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ボヘミアンラプソディ

.09 2018 映画 comment(0) trackback(0)
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ロックグループ「クィーン」の音楽は当時から嫌いではなかった。
LPレコードの時代、どういうわけか代表的アルバム
「オペラ座の夜」が1枚だけある。ロックオペラなる謳い文句が
何故か僕の気を引いたのだ。そして中でもお気に入りは
SIDE2(B面)の最後から2曲目の「ボヘミアン・ラプソディ」が
最大のお気に入りで若い頃は繰り返しよく聴いた。

ある日、雑誌だったか新聞だったか忘れたが映画評論の中に
「ボヘミアン・ラプソディ」というクィーンが主人公の物語が映画に
なっているという。こういう映画は大抵三流映画だ。
そう思って読んでいるとあにはからんや大変な評判であるという。
数日後NHKがこの話題を取り上げた。
・通常の映画は一週目が最高の人出であとは入場者数が減っていくのに
 この映画は逆に週を追うごとに客足が増えていく。
・目標営業利益を上方修正した。
・クィーンを知らない若い世代の入場者数が増えている。
・リピーターの客が増えている。

ちょっと待ってくれ、俺が見終わってからそういったことは言ってくれ。
ということで12月8日宮崎までわざわざその映画を見に行った。

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映画自身は二流に近い。がしかしよくできている。
が役者はいくら似せたところであの伝説のボーカル
フレディー・マーキュリーの偽物に過ぎない。が
音楽が本物だ。おまけにその音楽に訳が入る。
これが観客を感情移入させる。こういう歌詞だったのかと
私にとっても再発見であった。

当時のLPの解説を見るとフレディーのことについては
一言も触れていない。当時、フレディは四人のメンバーの
一人に過ぎない。が人気が出るにつれ、フレディは神がかり的存在に
なっていく。今映画を見る我々はフレディーの
死の原因も彼が既に亡くなったことも知っているから、音楽にフレディーが
込めた歌詞の言葉ひとつひとつが観客の心を打つのだろう。

彼はスーパースターでもなんでもなく、悩める若者の一人に
過ぎなかったのだ。そのことが現代の若者たちを惹きつけるのだろう。

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最後は伝説のウェンブリー・スタジアムでの20分に渡るライブ・エイド
すごい臨場感で我々観客はそのコンサートにいるような感覚に襲われる。

正直言って、感動で不覚にも涙してしまいました。




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羊と鋼の森

.27 2018 映画 comment(0) trackback(0)
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宮下奈都は好きな作家の一人だ。
出会いは2007年に発表された
「スコーレNo.4」という作品。
若い女性の成長物語。
その後、「太陽のパスタ、豆のスープ」
「田舎の紳士服店のモデルの妻」などを読み、
現在、読みかけなのが「神さまたちの遊ぶ庭」
2016年「羊と鋼の森」が本屋大賞を受賞して
1年ほどたってようやく文庫本が出たので
早速買って読んだ。

その1年前、同じ音楽をテーマにした恩田陸の
「蜜蜂と遠雷」が直木賞と本屋大賞をダブル受賞
して話題をさらった。

文学が音楽を扱うことのむつかしさ。
それを二人の女性作家が全く異なる方法で
表現してくれた。恩田陸の「蜜蜂と遠雷」は
どちらかというと漫画的であるかもしれない。
ピアノのコンペティションというテーマはこれまで
映画になったこともあるし、漫画になったものは
もっとある。今話題になっている。アニメ
「ピアノの森」も同様である。

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だが今回のテーマは少し立つ位置が異なっている。
主人公は新米の調律師で、決してピアノや他の
楽器が弾けるわけではない。純粋に音のみに対して
正面から向き合い、自分の青春や人生をかけていく。

音を文字で描くには読む側の想像力がいる。
読む側の音楽に対する理解力は様々だ。それでも
本屋大賞に選ばれるというのは支持する読者が
いるということだ。読む側に音楽の力量が必要と
されているわけではないのだ。書く側の表現力。
結局これに尽きるのかもしれない。

今回、この作品が映画化されるというので楽しみにしていた。
1年前に新車を購入して、1年目の点検をしに
都城に行った。代車を出してくれた。10時に預けて
夕方5時に上がるという。これはチャンスと
高速を使って宮崎まで行ってこの映画を見た次第。

一体、このなんとも地味に展開する進行をどう描くのか
楽しみでもあった。

でもその心配は全くのはずれ、いい映画だった。
登場人物も少なく、淡々とした進行。ただ音が
澄んで綺麗だった。それに音が発するイメージを
小説は言葉で紡ぐが映画は映像で綴る。
音が映像イメージで表現されると観客はいっぺんに
画面に引き込まれる。
映画が終わったとき、2時間が経っていたが、
「えっ、そんなに時間が過ぎた?」というのが
正直な感想。

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先輩社員に調律にどういう姿勢で取り組めばいいのか
と若い主人公が聞く場面で先輩社員は
こう応える。

明るく静かに澄んで
懐かしい文体、

少しは
甘えているようでありながら、
きびしく深いものを
湛えている文体、

夢のように美しいが
現実のようにたしかな文体

と原 民喜の言葉を伝える。
これは作者自身が日頃、座右の銘としている言葉
なのだろう。

文章を書くということ、音を調律すること。
言葉と音、表現は違うがどちらも心を伝える。

映像はその間を行き来する。
あるいは映像は想像力を代弁する。
代弁しすぎる感のある最近のCGやアニメにのみ
浸りすぎるのは想像力の貧困をもたらすのではと
心配するのだが、若者はその先を見ている。

たまにはこうしたアナログな映画を見て
静かに音に身をゆだねてみるのもいい。





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黄昏時

.17 2018 映画 comment(0) trackback(0)
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最近、日南に行く機会が2度ほど有り、夕方山中の
道路を帰っていると夕陽が山陰に隠れて
水田の向こうの山の上部のみに日が差し、下部は
山陰になる風景に出会いました。
冬ですからこういう風景はなんとなく寒々としていて
寂しげです。

ふっと先日テレビで放映になったアニメ映画「君の名は」
を思い出しました。映画でも見ていたので録画しておいたものを
再度見たわけです。

映画では「たそがれ」という言葉が非常に重要なキーワードに
なっています。それがさりげなく国語の授業の中で
ゆきちゃん先生が高校生に授業するんですね。

「誰そ彼、これが黄昏時の語源ね。これが黄昏時は分かるでしょう?」
「夕方、昼でも夜でもない時間。人の輪郭がぼやけて、
彼が誰だか分からなくなる時間。人ならざるものに出あうかもしれない時間。
魔物や死者に出くわすから『逢魔が時』なんて言葉もあるけれど、もっと古くは
『かれたそ時』とか『かはたれ時』とか言ったそうです。」

私もそうですけどこの映画
最初は気を緩めて楽しい娯楽映画として見ているんですけど
彗星が出てくるあたりから突然緊張を強いられます。
「えっ、なに?どういうこと」
一体このアニメはどこへ向かって収束しようというのか
不安な気持ちになってきます。
その不安な落ち着かない気持ちと
主人公のなにか思い出せない大切なものを
探し続ける切なさみたいなものとが
一緒になって最後の場面にたどり着いて
「ああ、やっと始まる」と思った瞬間に
映画が終わります。

「優れた小説は全部書かない」といいます。
この映画もそんなところがあります。
映画を見終えてから、自分で再構築し直し
終わるところから続きを想像してしまう。

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冬の日の夕暮れどきの寂しげな光景から
「黄昏時」をふと思い出した次第。

映画の中では
『誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ』
(誰、あれは?と私に尋ねないでください。あれは九月の露に
濡れながら君を待つ私なのですから。)
と万葉集の歌がひかれています。

調べてみますと
黄昏時というのは厳密には日が落ちたあとのようです。

黄昏(たそがれ、たそかれ、コウコン)は、一日のうち日没直後、
雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯である。
黄昏時(たそがれどき)。黄昏る(たそがれる)という動詞形もある。
西の空から夕焼けの名残りの「赤さ」が失われて藍色の空が広がると、
「まがとき=禍時」という時間帯に入る。

日南に行ったとき、久しぶりにCDを数枚借りました。
その中の一枚は「夕暮れジャズ」まあ、いろんな
アーティストの曲を集めたものでしたが、あまり期待しなかったけど
聴いてみると意外にいい。それもその筈、顔ぶれが凄かった。
マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン
ビル・エバンス・・・・・・

そんなわけで
黄昏時に夕暮れジャズを聴いています。





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お彼岸

.22 2017 映画 comment(0) trackback(0)
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気まぐれというか、時々こうしてブログの手が止まる。
ああ、何書こうかな?
そうすると数日、頭が彷徨い始める。
そういえば、同じように写真の方もなんだかつまらなくなる。
うーん、天気のせいもあるのかな。
涼しくなったかと思えば、蒸し暑い日が戻ってくる。
晴れたかと思えば、長雨が続く、
庭仕事も家の中の片付けも何もかもが中途半端に
ただ時だけが過ぎていく。

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ある日、道脇に彼岸花が咲いているのを見つける。
ああ、どんな天気であれ毎年、お彼岸の頃には
必ずこうして咲き始める。
それも不思議だ。
彼岸花は突然、地面からにょきにょきと茎が伸びて
花が咲く。その花が枯れた頃に緑の葉が出てくる。
花のあった場所だから、はっきりとその葉が認識できるのだが
春を過ぎた頃、その葉は突然姿を消す。
そうして忘れた頃にこうしてまた花が出てくるのである。

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先日、久しぶりに志布志に行った際に、レンタルDVD屋さんを覗き、
DVDを借りた。
借りたのは「ローグ・ワン」と「ある戦争」
どちらも、雑誌か何かの映画評を読んだ記憶があった。

「ローグ・ワン」は大作「スター・ウォーズ」の余編とでもいうのか
本編とは別に作られた作品である。第3編だったか
帝国軍のデス・スターとの戦いを別視点で描いている作品。
まあ、こういうのが疲れなくていい。
年末には本編の次作が来るらしいが、男というのは
いくつになってもこういうのが好きで、今でも夢中で見てしまう。

「ある戦争」はアフガニスタンでのアルカイダとの戦いの
断片を鋭く切り取った作品。
現代の戦争というのがどういうものか、実にリアルに描いてみせる。
まるでリアルなドキュメンタリーを見ているようで引き込まれてしまった。
言葉が英語ではないので「あれ?」っと思ってみていたら
アメリカ兵ではなくでデンマーク兵だった。
ある地域を制圧していることを示すために、絶えず数名で地域を
巡回する。時には地雷を踏んでしまうし、地元住民が助けを
求めることもあるし、単なる通行人である場合もある。
が兵士はそのどれに対しても「敵かも知れない」という設定で
対処せねばならない。その緊張感が見ていてどきどきする。
兵士は安全に帰還すれば、通常の我々と同じように
携帯電話で家族と話しをする。その日常性が隣り合わせなのが
なんとも奇妙な感覚である。家族は家族で幼い子供たちが
父親不在のため精神的に不安定になり、妻はそうした日常に
疲れ果てている。
ある日、助けを求められた村に入るとその村人たちは殺されていた。
そこに突然、敵の攻撃がある。一方的に攻撃されて釘付けになる。
一人が撃たれ重傷を負う。敵を攻撃してもらうべく、戦闘機の
支援要請を行う。敵の位置が確認できない。後方からは
敵の所在の確認の報が入る。攻撃に身をさらされ、負傷兵を
救出すべく動き回りながら、・・・・・
やがて戦闘機が敵を爆撃・・・・・
数日後、検察官がやってきて兵士は裁判にかけられる。
攻撃した場所に民間人がいて、数名の死者が出たという。
裁判で検察側から敵の居場所の確認を鋭く責められる。
最高刑は懲役4年。後半はその裁判の様子が克明に
見せられる。
不思議な気がした。今や戦争の現場までがコンプライアンス
なのだと

奇妙な異和感の残る作品だった。

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最近見た映画

.24 2017 映画 comment(0) trackback(0)
そういえば最近、映画のことをあまり話していない。
最近見た映画の話をしよう。
といってもそんなにたくさんあるわけではない。

見たのは3本。
・LA LA LAND(ラ・ラ・ランド)
・Beauty and the Beast(美女と野獣)
・Pirates of the Caribbean(パイレーツオブカリビアン)
だが、田舎で映画を見ることの大変さを理解していただくと
たかが映画ではあるけれど、かなりの努力が必要なことが
分かっていただけると思う。

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まず、大きな映画館であるけれど、宮崎市のイオン宮崎か
鹿児島県の姶良市のイオンタウンまで行かないと
見れないのである。そう一日仕事なのです。

次に映画の上映時間がこれまた問題なのです。
地方で上映される映画は始まって数週間は一日中
上映してくれるのですが、入館状況によっては
一日1本という事態にすぐになってしまうのです。
毎週週末に映画の上映時間は変更されます。
だからそれを見て計画せざるを得ないのです。
「うーん、今週は宮崎は夕方6時からか・・・・無理」
とか「うーん、今週は朝の9時からか・・・・早起きして
行くか」とか。もう大変なのです。

田舎で生活していて、少しだけ文化的であろうとすることは
実は大変な努力を要するのです。

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前置きが随分長くなってしまいました。
で、どうなのよ?  三つとも◎です。先に述べましたように
映画館で見る映画は随分久しぶりでしたが、非常に良かったですね。
「ラ ラ ランド」も「美女と野獣」もミュージカルです。
最近あまりいいミュージカルがなかったので久しぶりに感動しました。

さて「ラ・ラ・ランド」ですが、出だしから圧倒されます。高速道路の
渋滞風景がいきなりミュージカルの舞台と化してしまうオープニングは
圧巻です。ストーリーも単純な恋愛モノではなく、男女のそれぞれの
夢を実現していく物語ですが、互いに夢は実現できたのに二人の愛は
すれ違って実りません。が最後の二人の出会いの場面は切ない余韻が
残ってなかなかいいですね。
またこの映画はアカデミー賞作品賞の授賞式では、作品賞の発表を
間違える前代未聞のハプニングがあった。作品賞は「ムーンライト」が
受賞したが、プレゼンターの女優フェイ・ダナウェイさんが読み上げた
受賞作の名は「ラ・ラ・ランド」。関係者が壇上で受賞の喜びを述べて
いる途中で訂正された。プレゼンターに主演女優賞の封筒が誤って
手渡されたのが原因だという。
作品賞は逃したが、「ラ・ラ・ランド」は主演女優賞など6部門に輝き、
デイミアン・チャゼル監督(32)は史上最年少で監督賞を受賞した。
またヒロインのエマ・ストーンが主演女優賞を受賞している。目がやたら
大きくて普通の美人枠をはみ出しているようなところがあるが
その個性的な顔立ちは変に子供っぽかったかと思うと最後には
堂々とした大人の女性を演じ分けていて、これからも目が離せない
女優である。

次に「美女と野獣」。私は残念ながらアニメ版を見ていない。
数年前に他の実写版を見たことがある。それは童話としての
「美女と野獣」の現代的解釈である程度面白かったのだが
今回はストーリーの展開に驚いてしまった。最近のディスニー映画は
ストリーが大胆である。以前見た「アナと雪の女王」なども
王子様なんか端役にすぎない。今回の「美女と野獣」も
まず家族の設定が違う。女の姉妹がいないのだ。それに
裕福な家庭ではなく父娘二人のつましい家族なのだ。
それに最初の場面で王子がなぜ野獣になったかが明かされる。
敵役として配されるガストンの存在。囚われの日々を送る娘ベル
が一旦家に還される場面も野獣には帰ってこなくても良いという気が
見えていて、いろんな場面で原作との違いが目立った。
で、それがどうなのよ?と問われると実はそれが実にいいのである。
だから見ていて初めて見るように新鮮だった。
ヒロインのベル役のエマ・ワトソン、最初に登場した瞬間からいいなと思う。
非常に親しみがわく、あれ?この娘どこかで見たぞ。そう思いつつ
見終わって、パンフレットを見てああと納得。ハリーポッターシリーズの
あのおしゃまな女の子ハーマイオニーでした。今までのようなおしとやかでなく
勝気なヒロインという設定も野獣とのやり取りが楽しげに見えて
とてもよかったと思う。
主題歌の「美女と野獣」はてっきりベルと野獣が踊りながら
相手のことを思いながら歌い合うのだと思っていたら、
この歌はそうではなく二人を第3者が歌うというもので
意外な気がした。ストーリーも含めてなかなかいい出来だと思う。

最後に「パイレーツ・オブ・カリビアン」
これはまあなんというか・・・・・
どうでもいいけどジョニー・デップってなんであんなに女性にモテるのだ。
もちろん映画の中の話ではなくですよ。
きっとあのいい加減さ、はぐらかす時の可愛さ、冒険をしているのに
危なっかしい。ちっともカッコよくない。
でもジョニー・デップのあの独特のキャラでこの映画はもっている
という気がします。
で映画は、抱腹絶倒。ハラハラドキドキ。周囲の女性が笑い転げる度に
私は腹が立つのですが、それでも一緒になって楽しんでいました。
今回が最後だというので是非見てください。見て後悔はしません。
でも最後の明りが着くまで席にいたほうがいいですよ。
なんと配役の文字がテーマ音楽に合わせて流れていくのですが・・・
「えっ?続きがあるの?」ある場面が1分くらいでしょうか流れるのです。
おしゃれでいたずらっぽい演出です。




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