歴史ハイキング-遠野

.04 2016 ハイキング comment(4) trackback(0)
旅は既に終わって、私は現在串間にいる。
11月1日の夜、帰宅したので既に1週間が経過した。
だが未だ私はブログの中では東北の遠野を彷徨っている。
もう一日だけお付き合い願おう。

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宿泊したのは遠野駅の裏側にある民宿「遠野」
この街はホテルが少なく、こうした民宿を利用せざるを得ない。

朝、目覚めると外は雨模様。遠くの山々に霧がかかっている。
現在のところ雨は降っていないが、降り出すのは時間の問題のようだ。
7時に朝食をとり、8時の連続ドラマ「ベッピンさん」を見て
民宿を出る。


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駅前に観光案内所がある。どうも遠野市市役所の観光課が
そのまま置かれている様子。だが役所とは思えないほど
対応が良い。まだ、9時前なのに案内所は開けられており
所員もきちんと対応してくれた。荷物をコインロッカーに預け、
自転車で行動しようとレンタサイクルを借りた。

目指すは自転車で30分ほどの伝承園とカッパ淵
雨が心配だが、えいやーままよとスタートする。


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周囲の山々はこんな感じ、晴れていたらまた印象が
随分違うんでしょうね。


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ようやく伝承園に到着。先にカッパ淵を見ようと
少し先を右折、しばらく進むと常堅寺という立派な寺が
あり、その先に小さな川が流れている。


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これがカッパがいるというカッパ淵。残念ながら
先の台風で土砂が流入したらしくこんなに浅くなって
カッパも隠れるすべがありません。
カッパ釣り用の竿が置いてあり餌のきゅうりが結んであります。


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今にも降り出しそうな空模様です。
いい風景でしょう。ここらが柳田國男が著した
「遠野物語」の民話の世界です。
なんか田舎の原風景ですね。


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伝承園を見学しました。

その昔、農家の娘が飼馬に恋をした。怒った娘の父親が
馬を殺したところが馬と一緒に娘も天に昇り、
オシラサマになった。オシラサマは農業の神様、
馬の神様、あるいは、蚕の神様だとも言われている。

曲がり家の中を見学します。入口は馬屋。土間から
上がると囲炉裏があります。炭火が暖かく、座ると
ずっとそこに居たい気になります。
テープでオシラサマの民話が流れています。
事前予約すると語り部が昔話を聞かせてくれるとのこと。


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屋敷の後ろに御蚕神堂(オシラ堂)が付け足されていて
中はこんな具合です。多くの人達が布切れに願い事を書いて
刺していきます。


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お湯に浸した数個の繭から糸を引いて紡ぐように
設えてありました。よく見ると実に細いんですね。


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炉端、ここには天皇皇后両陛下も見えられ、ここで
語り部の民話を聞かれたようです。

曲がり家を出ると外は雨、だんだんひどくなる様子。
お土産を少し買って、自転車に乗り、来た道を
再び雨の中30分かけて走ります。
濡れて、寒い。あーあ。

観光案内所で自転車を返すと案内所のオネーチャンが
タオルを出してくれました。(ありがたや)

その後、今度は傘をさし、歩いて「とおの物語の館」へ
行きました。


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実は観光案内所で朝のうちにとおの物語の館の
遠野座で11時から語り部のお話が聞けると
聞いていましたのでその時間に合わせて
訪れたわけです。
入口の脇に石油ストーブがあったので二人して
濡れたズボンを乾かしました。

11時に遠野座に入ると客は4,5人
語り部は高齢の男女ふたり。この時間帯は
男性の方の語りでした。
方言で聞く昔話は実にいい感じで、ほんわかします。
わからない言葉もあるのですが、
全体としてはよく理解できました。
5,6話でしたが、実にいい時間でした。


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中には他に、昔話蔵、柳田國男展示館などがあります。
レストランもあったのでここで昼食をとりました。


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私は先に帰ることにしました。今日中に宮崎にたどり着くには
遠野駅を13時6分の列車に乗らねばならず、駅で東郷さんと
別れました。14時19分 新花巻駅で東北新幹線に乗り換え、
東京駅着が17時24分。山手線で浜松町へ行き、モノレールで
羽田へ。羽田を19時5分にたち、宮崎着が20時55分。
それから車を運転して串間に帰り着いたのは23時でした。

疲れましたが、とてもいい旅でした。
何より東北地方についての手がかりがなにもなかったのに
こういう旅をすることで、東北地方のことがある程度
理解できるようになりました。東北六県の配置も
よく分かりました。あと日本地図でよくわからないのが
埼玉、群馬、栃木です。この内陸三県の位置関係が
未だによくわかりません。

それに、宮沢賢治や柳田國男の文学の世界というか
その背景になった場所の匂いをかげたのは収穫であったかなと
おもいます。柳田國男は実はここ遠野を訪れる前に
宮崎県の椎葉に来ていたのです。椎葉における
柳田國男の足跡は上椎葉の椎葉民俗芸能博物館に
残されています。こんな風に繋がっているんですね。


やっと書き終わりました。つかれたー。



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歴史ハイキング-盛岡

.03 2016 ハイキング comment(0) trackback(0)
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昨日新幹線を降り盛岡都心循環バス「でんでんむし」に乗って
ホテルに向かいました。(一回乗車100円)

鳥居の向こう側にある大きな建物は岩手県庁舎です。
その向こう側に宿泊した北ホテルはあります。

この日の盛岡市の最低気温は初の氷点下を記録しました。
10度以上は気温の高い宮崎からいきなり真冬に突入です。

朝食を摂りながら、さて今日はどこを回ろうかと話をすると
二人共何も考えていないことが分かりました。
そこで、「とりあえず近くの盛岡城址に行ってそれから
まあ適当に考えましょうか」などということになりました。
(どこぞの奥さんが耳にされたら卒倒されそうな会話です。)


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この鳥居を逆方向に振り返ると奥に櫻山神社が見えます。
そこから岩手城址と思いきや、この手前の飲み屋街も
かつては城内にあり、勘定所が置かれていたのでした。
実は昨夜ここでおでんにビール、日本酒と夕食を摂ったの
でした。旅の疲れもあってぐっすりと寝入ってしまいました。


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岩手城址に入ってすぐのところに巨大な岩があります。
なんでも築城の時、岩があるので掘り起こしてどかそうと
掘り進むうちにとんでもない巨大な岩であることが判明、
しかもその形が鳥の烏帽子に似ているというので
「これは縁起がいいから残せ」ということになり残されたとか。
岩手というくらいですから、この城址花崗岩が多く
非常にしっかりした小山だったらしいのです。


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城内には城郭は残っていなくて盛岡城址公園として
市民に親しまれているようです。この時期紅葉の
真っ盛りで、いい時期に来たと感謝です。


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城の少し西側には北上川が流れていますがかつてこの川は
蛇行して城のすぐ西側をえぐるように流れていたようです。
つまり北上川に突き出した小山だったんですね。それに城の
東側には中津川という支流が流れていて北上川に合流しています。
後に大規模な河川改修を行って北上川は今のようなまっすぐな
流れになったのですがもと蛇行していた辺りは菜園になったのだそうです。
その名が今も残っていて城のすぐ西側は今でも菜園町となっています。

城を下りると中津川が流れています。その川に沿って城址公園の裾を
北上すると目の前にもりおか歴史文化館があります。
入館して少しお勉強を・・・・・


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入館して受付の可愛いオネーチャンに入場券を渡すと
「ご希望でしたらご案内ができます。勿論、無料です。」
「是非、お願いします。」というと脇からボランティアの
おじさんが出てこられました。(残念 イヤ・・・独り言)

南隣の伊達藩もそうですが、ここ南部藩も秀吉の北条征伐
の際、駆けつけて領土を安堵してもらったとのこと。
ここ盛岡に城が作られたのはその後のことです。
南部藩は現在の岩手県と青森県の一部を含む広大な
領地を持っていますが石高で言うと10万石しかないんですね。
当時いかにお米が採れなかったか。新幹線から見える
延々と続く水田はあるいは当時野原や湿地帯で
あったのかもしれませんね。
鉱物資源としては金や鉄が多く産出しています。
新日鉄釜石のあった釜石辺りは昔から鉄が多く算出していた
ところだったんですね。
そうそう、その鉄を生かした南部鉄器も有名です。
(ウーン、よく勉強した。)

お土産に南部鉄器の風鈴を買いました。


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行き当たりばったりの割には目の前に次々に見るべきモノが
目の前に現れます。先のもりおか歴史文化館の前の橋を渡ると
目の前に赤レンガの端正な建物が見えてきました。

「岩手銀行赤レンガ館」です。設計は辰野金吾と葛西萬司(盛岡出身)
いかに凄い建築家か分かりますか。設計した建物を並べてみると
よくわかると思います。東京駅、日本銀行本店、日本銀行大阪支店、
旧日本銀行小樽支店(昨年小樽で見学しました。)
うーん、大阪ではそう中之島公会堂、奈良ホテル、可愛いもので
浜寺公園駅というのもあります。

まあ、ということで内部を見学しました。勿論、もう営業はしていません。
ただ、見学者が絶えません。しかし内部はよくできています。
なにが? ディテールにデザインが実にうまい。
結構、写真に収めました。

ウーン、いいものはいい!


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岩手銀行のある交差点を右折して50mくらい行くと
「もりおか啄木・賢治青春館」があります。
この建物は旧第九十銀行を改修したものです。
石川啄木や宮沢賢治を育んだ地というのはいいですね。
こんなふうに文学の香りが街中になにげに存在していて、
自然や季節の中に彼らが残した歌や詩や小説が
今も生きているのです。

ケーキとコーヒーで一息いれます。外が寒いので
中にある喫茶店のお湯を沸かす鉄瓶の湯気が
旅の心を温めてくれます。


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青春館の前の道路を北上すると盛岡信用金庫本店、
ござ九、紺屋町番屋などの古い建物が見られます。
その先の野の花美術館は残念ながらお休みでした。

ここらで雨が降り始めました。橋を渡りまっすぐ西に進むと
スタート地点の北ホテル前に到着。目的はお昼が近いので
その隣にある有名なお蕎麦屋さん。「わんこそば」食べようと
勢い込んでお店に入ったのですがなんだかボリュームがあって、
夕食時でないと無理と判断、普通の蕎麦を食べました。


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行き当たりばったりの割にはなかなか理想的なコースを
辿りました。
(今日ふと思ったことなんですが、これってひょっとすると
北ホテルの位置どりの良さが全てだったのではと思います。
このホテルを勧めた方はこのホテルが素敵などというのではなしに
ここが位置的に観光の要であることを重視してこのホテルを
勧めたのかなと・・・・・・)

食後、雨も降ってきたし気分が萎えてきました。
「駅の方へ歩いていこうか」ということになったのですが、
地図に途上気になるものを見つけました。
それは「石割桜」です。
小説「壬生義士伝」のなかに出てきたと思うのですが
そういえば南部藩の下級武士じゃなかったかな。

石割桜は県庁舎の西隣の裁判所の前庭にありました。
これはなんというか凄いですね。最初がどうだったか
わかりませんが岩の亀裂に育った桜が石を割って
成長し続けていると言われています。
岩手県人の我慢強さの象徴なのだとか。

(ウーン、精神論の権化のようですね。まいった。)


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駅が近づいたところで北上川に出会いました。
晴れていれば岩手県人の誇り、岩手山が目の前に
そびえているのですが、今日はひょっとすると
山頂は真っ白かもしれませんね。


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予定より1時間早いのですが、えいやっと上りの普通電車に
乗りました。花巻駅で下車。ところが釜石線の次の便は
1時間後、結局同じです。

ところがここでめげてはいけない。雨の中、街を探索しようと
二人で出かけました。行った先は花巻城址。


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花巻城址はしばらく下った丘の上にありました。
ここも外堀に北上川の蛇行した箇所を利用していたようです。


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1時間後、釜石線下り列車に乗車。
花巻から東に向かって太平洋に出る線が釜石線です。
花巻から釜石に行く中間点にあるのが遠野なのです。
遠野は山間部の中継点として栄えました。人々はこの町を
通過する際、様々な話を置き土産にしたのです。

この釜石線の列車からの眺めは驚くほど綺麗です。
鉄道は川に沿って走っています。緩やかな丘の棚田
紅葉した山々の木々、うっとりするような眺めが続きます。
それもその筈、実はこの路線が銀河鉄道のモデルなのです。
各駅のホームには写真のような銀河鉄道駅の名が
併記されています。

いつのまにか物語の世界へと引き込まれていくようです。




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歴史ハイキング-角館

.02 2016 ハイキング comment(0) trackback(0)
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これが宿泊先の町宿「ねこの鈴」です。フロントは「かくのだて温泉」の
フロントで食事はわいわい酒蔵「土間人」です。なかなかいいホテルでした。

朝、荷物をあずけて8時出発。
まずは武家屋敷とは反対方向の南方向に向かって散策開始。


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川べりに到着。この川は玉川で武家屋敷近くを流れる桧木内川が
この先で合流して、この川は大曲まで流れるとそこで雄物川に
出会います。桧木内川からこの玉川までご覧のような桜並木が
延々と続いています。春は見事でしょうね。


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少し道を戻り、小高い丘があります。角館総鎮守神明社です。

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神明社の前の道路を北上すると見事な煉瓦造りの蔵が
見えてきます。創業嘉永六年の安藤醸造です。
蔵の中を見学させてもらいました。見事な襖絵の和室です。
店内も昔風でなかなか趣があります。
ということで皆ここでお土産を買いました。
私もいぶりたくあんと十年さいしこみ生搾り醤油を購入。


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新潮社文学館を見学。ここには新潮社創設者佐藤義亮氏
ゆかりの文人や近代文学に関する資料、原稿を展示しています。


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天寧寺は1624年創建。会津より移封の芦名氏の菩提寺。
山門は角館城の遺構で、裏山には平福百穂の筆塚がある。


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さあやっと、武家屋敷街に到着です。
なにか気づきません。写真をよく見ると邸内に巨木が
見えるでしょう。実はこれモミの木なんです。最大のものは
300年だそうです。なにかスケールを間違えたような
不思議な感覚です。しだれ桜は春には確かに見事だと思います。
また、この季節にはもみじが実に見事です。
でもこの天を突くようにそびえるもみの木の巨木は周りを
圧倒しています。
なんでまたこんなモミの木を植えたんですかね。と武家屋敷で
質問したら、「真っ直ぐに伸びる武士らしさと家の繁栄」とのことでした。


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それと蔵の特徴ですが、先ほどの安藤醸造の蔵もそうですが
屋根を壁からのつっかえで支えているんですね。
しかもそのデザインがどれも洒落ています。
全般にこの地は屋根が軽やかで綺麗ですね。


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通りに面してひときわ赤いモミジの下には中国からの
観光客がスマホ片手に大挙して写真を撮っています。


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これは角館樺細工伝承館です。樺細工は山桜の樹皮を
細工して茶筒や硯箱などを作るものです。
入ったところで伝統工芸士の方が交代で詰めて
細工ものを作るところを見れるようになっています。
いろいろ話を聞いていたら面白くて、ここで時間が
過ぎてしまい、残りの貴重な展示品を駆け足で見る羽目に
なってしまいました。
樹皮は全部剥ぐのではなく、しましまに剥いでいきます。
剥いだところに再び樹皮ができるのですが、2回目の樹皮は
白く光っています。それをデザインのポイントに上手く
使ってあるのが分かりました。本当は茶筒を買いたかった
のですが、旅がまだ続くので諦めました。
高くても伝統工芸士の作がいいと思います。
なにか小物買っといたらと後悔。


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武家屋敷を数軒、見学しました。小田野家、河原田家、岩橋家、
青柳家、石黒家と結構見学できる武家屋敷があります。
しだれ桜が咲く頃はまた違った雰囲気なんでしょうね。
ああ、そうそう意外に武家屋敷群広いんです。
見ごたえはあります。


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お昼になりました。スタート地点のホテルに向かいます。
どこのレストランも団体客の予約でいっぱいで、13名と
言った時点で断られまして、なんとかホテルにお願いして
用意してもらえることになりました。こういう時団体は
大変です。


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昼食後、近くの西宮家を見学して、駅に向かいます。

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午後3時、楽しかった旅も終わりです。
最期の挨拶。再会を約して別れました。
秋田方面が5名、盛岡方面が8名
私は東郷さんとこのまま旅を続けます。
残り2日、盛岡、遠野と旅は続きます。


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8名ほど時間が少しあるので駅前の喫茶店で
お茶を飲んだあと駅へ向かうところで
「えっ、グッチ裕三さんじゃない?」
女性二人はちゃっかり一緒に記念撮影です。
私は握手してもらいました。
聞くとグッチさん角館の観光大使をしているのだそうで
名刺をもらいました。「これね3枚そろうと靴べらになるよ」
なんて冗談を言ってました。


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盛岡駅で東京経由大阪直帰の女性4人と窓越しに「バイバイ」して
東郷さんと今夜の宿泊先北ホテルへと向かいました。





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歴史ハイキング-平泉2

.01 2016 ハイキング comment(0) trackback(0)
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夜半にひどく雨が降った。7時の朝食後、外に出てみると雲の間から
青空が覗いている。なんとか晴れそうだと思ったが
青空がそれ以上に広がることはなく、雲の多い一日となった。


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8時過ぎに旅館のマイクロバスで出発。JR平泉駅に立ち寄り
荷物をあずけ、角館までの切符を購入し、中尊寺の入口まで
マイクロバスで送ってもらう。


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大きな杉木立の参道を登っていくと道脇にお堂が並んでいる。
一つずつお参りしながら進む。


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中尊寺は天台宗東北大本山。850年、慈覚大師円仁の開山。
12世紀初め奥州藤原氏初代清衡公が前9年・後3年の合戦で
亡くなった命を平等に供養し、仏国土を建設するため大伽藍を
造営しました。惜しくも14世紀に堂塔の多くは焼失しましたが、
金色堂始め三千余点の国宝・重要文化財を伝える平安仏教美術の
宝庫です。
「平泉ー仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」
としてユネスコの世界文化遺産に登録されています。


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実は現在(6月25日~11月6日)当寺の秘仏「一文字金輪仏」が
世界遺産登録5周年記念、東日本復興祈願として御開帳されています。
平安時代(12世紀)の作で奥州藤原氏三代秀衡公の念持仏と
伝えられています。


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今回の旅のメイン。これが有名な金色堂です。
残念ながらコンクリートの保護建物鞘堂の中に
すっぽり入っていて写真撮影禁止です。
下の写真、出口奥に金色の輝きが少しだけ
見えています。

はっきり言って、予想以上に上品でした。単なる
金色の輝きだけでなく、ディテールが非常に微細に
作られています。仏像以外の黄金は鳥などの絵柄として
模様として使われていて、貝細工の螺鈿、象牙、宝玉
などが見事な調和を持って柱や梁を飾っています。
また、ここは奥州藤原氏三代の遺体が安置され、
最期の泰衡は打ち取られたあと首のみが安置されています。

金色堂は1124年に上棟されました。堂の内外に金箔を
押してある「皆金色」の阿弥陀堂です。まず堂内の装飾に
目を奪われます。4本の巻柱や須弥壇(仏壇)は、長押に
いたるまで、白く光る夜光貝の細工(螺鈿)、透かし彫りの
金具・漆の蒔絵と、平安時代後期の工芸技術を結集して
荘厳されており、堂全体があたかも一つの美術工芸品の
感がします。

五月雨の降り残してや光堂 (芭蕉)


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金色堂から少しいったところにある参道沿いのこの建物。
実はこれが本来の金色堂が建っていたところで、金色堂を
保護するために建てられた鞘堂がこれなのです。
現在は中は空っぽですが、構造が実に興味深い。
中に金色堂が立っているため外柱のみの建物で周囲から
中へせり出した梁の上に束を立てて母屋を渡し屋根が
組まれています。なお真ん中の柱は上まで届いていない
独立柱で記念碑的に建てられたものです。

在職中に2現場ご一緒した鳥居元所長と「地下の切り梁に
似てますね。」などと言いながら結構写真に収めました。


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境内に白山神社があって、そこにこのような見事な能舞台が
ありました。茅葺きの屋根が何とも言えずいいですね。


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その後、麓のレストランで昼食をとり、歩いて駅へ向かいました。
途中、小高い丘の上にある高館義経堂に立ち寄りました。
ここが歴史に名高い源義経の終焉の地なのです。

1189年閏4月30日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡公の子
泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝え
られています。

この高台の館からの眺めは平泉随一と言われ、東にとうとうと
流れる北上川、その向こうに東稲山が見えます。
この風景が義経が最期に見た風景なのです。

左方に北上川支流の衣川があります。そこが弁慶立ち往生の
地です。

夏草や兵どもが夢の跡 (芭蕉)

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道脇に池が見えてきました。ここが無量光院跡です。
無量光院は三代秀衡が建立した寺院。広大な境内の
中心に池があり、その中島に本堂となる阿弥陀堂が
建てられていました。


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ここまでが平泉編です。

さて、次の目的地角館への移動ですが、皆さん角館って
どこにあるかご存知ですか? 秋田県なんです。
どうやっていったか? ご案内しましょう。

平泉13時52分発(強風のため15分遅れで出発は14時7分)
ちなみにこれは普通電車です。盛岡着の予定が15時15分
(少し取り戻して15時25分着)
盛岡駅にて秋田新幹線「こまち」へ乗り換え、出発が15時35分
つまり平泉から盛岡まで普通電車で1時間20分かかるのです。

車窓の風景を見て理解したこと
西側と東側に山々が見えますが広い盆地がずっと続いている感じで
東北地方の背骨、新幹線が通っているところはずっと水田の広がる
肥沃な大地が延々と広がってりるという印象を受けました。

この写真は盛岡を出発した新幹線から撮影しました。岩手のシンボル
岩手山です。

夕方17時8分角館着

皆さん覚えてくださいね。盛岡の真西に秋田があるんですよ。
その途中が角館なんです。


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銭湯? いえいえ、角館の宿泊先のフロントです。
宿泊したのは町の宿「ねこの鈴」というホテルですが
このホテル実に面白い構成になっています。
3棟建てで構成されていて中央が「かくのだて温泉」
南側に町宿「ねこの鈴」、北側にわいわい酒蔵
「土間人」    で、ホテルのフロントが「かくのだて温泉」
のフロントを兼用しているのです。そして食事は
この北側にある「土間人」なのです。

お風呂は一般の人と一緒に温泉に入り、夕食は
一般の人と一緒に賑やかに摂りました。
実は隣のグループがやたら賑やかで聞くと
地元の昭和23年生まれの同窓会でした。

宿の人が「今、武家屋敷街でライトアップやってますよ」
というので皆再び着替えて、夜の街にGO!


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角館観光の目玉とも言うべき武家屋敷街をいきなり
夜訪問する羽目になりましたが、紅葉の季節に
どんぴしゃり、ライトアップに浮かび上がる紅葉が
なんとも幻想的でとてもいい体験をさせてもらいました。


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歴史ハイキング-平泉

.28 2016 ハイキング comment(0) trackback(0)
自分の居場所で毎日を過ごしていると
ある日、突然どこかにワープしたくなることがあります。
実際にはワープなどできないし、ワープするためには
飛行機に乗ったり、電車に乗ったりと結構面倒くさいのです。

ということで、私も日常を離れてワープしてみました。


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秋恒例の歴史ハイキングです。一昨年の長崎・平戸を手始めに
昨年は函館・小樽。そして今回は平泉・角館です。
ハイキングというくらいですから、参加する皆さん実にフットワークが
軽いのです。今回の参加者は13名。男性7名、女性6名
年齢は64歳から78歳まで、実は私はここでは若手なのです。

仙台までは仕事をしている時に出張で2回ほど行ったことがあります。
そこから先の東北は全くの未知の世界で、東北6県の正確な配置は
全く理解していませんし、都市の名前は知っているだけで
正確な場所は知りません。

今回は東北新幹線と秋田新幹線を利用するのですが
実は東京駅で不思議な光景に出くわしました。
なんと東北新幹線の「はやぶさ」と秋田新幹線の「こまち」が
連結されているのです。この「こまち」は盛岡で切り離されて
秋田新幹線として秋田へ向かうのです。
ですが、秋田新幹線という線は実は存在しません。
在来線の田沢湖線、奥羽本線を利用したミニ新幹線と
呼ばれていて、スピードも遅いのです。今回この区間で
利用した特別特急券は空席があれば何処に座っても
良いという特殊な切符でした。


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何が大変か。この旅は集合場所と時間のみが決められています。
「10月28日午後2時、JR平泉駅前に集合」これだけです。

私は28日の朝4時に起きて、5時に車で家を出、6時半空港着。
7時35分の飛行機で羽田へ。9時10分羽田着。
モノレールで浜松町へ浜松町から山手線で東京駅へ
駅弁を買って、ホームで東郷さんと落ち合いました。
早速、44ページもの資料をいただきました。
10時44分東北新幹線はやぶさで出発。


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早速資料を開いて今回の旅の歴史のお勉強。
買ってきたお弁当を開いて少しだけ旅の気分に
浸ります。


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一の関に12時38分着。ローカル線の東北本線は
1時間に1本しかなく、待ち時間が1時間あります。
ここで落ち合った寺田夫妻と一緒に一の関の街を
見学します。近くに武家屋敷があるというので
行くことにしました。


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江戸時代後期に一の関藩家老職を勤めた沼田家の住宅です。
中に上がり込んで地元のボランティアの説明を聞きました。


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JR一の関駅に戻ると皆さんと再開。1年ぶりの顔ぶれです。
皆、それぞれの方法でここまでこられました。が最終的には
平泉に行く普通列車待ちです。12時38分に一の関駅に着いて
東北線下り列車が13時52分発
平泉に到着したのが13時52分


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集合場所の平泉駅前に一人を除いて12人が揃いました。
お一人は広島からの飛行機が遅れて、後の予定が狂ったようです。

駅前に荷物をあずけて、いざ出発。


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平泉駅をまっすぐ進んだところに
世界遺産 毛越寺(もうつうじ)(特別史跡、特別名勝)があります。


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平地七町歩、塔山十五町歩合わせて二十二町歩全てが
国の特別史跡・特別名勝の二重指定地で、2011年
「平泉ー仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」
として世界文化遺産に登録された。
創建時の伽藍は消失したが、当時の堂宇・回廊の基壇・礎石、
土塁などが残されていて、平安の伽藍様式を知る上で貴重な
遺構として保存されている。
また大泉が池を中心とする浄土庭園は、日本最古の作庭書
「作庭記」の思想や技法を伝えている池庭で、背景の塔山とともに
自然を象徴する景観を持って仏堂を荘厳にし浄らかな仏の世界を
作り出している。


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今年は例年より気温が高く、旅行直前に例年並みに
気温が下がり寒くなってきた。境内のもみじが
赤く色づき始めたところで訪問する頃合としては
ちょうど良かったようだ。
残念なのは曇り空、青空が泉水に写ればもっと
綺麗だったのにと少し残念。


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回遊式の泉水は圧巻である。平泉が栄えた時代
この池の向こう側に平等院よりも大きい建物が
2棟も建っていたというから凄い。
おまけに正面こちら側から橋が架かっていたという。
スケールの大きさに圧倒される。


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境内にある常行堂は1732年に再建されたもの。
翌日行く中尊寺もそうだがこうした方形の端正な屋根の
お堂が多く見られる。


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皆、東郷さん作成の資料に見入りながら熱心に
説明を聞く。皆さんよく勉強しておられます。


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鑓水(やりみず)
山水を池に取り入れるための水路であるが、谷川を
流れ下り更に蛇行しながらゆったりと平野を流れる川の
姿を表現している。水底には玉石を敷き詰め、流れに
水切り、水越し、横石などの石を配していて、「作庭記」に
記されているこれらの技法を目の当たりにできる貴重な
遺構である。


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隣地の観自在王院跡の周囲の馬屋あとで説明を聞く。

夕方、随分冷えてきた。やはり東北は寒い。
宮崎と確実に10度は違う。宮崎が18度なら
平泉で8度程度。ある日突然冬といった感じである。


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駅まで歩いて帰る。
預けてあった荷物を引き取り、旅館からの送迎バスで宿へ向かう。
意外に遠かった。町外れの人家のない丘陵地の奥に
その旅館はぽつんとあった。風呂を浴び、夕食を摂って
まだ時間が早い。部屋に集まってお勉強会をすることになった。

坂上田村麻呂の蝦夷征伐・・・・・・・
・・・・・・征夷大将軍に・・・・・・・
安倍頼時陸奥に反乱を起こす(前9年の役)・・・・・
源頼義、陸奥守として追討に向かう・・・・・・
・・・・・・・・・・・
ZZZZZZZZ・・・・・・ZZZZZZZZ・・・・・・・・

えっ、もう眠い?

じゃあー、もう寝ようか





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