも気乗りしない様子。大山辺りまでドライブしたかったのだが日帰りではちょっと遠い。結局、丹波の黒豆を買いに丹波辺りに行ってみることにする。甚だ不謹慎ではあるのだが、こんな時「西国三十三ヶ所めぐり」が救いだ。最近、パソコンや車でトラブル続きだし、此処は一つ厄払いをかねて、一人でお寺参りをすることにした。

 いつものように亀岡に出て国道372号線を一路西へ篠山市を抜け加東市へ入った辺りで脇道へ入る。1本手前で入ったため、少し遠回りになってしまった。「あれ、此処は」見覚えのある陶芸の村立杭に紛れ込んでしまった。立ち寄りたいところではあるが、今日はちょっと我慢。東条川の上流、大川瀬ダムのダム湖に沿って西進。ようやくたどり着いたと思ったら、とんでもない坂道を延々と登りやっと山門の前の駐車場にたどり着いた。


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 このお寺は参拝すると分かるのだが建物が全体に新しい。だが調べてみると恐ろしく歴史は古い。度重なる台風、落雷、火災で諸堂が焼失。現在たっている建物の多くは大正、昭和期に再建されたものである。どう古いかというと、今から1800年前、インド渡来の法道仙人がこの山で祈願したのが始まりで627年推古天皇の命で根本中堂が建立され、内部に十一面観世音、毘沙門天、吉祥天女の聖像が安置された。

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 更に、725年、聖武天皇の命により行基が大講堂を建立し、千手観音を本尊とした。この後訪れる花山院に縁の花山法皇988年巡礼された折西国霊場となり数々の堂塔が立てられ発展した。 

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 帰りの森の中に月見台があった。丸い窓がおしゃれである。そうそう、本尊の十一面観世音像は秘仏で30年に一度の開扉だそうです。

 ちなみに、丹波地方の紅葉はまだまだでした。
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