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最近見たレンタルDVD

.02 2019 映画 comment(0) trackback(0)
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前回、映画「運び屋」を見た後、最近の話題作も見ておかねばと
思った。映画館は宮崎まで行かねばならず、レンタルDVDだって
日南まで行かねばならない。そういう意味では串間は文化鎖国に
近い存在ではあるのだけれど、だからと言ってそれに甘んじる手
はない。新しいものは時代の香りを放っている。

椎葉行きが中止になり田野の道の駅から引き返した帰りに
日南に立ち寄り、2本のDVDをレンタルした。
1.アメリカン・スナイパー
2.天才作家の妻  -40年目の真実ー
どちらも面白かった。「アメリカン・スナイパー」の方は前回の作品と同じ
クリント・イーストウッド監督作品で主演はブラッドリー・クーパー。
「天才作家の妻」は最近の話題作。新作から1週間レンタルが可能に
なった時期だったので借りた。

1・アメリカン・スナイパー
戦争の問題を扱った作品は多い。ベトナム戦争あたりから
戦争による兵士の精神的病や負傷兵のその後の末路など
戦争が抱える様々な問題を映画は扱ってきた。
この作品もその一つ。狙撃手を扱った映画ではドイツーロシアの
戦いいわゆる第2次大戦中のレニングラードで名を馳せたロシアの
田舎出身の若者が狙撃の腕を買われ、狙撃手として成長し
やがて英雄に祭り上げられる物語をたしかジュード・ロウが演じていた
のが印象に残っている。2001年作の「スターリングラード」だ。
こちらはその現代版、戦場はイラク。実在した伝説の狙撃手
クリス・カイルが主人公。4回の派遣で約10年間、狙撃手として
活躍、160人の敵を射殺したといわれている。入隊、厳しい訓練。
特殊部隊シールズ配属。恋人タヤと結婚。派遣、帰国を繰り返す。
帰国するたびに一般社会から心が遊離するPTSDが心をむしばんでいく。
その間、子供の出産、子育ての奥さん。命がけの戦場とその戦場に
敵として現れる女性や子供。戦場の家族像は痛ましい。帰国しても
早く戦場へ出て同僚を助けなければという強迫観念にさいなまれる。
4回目の派遣が終了してようやく軍隊を辞め、社会生活に溶け込もうと
するがなかなかむつかしい。医師の勧めで傷痍軍人たちと交流する
事でようやく、自分を取り戻していく。

実はこのころ、映画の話が持ち上がり、脚本家はこの時期何度も
クリス・カイルに会って話を聞いている。脚本が完成に近づいたとき
大事件が起こる。

戦場で同じPTDSにかかった元軍人の母親から頼まれて、彼の面倒を
見ようとした矢先、彼に銃殺されてしまう。脚本は急遽、書き換えられる。
最期は英雄として葬られる彼の華々しい葬列の場面で映画は終わる。

映画を見ていて、最後が穏やかに過ぎていくので、このままではすむまい。
そう心配しながら見ている自分がいる。これは戦争批判なのか。
この主人公クリス・カイルも英雄として扱われるが、戦争の犠牲者だ。
そして最後に同じ戦争の犠牲者から射殺される。なんとも痛ましい。

戦前、我々の住む日本社会には普通に軍人がいて、軍人の家族がいた。
そのこと自身がリアルな映像を結ばない。多くの人は言われてハッとするが
それは不思議でも何でもない当たり前の光景だったのだ。そして今もなお
世界中のほとんどの国家は軍隊を持っている。軍人の家族というのは
普通の社会のありふれた光景なのだ。日本だけが異質であるという
事実をよく考えなければならない。


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2.天才作家の妻  -40年目の真実ー
多分そうなんだろうなと思いながら見て、やはりその通りだった。が答えは
微妙に霧の中である。それは主演女優の力わざなのかもしれない。
作家とその妻がノーベル文学賞が決まる時期にここ数年、ドキドキしながら
発表の時を待っている。そしてついにノーベル財団から電話が入る。
ここから急転直下、慌ただしい毎日が始まる。激流に流されるように二人は
ノーベル賞授賞式へ。ところが妻の様子がどこか微妙に変だ。

実はネタをばらして申し訳ないが、この作家、大学の文学部で文学を
教えている。優秀な女子学生に出会う。ベビーシッターのバイトに雇う。
彼の浮気癖にうんざりして妻が出ていく。彼女が後釜に座る。彼女は、
時代が女性作家を容認しないことを悟り、小説家になることをあきらめる。
この作家の書きかけの小説を批判する彼女はやがて自ら望んで
小説の代筆を引き受けるようになる。彼の名で出された彼女の作品は
好評で一躍大作家の仲間入りをすることになる。がこの間、彼の浮気癖は
続く。

さてここまで書いてきて、この作品の核心は何だろう。
ノーベル賞という高い目標があった時、この夫婦は一致協力して
それぞれの役割を演じてきた。ところが目的が達成された今、
二人の心がそれぞれに微妙に変化していく。敵を作ると内部がまとまると
云われるが、この夫婦にとって、非常に高度な目標が二人を強固に
まとめていたのが、目的が達成されたとき、二人の関係が崩壊し始める。
高度な心理劇である。

時間をひねり出して、また新しい映画を見てみたい。老人は暇だと
思われるかもしれないが忙しいのだ。努力しないと映画の1本も
みれない。努力するしかない。がそれは少しも苦痛ではない。





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映画「運び屋」

.12 2019 映画 comment(0) trackback(0)
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レンタルDVDで「散り椿」と一緒にもう1本洋画を借りた。
この3月に上映になり人気を博した作品である。
監督・主演 クリントイースト・ウッド88歳の作品である。
こう云うと叱られるかもしれないが、あるいは最後の作品
になるのではないかと思う。

物語の主人公アールは、家族よりも仕事を優先する老人。
娘の結婚式にも出席せず、以来娘からは一切口を聞いて
もらえない。妻も家を出て、彼は農園で使用人とデイリリー
という花を栽培して暮らす。社交的な彼は花の品評会には
お洒落をして愛嬌を振りまき、人々の称賛を浴びてきた。
ところが、時代の趨勢でインターネット通販に押され、農園
の経営は行き詰まり、家も農園も差し押さえられてしまう。

彼はおんぼろ家財をぼろトラックに積み込んで仕方なく
孫娘のパーティーを訪ねる。だがそこに待っていたのは
妻や娘たちの冷たい視線。いたたまれない彼に一人の
男が近づき、「大変だな。この歳で。いい仕事がある。
なーに楽な仕事だ。気が向いたらここを訪ねな。」と1枚の
名刺を渡す。頼るところもない彼は結局ぼろトラックに乗り
名刺の場所を訪ねる。仕事は簡単だった。指定された街の
ホテルまで荷の入ったバッグを届けるだけだ。花を売ったり
苗を手に入れたり、様々な街を渡り歩いた彼にとって
道路わきのレストランや知り合い、脇道、すべてが慣れた
世界だった。音楽をかけ、歌を口ずさみながら、楽し気に
この運び屋の仕事をこなす。だが代金を受け取ってその
金額の大きさに驚き、運ぶものがなんであったか彼は
察していく。若いギャングの手下に連絡用のスマホを渡され
ても、メールの打ち方が分からない。しかし意外にも運び屋
としての能力が認められ、運ぶ荷物の量が増え、市場価格
で数億円分の麻薬を運ぶ大物の運び屋に育っていく。

アールはそこで得たお金で、孫娘の学費援助や昔からの
友人、仲間へ資金援助をし、やがて自分の家と農園を
買い戻す。皮肉にも犯罪に手を染めながら、そこで得られる
お金で社会的自立を果たすことで、彼は元気を取り戻していく。
やがて自分が一度失った家族の愛情や信頼の大きさに
気づいた彼はなんとかそれを取り戻そうと努力するが、それは
難しい。

この映画では運び屋の実態を麻薬撲滅を掲げて犯罪捜査を
繰り広げる警察、この年老いた運び屋を意外にも評価する
麻薬組織のボスという二つの視点でディテールを見せながらも
犯罪映画が持つ暗さがない。それどころか一人の老人の
社会復帰、社会参加的視点で描いてあり、皮肉にも主人公
アールが仕事も家族も失ったのちに再びそれらを取り戻す
物語へと微妙にスライドしていく。

それはまるで「人生をやり直すのに遅すぎることはない」と
云っているようである。

クリント・イーストウッド、御年88歳。若いころの彼はダーティー・
ハリーを見ればわかるように眼光鋭く、怖いほどの光を
まとったスーパースターで新しい形のアメリカンヒーローだった。
歳を経るにつれ、顔から厳しさが取れ自然な顔に戻っていく。
だが、作品は1作1作が独自でユニークなテーマを取り上げた
社会性を持った映画へと変わっていく。映画人としての評価も
高く、1作ごとに更に評価を高めていく。どういうことだろう。
彼の中では歳をとったから終わるのではなく、年相応に新たな
物語を見つけられるだろうというのが彼の信条なのではあるまいか。
映画の中で周囲の人に言わせるセリフがある。「ジェームス・
スチュワートに似てるね」と。誠実さとアメリカの良心と慕われた
名優のように彼は演じたかったのだろうと思われる。

おっと、最後はどうなるか?少しだけお話ししましょう。
麻薬組織はボスが手下に殺され、組織経営がいささか合理的に
なる。マイペースの運び屋アールはすぐに目を付けられ、見張りを
つけられる。一方の警察側は内部情報を手に入れ、ホテルに監視
を置いて待ち構える。絶体絶命の中、1本の電話がかかる。孫娘
からだ、「おじいちゃん、おばあちゃんが病気でもう長くないの。
すぐに帰ってきて」うろたえながら「今、どうしても手が離せない。
すまない」・・・・・・・
ギャングの見張り、警察の監視網から突然、運び屋の車が消える。
アールは、家に帰り、妻の傍らに寄り添い。最期を看取る。葬式には
たくさんの花を飾り、家族との仲も少し打ち解けてきて、そして、
彼は最後の運び屋の仕事に戻っていく。結局、逮捕、裁判、刑務所
暮らしの様子が淡々と描かれながらエンドロールが流れる。

最後に流れるのはカントリーアンドウエスタンの曲、アールを追う
警察官役がブラッドリー・クーパー。「アリー スター誕生」で
歌っていた声に似てると調べたら、シンガー・ソングライターの
トビー・キースという人で、この作品のオリジナル楽曲
「Don't Let the Old Man In」を提供していた。これ歌のタイトルを
ユーチューブで検索するとすぐに出てきます。一度聴いてみてください。
エンドロールに流れる日本語訳がよかったのでここにあげておきます。


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Don't Let the Old Man In   

老いを迎え入れるな
もう少し生きたいから
老いに身をゆだねるな
ドアをノックされても

ずっと分かっていた
いつか終わりが来ると
立ち上がって外に出よう
老いを迎え入れるな

数え切れぬ歳月を生きて
疲れきって衰えたこの体
年齢などどうでもいい
生まれた日を知らないのなら

妻に愛をささげよう
友人たちのそばにいよう
日暮れにはワインで乾杯しよう
老いを迎え入れるな

数え切れぬ歳月を生きて
疲れきって衰えたこの体
年齢などどうでもいい
生まれた日を知らないのなら

老いが馬でやってきて
冷たい風を感じたなら
窓から見て微笑みかけよう
老いを迎え入れるな

窓から見て微笑みかけよう
まだ老いを迎え入れるな




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天気の子

.07 2019 映画 comment(0) trackback(0)
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宮崎市で高校の同窓会があったので、行ってきた。
始まるのは夕方6時。次の日妹夫婦が帰省するので、
泊まらず、夜中車で帰ることにした。
同窓会の話はまたいずれ・・・・

少し早めに行って、イオンモール宮崎のセントラルシネマで
新海誠 監督のアニメ映画「天気の子」を見ることにした。

変な名前である。「天気の子」のすぐ脇に
「Weathering With You 」とある。
Weather には名詞としては「天気」という意味ですが、
動詞としては「風化させる、困難を切り抜ける」という意味があります。
ですからこの意味は
「あなたとともに困難を乗り越える」という意味になります。
物語の主題「天気」「のりこえる」をWeather に込めているんですね。

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母親の最期に立ち会う少女が窓の外に目をやる。連日の雨。
ところが古いビルの屋上に1箇所だけ日が差しているのを
見つけ、思わず駆け出します。

ひとりの家出少年がフェリーに乗って東京へ向かっています。
突然の豪雨。

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見ていて、話が何処へ行くのか全く分かりません。
ストーリーが読めない作品を見るのはちょっとドキドキします。
人生と同じですね。

時代が抱える社会問題が巧みに織り込まれています。これは
観客の共感を得る大切な要素です。
環境問題に端を発した異常気象、若い世代の貧困化
(家出少年と母を亡くして二人だけで生きる姉弟)

筋書きは前回の「君の名は」ほど複雑ではありません。
ただシンプルな分、制作者の考え方は伝わりやすい気がします。

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前回の「君の名は」ではタイプスリップとか記憶などが
印象的でした。「天気の子」では、どう言えばいいだろう。
「自分たちだけの物語」ではないかと思うのです。
全体はどちらかというとファンタジーに近いのだけれど、
一部が水に沈んだままの東京の風景というのは、環境問題の
行き着く先を暗示していて、ちょっと考えさせられます。
この物語では大きな地球規模の出来事が目の前で起きているのに
世の中全ての人がその出来事の真相に全く気づいていないし
深く考えてもいない。あくまで主人公3人だけの中で真相は
一つの物語をかたちづくっていきます。

結局、社会というものは経済や政治的思惑、常識などに満ちていて
個人が抱える問題というのは、数値化、情報化されて社会の中に
埋まっていくのです。そういったものに迎合せず「私たちだけの物語」
を押し通す力強さ。それが主題であったかと思います。

最近、NHKの「街録」という番組をなにげに見ていますと街ゆく人の
一人一人が自分たちだけの物語をしっかり生きているということが
分かり勇気づけられることが多々あります。だから
自分の問題に置き換えてみると、構図がはっきりと分かる気がします。
大切なのは、自分たちの物語なのだと。

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今回もRADWIMPSがいい曲を沢山作っています。
帰りに蔦屋にあった最後の1枚のCDを買ってしまいました。
たぶん一番いい曲は「愛にできることはまだあるかい」だと思います。
映画が終わって黒のバックにエンドロールが流れ最後に
歌詞が流れます。最後の2行が暗闇の中で停止し、
映画は終わりました。

興味ある方のためにここに歌詞を掲載しておきます。
時間のある方はどうぞ

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愛にできることはまだあるかい
           作詞作曲 野田洋次郎(RADWIMPS)

何も持たずに 生まれ堕ちた僕
永遠の隙間で のたうち回ってる

諦めた者と 賢い者だけが
勝者の時代に どこで息を吸う

支配者も神も どこか他人顔
だけど本当は 分かっているはず

勇気や希望や 絆とかの魔法
使い道もなく オトナは眼を背ける

それでもあの日の 君が今もまだ
僕の全正義の ど真ん中にいる

世界が背中を 向けてもまだなお
立ち向かう君が 今もここにいる

愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

君がくれた勇気だから 君のために使いたいんだ
君と分け合った愛だから 君とじゃなきゃ意味がないんだ

愛にできることはまだあるかい
僕にできることは まだあるかい

運命(サダメ)とはつまり サイコロの出た目?
はたまた神の いつもの気まぐれ

選び選ばれた 脱げられれぬ鎧
もしくは遥かな 揺らぐことのない意志

果たさぬ願いと 叶わぬ再会と
ほどけぬ誤解と 降り積もる憎悪と

許しあう声と 握りしめ合う手を
この星は今日も 抱えて生きている

愛にできることはまだあるかい?
僕にできることはまだあるかい

君がくれた勇気だから 君のために使いたいんだ
君と育てた愛だから 君とじゃなきゃ意味がないんだ

愛にできることはまだあるかい
僕にできることは まだあるかい

何もない僕たちに なぜ夢を見させたか
終わりある人生に なぜ希望を持たせたか

なぜこの手をすり抜ける ものばかり与えたか
それでもなおしがみつく 僕らは醜いかい
それとも、きれいかい

答えてよ

愛の歌も歌われ尽くした 数多の映画で 語られ尽くした
そんな荒野に 生まれ落ちた僕、君 それでも

愛にできることはまだあるよ
僕にできることはまだあるよ





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アリー / スター誕生

.06 2019 映画 comment(0) trackback(0)
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昨年、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見たあと、2週間後に
「アリー / スター誕生」を見た。前者については既に
ブログで書いたのだがアリーの方は年末忙しくて書けなかった。
そこで今書くことにする。
何故、今か。
グラミー賞とアカデミー賞双方が発表された後だからだ。
その結果を先に記しておこう。
・グラミー賞
  ポップ部門
    最優秀ポップ・パフォーマンス賞(グループ/デュオ)
         レディー・ガガ&ブラッドリー・クーパー
         「シャロウ~『アリー/スター誕生』愛のうた」
    最優秀ポップ・パフォーマンス賞(ソロ)
         レディー・ガガ
         「Joanne (Where Do You Think You're Goin'?)」

・アカデミー賞
   主演男優賞
        受賞:ラミ・マレック(『ボヘミアン・ラプソディ』)
   編集賞
        受賞:ボヘミアン・ラプソディ
   録音賞
        受賞:ボヘミアン・ラプソディ
   音響編集賞
        受賞:ボヘミアン・ラプソディ
   歌曲賞
        受賞:“Shallow”『アリー/スター誕生』
https://www.youtube.com/watch?v=N_5wSvxTydk
        (上記ユーチューブにアカデミー賞受賞時の映像と歌が入ってます。)

この二つの映画が如何に凄かったかよくわかる。
ともに上映されたのが昨年末であるから、賞を狙っての
上映だったのだろう。だが実際、映画をプロデュースした側は
どうだっただろう。ボヘミアンラプソディは明らかに上映後に
予想以上の人気となった。作った側が慌てるぐらいの大ヒット
だった。特にリピーターが多く。普通なら上映期間を通じて
徐々に客足は遠のいていくのに反して、徐々に増えるという
奇妙な現象に見舞われて、慌てて客数を上方修正した。

ただ個人的にはまさかラミ・マレックが主演男優賞を
射止めるとは予想だにしなかった。残りの編集賞、録音賞、
音響編集賞はまあ納得のいくところだ。

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一方のアリーについては、アカデミー賞の方でもう少し
評価されていいのではないかと思った。よくできた映画だった。
ただ、グラミー賞、アカデミー賞双方でレディー・ガガが受賞
したことは本当に喜ばしいことだ。

本当のことを言えば、この映画を見るまでレディー・ガガに
ついてはほとんどの方と同様、名前は知っていて何かと
評判になった女性歌手というぐらいしか知らなかった。
よく知っている側の評価はこうである。「稀有な歌唱力、作曲力、
音楽的造詣の深さ」。そして私を含めた一般の評価は
「過激なファッション、奇想天外なステージ演出、キッチュな
ダンス・ポップ」。この才能ある女性は、あるいは一般的で
オーソドックスな手順を踏まずにいきなり世界のトップに
躍り出たのかもしれない。私がこのアリーという映画で
最初に出てきた女性を見たとき、正直驚いた。気が強くて
才能あふれる美人女優が突然現れて、観客の心を鷲掴みにして
しまう。更にアカペラで歌う歌の力強いこと。
あっと思った。彼女が飛ばしてしまった初期の手順を
我々は見せられている。そう思ってしまう。ひょっとして
この映画はボヘミアン・ラプソディのように、レディ・ガガの
実話物語なのかとそう錯覚してしまうのである。
レディ・ガガはいつも厚化粧をして表情の少ない仮面を
被って演奏をしている。一方、映画で見せられる彼女の素顔は
なんとも魅力あふれる美人である。

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ところでこの映画にはアメリカ映画のもうひとつの歴史がある。
「スター誕生」という映画はアメリカ人が持つ共通の夢物語なのである。
第1代のスター誕生が制作されたのは1937年
第2代が1954年に制作され、主演女優はジュディ・ガーランドだ。
第3代が1976年に制作され、主演女優がバーブラ・ストライサンド
そして相手役がクリス・クリストファーソンである。
この映画の主演女優に抜擢されるということはもう成功の半分が
約束されているということなのだ。それほどこの映画は完璧に作られている。

物語はこうである。歌手を夢見るウェイトレス、アリーが夜の仕事、バーで
歌っているところに世界的ミュージシャン、ジャックがたまたま立ち寄り、
その才能に驚き、自身のコンサートに招待する。いきなり、舞台に上げ
その歌唱力を観客に披露する。そこから成功の階段を登っていく。
という物語だ。映画の中で成功の実現がつまりグラミー賞の受賞なのだ。
そして、実際にこの映画が評価されて映画の中で歌われる歌が
本当のグラミー賞を受賞する。映画の中の歌も完璧に作られていることが
わかる。映画を見ているとわかるが歌がすごい説得力を持っている。
一昔前なら映画の音楽CDが爆発的に売れたのだろうなと思う。
今はユーチューブで聴けてしまう。

映画を見終わって、レディー・ガガ自身の曲を数曲聴いた。何度か聴くうちに
次第に彼女のファンになっていく自分がいる。




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ボヘミアンラプソディ

.09 2018 映画 comment(0) trackback(0)
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ロックグループ「クィーン」の音楽は当時から嫌いではなかった。
LPレコードの時代、どういうわけか代表的アルバム
「オペラ座の夜」が1枚だけある。ロックオペラなる謳い文句が
何故か僕の気を引いたのだ。そして中でもお気に入りは
SIDE2(B面)の最後から2曲目の「ボヘミアン・ラプソディ」が
最大のお気に入りで若い頃は繰り返しよく聴いた。

ある日、雑誌だったか新聞だったか忘れたが映画評論の中に
「ボヘミアン・ラプソディ」というクィーンが主人公の物語が映画に
なっているという。こういう映画は大抵三流映画だ。
そう思って読んでいるとあにはからんや大変な評判であるという。
数日後NHKがこの話題を取り上げた。
・通常の映画は一週目が最高の人出であとは入場者数が減っていくのに
 この映画は逆に週を追うごとに客足が増えていく。
・目標営業利益を上方修正した。
・クィーンを知らない若い世代の入場者数が増えている。
・リピーターの客が増えている。

ちょっと待ってくれ、俺が見終わってからそういったことは言ってくれ。
ということで12月8日宮崎までわざわざその映画を見に行った。

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映画自身は二流に近い。がしかしよくできている。
が役者はいくら似せたところであの伝説のボーカル
フレディー・マーキュリーの偽物に過ぎない。が
音楽が本物だ。おまけにその音楽に訳が入る。
これが観客を感情移入させる。こういう歌詞だったのかと
私にとっても再発見であった。

当時のLPの解説を見るとフレディーのことについては
一言も触れていない。当時、フレディは四人のメンバーの
一人に過ぎない。が人気が出るにつれ、フレディは神がかり的存在に
なっていく。今映画を見る我々はフレディーの
死の原因も彼が既に亡くなったことも知っているから、音楽にフレディーが
込めた歌詞の言葉ひとつひとつが観客の心を打つのだろう。

彼はスーパースターでもなんでもなく、悩める若者の一人に
過ぎなかったのだ。そのことが現代の若者たちを惹きつけるのだろう。

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最後は伝説のウェンブリー・スタジアムでの20分に渡るライブ・エイド
すごい臨場感で我々観客はそのコンサートにいるような感覚に襲われる。

正直言って、感動で不覚にも涙してしまいました。




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