笠祇古竹野焼き

.08 2016 南の端の国 comment(0) trackback(0)
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数日前のブログで笠祇古竹地区の草原について
書きました。その折、日曜日に野焼きがあると
お知らせしたのですが、私もその日、朝8時に
現地に出かけました。
が寒い寒い。天気はいいのですが、冷たくて
水溜りが凍りついていました。

8時が過ぎても誰も来なくて、作業の人も現れません。
まあいいか。と写真を撮りました。時間帯が朝なので
山々の陰影が濃くて先日の写真を上回る精度の良さです。

草原の上に出てみました。山路を歩いて一番奥の方に行って
写真を撮っていたら、遠くから軽トラック、作業員がわらわらと
こちらに向けてやってきます。

どうも、8時集合は古竹地区の公民館だったようで
そこで準備と打ち合わせを行った後、歩いて草原にやって
こられた様子でした。


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皆さん、やってこられると軽トラックに積んだタンクから
ホースを引いて山側に水を巻き、すぐに草地に火がつけられると
あっという間に燃え広がります。

最初はオオーてなもんですが、
火勢は思ったほどなく、手に負えないほど
燃え広がるものではなさそうです。


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メインの火が通り過ぎたあと
結構、燃え残りの草地があちらこちらに
残ります。こちらは逆に火をつけて回るというか
火勢のある箇所から切った草を手に持ち
それを移すといった地味な作業です。
まあ、謂わば公認の火付けですね。
(来年は是非ともこれに挑戦したいなどと
考えています。)


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しばらくすると地元の方々が散開されて
あちらこちらから火の手が上がります。
私たちがいる丘の下の方に火がつくと
それは忽ち風に乗り急斜面を駆け上がります。
それは見ていて怖いくらいの火の勢いです。
私たちがいる丘の西斜面下にも火がついて
下からパチパチいう音が聞こえてきました。
その火が一瞬風の勢いで凄まじい炎となって
吹き上がり慌てて逃げます。
これは近くてちょっと怖かった。
火はどうも上部側が注意のしどころのようです。
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遠目にも下の道路沿い、水田のあぜ道に見物客の姿が
見えます。多くがカメラを抱えて下から盛んにシャッターを
切る様子が見えます。

下に下りて見ることにしました。
斜面を駆け上がる炎が見えます。
よく見るとM新聞のN記者
(翌日の新聞にここからのアングルが掲載されていました。)
I さんも今日は一日頑張って写真を撮るんだと
盛んにシャッターを切っておられた。


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再び丘の上に上がります。
その丘を西に下り、西側の丘との谷間に火が入り、
続いて西の丘の東斜面に火が入りと
次々に火は奥の方へと向かいます。
手前の丘から西向かいの東斜面を眺めながら
写真を撮っていきます。

木の生い茂った森に火が行かないように
事前に草が刈り取られ、直前にはホースで水が撒かれ
安全面はよく考えられています。

それでも大きな火の手が上がるとハッとします。
初めてのことで今回は見物のみと決め込んで
写真に専念していますが来年は少しは火消しというか
火付けというか少しはお役に立てるように
したいと思っています。

実は参加者の中で黄色い帽子をかぶっておられれる人たちは
遠方から来られた中山間協力隊の方々で
昨年、都井岬の馬追でも活躍されていました。


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市木から応援に来られたFさんに昼食の振る舞いが
公民館であるから食べて行けと言われたのですが
それはご遠慮して今回は昼で引き上げることにしました。

午後からは東の丘の西斜面が焼かれるので
もう少し見てみたい気もしたのですが
今日はこれにて終了。


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数日天気が続き草はよく乾燥しているように見えたのですが
実際には足元周りがよく乾燥してなくて火の周りが
イマイチとのこと。あちらこちらに焼け残りが見えます。
特に最近勢いを増した竹藪が燃え残って
なかなか火で駆逐することが難しいいようです。

家に帰り、着替えて自分が燻製のように臭くなっていることに
気づきました。そうだろうなあれだけの煙の中にいたんだから
当然の結果です。
自分としてはあまり匂いのつきにくいものを着たつもりでいたのですが
それでもこの有様。
来年参加される方ご注意を!

帰り際、都城から写真撮影に来られた方と少し話をしました。
「いいところですね。串間の奥にこんな別天地があるんですね。」
「そうなんですよ。が私も地元の人間でありながら
去年、始めて知りました。今、せっせと宣伝に努めているところです。」

野焼きが終わると春が近い。
今年は山菜を採りに来てみようか。





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ありふれた一日

.29 2012 南の端の国 comment(0) trackback(0)
4月27日、到着したその日のうちに宮崎県串間市役所に転入届を提出しました。晴れて串間市民となりました。

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晴れた日は庭の木々の葉に日が当たりその新緑の色が眩いばかりです。4月のはじめ咲いていた桜はもう葉をいっぱいつけて、日中の強い日差しを受け止めてその下に涼しい木陰を作っています。桜の梢の間から漏れる日差しが風に揺れているさまはなんとも形容しがたく、ほんのりと幸せな気分になります。朝晩、庭のどこかで鶯が鳴いています。

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庭はそろそろ雑草が繫り始め、今でも結構大変なことになっているのに、これからの季節を思うと頭が痛くなります。それでも庭に出てみるといつも何か新しい発見があり、それはそれでうれしいことです。

28日は朝から建設会社と打ち合わせ。27日にようやく確認申請がおりました。すぐに着工と行きたいのですが、お金が合いません。VE,CDを施主自らせざるを得ません。面積が小さければ坪単価が高くなるのはそれなりにわかっていても、予算の関係上すんなりとはいかず、しばらく仕様を詰めて連休明けには着工と行きたいものです。


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午後、市内にある燃えるゴミを持ち込める環境センターがあると聞き、車で探しに行き場所を確認。その足で近くの農道を走っていると、海辺の集落に出ました。車を降り、防風林の小道を抜けると突然目の前に広い砂浜が広がっています。昔海水浴で行ったことのある場所でした。

5月連休初日とはいえ、広い砂浜には人っ子一人見当りません。


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なんだかもったいない景色です。今は潮が満ちていてこんな状態ですがこの砂浜は干潮時ずっと沖合まで潮が引くのです。今度来るときには潮干狩りでもしようと思います。

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緑に囲まれた水田地帯を車で抜けると若葉で覆われた小さな丘が目の前に現れました。

すぐ近くにこんな風景がたくさんあって、それは心を和ませてくれます。またこの時期晴れた日の夕方の日差しはなんといえばいいのだろう。とにかく幸せな気分にさせてくれます。



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満開の桜

.06 2012 南の端の国 comment(0) trackback(0)
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 昨日、突然急用ができ、飛行機で田舎に帰ってきました。
駅からタクシーで家の前まで、勝手口を開け荷物を置いて庭に回る。「間に合った」40年我が家で咲き続けた桜を初めて間近に見る。強風が時折枝を揺する。花房は揺れるがまだそれほど花弁は散らない。「ああ、今日からまた始まる」

 願はくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの 望月のころ

そんな短歌をつぶやいてみる。父は18年前の4月9日、庭のこの桜が舞い散るのを眺めながらあの世へと旅立った。

昨年春、歴史ハイキングで吉野の最奥部「奥千本」にある西行庵を訪れた。(2011年4月22日のブログ)昼でも人気がなければ本当にさみしい場所である。西行のこの短歌は風流の極みであるかもしれない。やんごとなき女性との恋が旬を過ぎた瞬間に北面の武士を辞し、頭を丸めて出家する。そうして死に対してすらその美学を通そうとする厳しさが凛として伝わってくる。こんな最期を見据えて生きなければと思います。

始まりは「満開の桜」。なんとなくそう決めていたのです。
今日からまたブログ再開です。



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帰郷そして別れ

.29 2011 南の端の国 comment(0) trackback(0)
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 いつもはもっとゆっくりと始まる故郷での日々が今回は悠紀さんの母親が急逝されたため、何時になく忙しい日々となった。悠紀さんは15,16,17日と近くの実家に行ったきりで、その間、私はケアハウスから引き取った母と二人、食事や風呂など家事に追われる毎日だった。通夜が終って夜の9時ごろ帰宅、食事を摂っていたら福岡の妹から都城まで迎えに来て欲しいとの電話。都城まで往復二時間迎えに行った。

 翌17日は11時から告別式。妹に母のことを頼み、親戚に借りた喪服を着込んで、朝6時半私の娘二人を迎えに鹿児島空港に向かった。飛行機は9時15分着、二人を乗せて何とか告別式が終らない内にと道を急ぐ。11時20分、何とか間に合った。

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 娘二人は夜8時前の新幹線で大阪へ帰るという。夕方16時30分、告別式の終った悠紀さんと親子4人で再び鹿児島へ向かう。東九州自動車道を鹿児島へ向かっているとき、国分辺りで正面の雲間から光の帯が幾筋も降りてきた。「天使のはしご」というらしい。一日の内でいろんなことがあった。青い空を背景に雲間から射す光の帯が天国へ行った義母の最後の挨拶だったのかもしれない。

田舎での日々 その2

.12 2011 南の端の国 comment(0) trackback(0)
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 元旦は晴天だった。表に出ると一面霜が下りていて畑の雑草も真っ白である。そんな光景の中で今年の初日を拝む。今年もどうぞよい年でありますように。

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 二日目、妹夫妻がやってくるので朝都城駅まで迎えに行く。都城市街が近づいたところで水田の向こうに霧島連山がそびえている。いつも雲に覆われているのだが冬の抜けるような青空の下にその神秘的な山容を見せている。

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 日南海岸の南端も美しいがこの志布志湾の波穏かな海も美しい。道路はこの海に沿って走っている。海の遥か向こうに見えているのは大隈半島。珍しく山頂辺りに雪をかぶっている。手前の島はビロウ島。

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 妹夫婦と一緒にやってきたメス犬のナズナ。今日でバトンタッチ。我々は夕方のカーフェリーで大阪に帰る。
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