よかむん市

.18 2018 街歩き comment(0) trackback(0)
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月1回商工会議所の前で開かれる「よかむん市」が
日曜日の朝に開かれた。久しぶりに行ってみる。

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知り合いに出会えれば、ちょっと話し込んだりする。
それに
たまには朝食を作らずにうどんを食べたり、パンを
買ったりする。その日はあいにくうどん屋さんがいなかった。
いつものように白と黒の太鼓焼きを買った。
チリメンジャコもなくなっていたので買った。
おまけしてくれるので嬉しい。焼き魚などもたまに
買ったりするがついつい買いすぎると食べ損なってしまう。
賞味期限がすぐに来てしまうのである。
できるだけ控えめに、まるで主婦感覚である。

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宮日のMさんが今日は家族連れで朝食を
摂っている。ちょっとだけ話をする。

一通り見渡して市を後にした。
ちょっと物足りなくはあるが、こういうのは
続けることが大切なんだろうな。
こういう市がうまくいかないと道の駅が
できてもうまくいかないのではと心配になる。

何もない街だから日曜日の朝を楽しむ
仕掛けが必要な気もするが市民側も
日曜日の朝を豊かに過ごすための手立てを
日頃から考えていかないと両者は
いい関係を保てない。





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集落探訪ー赤池奥

.24 2018 街歩き comment(0) trackback(0)
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赤池は渓谷にある滝や甌穴、柱状節理の川壁などで
観光地としても有名なところです。それらは
約2万5000年前におきた、姶良大噴火で発生した
入戸火砕流に起源があるのだそうです。
地学上は非常に貴重な場所です。もちろん景色も
なかなかいいところです。

実はその奥にもう一つ大きな滝があります。
その滝の上流が小さな公園になっていて
なかなかいいところなんです。

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前から不思議だったのはなぜ串間市の観光案内に
ここのことが記されていないんだろう。

実はこれ1月の広野へ行った帰りのことなんです。
一緒に行ったI さんがその答えを教えてくれました。
「そら、簡単なことや。ここは志布志市なんや」
「えっ、志布志。なんで」
「上流の細い山道で志布志に繋がってる」
私も10年くらい前、実は車で上流を探索したことが
ありました。道が途中で急に狭くなり、藪の中のような
ところを通り抜けました。途中に人家がありましたから
こんなところにと驚いた記憶があります。
上流の橋のたもとで車をUターンさせて無事戻れました。

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苔むした林や、綺麗な流れなど被写体として
とてもいい場所です。
ところがこの日、3人とも、一眼レフを持ってきていません。
仕方ないので、小さなカメラやスマホで撮っているのです。

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それでもこんな風に綺麗な風景が撮れました。

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なんでこんな場所に県境を引いたんだろう。
不思議です。だってこの場所に来るのに串間市側から
入ったほうがずっと便利なのに、
誰もあんな山道を通ってこの場所に来ないのに

この場所の少し上流に羽黒神社というのがあります。
理由は案外これかもしれません。
羽黒神社は説明によると確かに志布志の方のある一族の
信仰の対象になっていて今でもしっかりメンテされて
大切に扱われているようです。

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行ってみようと参道を登ると結構な距離があり、
おまけに上り勾配です。

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境内の1本の御神木がこの神社の歴史を
物語っています。
社も崖地に掘られた半洞窟の中にありました。

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昔は隣の藩というのは外国のようなもの
ここは隣の藩にとっては山を越えた最奥地
のきっと聖なる場所だったんでしょうね。
今でこそ串間側からの道路の方が広く
便利になってアクセスも簡単になっているのだけれど
その道がなかった頃は赤池渓谷から奥は
行ってはならない隣の藩ということだったんでしょう。
その藩境が未だに生きていたということなんですね。




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集落探訪ー赤池

.14 2018 街歩き comment(0) trackback(0)
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前回、広野の水田へ水を引く用水路のことに触れた。
串間市の中心福島を流れる福島川の上流は
大矢取川、大平川、秋山川、奈留川などの
支流に別れる。その支流の間には山や台地が
あり、そこに水田と畑が広がっている。
台地だから畑と単純に思い込んでいたが
随分多くの水田が広がっていることに驚く。

米が唯一の商品作物出会った時期、先人たちは
畑地を少しでも水田にしたいと水を引く算段を
し、今から見れば驚く程の土木作業を自ら行って
山中に用水路を築いている。

広野の公民館で写真展を開いた日の帰り
ソテツの会のメンバー3人で少し寄り道して
赤池に立ち寄った。前から見たいと思っていた
水道橋を見学した。

思っていたより立派な石橋だった。
この用水路は今も生きており多くの水田に水を
送っている。上流から水を引き、こうして小さな
支流を越え、岩山に隧道を穿ちながら
流れている。

なにも驚くことはない。日本全国実は同じような
努力をして先人たちは同じような水利システムを
日本全国に構築しているのだ。

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横の山道を抜け、水道橋の上に出てみた。
最近メンテされたようで水路がコンクリートで
新たに補強されていた。
岩山に穿たれたトンネルを見ていると
一体どうやって掘ったものかその苦労が
偲ばれる。

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帰りに、ちょっと寄り道しようと橋を渡り坂道を上って
台地の上に出た。
正直、驚いた。そこは今まで一度も足を踏み入れたことがない。
長い間、山だと信じていた。
ところが広大な台地が広がっていた。
「三幸ヶ野」という集落である。
現在ブランド「大束甘藷」と呼ばれるサツマイモを最初に
作ったところだという。

考えるにこの台地は川からの高さがありすぎて
きっと水を引けず水田にならなかった土地なのではないか
そうした土地がこの大束には広く分布している。
かつては「いもの産地」などという洒落たものではなく
芋しかできない土地だったのだ。

それを長い時間と手間をかけて
皆で「ブランド化」を図り今日がある。

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一氏から福島川を越え大束の台地下の
市ノ瀬を通った時、道脇を流れる用水路の存在を
教えてもらった。
その用水路が周辺の水田を潤したのだと知る。
公民館の広場に石碑が立っていた。

「開田記念碑」とある。
碑文を読むと明治時代に新田を開田するために
8kmもの用水路を作ったことがわかる。

時が流れ、時代が変わろうとしている。
誰もが米を食べなくなったし、誰もが米を
作らなくなった。これらの農業用の土木構築物が
農業遺産になりつつある。




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集落探訪ー中原

.23 2018 街歩き comment(0) trackback(0)
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広野からの帰り、そのまま帰るのはもったいないと
あちこちに寄り道する。車を運転するKさんは
本業はふすまやさん。集落のすみずみまで
仕事で出向くことが多く、どこに誰が住んでいるか、
誠に詳しい。県道3号線を左に折れて
坂道を登っていくとなんと山中に集落が現れた。
中原集落である。

Tさんが突然、ここには武田神社があるはずだと
言い出した。そこで脇道を山中にはあ入り込んでいくと
見晴らしの良い高台に出た。そこに小さな祠があった。

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新しく建て替えられたようで正面上部に武田菱の
透かし彫りがある。このあたりには武田姓が多い
のだそうだ。

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神社のすぐ前に御神木か大きな杉の木があり、
その横にU字側溝のPCが並べてある。
どうもバーベキューができる憩いの場所のようである。

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高台から見下ろすとあちらこちらにビニールハウスが
立っている。後でグーグルアースを調べてみると
この辺りは非常に多くのビニールハウスが立ち並んでいる。
神社の横に石碑があった。
昭和55年より金柑早熟栽培に着手とある。
金柑たまたまの始まりはこんなところにあったのだった。

中原地区を後にして、来た道を下っていく。県道3号線に
出る直前、左折して急な坂を登り始めた。なんと
そこにも集落があった。胡桃ヶ野集落である。
県道から水平距離にして僅かなのに高度差がかなりある。
いつも主要幹線道路しか走らない。そこから見える家々のみが
集落だと思っていたら、主要幹線道路脇の高台に
たくさんの集落があった。
自分の住んでる町のこと、なんにも分かっていないと知る。





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高千穂牧場

.12 2018 街歩き comment(0) trackback(0)
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半年ぶりに霧島の高千穂牧場に行きました。
寒波のあとで空気はひんやりと冷たく
予想通り山々は雪が積もっていました。
目の前の高千穂峰は雪解けまだら模様でしたが
最高峰の韓国岳は真っ白の雪に覆われ
上空には雪雲が見えていました。

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羊たちが草を食む光景はなんとものどかです。

うーん、実はおじさん、君たちを食べに来たのだ。
まるで飢えた狼になった気分です。

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高千穂峰はいつ見ても山容が美しいのですが
崩れた山肌がなんとも痛々しいですね。

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高千穂牧場が標高500m
右の高千穂峰が1574m
中岳が1332m
新燃岳が1395m
そして白く輝いているのが韓国岳で1700mです。
その左は大浪池かな

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で、あんたは何しに来たの?
だからオオカミさんですよ。
実は昼食にジンギスカン鍋を食べに来たのです。
そう、こういう景色を見ながらひつじさんを
美味しく食べました。





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