鎌倉

.23 2015 寺社めぐり comment(0) trackback(0)
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結婚式を終え、娘(姉)と新橋へ出た。外は雨。駅で別れてJR横須賀線で鎌倉へ向かう。鎌倉駅で下車、鎌倉は意外に小さな町だ。周囲を小高い山々に囲まれていて町は歴史と共に封印されたそんな印象である。駅から小雨の中を少し歩くと左側に朱い鳥居が立っている。小町通りである。さらに少し歩くと大きな通りに出た。若宮大路である。海岸から真っ直ぐに北北東に向かいその先に鶴岡八幡宮がある。この町の軸線であり中心である。この通りに面した小さなホテルに宿泊した。

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翌朝、朝食をホテルで摂り、チェックアウトして駅に向かう。荷物をコインロッカーに預け、身軽な格好で、まずは若宮大路を歩いて鶴岡八幡宮に向かう。若宮大路の中心部は工事中で両サイドの歩道を歩く。道幅があり歩きやすい。

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鎌倉に行ったら、ぜひ見ておきたい建物があった。坂倉順三氏設計の県立近代美術館鎌倉である。入口左側に白い建物が見えた。私は場所を全く調べずに来たのだが、こんなところにあったのだとビックリ。鶴岡八幡宮境内の入って左側の池の縁にそれは立っていた。シンプルで美しい。外装は石材とばかり思っていたがなんだか白いパネル、よくわからない。

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鶴岡八幡宮は1063年に頼朝の先祖・頼義が前九年の役に勝利した際に京都の石清水八幡宮を勧請した由比若宮(元八幡)が起源だといわれている。鶴岡八幡宮の祭神八幡宮は武神であり、源氏の氏神であると共に、その本体は応神天皇といわれており天皇家の祖先神でもある。頼朝が、そんな八幡神を京都の石清水八幡宮から勧請したのは、まさにこれこそが公武合体の象徴だったからである。1180年伊豆で挙兵した源頼朝は、鎌倉入りをするとまず由比若宮を遥拝し、平家討伐と天下統一を誓う。そしてそのわずか5日後に、材木座にあった社殿を現在の地に移したのが始まりという。八幡宮を大内裏に、若宮大路を朱雀大路になぞらえ、以後、源氏の守護神として崇拝したと伝えられている。当初は簡素な鶴岡八幡宮のみであったが、次第に山門や鐘楼、経蔵などが立ち並び、神仏混合の本格的な伽藍配置が整えられていった。しかし1868年の神仏分離令により仏教関係の建造物は取り壊され、現在の形になったという。

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下拝殿の背後、本宮へ向かう60段の大石段西側にある高さ30m、周囲7mもあるイチョウの大木ので、鎌倉で唯一の県の天然記念物に指定されている。1219年3代将軍源実朝は、八幡宮の社頭で右大臣拝賀の式を終えた後、甥の公暁に暗殺された伝説が残る。しかし残念ながら昨年の台風により倒れてしまい今は折れて残った部分だけである。実朝を暗殺する際に、公暁が隠れていたとされる大銀杏。本当に公暁はここに隠れて、叔父である実朝を殺したのだろうか。暗殺者は、不自然にも自ら「おれは公暁だ」と名乗っている。そして犯人として討ち取られた公暁の死もまた謎に満ちている。

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源頼朝の墓は意外やかなり離れた場所だった。源氏の氏神をおく鶴岡八幡宮の北東、頼朝の持仏堂であった法華堂跡から石段を上った、西御門の山懐にある。すぐ隣の山腹には大江広元の墓もある。

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帰り道は小町通りを通ることにした。この通りは観光客でいっぱいである。ある店で足を留めた。陶器や木工細工の店である。うどん用箸、片つき、箸置き、ヨーグルト用木製スプーン。ついつい買ってしまいました。

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JR鎌倉駅の裏側が江ノ島電鉄の鎌倉駅だった。長谷寺と大仏さんを見ることにして長谷駅で下車。普通の日でも観光客は多い。外国人が多いのにはびっくりである。

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長谷寺は736年開創と伝えられる古刹で年中いろんな花が楽しめる寺である。坂東三十三観音霊場の第四番札所で、人気がある。

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帰りの飛行機の時間は羽田が16時35分。帰りの時間を気にしながら行けるところまで行ってみようと江ノ島の見える七里ガ浜までいって砂浜に降りてみる。あちらこちらでサーファーがサーフィンを楽しんでいる。
ここがそうか。ふーんてなもんである。サザンオールスターの歌が聞こえてきそうである。が先を急ぐ、帰らねば。




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大神神社

.07 2014 寺社めぐり comment(0) trackback(0)
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明日香へ行った帰り道、寄りたいところが一つあった。大神神社(おおみわじんじゃ)である。三輪山を御神体とする日本最古の神社の一つである。祀ってある神様は大物主大神、そう出雲大社と同じ大国主命(おおくにぬしのみこと)である。

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深い森の中の参道を進むうちに厳粛な気持ちになってくる。夕方ではあるが参拝者が途切れない。

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拝殿の前の鳥居も変わっている。

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普通ならこの拝殿の奥に本殿があるのだが大神神社はこの拝殿から後ろにある三輪山自体を仰ぎ見る古神道の形態を取る。実はあとからわかったことだが拝殿の奥には三つ鳥居という奇妙な鳥居が建っておりその中央には御簾が下りていてここは神様しか通れないという。申し込めば見せてもらえるらしい。三つ鳥居という形式はこの神社だけのものではなく全国に数社あるようである。例えば大阪の坐摩神社にもあるらしいので興味のある方は。

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今年伊勢神宮が式年遷宮を迎えたが同じく60年周期の遷宮を終えた出雲大社は今でも謎の多い神社である。敗者でありながら生きながらえた神というのは例がない。生者の世界を伊勢が死者の世界(天上の世界)を出雲が収める約束であったという。無血降伏の代わりに天に届く神社が約束された。伊勢の本殿は平入で正面の柱が4本、当然中央に扉がついている。一方の出雲大社の本殿は妻入りで柱が三本。つまり真ん中に柱がある。梅原猛氏の「隠された十字架」の中で法隆寺は聖徳太子の怨霊を封じるためのお寺との推察がなされているが、法隆寺の門の柱も奇数なのである。つまり門の真ん中に柱がある。どう見ても人を迎え入れるものではなく、中から出ないように封じるように見える。出雲も同じである。同じように怨霊を封じているのかもしれない。そう考えると大神神社の三つ鳥居なるものもなんだか符丁があってくる。が真相はわからない。


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伊勢神宮(外宮)

.31 2013 寺社めぐり comment(2) trackback(0)
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伊勢神宮の外宮は内宮に比べるとずいぶんコンパクトだ。だがその分わかりやすい。最初は内宮だけでいいかとも思ったが結果は外宮に行ってよかった。

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一の鳥居をくぐって森の中を緩やかに曲がり二の鳥居を過ぎると神楽殿と授与所が見えてくる。

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やがて右方向に正宮が見えてくる。内宮と違い同じ平面上に古い旧宮と新しい新宮が並んで建っているので実に分かりやすい。手前が旧宮で奥が式年遷宮されたばかりの新宮である。

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古い方の正面に立ってみると20年で建物がどれくらい傷むのかがよくわかる。雨に直接打たれる屋根の傷みがやはりひどい。民家の茅葺が廃れるわけである。

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新宮も外の柵全体が見渡せ、中に入ってもここでは奥の御正宮が見えるのです。(内部は写真撮影不可)これは内宮にはないことで感動ものです。どちらも柵は四重になっています。

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内宮ではこの部分が階段になっていてちょっと狭く、周りに木々が生い茂って全体がわかりにくい。その分外宮は単純明快である。

内宮と外宮の御正宮は似ているが少し違う。どちらも唯一神明造りだが、内宮は天照大御神、女性神である。千木が内削と言って上部が平らになっている。一方外宮は豊受大御神、男性神である。こちらは千木が外削といって上部が尖っている。屋根の棟に乗る鰹木も内宮は10個、外宮は9個なのです。


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帰り道、別宮が3つほど並ぶ脇道に入る。これは土宮。

奥に正宮の見える池の前で娘たちと一緒に写真に納まる。ふと考える。20年後を・・・・・


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帰りに入り口横にあるせんぐう館に立ち寄る。実はここが凄いのです。なんと御正宮の原寸模型(妻側を切り取った部分模型、材料は本物と同じ)が展示されているのです。(内部は撮影禁止)これは本当にすごい。御正宮は思っていたよりもずっと大きいのです。例えば棟持柱径が79㎝もあります。茅葺屋根も厚みが1mくらいあるのです。

式年遷宮で奉納される宝物もどのようなものがおさめられているのか詳しく展示されています。なんと今回納められた宝物は1576点。関わった人の数は46万人とのことです。これを見ると式年遷宮というシステムを利用して様々な技術の伝承が行われているのが見えてきます。20年という歳月は建物の老朽化というだけではなく、技術を伝承するために適切な期間でもあるのです。



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伊勢神宮(内宮)

.30 2013 寺社めぐり comment(0) trackback(0)
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 年内に行っておきたいところがあった。下の娘と一緒に行く予定だったのだが。上の娘も行きたいというので年末30日に伊勢神宮へお参りに行った。上の娘はつい1か月前にも友達と近鉄電車で行ってきたばかりなのだが車で行くというと一緒にまた行きたいという。駐車場が混んでるというので7時前に家を出た。前夜、娘とおにぎりやゆで卵を車中の朝食用に用意した。名神高速道路を草津まで草津から新名神高速道路、途中PAで休憩。亀山東Jctで伊勢自動車道へ。高速道路はすいていた。伊勢で高速を降りると道路は混んでいた。五十鈴川沿いの駐車場はもう手前はいっぱいで川向こうの駐車場に車を停めた。朝の9時半でこの状態。停められた車のNoプレートを見ると日本全国から来ていることに驚く。

この川の上流左側の森が伊勢神宮の内宮である。右側の街並みがおはらい町通り(旧参宮街道)。


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新橋を渡り、おはらい町通りに出るとその賑やかさに圧倒される。通りの建物もデザインが統一されていてお店も魅力的だ。なんだかテーマパークに迷い込んだ気になる。きっと江戸時代にここを訪れた人たちも同じ思いだったのかもしれない。楽しみは後でまずはお参りである。

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ようやくここからがお参りコースです。五十鈴川に架かる宇治橋を渡る。やはり人が多い。

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宇治橋を渡ったところで参道脇にそれて振り返る。緩やかな美しい局面を描いて五十鈴川に架かる宇治橋。

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しばらく参道を歩く。手水舎の前で植込みが切れて五十鈴川に面している。御手洗場である。

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これが式年遷宮された正宮の正面。奥に鎮座する神殿は残念ながら見えない。古い方がこの右側にあるのだが、斜面地になっていて配置が現地を歩いていると実に分かりにくい。お参りをすませ、右側に移動し塀の周りをぐるりと回って裏側に出る。

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坂道を下りた先に別宮荒祭宮がある。ここもすごい人の列である。

今回、駐車の問題もあり内宮を先にお参りしたのだが、本当はここから約3Kmほど離れた外宮を先にお参りするのが正しい作法である。その外宮は伊勢市駅の南西の位置にある。


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お参りを終えるとおはらい町通りの賑わいが再び蘇る。早速赤福餅を頂く、あちらこちらでおいしそうなものを摘まみなが歩き、五十鈴川カフェでお茶を飲みしばらく休息。赤福本店の前を西側に入った横丁がおかげ横丁である。中は迷路のようになっていて様々な店が軒を並べる。ちょうどお昼時で大変な賑わいである。

駐車場は満車で道路は待ちの車で渋滞している。外宮へ向かう。  
 つづく・・・・


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青井阿蘇神社

.15 2013 寺社めぐり comment(0) trackback(0)
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前回の記事の中でSL人吉で人吉までやってくると次の同じ列車で熊本へ引き返すにしてもいさぶろう・しんぺい号で吉松へ向かうにしても人吉で待ち合わせ時間ができるのですがこの時間を利用して是非行って見てもらいたいのが青井阿蘇神社なのです。駅から歩いてすぐの場所にあるのでお土産の球磨焼酎を探す前に押さえておきたいところです。

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私も数年前に初めて見たときはびっくりしました。よくこんなふうに生き残ったものだといたく感動したのを覚えています。

まず驚くのは楼門、拝殿、幣殿が茅葺きなのです。拝殿が作られたのが1611年、楼門が1613年に作られています。大元は806年阿蘇神社の分霊を勧請して創建されていて、2006年鎮座1200年祭が行われています。さらに2008年国宝に指定されています。


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こういう建物の外観を見ているとタイムスリップした気になってしまいます。神社の国宝指定は37軒目で茅葺きの社寺建造物では初めてなのだそうです。

この楼門は高さ12m。禅宗様式と桃山様式が調和したなかなか味わい深い建物です。


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拝殿の内部は拝殿、神楽殿、神供所の三部屋に分かれていて、毎年10月8日には夕刻から無形民俗文化財に選ばれた球磨神楽が演じられます。

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拝殿と本殿をつなぐ幣殿の内外部には様々な絵や彫刻が施されています。色あせた外観の中で壁面装飾の緑がひときわ鮮やかです。


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