最近見た映画

.24 2017 映画 comment(0) trackback(0)
そういえば最近、映画のことをあまり話していない。
最近見た映画の話をしよう。
といってもそんなにたくさんあるわけではない。

見たのは3本。
・LA LA LAND(ラ・ラ・ランド)
・Beauty and the Beast(美女と野獣)
・Pirates of the Caribbean(パイレーツオブカリビアン)
だが、田舎で映画を見ることの大変さを理解していただくと
たかが映画ではあるけれど、かなりの努力が必要なことが
分かっていただけると思う。

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まず、大きな映画館であるけれど、宮崎市のイオン宮崎か
鹿児島県の姶良市のイオンタウンまで行かないと
見れないのである。そう一日仕事なのです。

次に映画の上映時間がこれまた問題なのです。
地方で上映される映画は始まって数週間は一日中
上映してくれるのですが、入館状況によっては
一日1本という事態にすぐになってしまうのです。
毎週週末に映画の上映時間は変更されます。
だからそれを見て計画せざるを得ないのです。
「うーん、今週は宮崎は夕方6時からか・・・・無理」
とか「うーん、今週は朝の9時からか・・・・早起きして
行くか」とか。もう大変なのです。

田舎で生活していて、少しだけ文化的であろうとすることは
実は大変な努力を要するのです。

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前置きが随分長くなってしまいました。
で、どうなのよ?  三つとも◎です。先に述べましたように
映画館で見る映画は随分久しぶりでしたが、非常に良かったですね。
「ラ ラ ランド」も「美女と野獣」もミュージカルです。
最近あまりいいミュージカルがなかったので久しぶりに感動しました。

さて「ラ・ラ・ランド」ですが、出だしから圧倒されます。高速道路の
渋滞風景がいきなりミュージカルの舞台と化してしまうオープニングは
圧巻です。ストーリーも単純な恋愛モノではなく、男女のそれぞれの
夢を実現していく物語ですが、互いに夢は実現できたのに二人の愛は
すれ違って実りません。が最後の二人の出会いの場面は切ない余韻が
残ってなかなかいいですね。
またこの映画はアカデミー賞作品賞の授賞式では、作品賞の発表を
間違える前代未聞のハプニングがあった。作品賞は「ムーンライト」が
受賞したが、プレゼンターの女優フェイ・ダナウェイさんが読み上げた
受賞作の名は「ラ・ラ・ランド」。関係者が壇上で受賞の喜びを述べて
いる途中で訂正された。プレゼンターに主演女優賞の封筒が誤って
手渡されたのが原因だという。
作品賞は逃したが、「ラ・ラ・ランド」は主演女優賞など6部門に輝き、
デイミアン・チャゼル監督(32)は史上最年少で監督賞を受賞した。
またヒロインのエマ・ストーンが主演女優賞を受賞している。目がやたら
大きくて普通の美人枠をはみ出しているようなところがあるが
その個性的な顔立ちは変に子供っぽかったかと思うと最後には
堂々とした大人の女性を演じ分けていて、これからも目が離せない
女優である。

次に「美女と野獣」。私は残念ながらアニメ版を見ていない。
数年前に他の実写版を見たことがある。それは童話としての
「美女と野獣」の現代的解釈である程度面白かったのだが
今回はストーリーの展開に驚いてしまった。最近のディスニー映画は
ストリーが大胆である。以前見た「アナと雪の女王」なども
王子様なんか端役にすぎない。今回の「美女と野獣」も
まず家族の設定が違う。女の姉妹がいないのだ。それに
裕福な家庭ではなく父娘二人のつましい家族なのだ。
それに最初の場面で王子がなぜ野獣になったかが明かされる。
敵役として配されるガストンの存在。囚われの日々を送る娘ベル
が一旦家に還される場面も野獣には帰ってこなくても良いという気が
見えていて、いろんな場面で原作との違いが目立った。
で、それがどうなのよ?と問われると実はそれが実にいいのである。
だから見ていて初めて見るように新鮮だった。
ヒロインのベル役のエマ・ワトソン、最初に登場した瞬間からいいなと思う。
非常に親しみがわく、あれ?この娘どこかで見たぞ。そう思いつつ
見終わって、パンフレットを見てああと納得。ハリーポッターシリーズの
あのおしゃまな女の子ハーマイオニーでした。今までのようなおしとやかでなく
勝気なヒロインという設定も野獣とのやり取りが楽しげに見えて
とてもよかったと思う。
主題歌の「美女と野獣」はてっきりベルと野獣が踊りながら
相手のことを思いながら歌い合うのだと思っていたら、
この歌はそうではなく二人を第3者が歌うというもので
意外な気がした。ストーリーも含めてなかなかいい出来だと思う。

最後に「パイレーツ・オブ・カリビアン」
これはまあなんというか・・・・・
どうでもいいけどジョニー・デップってなんであんなに女性にモテるのだ。
もちろん映画の中の話ではなくですよ。
きっとあのいい加減さ、はぐらかす時の可愛さ、冒険をしているのに
危なっかしい。ちっともカッコよくない。
でもジョニー・デップのあの独特のキャラでこの映画はもっている
という気がします。
で映画は、抱腹絶倒。ハラハラドキドキ。周囲の女性が笑い転げる度に
私は腹が立つのですが、それでも一緒になって楽しんでいました。
今回が最後だというので是非見てください。見て後悔はしません。
でも最後の明りが着くまで席にいたほうがいいですよ。
なんと配役の文字がテーマ音楽に合わせて流れていくのですが・・・
「えっ?続きがあるの?」ある場面が1分くらいでしょうか流れるのです。
おしゃれでいたずらっぽい演出です。




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君の名は

.14 2016 映画 comment(0) trackback(0)
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宮日美展が16日までというので金曜日宮崎の県立美術館へ
行ってきた。絵画、写真、彫刻、書道、工芸、デザインの6部門
新聞で見てある程度は想像できるのだが
やはり実物を見ないことには話にならない。

興味があるのは写真、書道、工芸、デザインといったところだ。
こうしていちいち宮崎まででなければ見れないのが難であるが
たまにはこうした催しを理由に街に出るのも大事なこと


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最近、天正遣欧少年使節の一人伊東マンショの
肖像画がイタリアで発見された。
その肖像画が美術館の1室に展示されてあった。


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実は宮崎に行った目的の一つは宮日美展であったのだが
せっかくだからともう一つ、それは久しぶりに映画を見ること。

何日か前、大阪の娘(姉)と電話で話をしていて
新海誠×川上未映子のスイッチインタビューが
面白かったというので、再放送を見た。

その対談の中で新海誠が最新作「君の名は。」について
以下のような話をしていた。

絵空事にならないように見て欲しい。
想定している観客として常にあるのは、ひとつは10代の頃の自分。
今回の「君の名は」に関して言うと
明日会うかもしれない人に関しての話でもある。
夢の中で男女が出会う話だけれども
現実でも、明日誰か知らない人に会うかもしれない。
あるいは何年後かにもっと大事な人に出会うかもしれない。
そういう人が未来にいることを、強く信じてもいい。
特に過去の自分であったりとか、思春期あたりをウロウロしてる人たちは
今がピークという考え方もあるだろうけど
大人になってから、なる手前でもいいけど、
まだ会ってない人の中に、すごい大事な人がいるかもしれないと言いたかった。

娘はそのあと、映画「君の名は。」を見たと言っていた。
ということで美術館の帰りにこのアニメ映画「君の名は。」を見た。

切符を買おうと並んでいると
隣のおばちゃんの声が聞こえる。
「こん君の名はちゅーとは私らが見てもおもしりっちゃろか」
「さあ?」「あん、昔流行った映画とはちがうとね。」
「違います。」

私だって似たようなものかな、
シニア割引でアニメ映画を見る爺さん。うーん

でどうだったか。

オススメです。まだ見てない人は是非見なさい。
前半はライトノーベルのノリ、途中から、これがここから
想像を超えたとんでもない場面になり
後半、惹きつけられます。揺さぶられます。
後半はそう、SFとファンタジーノーベルをかけあわせたような
予想を超える展開に圧倒されました。


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朝、目が覚めると、
なぜか泣いている。

そういうことが、時々ある。
見ていたはずの夢は、いつも思い出せない。

ただ
ただ、なにかが消えてしまったという感覚だけが、
目覚めてからも、長く残る。

・・・・・ずっとなにかを、誰かを、探している。
そういう気持ちに取り憑かれたのは、
たぶんあの日から。

あの日、星が降った日。それはまるで
まるで、夢の景色のように、ただひたすらに
美しい眺めだった。


(映画パンフレット「君に名は。」より)

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エクソダス

.29 2015 映画 comment(0) trackback(0)
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たまには映画の話をしよう。
久しぶりに宮崎に行った。買いたいものや行きたいところやいろいろあったのだがちょっと早く行って午前中映画でも見ようかと思い立った。積極的にこれが見たいというものはない。消去法で消したあとに残ったのが「エクソダス 神と王」だった。
でも結果これは当たりだった。先日、レンタルのDVDで「ノア」をみた。これは描き方がまるでSF映画的でちょっと違和感が残った。主演のラッセル・クロウがやや演技過剰な反面、水がひいたあとの世界に辿り着いたノアの方舟ははまるで別の惑星に降り立った宇宙船を思わせた。「エクソダス」なんでこんなタイトルをつけたのだろう。この映画は嘗てセシル・B・デミル監督、チャールトン・ヘストン主演の名作「十戒」の焼き直しなのである。だったら「出エジプト記」という題にしたらいいのにと思っていたら「エクソダス」というのは「出エジプト記」の意味だった。前作「十戒」は何度も見ている。新作「エクソダス」はどうか?「エイリアン」「ブレードランナー」「グラディエイター」「ハンニバル」「キングダム・オブ。ヘブン」「ロビンフッド」「プロメテウス」などを監督したリドリー・スコット。ストーリに無理がなく、特に目立つ俳優も使わず抑制の効いた作品に仕上がっている。よくできている映画だと思う。

「ノア」にしても「エクソダス」にしても長い旧約聖書の一部に過ぎない。嘗て「天地創造」という大長編の映画があったがたまには時間をかけて見てみたいものである。「出エジプト記」は歴史上の実話である。時は紀元前1300年、エジプト第19王朝、王はセティ1世と跡を継いだラムセス2世の治世である。


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セティ1世の治世下、王子(後のラムセス2世)と兄弟同然に育てられたモーゼはエジプト軍を代表する将軍である。最初の戦いの場面では侵入してくるヒッタイト族を先手を打って襲うエジプト軍が描かれる。実はこのヒッタイトとの戦いはあのアブシンベルの神殿の内部の壁に絵とエジプト文字で記されている。そうこのアブシンベルの神殿を作るのがこのラムセス2世なのです。
さて、物語は進行してモーゼはやがて自分がエジプトで奴隷として虐げられているヘブライ人の生まれであることを知る。嘗てヘブライの民の子供の大量虐殺から脱がれるためにナイル川に籠に入れて流されたのを王の妹に拾われ、王宮で育てられたのであった。エジプトを追われ海を渡りシナイ山の麓にたどり着き、辺りに住む部族の娘と結婚し、子供も生まれる。
ある日、嵐の日にシナイ山で神のお告げを聞く。「エジプトにいるヘブライ人たちの将軍が必要だ。」と言われ、再度エジプトへ戻る。この映画の前作「十戒」と異なるのはモーゼを神の使いとしてではなく一人の歴史上の人間として描いている点だろう。「十戒」が神の奇跡によって事態が急変していくのに比べこの映画ではモーゼがヘブライ人の若者達を訓練によってテロ活動を指揮していくことである。このテロ活動には当然エジプト軍の応酬があり、一進一退する様は現在のイスラエルとパレスチナやシリアの内戦、イスラム国とイラクの戦いを彷彿とさせる。神はモーゼに云う。「このままでは何十年かかるかわからない。もういい。お前は黙って見ていろ。後は私がやる。」これから起こるのが神の奇跡なのだが現実に起こることは人間がやるよりも遥かに悲惨で酷い。見ていて考えさせられる。


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最後の奇跡、紅海が割れる場面もあくまでリアルである。潮がひいていくさまはそうだろうなと思えるぐらい自然で腰まである潮の流れの中を40万人のヘブライの民が渡っていく。シナイ山まで導いたモーゼが家族の元に戻る場面も父帰るといった雰囲気でこういう風な描き方も自然でよい。モーゼが神から十戒を一方的にもらうのでなく、神がこういう内容でどうだというのに対してモーゼが言い返す。「俺は納得しないことは書かない」と自ら石板に十戒を刻むのである。

この出エジプト記が今何故再映画化されるのか。これは現在も世界のあちこちで続く民族、宗教の争いが続いていること。更にそこで大量に発生する難民の問題である。嘗てカナンの地が飢饉にみまわれた時、難民となってエジプトに流入し400年の間に奴隷と化したヘブライの民を解放せよと迫るモーゼにラムセス王が云う。これだけの民が移動するのだ。土地土地の部族と衝突になるぞ。お前たちは戦い続けないとカナンの地に入れないぞ。どうしてそこまでして行くのかと。難民の移動は現在で大きな問題である。シリア国境の難民は百万人と言われている。


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映画の中に石切り場が出てくる。撮影に使われたのは大理石の石切場なのだそうです。これはアスワンに実際に残る石切り場である。岩は全て花崗岩。切り出し中のオベリスクが途中で放棄されたままになっている。右上に写っている人と比べるとその大きさが分かると思う。それよりも真正直に岩をくりぬいてオベリスクを切り出すのだというとんでもない手間を考えると現在も残る石の神殿の建設がいかに凄いか思い知らされる。
最初の2枚の写真は第19王朝の都があったテーベ。今のルクソールにあるカルナックの神殿の写真。映画に出てくるテーベの王宮を上空から見たところが映し出される。多分にカルナックの神殿が元になっているようだ。

2008年にこのエジプトを旅行したがその後「アラブの春」で政権が二転三転。今も政情不安で旅行に行きにくいところになってしまった。争いごとは映画の中だけではない。現実に未だ続いている。



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リンカーン

.27 2013 映画 comment(2) trackback(0)
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先日、宮崎で暇になった時間を映画に費やすことにした。時間と見る映画は事前に調べておいた。映画は「リンカーン」。内容についての事前情報も評価も知らない。見た後の感想はといえばこれがなかなか良かった。

この映画は政治劇であり、ある意味舞台劇としても成り立ちそうな構成になっている。だからリンカーンについての知識をまるで知らない人が歴史劇を期待して見に来たとするとあるいは期待はずれであるかもしれない。

スピルバーグはこの作品をずいぶん長い間暖めていたようである。なぜ実現するのに長い時間を要したか。すべてを語ろうともがき続けた結果である。だがあるとき、すべてを描くことが最も大切なことか?あらすじのような作品を作ることが真意ではないことに気づく。その結果、通過するはずがないと言われていた憲法の一部を改正し奴隷制度廃止を盛り込んだ修正案を議会で可決するまでの闘いに焦点を当て、リンカーンが大統領であった時期を詳細に描くことでリンカーンの実像に迫ろうとしている。

というわけでこの作品がすべての年代層に受け入れられるのかちょっと気になるところではあるのだが、政治家というものが決して綺麗事で割り切れない矛盾に満ちた存在であることはよく分かるであろうし、だからこそぶれずに大切な真理を声高に叫び自分のブレーンたちを叱咤する姿に思わず感動するのは私だけではないと思う。

最近、時々国会中継や予算委員会を見ることがある。以前なら何が面白くてこんな番組をやっているのかと思っていたが、今見るとこれが結構面白いのである。映画「リンカーン」も多くの場面に議会が出てくる。そこでは今日と同じように政治家一人一人の見識と人間性が問われている。こうした等身大の政治劇の果てにわずか2票差で歴史的憲法修正案が実現した。奴隷制度の廃止を実現する為に理想論を唱えるだけでなく、あの手この手で賛成派を増やしていくところが実に生臭いがそこがこの映画の魅力でもある。

アメリカ合衆国は州法を持った各州の集合体である。南北戦争はご存知のように州法で奴隷制度を認めている南部諸州がこの合衆国から脱退することから起こる。この時期に大統領に選ばれたのがリンカーン大統領である。ところがこの奴隷制度を州法で定めた州の内5の州が北部つまり合衆国についた。有名なリンカーンの奴隷解放宣言は実はこの5の州の奴隷についてのみ適用されているのである。それも戦時の特別立法に過ぎない。終戦が近づいてきた中で弁護士出身で法律問題に長けていたリンカーンはこの矛盾点に悩む。南北戦争は内乱である。所謂敵国と戦っているのではない。(敵国ならば勝手に新しい憲法を押し付ければ良い。奴隷解放などわけもないことだ。)だから、戦争が集結してしまうと結局南部諸州の州法は生き続けることになるし、戦時特例で戦争に協力した開放奴隷たちも奴隷に逆戻りさせられてしまう。それに戦争終結の条件に奴隷制度の存続を主張している南部諸州がいる。こういう状況でこの修正案は一度上院を通過したのだが下院で民主党の反発にあって3分の2以上の賛成を得られなかったのである。戦争終結は何よりも早く実現したい。しかし奴隷解放の修正案もその前になんとしてでも可決したい。誰もがこの修正案を可決するのは難しいと言われている中で、一人静かにブレーンをあるときは反対派の共和党員や民主党員を説得し続けるリンカーンがいるのです。ブレーンができない理由をさんざん述べたあとリンカーンがブレーンを激しく叱りつけ、激しく憤りながらなんとしてもこの修正案を可決するのだと決意を述べる行は圧巻である。どんな場合でも法律の手続きをきちんと踏んで前進してきたアメリカの良心のようなものが垣間見えます。

憲法改正論議が起こっている日本、人ごとではないのです。



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レ・ミゼラブル

.12 2013 映画 comment(2) trackback(0)
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今回ほど雨が待たれたことはない。ここ数日桜島の火山灰がひどかったからだ。宮崎に行こうと朝車を洗っていると隣のおじさんがやってきて「洗わんでん、すぐ雨がふーが」それは分かっていたのだが出かけるにはあまりにひどい。車を走らせるとすぐに雨になった。今回は山道(黒潮ロード)を通る。1時間で田野の道の駅。悠紀さんにさしれようと芋飴と生姜入り黒糖を購入。夕方、病院によると前回より良くなっている様子。何よりである。

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娘達が良かったと教えてくれた映画「レ・ミゼラブル」を見た。そういえば退職してから映画を観るのは初めてだ。大阪にいるときはすぐ近くに映画館があったからよく悠紀さんと見に行った。田舎に来てからは宮崎か都城に出ないと映画館がない。不便極まりないがそういうものだ。週2回くらいのわりで悠紀の様子を見に行くのだからと今回はついでに映画を観ることにしたのである。

前評判通り、なかなかよくできた映画で感動させられたのだが、どこか違和感がある。その話をする前にこの映画のことを少し説明しよう。

この映画は原作が映画化されたものではない。ロングランを続けるミュージカル「レ・ミゼラブル」の映画化なのである。従ってセリフは一部を除いて歌で構成されている。ただ映画であるから劇場をはみ出すスケールの表現も多々ある。主演のジャン・バルジャンを「Xーメン」で一躍スターになったヒュー・ジャックマンがそして宿敵ジャベール役をなんとラッセル・クロウ(グラディエーターでアカデミー主演男優賞受賞)が演じている。これだけのスターであるから当然、歌は吹替だと思っていたら、通常のミュージカルさながらにオーディションで実際に歌を評価された結果で選ばれているという。二人とも舞台出身で歌も得意なのだ。ポットでのラッキーな俳優ではなかった。

さて映画の方、感動させられる場面が色々有り、歌も入ってくるから感情移入しやすくいたるところで涙が出てくるんだが、なんか違う。なんだろうと考えた。セリフが歌で一つの曲になっているものだから、メインの人たちだけでなく脇役や端役達にも歌がある。それもそれぞれが素敵な歌なのである。そうすると見ている側にはすべての出演者が等身大に見えてくるのである。だからちょっとうるさいことになる。舞台であればそれはそれでいいのだが映画という映像になった途端、脇役でも歌っている人が画面にアップで表現されてしまう。これまでの名作ミュージカルはこうした点をどう表現したのだろう。


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映画の評価はその年度のゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞で一定の評価を得る。しかし時間という評価が最も厳しい評価を下す。話題作でも数年も経たないうちに忘れ去られてしまうものもある。しかし本当に良い作品は何年経っても人々の記憶から消えることはない。


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